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第16話:回天の大宣言

#01

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「馬鹿な! イル・ワークラン家の艦隊が撤退するだと!?」

 オ・ワーリ宙域モルザン星系外縁部に集結し、ドウ・ザン=サイドゥの侵攻部隊を待ち構えていたウォーダ家連合艦隊の、ナグヤ部隊旗艦『ゴウライ』で、ヒディラス・ダン=ウォーダは愕然として振り向いた。

「どういうつもりだ、ヤズル殿は!?」

 ヒディラスが座る司令官席の傍らに立つ、ナグヤ家筆頭家老シウテ・サッド=リンも、ベアルダ星人の熊のような頭で、今にも噛みついて来そうな剣幕だ。二人に睨み付けられた通信参謀は、慄きながら報告を続ける。

「そっ、それが、イル・ワークラン家本拠地星系の、オ・ワーリ=カーミラで政変が!…ヤズル・イセス様ご嫡男カダール様、謀叛にてイル・ワークラン城占拠、その鎮圧に至急ご撤収との由にございます!」

「なに!…謀叛!?」

「このタイミングでか!?」

 思いも寄らぬ凶報に、ヒディラスもシウテも、周囲に居合わす参謀達も顔色を失う。

 およそ二ヵ月前のロッガ家との密約を発覚させた失態で、謹慎を命じられていたカダール=ウォーダが、反ヤズル派の家臣に担ぎ上げられる形で、本拠地のイル・ワークラン城に入城したのは、すでに前日の事である。主君ヤズル・イセスとそのクローン猶子、ブンカーがサイドゥ家侵攻部隊の迎撃に出ている留守を衝いたのだ。

「イル・ワークラン艦隊、離脱を開始」

 オペレーターの報告に、ヒディラスは『ゴウライ』の艦橋の窓を見る。星の海の中を、二百隻近い艦がゆっくりと、左舷方向に舵を切り始めていた。ギリリ…と奥歯を噛み鳴らすヒディラス。二百隻と言えば、今のウォーダ家連合艦隊の半数近い。

 イル・ワークラン艦隊が撤退したあとに残るのは、第一次防衛線を張ったムルク星系の戦いで多数の艦が損傷した、キオ・スー家部隊が約二百隻に、自分達ナグヤ部隊がおよそ百隻。そしてこのモルザン星系を領地とする独立管領、ヒディラスの弟であるヴァルツ=ウォーダの艦隊が約三十隻である。
 数だけ言えばまだ、三百隻あまりのドウ・ザン艦隊とほぼ互角だが、前述の通りキオ・スー艦隊とナグヤ艦隊には損害艦も多く、またヴァルツ艦隊も前哨戦となったサイドゥ家武将、ドルグ=ホルタの艦隊との戦闘で少なからず傷ついたままだ。

“この戦力で、果たして勝てるのか…”

 ここを抜かれると、あとは本土決戦しかないのである。

 そしてヒディラスには別の懸念もあった。隣国ミ・ガーワ宙域のナグヤ家占領地、アージョン宇宙城の司令官である自分のクローン猶子、ルヴィーロ・オスミ=ウォーダや、次席家老のセルシュ=ヒ・ラティオ率いるナグヤ第2宇宙艦隊と、全く連絡が取れなくなっている事だ。

 アージョン宇宙城はトーミ/スルガルム宙域星大名、イマーガラ家の宰相セッサーラ=タンゲンが率いる部隊の接近を察知し、ヒディラスへ緊急電を送って来た。それに応じてヒディラスは、本拠地星系オ・ワーリ=シーモアに残していた第2宇宙艦隊を増援に派遣したのだが、先日来、そのどちらとも連絡が取れないのである。

 もしアージョン宇宙城を失陥したのなら、たとえサイドゥ家を撃退してとしても、経済圏が縮小したナグヤ家は、さらに弱体化してしまうだろう。

“或いは、見果てぬ夢であったのだろうか…”

 ヒディラスは遠くの宇宙空間にポツリと浮かぶ、モルザン星系の恒星モザナを視界に捉えて、ふとそんな事を思った。

 領地の流通産業の活性化で財を増し、軍を整え、領地を広げてさらに財を増し、皇国政府への献金で貴族界隈とも独自に誼を通じて、いまやナグヤ家を主家であるキオ・スー家や、総宗家であるイル・ワークラン家に比肩する地位にまで導いた………

 しかしミノネリラ宙域への無理な進攻に敗れ、ミ・ガーワ宙域に得た領地を奪われて、何より大いなる将器を秘めた嫡男の、ノヴァルナまで失ってしまったのだ。

“かくなる上は、ドゥ・ザン殿との相討ちを、我が命の花道とするか………”

 いつぞやノヴァルナが告げたように、次男のカルツェなら家は大きくならずとも、生き延びさせるだけの器量はある。あとはこれに任せて―――そう考えているところへ、弟のヴァルツから通信が入った。

「兄者」

 通信スクリーンに映るヴァルツの呼び掛けに、ヒディラスは「うん?」と少し面倒臭げに応じる。

「弱気は禁物だぞ」

「なに?」

 まるで今の自分の心情を見抜いたような弟の言葉に、ヒディラスは眉をひそめた。だがヴァルツの言いたかった事は、イル・ワークラン艦隊の離脱についてだった。

「ヤズル達の事は気に病むな。機動戦を仕掛けて、ドウ・ザン殿を俺のモルザン星系内へ引き込め。実はな…第8惑星の陰に、星系防衛艦隊を待機させているのだ。大型砲艦も、三十隻ほどあるぞ」

「ヴァルツ、おまえは…」

 星系防衛艦隊とは、恒星間航行能力を持たない宇宙艦で構成される、文字通り配備された星系のみを防衛するための艦隊である。DFドライヴ機関を搭載していないため、艦の大きさは小さくとも、戦闘力は大型艦並みのものが多い。

 ただこれらは、星系内の住民居住惑星周辺に配置する最終防衛艦であって、ヴァルツが告げたような最外縁惑星周辺では、運用しないのが普通である。
 それをここへ持ち込んだという事は、あとは居住惑星上の対空兵器や、航続距離の短い攻撃艇に宙雷艇、そして防衛衛星やそこに配備された僅かなBSI部隊しか、防衛戦力は存在しないのを示していた。つまりヴァルツは背水の陣を敷いたのだ。

「ここは俺の星系…逃げるわけには行かんからな。どうせなら全額賭けに出て、駄目だったら“御免なさい”てなもんさ」

 さすがは“猛将”と呼ばれる男であった。どのような敵にも怯まない勇猛さでは、おそらくウォーダ一族で、右に出る者はいないであろう。

“潔く死すも武人なら、最後まで足掻くもまた武人、という事か…”

 ヴァルツの覚悟に気を取り直したヒディラスは、闘志を蘇らせた目で告げた。

「いいだろう。その賭け…俺もひと口、乗せてもらおうか」



 だが味方の撤退を見て、闘志を奮い立たせる者がいる一方で、己の保身を考えだす者もいるのが、世の常である。いやこの者の場合、すでに予め保身のための手を打っていた。

 キオ・スー艦隊総旗艦『レイギョウ』に座乗する、ディトモス・キオ=ウォーダは、腹痛を我慢しているような顔で通信士官に問い質す。

「ダイ・ゼンからの連絡はまだか?」

 ディトモスは、キオ・スー家筆頭家老のダイ・ゼン=サーガイからの、超空間通信…惑星ラゴンのフルンタール城に住む、ナグヤ家嫡流クローン猶子の三人を捕縛した旨の報告を待っていたのだ。

 ディトモスの思惑は、そもそもナグヤ家のヒディラスによる、ミノネリラ宙域への独断侵攻に端を発したこの紛争を、ノヴァルナが関係したノア姫の消失も含めて、クローン猶子を人質に全てをナグヤ家の責任とし、ナグヤ家当主ヒディラスの処遇に賠償案を加える形で、サイドゥ家との和議を図ろうというものであった。

 これは過日ノア姫を捕らえ損なったダイ・ゼンの窮余の策であり、実は第一次防衛線の戦闘で突出し、大損害を受けたように見えるキオ・スー艦隊だが健在な艦は多数ある。

 ディトモスは自軍の損害状況を偽り、過大に報告している。そのためこの第二次防衛線では、前衛にイル・ワークラン家、主力をナグヤのヒディラスとモルザンのヴァルツ、そしてディトモスが後詰めという布陣を、当初は敷いていた。

 ディトモスが、ヒディラスの嫡男ノヴァルナの三人のクローン猶子を捕らえたという、ダイ・ゼンからの報告が本拠地惑星ラゴンから入るのを待っているのは、この陣形を利用し、前衛のイル・ワークラン艦隊がサイドゥ家と戦闘している間に、損害艦と偽った艦艇群で後方からヒディラスの乗艦『ゴウライ』を包囲、クローン猶子を人質にヒディラスを捕らえて、サイドゥ家に和議を持ちかける算段だからである。

 ダイ・ゼンが仕組んだこの策に、ディトモスも乗り気だった。

 近年隆盛著しく、次第に目障りとなって来ていたナグヤ家の、当主ヒディラスを排除出来たとなれば、何を考えているか理解出来ない、不気味な存在の次期当主であったノヴァルナも行方不明となっている今、この目障りなナグヤ家を骨抜きにする、絶好の機会でもあるのだ。
 また、イル・ワークラン家にこの策略を伝えていないのは、何も知らずにサイドゥ軍と戦わせて、オ・ワーリ宙域統治の政敵であるイル・ワークラン家の戦力を、消耗させておきたいという魂胆もあった。

 ところがそのイル・ワークラン家が長子カダールの謀叛により、戦闘開始前に撤退してしまったのだ。いずれは決着をつけるべき政敵が混乱する事自体は、ディトモスにとって結構な話であるが、如何せんタイミングが悪すぎる。

 一応数的優位を保っていた自軍が、イル・ワークラン家の撤退で、敵と拮抗するまでに低下したとなると、戦況がどう転ぶか見定めるのが困難となる。それゆえディトモスは、いまだダイ・ゼンからのクローン猶子捕縛の連絡がない事に、焦りを覚え始めていたのであった。下手をすれば、ヒディラスを捕らえてドゥ・ザンに差し出す前に、自分達を含めたウォーダ軍全体が、大打撃を被ってしまう。

“うぬぅ…間に合わぬなら、ここはヒディラスに死守させ、我等もシーモアまで撤退するしかあるまい”

 今回の迎撃戦では、名目上とは言えディトモスが総司令官であり、またキオ・スー家がナグヤ家の主家である主従関係は変わっていない。死守を命じる権利はある。ディトモスは傍らの参謀を振り返り、「我等も撤退準備をしておけ」と命じた。




▶#02につづく
 
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