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第16話:回天の大宣言
#11
しおりを挟むドゥ・ザンの本隊から宇宙艦の補充を受け、12隻から30隻に数を増やしたドルグ=ホルタの第1遊撃艦隊の追撃を受け、統制超空間転移の開始直前であったキオ・スー艦隊が、大きな損害を受けているのを横目に、ヒディラスの艦隊は自軍を三つに分け、さらに弟ヴァルツの一個艦隊と合わせて、目論み通り機動戦を開始していた。
ヴァルツ艦隊を先鋒に中央部隊をヒディラス自身、右翼をウォーダ一門のウォルフベルド=ウォーダ、左翼をアルテューダ星系独立管領のデュセル=カーティスが指揮を執り、四つの部隊がそれぞれ二列縦隊を組むと、連携を組んでサイドゥ軍に立ち向かう。
「ほう、ヒディラス殿。えらく動きが良いな」
サイドゥ軍総旗艦『ガイライレイ』の艦橋で、ドゥ・ザン=サイドゥは味方の宇宙艦が数隻、ヒディラス軍の攻撃で瞬く内に撃破される様子をスクリーンで眺め、まるで他人事のように言った。
「敵は我が陣左翼に、攻撃を集中して来ております」
参謀がウォーダ軍の動きを伝える。
「フーマの第5艦隊を狙って来たか。右翼のティカナに命じ、ウォーダ軍に横撃を加えさせよ。さほど間合いは詰めなくともよい」
雁行の陣を組んでいるサイドゥ軍は、上から見ると左右に広がった“W”状となっている。ウォーダ軍はその左側の翼に位置する、コーティ=フーマの艦隊から突き崩すつもりのようであった。だがこれは陽動ではないかとドゥ・ザンは睨んでいる。それゆえに右側の翼を指揮する第9艦隊のジューゲン=ティカナへ、間合いを詰めるなと付け加えたのである。
はたしてドゥ・ザンの読み通りに、ティカナ艦隊が横撃を喰らわせようとした直前、ヒディラスの本隊とカーティスの左翼部隊が、針路をティカナ艦隊へと変じて突撃を仕掛けた。だがティカナ艦隊はドゥ・ザンの指示に従い、間合いを詰めてはいない。素早く回避行動に移って突撃をやり過ごそうとする。逆に分断されたのはウォーダ軍の方だ。
「中央部隊、射撃開始!」
こちらに横っ面を晒す形となったヒディラスとカーティスの部隊に対し、ドゥ・ザンは直率の中央部隊に射撃を命じた。各艦のブラストキャノンが唸りを上げ、たちまちヒディラスらの艦隊に幾つもの閃光が走る。
ところがヒディラスの真意は、“肉を切らせて骨を断つ”というものであった。ドゥ・ザンの本陣との距離が最短となった時、温存していたBSI部隊を発進させる。
ヒディラスの直率部隊から発進したのは、ナグヤ家BSI部隊総監カーナル・サンザー=フォレスタ自身が率いる直属部隊で、精鋭中の精鋭一個中隊32機だった。
サンザーはこの時44歳。ノヴァルナの親衛隊『ホロウシュ』に属するラン・マリュウ=フォレスタの父親のフォクシア星人である。美女であるランの父親らしく美丈夫だが、性格は武闘派という言葉がピタリと当てはまる武人であった。
専用BSHO『レイメイFS』を駆り、容赦なく敵を撫で斬りにしてゆく様《さま》をして、“鬼のサンザー”と敵味方双方から畏怖されている。
「全機、我に続け!」
サンザーの短い命令に精鋭一個中隊は、引き絞られた矢が放たれたように、ドゥ・ザンの本陣へ突撃を仕掛けた。迎撃のサイドゥ軍BSI部隊が立ち向かうが、部隊の先陣を切るサンザーの『レイメイFS』は右手に超電磁ライフル、左手に大型十文字ポジトロンランスを握り、次々と敵のBSIユニットを返り討ちにする。特に右手の大型十文字ポジトロンランスは、ひと振りする度にサイドゥ軍のBSI『ライカ』が真っ二つになった。
「進め、進めーーーッ!!」
サンザーが闘志を燃やすのは、ウォーダ軍の勝利のためであるのはもちろんだが、それに加え、相手がドゥ・ザンの本陣だという事で別の意味もある。フォレスタ家は先代までミノネリラ宙域のトキ家に仕えており、ドゥ・ザンにトキ家が追放されたため、トキ家を離れてウォーダ家のヒディラスの家臣となった因縁の相手だからだ。ずる賢い日和見主義者の宇宙ギツネと揶揄される事が多いフォクシア星人であり、家を存続させるためなら他の武家でも普遍的だったこの行為に、殊更後ろ指を指されなければならなかった屈辱を、サンザーは忘れてはいない。
一方のドゥ・ザンはサンザー隊の突撃に焦るふうもなく、むしろ感心したように言う。
「おお。剛の者よの…何者であるか?」
その問いにオペレーターが機体を解析して、その結果を戦術状況ホログラムにアップしながら告げる。
「家紋照合『三ツ星に鶴』。ナグヤ=ウォーダ家BSI部隊総監、カーナル・サンザー=フォレスタの機体と思われます」
するとそれを聞いたドゥ・ザンは人の悪い笑みを浮かべた。
「なるほど、フォレスタ家のものか…これは面白い。ゼノンゴークのBSI部隊を呼べ。あ奴に迎撃させるのだ」
ドゥ・ザンの命令で本陣艦隊の間から湧き出るようにBSI部隊が現れた。それを指揮するのはヒスルヴォ=ゼノンゴークという男である。専用BSHOは『ハッケイVS』。ノアのBSHO『サイウンCN』と同系統の機体だ。左のショルダーアーマーには『星紋魔法陣』の家紋が描かれている。
ゼノンゴークはポジトロンパイクを構え、サンザーの『レイメイFS』に突進しながら、全周波数帯送信で呼び掛けた。
「久しいな、サンザー殿!」
声と家紋で、サンザーは相手が誰であるか即座に理解した。その直後十文字ポジトロンランスとポジトロンパイクが宇宙空間で切り結び、青い炎のようなプラズマを輝かせる。
「お主、ヒスルヴォか!」
ヒスルヴォのゼノンゴーク家は、サンザーのフォレスタ家同様、かつてはミノネリラ宙域星大名のトキ家に仕えていた。だが、トキ家が家老であったドゥ・ザンの簒奪に遭い、隣国エテューゼに追放された際、サイドゥ家に仕える事を良しとしないフォレスタ家は、ウォーダ家へ仕官したのに対し、ゼノンゴーク家はそのままサイドゥ家に従うようになったのである。
サンザーとゼノンゴークが切り結んだのと同じく、それぞれの指揮下にある部隊も、空中戦を開始する。その中でサンザーは忌々しげに言い放った。
「どけ、ヒスルヴォ! 主家を追い出した奸臣などに仕えおって!!」
どけと言われて、ゼノンゴークが言いなりになるはずもない。
「片意地張るばかりが武人ではない。それに簒奪者と言うならば、ウォーダ家とて同じであろう!」
「実力で奪い取るのと、謀略で掠め取るのは違う!!」
互いに歯を食いしばり、操縦桿を握る指に力を込める。双方のBSHOのバックパックからは、重力子の黄色い光のリングが連続して輝くが、どちらも譲れるものではない。
その間にドゥ・ザンはしたたかに本陣を後退させ、さらに両翼を切り離してそれぞれに機動戦で、二つに分かれたウォーダ艦隊を迎え撃ち始めた。
「やはり“マムシのドゥ・ザン”は、一筋縄ではいかぬな」
苦笑を浮かべるヒディラスに、通信スクリーンに映るヴァルツが不敵な笑みを返す。
「だが敵が三つに分かれたのであれば、逆にどうにかなる」
「また気楽に言いよる」
「このままの形で第八惑星に連中を誘引しよう、兄者。ドゥ・ザンの本陣が手薄になっている、今の状態が好機だぞ」
「よかろう」
ヴァルツの進言でナグヤ=ウォーダの艦隊は、サイドゥ艦隊と交戦しながら針路を僅かずつ、星系防衛艦隊の潜むモルザン星系第八惑星へ変え始めた。
ただ生半可な芝居では、ドゥ・ザンに罠の存在を見抜かれる可能性がある。そこでヴァルツは、行動を共にしているウォルフベルド艦隊に告げた。
「ここは我等に任せ、ウォルフベルド殿はヒディラス殿の本隊に合流されよ」
ヴァルツの意図は、ヒディラスの中央部隊とデュセル=カーティスの左翼部隊にウォルフベルドの右翼部隊を加え、その戦力の厚みを増して敵右翼部隊を圧迫、ドゥ・ザン本隊の援護を誘引し、その流れで第八惑星方向へ移動するというものだ。だが、そのためにはヴァルツの艦隊28隻だけで、五倍近い敵左翼を引き留めなければならない。
「正気か、ヴァルツ殿!?」
通信スクリーン内で眉をひそめるウォルフベルドに、猛将ヴァルツはニヤリとして短く応える。
「武人の本懐これあり」
▶#12につづく
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