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第17話:道と絆と

#06

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 どんちゃん騒ぎは深夜にまで及び、さすがに起きていられなくなったマリーナとフェアンが寝室に引き上げると、騒ぎ疲れたリビングにはまったりとした空気が流れ始めた。

 ソファーの上で胡坐をかいたノヴァルナは、NNLのコミュニティサイト『iちゃんねる』を立ち上げ、ホログラムスクリーンに映し出された自分への批判スレに、何事かを書き込んでネット民と口論しているらしく、ムキになってホログラムキーを叩いている。
 キノッサは床に寝転がって大の字で爆睡しており、イェルサスは行儀よく座り、袋入りのスナック菓子をぼんやりとした表情で口に運んでいた。

 するとイェルサスの胸の内に、不意にこみあげて来るものがある。明日にはこの屋敷を引き払い、ミ・ガーワへ向かわなければならないという事が、実感として沸き上がったのである。

 一人で出歩く事は制限された人質生活とは言え、ナグヤ=ウォーダ家の次期当主の庇護下で暮らした二年間は何不自由なく、兄のような存在のノヴァルナは手荒くとも優しく、頼もしかった。天真爛漫なイチ姫は可愛らしく、可憐なマリーナ姫は胸をときめかせてくれた。そして新たに屋敷にやって来たキノッサは、何かにつけ笑顔を提供してくれた…

 そういう全てがいっぺんに失われてしまう―――そんな思いに囚われたイェルサスは、スナック菓子を頬張りながら目を見開いたまま、ポロポロと涙を零し始める。

 その時、ジャージ姿のイェルサスの後ろ襟をむんずと掴む手があった。イェルサスの涙に気付いたノヴァルナだ。

「なぁあに、泣いてやがんでぇ! イェルサス!」

「えっ!?…べ…」

 イェルサスが狼狽して「別に」と言いかけるのを、後ろ襟を掴んだノヴァルナは有無を言わせず立ち上がらせ、力任せに引っ張る。

「うるせぇ! いいからちょっと来い!!」

 そう怒鳴ったノヴァルナがイェルサスを連れ出したのは、屋敷の裏庭だった。十一月の夜風は冷たく、イェルサスは肩をすぼめて身震いする。

「イェルサスっ!!!!」

 クルリと振り返ったノヴァルナは、仁王立ちになってイェルサスに呼び掛けた。

「はっ…はっ、はいっっ!!!!」

 いつもの如く説教されると思ったイェルサスは直立不動になる。だがノヴァルナは次の瞬間、右腕を天に突き上げ、星空を指差して言い放った。

「空を見ろ!!  空を見て涙をこらえろ、イェルサス!!」

 「えっ?」と声を漏らしつつ、言われるままに天を見上げるイェルサス。冬を間近にした月の出ていない夜空は空気が澄んで、満天の星に包まれていた。その下でノヴァルナは煌く星々を指差したまま、叩きつけるようにイェルサスに言う。

「あそこに帰る時が来たんだ。泣いてる暇はもうねぇぞ。胸を張れ!!」

「!!」

 それはいかにもノヴァルナらしい比喩であった。星の海に帰る時が来たとは即ち、星大名への道を歩み出す時が来たのだという意味である。

「だ、だけどノヴァルナ様…僕は」

 ミ・ガーワのトクルガル家に帰り、当主の座を継ぐという事は、必然的にイマーガラ家の支配下に入るという事であり、つまりはノヴァルナのウォーダ家と敵対関係になるのだ。それを告げようとして言い淀むイェルサスに、ノヴァルナはみなまで言うなとばかりに、「アッハハハハハ!」と高笑いで応じた。

「強くなれ、イェルサス!!」

「はい!?」

「先の事なんて誰にも分かんねぇ! 次に会う時は敵か味方かなんてなぁ、そん時の成り行き次第ってもんだ。だから強くなれ!―――」

 薄暗がりの中で良くは見えないが、イェルサスはノヴァルナが、いつもの不敵な笑みを浮かべているであろう事を感じ取る。

 そしてイェルサスは理解した。“強くなれ”とは、戦場の戦いだけを指しているのではない。イマーガラ家の傀儡としての、トクルガル家当主であらなければならないこれからの不遇に耐え、自分を磨き上げていつの日にか、星大名としての大輪の花を咲かせてみせろ!…と、この破天荒な兄貴分は言い聞かせてくれているのだ。

 ノヴァルナは傲然と胸を反らせて、さらに続けた。

「敵として会った時は、俺をビビらせるぐらいに!…そして味方として会った時は、俺が安心して背中を任せられるぐらいになぁ!!」

「ノヴァルナ様…」

 ノヴァルナの力強い励ましの言葉に、再び涙が零れそうになったイェルサスは、言いつけ通り星空を見上げて、声を詰まらせながら返事する。



「は…はいっ!!…」



 するとイェルサスの背後、リビングの中から陽気な声が掛けられた。

「出来るなら、お味方としてご一緒したいものですねぇ」

 振り向くとそこには、さっきまで床で大の字に寝ていたはずのトゥ・キーツ=キノッサが、毒気のない笑顔で立っている。

「なんだてめぇ、寝てたんじゃねーのかよ?」

 ノヴァルナが問い質すと、キノッサはリビングの明かりに照らされた顔を、わざとらしくしかめてみせた。

「いんやぁ、殿下にあんだけ馬鹿デカイ声出されちゃ、おちおち寝てられませんて」

「んだとぉ!?」

 頓狂な声を上げるノヴァルナにさらに二階の窓が開き、パジャマ姿のフェアンとマリーナも顔を覗かせて、抗議の言葉を投げかける。

「そうだよ。兄様、うるさい!!」

「兄上、いい加減にしてください。そんなとこにいつまでも…風邪を引きますよ!」

「アッハハハハハ!」

 周囲の抗議も何のその、再び高笑いしたノヴァルナはイェルサスに歩み寄ると、まるでプロレスのヘッドロックを仕掛けるような勢いで、腕を回して肩を組んだ。そしてノヴァルナ自身も星空を見上げて明るく言い放った。

「どうせなら、イェルサス! いつか俺達二人で銀河征服でもしよーぜ!!」

「えへへ…」

 と照れ笑いのイェルサス。そこにすかさずキノッサが口を挟む。

「では、お二人の殿軍《しんがり》は、このキノッサが務めまする!」

「はぁ? てめ、なんで殿軍なんだよ!? それって負け戦じゃねーか!!」

 そう返して大笑いする三人を二階から見下ろしていたマリーナは、呆れたように小さくため息をついて、微かに笑顔を浮かべ、フェアンに告げた。

「いいわ。ほっときましょう、イチ。窓を閉めてちょうだい」

「はーい」

 ピシャリと音を立てて閉まる窓の下、自分の気持ちにようやく踏ん切りのついたイェルサスは、肩を組んだままのノヴァに尋ねる。

「明日、見送りに来てくれますか? ノヴァルナ様」

 それに対してノヴァルナは、不敵な笑みを大きくして応じた。

「おう。任せとけ!」





 その頃、イマーガラ家の占領下にあるミ・ガーワ宙域、ヘキサ・カイ星系第五惑星アージョンの宇宙城では、一隻の戦艦と護衛の一個宙雷戦隊が、今まさに発進準備を終えようとしている。先月のアージョン宇宙城攻防戦で捕虜にした司令官、ルヴィーロ・オスミ=ウォーダ―――ナグヤ=ウォーダ家当主ヒディラス・ダン=ウォーダのクローン猶子を乗せて、イェルサス=トクルガルとの人質交換に向かうためである。

 交換はイマーガラ家第5宇宙艦隊司令、モルトス=オガヴェイがオ・ワーリ宙域との国境まで出向き、無人の恒星系の一つで行う手筈となっていた。

 アージョン宇宙城の内部、座乗艦への連絡艇に向かうイマーガラ家重臣モルトス=オガヴェイは、シャトル・ベイへの通路をもう一人の重臣、第3艦隊を指揮する女性司令官のシェイヤ=サヒナンと共に歩いていた。
 いや正確にはシェイヤはトクルガル家の本拠地惑星ヴァルネーダにおり、そこから超空間通信で送られて来ている、全身像ホログラムを同行させているのであり、シェイヤの方は歩いていない。

「―――報告は聞いた。トクルガル家の方はどうだ?」

 気圧差からシャトル・ベイに向けて通路を吹く風に、長めの白髪をなびかせて歩くオガヴェイは、ホログラムのシェイヤに尋ねる。

「はい。すでに受け入れ態勢は整っております」

 シェイヤは丁寧な口調で応じた。三十代半ばの女性将官ながら、宰相セッサーラ=タンゲンの後継者と目《もく》されているだけあり、惑星ヴァルネーダに艦隊を駐留させてトクルガル家の内外の不穏な動きを抑えると同時に、イェルサスをトクルガル家当主として迎え入れる準備を滞りなく進めている。

「しかしながら、オガヴェイ様…」

「ん?」

「私は今回のタンゲン様の策、乗り気にはなれません」

 シェイヤのタンゲンに対する何かに疑問を抱く言葉を聞き、オガヴェイは歩みを止めてシェイヤのホログラムに振り向いた。

「武人らしくない、と申すか?」とオガヴェイ。

「は…このようなやり方は」

 シェイヤの不満にオガヴェイは「ふむ…」と息をつき、タンゲンについて語る。

「二年前。お主がまだ第3艦隊を任せられる前の話だ…タンゲン様はナグヤ=ウォーダ家の嫡男のノヴァルナという子供を、途方もない将の器を秘めていると酷く恐れられてな」

「ノヴァルナ…あの大うつけと領民達にまで、揶揄されている子供ですか?」

「うむ。第一次アズーク・ザッカー星団会戦の時、そのノヴァルナを捕らえるため…いや捕らえられなくとも、戦場に立つ事に恐怖を植え付けようと、タンゲン様は初陣のノヴァルナが占領を任されていた、とある植民星の住民…およそ五十万人を、全て焼き殺すように命じられたのだ」

「!!!!」

 シェイヤはそんな話は初耳らしく、ホログラムの中で身をすくめる。

「すべてはイマーガラ家のため…そのようなお方なのだ。タンゲン様は」

 オガヴェイはそう言い捨てると、立ち尽くすシェイヤのホログラムを置いて、その場を歩き去って行った………
  




▶#07につづく
 
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