上 下
407 / 508
第19話:勝利への選択

#17

しおりを挟む
 
 ノヴァルナが本拠地惑星のラゴンへの帰路を急いでいたその頃、オ・ワーリに隣接するミ・ガーワ宙域でも、僅かに動きがあった。ミ・ガーワを事実上支配する、トーミ/スルガルム宙域星大名家イマーガラ家より、女性宰相のシェイヤ=サヒナンが来訪。惑星ゼルビアールでこの惑星を本拠地とするキラルーク家の当主、ライアン=キラルークと会見を行っていたのである。

「なんですと!? オ・ワーリ進攻部隊は出さない!?」

 声を荒げたのはライアン=キラルーク、銀河皇国星帥皇室とも血縁のある名門貴族であり、かつてはミ・ガーワ宙域を治めていた宙域管領の家系にあったが、同家が没落した現在は、イマーガラ家の庇護下にあって家老職を与えられていた。
 そのライアンは、キオ・スー家でノヴァルナの庇護下にあった、カーネギー=シヴァのクーデターに加担し、蜂起と共にイマーガラ軍もオ・ワーリ宙域へ侵攻。イル・ワークラン家との戦闘で動けないノヴァルナ軍の隙を突いて、本拠地オ・ワーリ=シーモア星系を制圧するよう、イマーガラ家に働きかけていたのだ。

「はい。ナルミラ星系に駐屯している、オガヴェイ様とも協議した結果」

 シェイヤ=サヒナンは三十代半ばにして、大々名イマーガラ家の宰相―――筆頭家老を務める女性武将で、冷静沈着ながら勇猛果敢。しかもBSIパイロットとしてもイマーガラ家最強と言われている。
 またオガヴェイ(モルトス=オガヴェイ)は、イマーガラ家古参の宿老で、宰相としてまだ若いシェイヤの、良き相談役を務めていた。

「我が申し出を、却下されると申されるか?」

「誠に遺憾ながら、時期尚早かと」

 ライアンは家老であり、シェイヤは筆頭家老という上位の地位にいる。さらに年齢もライアンは二十代半ばであった。それでもシェイヤがライアンに対して丁寧な言葉遣いであるのは、性格的なものと、何より旧ミ・ガーワ宙域領主の家柄を尊重しての事だ。そしてそれゆえに、シェイヤ自らライアンの本拠地惑星まで、わざわざ出向いて来ていたのである。

「しかし、すでにオ・ワーリでは、シヴァ殿が動き出している。ノヴァルナ殿がイル・ワークラン家との戦いを始めた、今が好機と―――」

 翻意を促そうとするライアン。するとそこへ、優先順位の高い事を示すコール音が小さく鳴り、シェイヤの手元で小ぶりなホログラムスクリーンが開く。画面上に流れる文字列を読み取ったシェイヤは、表情を変えずにライアンに向き直って、事務的な口調で告げた。

「情報部より連絡がありました。オ・ワーリ宙域においてイル・ワークラン家は、キオ・スー家との戦いに敗北。惑星ラゴルもすでにキオ・スー家の支配下にあり、また同時に、カーネギー=シヴァ姫は軟禁状態に置かれ、クーデター計画も頓挫したようです」

「!!!!」

 茫然とするライアンを前に、シェイヤは悠然と立ち上がって「どうやら、これ以上はお話する必要もないでしょう」と冷たく言う。そして会見場所をあとにして、自分の艦へ戻りながら、これでいい…と思う。イマーガラ家は現在、キヨウ上洛のための大規模な遠征軍編制を始めたところである。いまはそちらに集中すべきであり、小細工を弄さずとも二年もすればその遠征軍が、上洛の道すがらオ・ワーリの全宙域を呑み込んでいくであろうからだ………


 
 一方ノヴァルナ艦隊に同行し、ラゴンへ向かっていたアイノンザン星系艦隊の総旗艦『エルオルクス』では、ヴァルキス=ウォーダが司令官室で、まだ十代と思われる、中性的な印象の若い副官に自分の考えを話していた。

「ノヴァルナ殿も案外、甘いものだ」

「は?」

「カダールの事だ」

「………」

 無言の副官に構わず、ヴァルキスはさらに言葉を続ける。

「見せしめに殺してしまえば良いものを…生かしておいてやるとはな」

「同じ一族として、温情をかけられたのでしょう」

 副官が当たり障りのない範囲でそう言うと、ヴァルキスはすかさず「それが甘いのだ」と応じた。

「カダール、ノヴァルナ…そして私。この中であとの二人と戦い、勝利し、捕らえたとして、生かしておくのは、ノヴァルナ様だけに違いあるまい」

 副官に対してそう続けてから、しばし考える眼をしたヴァルキスは「やはり、殺しておくか…」と剣呑な事をポツリと呟いて、インターコムの操作パネルに指を触れると、艦橋への回線を繋げる。

「諜報部参謀はいるか? いたら私のところへ来るように」

 ヴァルキスの言葉にしばらくすると、諜報部参謀の肩書に似つかわしくないような、筋肉質の男が司令官室へ姿を現した。

「お呼びでしょうか?」

 執務机の前に大股で進み出た諜報部参謀に、ヴァルキスは端的に切り出す。

「カダールとともに追放された者の中に、パクタ=アクタというスケイド人の側近がいる。カダールに追従口しか言わぬ、矮小な男だ」

「はっ」

「諜報部員を使って買収し、カダールを殺させろ。事故を装うなり、毒を盛るなり、手段は任せる」

 僅かに眉を動かす諜報部参謀。ヴァルキスはさらに続ける。

「報酬は思いのままだと言え。ただし取引では現実的な範囲でな。なんなら我がアイノンザン=ウォーダ家が召し抱えてやってもよい、とな」

「は…」

「そして首尾よくカダールを殺害したならば、口を封じろ」

「万が一自分が殺された際は、カダール殺害がヴァルキス様の指示であった事を、公表するような仕掛けをしていた場合は、いかが致します?」

 諜報部参謀の言葉にも一理ある。パクタのような人間は、そういった“最期の悪あがき”を実際に用意する可能性を考慮すべきであった。「ふむ…」と指先を顎に置いたヴァルキスは少し思考を巡らせ、抑揚のない声で指示を出す。

「その場合は…ノヴァルナ様のご指示で殺害したという話になるように、情報操作を行え」

 それを聞いた諜報部参謀は、異論なし…といった表情で頭を下げた。

「御意…」
 




▶#18につづく
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

銀河戦国記ノヴァルナ 第3章:銀河布武

潮崎 晶
SF
最大の宿敵であるスルガルム/トーミ宙域星大名、ギィゲルト・ジヴ=イマーガラを討ち果たしたノヴァルナ・ダン=ウォーダは、いよいよシグシーマ銀河系の覇権獲得へ動き出す。だがその先に待ち受けるは数々の敵対勢力。果たしてノヴァルナの運命は?

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

銀河戦国記ノヴァルナ 第1章:天駆ける風雲児

潮崎 晶
SF
数多の星大名が覇権を目指し、群雄割拠する混迷のシグシーマ銀河系。 その中で、宙域国家オ・ワーリに生まれたノヴァルナ・ダン=ウォーダは、何を思い、何を掴み取る事が出来るのか。 日本の戦国時代をベースにした、架空の銀河が舞台の、宇宙艦隊やら、人型機動兵器やらの宇宙戦記SF、いわゆるスペースオペラです。 主人公は織田信長をモデルにし、その生涯を独自設定でアレンジして、オリジナルストーリーを加えてみました。 史実では男性だったキャラが女性になってたり、世代も改変してたり、そのうえ理系知識が苦手な筆者の書いた適当な作品ですので、歴史的・科学的に真面目なご指摘は勘弁いただいて(笑)、軽い気持ちで読んでやって下さい。 大事なのは勢いとノリ!あと読者さんの脳内補完!(笑) ※本作品は他サイト様にても公開させて頂いております。

私は、忠告を致しましたよ?

柚木ゆず
ファンタジー
 ある日の、放課後のことでした。王立リザエンドワール学院に籍を置く私マリエスは、生徒会長を務められているジュリアルス侯爵令嬢ロマーヌ様に呼び出されました。 「生徒会の仲間である貴方様に、婚約祝いをお渡したくてこうしておりますの」  ロマーヌ様はそのように仰られていますが、そちらは嘘ですよね? 私は常に最愛の方に護っていただいているので、貴方様には悪意があると気付けるのですよ。  ロマーヌ様。まだ間に合います。  今なら、引き返せますよ?

if 大坂夏の陣 〜勝ってはならぬ闘い〜

かまぼこのもと
歴史・時代
1615年5月。 徳川家康の天下統一は最終局面に入っていた。 堅固な大坂城を無力化させ、内部崩壊を煽り、ほぼ勝利を手中に入れる…… 豊臣家に味方する者はいない。 西国無双と呼ばれた立花宗茂も徳川家康の配下となった。 しかし、ほんの少しの違いにより戦局は全く違うものとなっていくのであった。 全5話……と思ってましたが、終わりそうにないので10話ほどになりそうなので、マルチバース豊臣家と別に連載することにしました。

空のない世界(裏)

石田氏
SF
働きながら書いてるので更新は不定期です。 〈8月の作者のどうでもいいコメント〉 『本格的な夏になりました。学校では夏休み、部活に励む学生、夏の催し夏祭り……ですが、楽しいことばかりではない夏でもある。山のようにある宿題、熱中症等健康悪化、夏休みのない大人。何が楽しくて、こんな暑い中祭りに行くんだと言いながら、祭りに行く自分。まぁ、色々あると思いますが、特に脱水には気をつけましょう。水分不足で、血液がどろどろになると、脳梗塞の原因になります。皆、熱中症だけじゃないんだよ。ってことで、今月も仕事しながら執筆頑張ります』 完全に趣味で書いてる小説です。 随時、概要の登場人物更新します。 ※すいません、途中字数オーバーがありますが、御承知ください。(アルファポリス様更新前の上限一万字の時のことです)

スペーストレイン[カージマー18]

瀬戸 生駒
SF
俺はロック=クワジマ。一匹狼の運び屋だ。 久しく宇宙無頼を決めていたが、今回変な物を拾っちまった。 そのまま捨ててしまえば良かったのに、ちょっとした気の迷いが、俺の生き様に陰をさす。 さらば自由な日々。 そして……俺はバカヤロウの仲間入りだ。 ●「小説化になろう」様にも投稿させていただいております。

処理中です...