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第17話:道と絆と
#15
しおりを挟む―――四日後
ナグヤ=ウォーダ家のルヴィーロ・オスミ=ウォーダと、トクルガル家次期当主イェルサス=トクルガルの人質交換は、オ・ワーリとミ・ガーワの宙域境界面において予定通り行われた。
それと同時に、イマーガラ家を介してウォーダ家とトクルガル家の間で、不可侵条約が締結された。ミョルジ家の銀河皇国中央、ヤヴァルト宙域への侵攻に伴い、イマーガラ家はその対抗勢力を支援する事態が生じた事、トクルガル家は家中の立て直しに時間が必要である事、そしてウォーダ家も大きな政情不安に陥った事で、この不可侵条約の案件が持ち上がって来るのは、当然とも言える。
さらにこの不可侵条約締結の動きに合わせ、ナグヤ家次席家老でノヴァルナの後見人、セルシュ=ヒ・ラティオがキオ・スー家と交渉中であった。ノヴァルナが拿捕した航宙母艦―――イェルサス=トクルガルの乗った砲艦を襲ったBSI部隊の母艦と、その乗組員の返還交渉を足掛かりに、これ以上の武力衝突を避けるための、和解案の共同作成についてだ。キオ・スー家もナグヤ家も同じ惑星ラゴンに住んでいるため、自分達の惑星は戦場にしたくないというのが本音なのだろう。
「爺。キオ・スーとの停戦交渉は、まとまりそうかぁ~?」
居城であるナグヤ城の城主用食堂で、シェフに用意させた特製のハイパーゴージャス・デラックスフルーツパフェMk.2―――本人命名を頬張りながらノヴァルナは、テーブルの反対側で紅茶の入ったカップを口に運ぶセルシュ=ヒ・ラティオに、のんびりとした口調で尋ねた。
窓の外は今日も雨である。イェルサス=トクルガルが惑星ラゴンを離れて以来、雨の毎日であった。空を見ると雲の流れる速度は速く、風も出ているようだ。
ノヴァルナの質問を受けたセルシュは、「はい」と応じ、さらに続ける。
「殿下がイェルサス殿を襲った、キオ・スーの空母を拿捕されましたおかげで、どうにかまとまりそうにございます」
「ふーん…」
柄の長いスプーンに掬い上げた真っ白なホイップクリームと、それを纏った真っ赤な苺にパクリと食らい付き、気のない返事をするノヴァルナだが、事実、敵の宇宙空母を生け捕りにした意義は大きかった。それは艦の指揮を執っていたのがキオ・スー家重臣、ソーン・ミ=ウォーダだったからだ。ソーン・ミは同じウォーダ家ではあったが、嫡流ではなくキオ・スーの支流に位置する人物である。イェルサスを横取りしてキオ・スー家の人質とするつもりが、逆に自分達の重臣を人質にされたのであるから皮肉な話だった。
「お暇そうですな?」
と尋ねて来るセルシュ。ノヴァルナの煮え切らない様子を気にしての台詞だ。身内同然だったイェルサス=トクルガルや、右腕であったトゥ・シェイ=マーディン、そして恩人であるエンダー夫妻が、一時《いちどき》に去って行った喪失感からか、サイドゥ家のノア姫とひと月も会っていない寂しさからなのか。
「いんや、そうでもねーよ~…」
パリポリ…とパフェに刺してあったスティック状の焼き菓子を、口にくわえたままで食べていくノヴァルナ。ひと言発する度に焼き菓子は短くなり、全てを噛み砕いたあとに、今の自分が思案している中身をセルシュに告げた。
「スェルモル城に…カルツェんとこに、動きはないか?」
それを聞いてセルシュは“なるほど、そういう事か”と納得する。ノヴァルナの感情は他人からは判り難い。正確に言うと積極的、攻撃的になっていない精神状態の時は、須らく“ボーッと”しているように見える事が多いのだ。
今のノヴァルナが気にしている事は、イェルサスを人質交換に送る際の囮作戦をキオ・スー家に漏らしたカルツェの部下、側近のクラード=トゥズークに対し、いまだ何の処分も行われていないというこの状況についてだ。
この件では、カルツェ一派の中にいる内通者からの連絡で、待ち伏せを知ったノヴァルナだが、そのクラードの情報漏洩と内通者に関する連絡は、セルシュに知らせるまでで止めており、ノヴァルナとカルツェの父親で、ナグヤ家当主のヒディラスには知らせていなかった。以前ササーラに語ったように、カルツェの自主判断に任せるためである。だが四日が過ぎた今日の今まで、カルツェ一派には何の動きもなかった。
「畏れ多き事ながら、いまだ何の情報も入手出来ておりません」
セルシュのその言葉を聞いて「そうか…」と応じたノヴァルナは、天井から吊るされているシャンデリアを見上げる。例えカルツェが何もしなくとも内通者がいる事を知れば、クラードやミーマザッカ辺りの暗躍も、今後は控えざるを得なくはなるはずだ…
「ま、いっか…」
と呟いたノヴァルナは、突然残っていたパフェを一気喰いした。唖然とするセルシュを尻目に、空になったパフェグラスにスプーンをカラン!と響かせて放り込んで、「やめだやめだ!」と言いながら立ち上がる。今どうにもならないものをあれこれ考えていても、始まるものではない。
「訓練にでも行って来るぜ。『センクウ』も直って来た事だしなぁ!!」
それからさらに三日が経ち、モルザン星系でしばしの休息と身体検査を終えたルヴィーロ・オスミ=ウォーダが、惑星ラゴンへ帰って来た。さすがに今度は、キオ・スー家も妨害行為は行わない。
スェルモル市の宇宙港に着陸した、衛星軌道上のモルザン星系艦隊のシャトルから降り立つルヴィーロ。その映像をホログラムスクリーンで眺める、スェルモル城のヒディラスは満足げな笑みを浮かべた。まだやれる!…という、復活の決意を込めた笑みだ。
確かにセッサーラ=タンゲンのイマーガラ軍、ドウ・ザン=サイドゥのミノネリラ軍との戦いは、薄氷を踏む思いの引き分けだった。そしてアージョン宇宙城は敵の手に落ち、ミ・ガーワ宙域に得た占領地は失陥。宇宙軍は大打撃を受け、キオ・スー家とは完全に敵対関係となった。
しかしそれでも…将は揃っている。頼もしい後継者達もいる―――
行方不明となっていた次期当主ノヴァルナが生還した。さらに今またルヴィーロも戻って来た。我が弟ヴァルツは意気軒昂で、主立った武将達も無傷で健在である。そう思ったヒディラスは四十代という自分の年齢も加えて、人材さえあればまだナグヤ家を立て直せると気概を高めたのだ。
“シーゲン・ハローヴ=タ・クェルダは人は城、人は石垣と言ったそうだが…なるほど、その通りだな”
またサンガルミ宙域星大名ホゥ・ジェン家を興したソーンボーグ=ホゥ・ジェンは、己の野心を解き放ったのが齢《よわい》六十を過ぎてからだという。そうであれば、自分もこれからだという気になる。
それもやはり、ノヴァルナが帰って来た事が大きく影響していた。突然帰還を果たすとタンゲン艦隊の前に窮地に陥っていた自軍を救い、サイドゥ家と一時的和解をもたらすノア姫との婚約発表という驚天動地の一手を打った。さらに一週間前も、どうやって知ったかは分からないが、イェルサス=トクルガルの囮を使った護送をキオ・スー家が待ち伏せしている事を見抜き、これを打倒したのだ。
やはりあやつを次期当主と見定めた、わしの目もなかなかのものよ―――とヒディラスは冗談交じりに自画自賛した。つい数か月前まで、頭を抱えたくなるような騒ぎばかり起こして、何度も廃嫡を考えては思い直していたのが、夢を見ていたようですらあった。
そしてルヴィーロ。家督継承権を失った自分のクローン猶子。不遇な立場でありながら不平を言わず、アージョン宇宙城攻防戦では、BSHOに自ら乗り込んで敵を引き付けたという。あれも我が子には違いない。
ヒディラスは傍らで同じ映像を見ている、ナグヤ家筆頭家老のシウテ・サッド=リンに穏やかな目で告げた。
「ルヴィーロがこの城に戻ったら、みな揃って慰労の会食でも催すとしようぞ…ノヴァルナもナグヤから呼び寄せてな」
「は?…ははっ」
シウテ・サッド=リンは反ノヴァルナ・親カルツェ派の急先鋒、ミーマザッカ=リンの兄である。弟ほどではないにせよ、ノヴァルナの次期当主には思うところがあった。だが今は主君の心遣いを慮り、静かに頭を下げる。
この時ヒディラス・ダン=ウォーダは四十三歳。一時は“届かぬ夢か”と諦めていた道はこれまでに築いて来た、そしてこれから築かれるであろう絆によって、再び開こうとしているのを感じていた………
【第18話につづく】
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