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第17話:道と絆と
#02
しおりを挟む「はぁ? なんでだよ?」
それがナグヤ家からエンダー夫妻に与えられたホテルのロイヤルスイートで、ムツルー宙域への帰還を打ち明けられた時の、ノヴァルナの反応だった。
当然である。帰るにしても手段はおよそ一年がかりのDFドライヴしかなく、一瞬で約五万光年を跳躍したトランスリープの時のように、三十四年の時間まで跳躍する事は出来ない。従って到着してもそこは、カールセンとルキナが住んでいた頃の皇国暦1589年のムツルー宙域ではなく、1556年終わり頃のムツルー宙域なのだ。
それに二人がいた皇国暦1589年の世界は、ノア・ケイティ=サイドゥがナグァルラワン暗黒星団域で事故死した世界であって、そのノアが生きている事、そして向こうの世界では銀河皇国関白の座に就いていた、ノヴァルナと婚約した事が、どのような改変を生み出すのかも不明だった。大きな影響がなければ、これらは誤差の範囲の事象として収束され、エンダー夫妻のいた宇宙と同じ歴史を辿るであろう。だが大きく歴史が改変していくようであれば宇宙は分裂し、1589年の世界は全く別のものとなる可能性が高い。
だがカールセンとルキナの気持ちは固まっていた。いや、むしろどのような変化を迎えるか、ムツルー宙域からそれを観察したいという、学術的な意識が日に日に高まっていたのである。
しかも、ただ観察だけするつもりはなく、すでに今現在、ムツルー宙域に存在しているはずの、例の『超空間ネゲントロピーコイル』を調べる心積もりだ。
「調べるっつっても、民間人がおいそれと行ける場所じゃねーぞ」
そう言って、眉間に皺を寄せたのはノヴァルナである。
「恒星間シャトルぐらいなら幾らでも…いや、あんたらになら、新鋭戦艦の一個戦隊ぐらい進呈しても構わねーが、そんな事で片付く話じゃねーしな」
さらに言葉を続けたノヴァルナに、カールセンは穏やかな口調で応じた。
「戦艦は要らないが、その代わり、ウォーダ家の紹介状が欲しいな」
「紹介状?」
「向こうで星大名家に仕官しようと思ってな。ウォーダ家お薦めの人材だったら、仕官も有利だろうし」
「あんた、またアッシナ家に仕えるつもりか?」
カールセンはかつて、星大名のアッシナ家の会計監査局で働いていた武官であった。不当な扱いを強いられた事でその職を辞して、妻のルキナと惑星アデロンで自動車整備店を営んでいたのだ。
またその時の二の舞になるのでは…という懸念からか、気遣う目をするノヴァルナに、カールセンは指先で顎の無精髭を撫でながら、ニコリとして応じた。
「いや。まずはダンティス家に、声を掛けてみるつもりだ」
「ダンティス家…か」
その名前を聞いて、ノヴァルナは“辺境の独眼竜”ことマーシャル=ダンティスの顔を思い起こした。もう二度と会う事はないだろうが、互いの意地をぶつけ合った、友人としての思いは変わらない。ゆっくりと別れの挨拶を交わす時間がなかったのは、惜しまれるところではあるが。
しかし1555年である今は、まだマーシャルは生まれていないはずだ。そこでノヴァルナはNNLを意識下で立ち上げ、近くの出力端末からホログラムスクリーンを呼び出しておいて、銀河皇国の星大名のデータベースにアクセスした。その中からダンティス家をピックアップすると、現在のダンティス家のデータがスクリーンに表示されていく。
「現在の当主はティルムール=ダンティス…たぶんアイツの親父だな。俺とノアが飛ばされた三十四年後よりはまだ、政情は安定してるみたいだが…大丈夫か?」
真顔で尋ねるノヴァルナの様子に、カールセンに寄り添っていたルキナが微笑を浮かべて告げた。
「ふふ…ノバくんて、やっぱり優しい子」
ルキナの裏表のない言葉にノヴァルナは顔を赤らめて指で頭を掻く。ルキナはにこやかに続けた。
「心配しなくていいよ。この人の仕官が駄目になっても、私達なら生きていく場所は何処にでもあるもの………」
私がこの人を支えるから―――言外にそう伝わって来る、ルキナの真っ直ぐな瞳を思い出して回想を終えたノヴァルナは、自分達がいる島の草原をふと見渡し、カールセンへの羨望と、ノアがいま傍らにいない空虚感で僅かに口元をすぼめる。
そんなノヴァルナの気持ちを感じ取ったのか、ルキナは両腕を大きく広げた。
「ノバくん、お別れにギュッとさせて」
「ぅえ?…いいっすよ、そんなの」
赤面の度合いを高めてたじろぐノヴァルナ。するとルキナの方から、ノヴァルナに抱き着いていく。夫のカールセンは苦笑してそれを見守る。ノヴァルナを強く抱き寄せたルキナは、心を込めて告げた。
「離れ離れになっても、ノバくんもノアちゃんも、私達は家族だよ」
ルキナにそう言われると、ノヴァルナは素直に「さんきゅ」と感謝の言葉を口にした。そして同時に不思議なものだとも思う。血の繋がりがある本物の両親や弟などより、他人であるエンダー夫妻やイェルサス=トクルガル、そして後見人のセルシュの方が、家族としての実感を得られるのだから。そしてルキナはノアの事も忘れずに付け加える。
「ノアちゃんの事、しっかりね!」
「わかってるッス」
およそ三週間前、ルキナに唆《そそのか》されてナグヤ=ウォーダ家とサイドゥ家、イマーガラ家の三つ巴の戦場でぶち上げたノヴァルナとノアの婚約発表だが、その後、毎日NNLのメール交換はしてはいるものの、会えない日々が続いていた。ナグヤ家とサイドゥ家の間でも、ノヴァルナとノアの結婚に向けた具体的かつ本格的な動きはない。
両家とも戦後処理が終わっていない状態であるから、話が進まないのも尤もだが、実際はあの婚約発表は、両家がイマーガラ家に対して敗北寸前であったのを打開し、一時的な共同戦線を張るための方便だと考えているのは明らかだった。
だが無論ノヴァルナもノアも、命を賭けて結びつけた絆を、一時的なものにするつもりなどは毛頭ない。ルキナの言葉はそれを後押しするものだ。
「ノバくんも元気で…あんまりやんちゃして、ノアちゃんを困らせちゃ駄目よ」
そう言って、ノヴァルナを抱き締めていた腕を解くルキナだが、表情は笑顔でも目には光るものがあった。そんなルキナの肩に手を置いて、カールセンがノヴァルナに語り掛ける。
「連絡は取るよ。ネゲントロピーコイルの事も含めて」
「ああ。だけど、あんたとルキナねーさんの生活を優先してくれよな」
「そうさせてもらうさ…じゃ、元気で」
「おう。あんた達も…紹介状はソッコー書いて、ゲートに着くまでに転送するぜ」
「助かるよ」
笑顔で応じたカールセンはルキナと頷き合って、先に『クーギス党』のシャトルへと向かった。ノヴァルナは待たせていたマーディンに歩み寄る。こちらは『ホロウシュ』筆頭解任は表向きで、皇都で『トランスリープチューブ』に関する情報収集任務が、ノヴァルナより与えられている。
「マーディン…」
「はっ…」
穏やかだったノヴァルナの表情に真剣味が加わる。
「ミョルジ家の侵攻で今、皇都は混乱している状況だろう。身の安全を図りながら上手くやれ」
「御意」
ノヴァルナの言葉の通り、銀河皇国の中枢宙域であるヤヴァルト宙域は現在、アーワーガ宙域星大名のミョルジ家の侵攻を受け、戦乱の様相を呈している。ただ皇都キヨウに潜り込むには、この状況は好都合である。マーディンが『クーギス党』の船でキヨウに向かおうとしているのは、銀河皇国の各宙域出入国管理局に記録が残らない方法で、皇都に入るためであった。あの『恒星間ネゲントロピーコイル』を建造した謎の組織が、銀河皇国そのものと繋がりがある可能性を考えての事だ。
この他にも、完全に敵対関係となったキオ・スー家を警戒しての事もある。ナグヤ家と同じ惑星ラゴンに領地を有するキオ・スー家は、ナグヤ家より上位であり、出入国管理権を持っていた。そのためノヴァルナの家臣のマーディンが、公式ルートで超空間ゲートに向かおうとすれば、途中で拘束される危険があったのだ。ノヴァルナと親しい間柄にあるエンダー夫妻が『クーギス党』の船を使うのも同じ理由である。
「だがな、マーディン」とノヴァルナ。
「は?」
「カーズマルスとの接触は、最小限にしておけ。俺とノアがこっちの世界に戻る事を予言したって言う連中は、カーズマルスが俺と関りがあるのを知ってるようだからな」
「かしこまりました」
マーディンが頭を下げると、ノヴァルナはモルタナに向き直った。
「じゃあ、ねーさん。三人を頼むぜ」
モルタナは両手を自分の腰にあてたまま、ウインクして応えた。
「ああ。任しときな」
とは言ったものの、まだ何か言いたそうにしているモルタナに気付き、らしくないと感じたノヴァルナは訝しげに尋ねた。
「ん?…どした、ねーさん」
「あ…ああ、別に何でもないさ。あんたも大変だろうけど、頑張りな」
取り繕うように返答したモルタナは、本当はノヴァルナに忠誠心以上の感情を抱いている、『ホロウシュ』のラン・マリュウ=フォレスタの事も“気にかけてやりな”と伝えたかったのだが、余計な世話だと思い直したのであった。
ランはたぶんノヴァルナに、忠誠心が報われる事以上の見返りを求めてはいないはずであり、自分の言葉でそういった方面に不慣れなノヴァルナが変に気を回したりすれば、かえってランを傷付けかねないからである。
“この子は無頓着そうに見せて、繊細だからねぇ…”
内心で肩をすくめたモルタナは、軽く片手を挙げて別れの挨拶を済ませた。
▶#03につづく
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