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第18話:陰と陽と

#06

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 ノヴァルナとノアを狙った人物。それは二人組で、遊歩道から二百メートルほど離れた空中にいた。周囲に張り巡らしていた光学迷彩フィールドが消え、森林の光景の中から突然姿を現した二人の男が、ライフルの銃口を下げて、ノアを庇うようにして走っていくノヴァルナの後ろ姿を見据える。

 ダークグレイのヘルメットに防毒マスクをした男は、センサー一体化のゴーグルを額にずらし上げた。錆色の眉と鋭い濃緑の瞳の男だ。体には同色のボディアーマーを装着しているが、何より特徴的なのは、彼等が空中に浮かんでいる手段である。彼等が背中に負ったバックパックから放射線状に伸び出た、三メートルはあろうかという六本の長い機械式の脚が、巨木と巨木の間で体を支えて浮かせていたのだ。

 その隣にいる男もゴーグルを跳ね上げた。こちらは小柄で薄い眉にギョロリと、驚いたような大きな目が印象的である。

 錆色の眉の男はゲーブル、小柄な男はジェグズという。彼等はギルターツ=サイドゥ子飼いの情報部員と同行していた、イガスター宙域ナーヴァリガ星系の傭兵だった。イガスター宙域には特殊部隊の傭兵を商う星系が幾つかあり、ナーヴァリガは首都星系のイガスターと並ぶ傭兵の地である。
 傭兵惑星と言えば、以前ノヴァルナと妹のフェアンが共に戦った、戦闘種族モルンゴール星人の傭兵惑星サイガンも有名だが、サイガンはどちらかと言えば、BSIユニットのパイロットや機動艦艇を売り物にしているため少々趣が違う。

「くそ…悪運の強いガキだ」

 小柄なジェグズが大きな目を、グルリと一つ回して言い捨てた。ノアがノヴァルナの背中を突き飛ばしさえしなければ、自分の弾丸がノヴァルナの頭を吹き飛ばし、茫然となるノアの頭をゲーブルの弾丸が貫いていたはずだからだ。ゲーブルはライフルをバックパックの右側部の固定具に嵌めこんで告げる。

「仕方ない、狙撃はやめだ。接近戦で仕留めるぞ」

 すると二人の襲撃者は、背中のバックパックから生える六本の機械式の腕―――メカニカルアームで、木から木へ飛び移り始めた。どうやらヘルメットにNNL接続機能が付加されており、それでバックパックのメカニカルアームを動かしているらしい。

 テナガザルが森林を移動するように、メカニカルアームで素早く追撃を開始した二人の傭兵は、ハンドブラスターをホルスターから引き抜いて、安全装置を外した。

 板張りの遊歩道の上をノアを連れて走るノヴァルナの背後、樹上を二人の傭兵が追って来る。振り返ったノヴァルナはようやく敵の姿を視認した。ひと目見て、誰かに雇われたプロの傭兵だと、敵の素性を見抜く。

 その傭兵達はバックパックのメカニカルアームで、巨木の幹を飛び移りながら距離を縮め、上空からハンドブラスターを撃って来た。走るノヴァルナとノアの足元、そして遊歩道の両脇の手摺に火花と小さな爆発が立て続けに起こる。木製のそれらは細かな破片を飛び散らせ、同時に黒く焦げて白い煙を上げた。
 遊歩道の幅は四メートル弱、両側の手摺は腰ほどの高さがあり、左右に躱《かわ》せる範囲は限られている。しかも前方を見れば、逃げるアントニア星人のカップル達で道が塞がっていた。

“このままじゃマズい…”

 ノヴァルナがそう思った直後、目の前に小さな十字路が現れた。交差している遊歩道は三メートル弱で、自分とノアが走っている遊歩道より細い。そのせいか、そちらの道を逃げるアントニア星人の姿はない。

「ノア、こっちだ!!」

 ノヴァルナはそう言ってノアと十字路を右に折れた。民間人を巻き添えにする事は避けられるが危険度は増す。ただ遊歩道はより複雑に曲がりくねり、幹の上方から銃を撃つ傭兵達の照準を甘くした。舌打ちした傭兵のゲーブルは一気に距離を詰めていく。さらに仲間のジェグズもそれに続いた。

 二人の傭兵が幹から飛び降り、ノヴァルナとノアに直接襲い掛かって来たのは、丸い屋根付き展望台の一つに差し掛かった時である。
 展望台を挟むように降下して来た二人の傭兵は、四本のメカニカルアームで遊歩道に降り立つと同時に、バックパックと一体化した、両肩のショルダーアーマーの上部から横方向へ飛び出すものがある。高速回転する卍型のナイフだ。

「ノア!!」

 身の危険を感じたノヴァルナは、咄嗟にノアを突き飛ばす。「きゃあッ!」と叫び声を上げたノアは展望台から放り出された。半回転して背中から落下するノアだが、遊歩道の下は分厚い落ち葉の層となっており、クッションとなって彼女を保護する。
 一方のノヴァルナもノアを突き飛ばすと同時に身を伏せた。次の刹那、その頭上をゲーブルの放った二枚の卍型ナイフが、弧を描いて飛来し交差する。
 さらに今度は背後からジェグズの卍型ナイフ。展望台の中を転がったノヴァルナが、元いた柱に卍型の刃が突き刺さった。

 傭兵のショルダーアーマーに取り付けられた卍型ナイフ―――手裏剣の射出機は、ゴーグルの照準機能と連動していた。回転数と角度を変えて、新たな手裏剣が二人の傭兵の肩から放たれる。
 だがノヴァルナも反応は素早く、手摺に足を掛けてジャンプすると、柱と屋根のへりを掴んで身軽に屋根の上に駆け上がった。四枚の手裏剣が電灯の光に引き寄せられた蛾のように、展望台内部の何もない空間を虚しく引き裂く。

「ちょこまかと!!」

 苛立った声を上げ、ゲーブルはハンドブラスターを構えた。しかし照準をつけられる前にノヴァルナは屋根の上から、ゲーブル向けて飛び掛かる。身をかわそうとしたゲーブルだったが、ノヴァルナが空中で蹴り出した脚の爪先に、握っていた銃が弾き飛ばされた。板張りの遊歩道の上に転がるハンドブラスター。丸腰のノヴァルナはそれを拾い上げようとするが、次の瞬間、殺気に気付いて反射的に四肢を翻した。すると直後に猛然と伸びて来た、ゲーブルのメカニカルアームが遊歩道の分厚い板木を貫き砕く。その先端は鋭く尖っており、単なる移動用の機械腕ではないのは明白だ。奪い取ろうとした銃は、メカニカルアームの開けた穴から落下してしまった。

 クッ!…と歯を食いしばるノヴァルナ。「ふん。我が間合いに飛び込んで来たか」と、さらにゲーブルは左右のメカニカルアームを突き出して来る。脇に逃れたノヴァルナは、二段目の手摺を掴んでその間を足からすり抜け、さらに逆上がりしながら体をひねって、手摺に片足を掛けると、一気に手摺に上に飛び乗るアクロバティックな動きを見せた。その動きについて行けず、ゲーブルの繰り出したアームは空振りし、見当違いの手摺を上からへし折った。

「クソッ!!」

 ノヴァルナの敏捷さに悪態をつくゲーブル。ただその間に展望台の反対側の遊歩道にいたジェグズが、体を浮かせたまま四本のメカニカルアームで駆けつけて来る。それを視界に捉えたノヴァルナはジェグズに向け、手摺の上を器用に五歩、六歩と駆けて跳躍した。直後に横に薙ぎ払ったゲーブルのアームが通り過ぎる。

 遊歩道の上に飛び降りたノヴァルナは、さらにジェグズに向かって行く。ノヴァルナの背後には仲間のゲーブルがいるため、銃が使えないジェグズは二本のメカニカルアームで突き刺そうとした。ノヴァルナを正面から、尖ったアームの先端が金属の鑓となって襲い掛かる。

 しかしノヴァルナの身体能力は驚くべきレベルだった。ジェグズのメカニカルアームが喉を抉ろうとするのを、咄嗟に身を沈め、僅か二センチ程の差でやり過ごしたのだ。アームの先端はノヴァルナが被っていた、ストライプ柄の中折れ帽のひさしだけを貫き、遊歩道の向こうへ跳ね飛ばす。

 しかもノヴァルナの行動はそれだけに留まらず、体を沈めた勢いで板の上をスライディング、ジェグズの体を浮かせている四本のメカニカルアームの間、つまり股の間を滑り抜けた。「なにっ!」と驚いて下を向くジェグズに出来た隙を突き、ノヴァルナは素早く立ち上がってバックパックの右側面に固定していた、ライフルを力任せに引っぺがす。

「この…」

 ジェグズは後ろを振り返りながら、メカニカルアームを裏拳の要領で振り回した。だが機械の腕は後ろには回らないらしく動きが鈍い。そういった緩慢さを見逃すノヴァルナではなく、ジェグズが正面を向いたところを、ライフルの銃床で思いきり殴りつけた。反射的に自分の腕でガードするジェグズだが、そのガードした手首を銃床で強かに打ち据えられて呻き声を漏らす。続いて殴りつけるノヴァルナ。

 ところがその時、ジェグズの背後から両側を回り込むようにして、卍型ナイフが飛んで来た。ジェグズの後ろからゲーブルが、ノヴァルナの位置に見当をつけて射出したのだ。即座に反応して身を引き、ノヴァルナはライフルを振るった。右側から飛んで来た手裏剣が弾き飛ばされる。しかし左側から来た手裏剣はノヴァルナの左肩を切り裂いた。鮮血が飛び、ノヴァルナの意識に激痛が走る。

「ぐ…」

 自分の油断を呪詛の言葉ごと噛み締めて飲み込むノヴァルナ。形勢逆転と勢い込んで繰り出すジェグズのメカニカルアームを、ノヴァルナはライフルの銃床で打ち防いだ。だがメカニカルアームのパワーは強力で、「うあッ!」と声を上げたノヴァルナは、後ろの円形展望台の中まで吹っ飛ばされる。
 それを追い込むようにメカニカルアームで跳躍したのはゲーブルだった。展望台の屋根に降りて、アームで薄い屋根板を貫き、上からノヴァルナを串刺しにしようとする。体勢を立て直す猶予もなくノヴァルナは展望台の床を転がって、連続して屋根の上から突き刺して来る、ゲーブルのアームの攻撃を躱すしか手立てはない。しかもその手前の遊歩道では、ジェグズがホルスターからハンドブラスターを取り出した。



▶#07につづく
 
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