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第23話:フォルクェ=ザマの戦い 後編
#09
しおりを挟む戦線の瓦解とは瞬時に起きるものである。数的有利であったはずのウォーダ軍のBSI部隊は、ダムル=イーオの撃破で一気に戦意を失い、イマーガラ家・トクルガル家のBSI部隊は、若武者の勝ち鬨で一気呵成に攻勢へと移った。
「ティガカーツ=ホーンダート…敵には回したくないものだ」
口元を僅かに綻ばすシェイヤの顔を、座乗する戦艦『スティルベート』が放つ主砲の閃光が照らし出す。
「閣下のご慧眼、恐れ入りました」
傍らの参謀の一人がシェイヤを称賛する。シェイヤが自軍の艦隊へ、敵BSI部隊に対して、迎撃砲火と直掩機で持ちこたえるよう命じたのは、初陣でありながらティガカーツ=ホーンダートに、『センクウNX』で戦場に飛びだして来た時のノヴァルナ・ダン=ウォーダのような、戦局を一気に逆転するだけの才能の存在を、感じ取っていたからに他ならない。
ただBSI部隊の戦闘において数的不利と知ったシェイヤが、自分に下したティガカーツの単騎駆けに期待するというこの判断に対し、シェイヤ自身は自己批判したかったようだ。
「いいや、とんだ下策だ…」
およそ艦隊司令などといった、戦場全体をコントロールする事が役目の人間が、パイロット一個人の能力に依存するのは、二流以下だ…と、シェイヤは認識していた。自分自身が戦局を左右させるだけの技量を持つ、BSIパイロットの一人であるだけに、それは微かなジレンマを伴う感覚だ。
一方で、BSHOの『タイゲイDC』に乗っていたダムル=イーオを、戦力の中核として心底あてにし過ぎていたシェルビム=ウォーダは、残念ながらまさに二流だったとしか言いようがない。
一挙に戦意を喪失したナガン・ムーラン=ウォーダ軍のBSI部隊は、戦意を高めたイマーガラ軍BSI部隊の前に、数的有利を失っていないにも関わらず逃げ回り、撃破されていく。
だがその状況の中でティガカーツの『カヅノーVC』は、宇宙空間に立ち止まったままだった。
「ふぅ…はぁ…」
ダムル=イーオの『タイゲイDC』との戦闘中には無かった、手の震えがここに来て、ティガカーツの両腕に襲い掛かっていたのだ。それに息も荒くなっている。
「大丈夫か、ホーンダート」
そう言いながら『カヅノーVC』の肩に、後ろから手を置いたのはティガカーツの所属する部隊長の、マハルード中佐が乗る『シデンSC』だった。ダムルの『タイゲイDC』との死闘を制したティガカーツの勝ち鬨を聞き、はぐれていたこの若者の位置を特定して迎えに来てくれたのだ。
「隊長―――」
マハルード中佐からの通信に、背後を振り向いたティガカーツの表情には、ここに来て、ようやく初陣を迎えた若武者の誰もが感じる、恐怖を帯びていた。
「俺…こ、怖いです…」
怖いと言ったティガカーツに、ベテランパイロットのマハルードは、むしろ安堵の表情を浮かべ、「それでいい」と応じる。恐怖を知らぬのと、恐怖を乗り越える力を持つのは全くの別物である。最強のパイロットというのは、恐怖も知らず敵の命を奪い続けるような、単なる殺戮マシンとなる事を指すのではない。そのような者は、さらなる高みに達することなく、いずれ自らを滅ぼしてゆくだけだろう。
「行くぞ、ホーンダート。ついて来い」
マハルードの言葉に、ティガカーツは「了解」と短く応答し、二機は再び戦いの中に機体を投じて行った………
ただティガカーツ=ホーンダートが、初陣で怯懦という感覚を初めて知っても、もはやそれは戦場の大きな流れの中での、片隅の出来事である。ダムル=イーオの戦死で動揺したナガン・ムーラン=ウォーダ軍は、BSI部隊の弱体化がさらに、艦隊の崩壊を招く。
シェルビム=ウォーダの戦術はBSI部隊の数で、艦の数の劣勢を覆そうというものであったため、そのBSI部隊が蹴散らされると、一気に危機的状況に陥る事となった。そして一方のイマーガラ・トクルガル艦隊は、決着をつけるため正面火力を最大にし、前進速度を上げる。
「宙雷戦隊突撃。敵艦隊を貫いて、後方にいる空母群を襲撃せよ」
シェイヤの命令で、イマーガラとトクルガルの艦隊から、単縦陣の宙雷戦隊が三つずつ、六本の鑓のように飛び出した。六つの宙雷戦隊はぐんぐん加速し、ウォーダ艦隊へ肉迫して行く。
これに対してウォーダ軍のBSIユニットの中でも、まだ戦意を残している機体が迎撃に向かって来た。だがこれらの宙雷戦隊には、イマーガラ軍のBSIが護衛に付いており、近寄らせない。
六つの宙雷戦隊はシェルビム=ウォーダの戦艦をはじめとした、砲戦部隊と撃ち合いを行いながらすれ違う。宙雷戦隊は主砲、戦艦は副砲、そして双方から対艦誘導弾が放たれ、宙雷戦隊は軽巡二隻、駆逐艦四隻が大きなダメージを受けて、脱落した。だが宙雷戦隊は止まらない。航過した宙雷戦隊は、後方に下がっていた空母群へ突っ込んでいく。
護衛の駆逐艦と直掩のBSIが決死の覚悟で立ちはだかるが、六つの宙雷戦隊は一斉に散開し、宇宙魚雷の統制発射を行った。その本数は三百を超え、護衛駆逐艦や十数機のBSIで防ぎきれるものではない。空母自身もCIWS(近接防御火器システム)のビーム弾幕で必死に迎撃するが、二本、三本と魚雷を喰らって、舷側から火柱を噴き出す。
空母が次々と撃破され始めると、パニックに陥ったのはウォーダ軍のBSI部隊である。自分達の母艦が全滅したりすると、恒星間航行能力の無いBSIユニットにとっては、悪夢以外の何物でもない。すでに統制を失っていたBSI部隊は、バラバラに自分の母艦のもとへ帰ろうとする。
「ま、待て! 浮足立つな、もっと―――」
各部隊指揮官が命令を出すものの、その指揮官自身の声が上擦っていては、説得力が無い。この辺りは部隊指揮官だけでなく、シェルビム=ウォーダの艦隊司令部にも言えた。なぜならこの戦いの冒頭で述べた通り、ナガン・ムーラン=ウォーダ艦隊は新たに編制されたばかりであり、ほとんどの兵が初実戦であったからだ。
この状況にシェイヤは、決定機が訪れた事を確信し、残る自軍の戦艦と重巡航艦に下令した。
「砲戦部隊は全艦前進し、敵の旗艦へ集中砲火。決着をつける」
「本艦はいかが致しますか?」
そう問いかけたのは、シェイヤが座乗する旗艦『スティルベート』の艦長だ。味方が圧倒的有利となった状況で、攻勢に加わるべきかの判断を仰いだのである。これは二の足を踏んでいるのではなく、勝利がほぼ確実となった今、配下の艦に戦果を譲ってやるという手もあるからだ。それに死に物狂いとなった敵が、起死回生を狙って、シェイヤの旗艦にのみ総攻撃をかけて来る可能性もあり、突出するのは危険だと言えなくもない。
ただその辺はシェイヤ=サヒナンもやはり、闘志を持った武将であった。微かに首を左右に振り、『スティルベート』に前進を命じる。それに合わせるように主砲を斉射。赤い曳光粒子を帯びたビームが幾条も、シェルビム=ウォーダの旗艦に襲い掛かった。
シェルビム=ウォーダの旗艦が爆発を起こしたのは、そのおよそ十分後。ノヴァルナの新たな政治体制のもとで、モルザン=ウォーダ家、アイノンザン=ウォーダ家のように、栄達を目指したナガン・ムーラン=ウォーダ家であったが、その夢は早くも燃え尽きてしまった。
生き残ったシェルビム艦隊の宇宙艦は、戦艦2・重巡3・軽巡3・駆逐艦7・空母3。その全てが大なり小なり損害を受けており、中には本拠地惑星まで辿り着けそうもないほど、半壊した艦もいる。
ウォシューズ星系からウォーダ軍を一掃し、イマーガラ軍の補給地オーダッカ星系への脅威を排除するという戦略目的を達成したシェイヤは、敗走するウォーダ軍に構わず、作戦完了の報告を送ったのであった。
シェイヤ艦隊とホーンダート艦隊の勝利の報告は、ギィゲルト・ジヴ=イマーガラの本陣だけでなく、オ・ワーリ=シーモア星系第七惑星サパルの宇宙要塞、『マルネー』を攻略中のイェルサス=トクルガル艦隊にも届いていた。
「そう。ホーンダート達、勝ったの」
通信参謀からの報告に、イェルサスは旗艦『アルオイーラ』の司令官席で、安堵の息と共に頷いた。宇宙要塞『マルネー』との激しい攻防で、旗艦の周囲でも、無数の閃光が輝いている。
「それで…ティガカーツは?」
爆発光が艦橋の至近距離で発生し、僅かに目を背けるイェルサスだが、その表情には恐れはない。口調こそ穏やかだが、肝が据わっている時のイェルサスである事が知れる。
「はっ。ティガカーツ殿は敵BSI部隊指揮官のBSHOを含む、合計36機を撃破。被弾数ゼロにて戦闘を終えました」
ティガカーツはダムル=イーオを撃破した後も、十機以上の敵を倒したようだった。これを聞いたイェルサスは、丸い顔に満面の笑みを浮かべる。新たな友人でもあるあの若者の初陣が、気になっていたのだ。
「これは僕達も負けられないね。全艦隊にホーンダートの戦果を知らせて、士気を高めていこう!」
イェルサスの指示は望んだ通り、全軍の戦闘意欲を向上させた。団結力の強さが売りのトクルガル家において、士気を高める事は戦闘力を上げるのに、最も効果的な方法だと言える。火力を強めたトクルガル艦隊の攻撃に、堅牢な宇宙要塞も無数の破孔が穿たれ、苦し紛れの大口径主砲による反撃は、僅かばかりの敵艦を粉々にするものの、思ったほどの戦果を上げられない。
するとやがて『マルネー』全体を、大きく揺さぶる爆発が発生した。要塞外壁に大きく開いた破孔の一つから、内部へ飛び込んだ複数の宇宙魚雷が、対消滅反応炉の一基を破壊したのだ。致命的ダメージと言っていい。
「エネルギーシールド出力低下。要塞主砲の威力、半減します!」
作戦指令室で報告を聞いた守将のジュモル・ディグ=ザクバーは、ゆっくりと司令官席を立つ。そして覚悟を決めた眼で防御指揮官に告げた。
「あとを、頼む…」
「ザクバー閣下!…どうか―――」
BSIパイロットでもあるジュモルの行動を察した防御指揮官が、表情を強張らせ、翻意を促そうとしかけるが、ジュモルは片手を挙げてそれを制止し、自分の意志を通した。
「残りの直掩隊を率いて出る。我が倒されたのちは降伏しても構わん」
▶#10につづく
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