368 / 508
第17話:風雲児 都の星で ひと暴れ
#19
しおりを挟むノアの心が折れ始めたのを見透かしたビーダは、あえてそれを無視し、さらに言葉で追い込んでいく。
「ナルナベラ人は体つき同様、“あっち”の方もスゴいらしいですわよぉ。十三人分…慈悲の心で、頑張って受け止めてやってくださいな」
それを聞き、舌なめずりしながら、話に加わって来るバードルド。
「へへへ。俺も混ぜてくださいよ」
「じゃあ、スゴいのが十三人と、お粗末なのが一人」
ビーダに“お粗末”と言われて、バードルドは顔をしかめる。そんなやり取りを無視し、ラクシャスが冷淡な口調でノアに催促した。
「さぁ早く。裸になって、そこの首輪を付けて下さい」
その声に、思考停止状態のままのノアは、床の首輪に釘付けになっていた顔を、のろのろと上げてラクシャスに視線を移す。ラクシャスは口調は冷淡でも、瞳は薄暗がりの中でもギラギラと、征服欲に満ちた光で異様に輝いて見えた。それがまたノアに怯懦の感情を与える。
「い…いや………」
ノアは、自分でも信じられないほど弱々しい声で、頭を振った。それが今の自分に―――怯えきった自分にできる、唯一の行動だったからだ。しかしそれに対するビーダの反応は、ノアの哀願を突き放すものだった。
「はい!?…今、なんと仰いましたでしょうかァ、姫様!!??」
片方の耳に手を添え、わざとらしく大声で訊き返すビーダのいやらしさ。
「今、“いや”と仰ったように聞こえましたが…あらあらァ? そこのメイアちゃんや、ソニアちゃんがこれまでにして来た事を、姫様はやっぱり本心では、汚らしいと思ってらっしゃたのかしら!?」
「ちっ…違―――」
「いいえ。違わないでしょおーーー!!!!」
声を被せてノアの言葉を遮り、発言を封じたビーダは、不意に胸を逸らしてノアを軽蔑の眼差しで見下ろした。そして道化師的な態度の裏に潜む、残忍な本性を覗かせて、ノアの意思を全否定する。
「愛するひとのためなら、見捨てられてもいい?…死んでもいい? はん。そんなもの自分を、恋人のために遂げた非業の死で着飾るための綺麗事よ。世の中には死ぬよりつらい事があるの。それをあんたの侍女や友達は耐え忍んで来たの。その現実を突き付けられて、自分だけは“いや”ですって? ざけるんじゃないわ! 早く素っ裸になって、その犬の首輪を―――」
「もうやめて!」
ビーダの言葉を遮ったそれは、ソニアの叫び声だった。
「お願い! ノアを許して!! ノアはあたしとは違う! あたしのようになっちゃ、いけない人なのよ!!」
「薄汚れた売女に、出る幕はないんだよ!!」
侮辱的な罵声を浴びせるビーダ。銃を突きつけていたルギャレが、ソニアの肩を引っ掴んでやめさせようとするが、ソニアは引き下がらない。
「どうしてこんな酷い事するの!? ノアが何をしたっていうの!!??」
ソニアの言葉も尤もだった。幾らオルグターツの性癖が異常であっても、ノアに対してここまで偏執的となると、何か怨恨があるに違いない。するとビーダがその理由を口にする。この際、ノアにも聞かせておこうというのだろう。
「それは姫様が、オルグターツ様を嫌われているからですわ」
「そ…それだけ?」
驚くほど簡単な理由に、ソニアは唖然とした。しかしビーダには“メンタルドミネーション”を使ったり、嘘をついている気配はない。
「あら。それだけで充分でしょう? こんなにお綺麗なノア姫様が自分を嫌っている…それはオルグターツ様にとって昔からの、この上ない“密かな悦び”であり、“許せない憎しみ”であり続けましたの。そしてその想いを果たすには、目の上の瘤であらせられたドゥ・ザン様が亡くなられた今、オルグターツ様はご自分のお望みを、もはや我慢する必要も無くなられた…そういう事ですわ」
「そんな―――」
「もういいわ。黙らせて!」
さらに何か言おうとするソニアに対し、ビーダは彼女の肩を掴むルギャレへ命じた。ナルナベラ星人の傭兵は、ソニアの頬に容赦なく平手打ちを喰らわせる。悲鳴を上げて倒れ込むソニア。その声にノアは体を震わせて怯えた。
そんなノアをビーダは、持ち前の話術でさらに追い詰めていく。
「我が主君、オルグターツ様がペットとしてご所望なのは、凛として気丈なノア姫様ではなく、穢されきって落ちぶれた惨めな姿のノア姫様ですの。ほかに生きる道が無く、ご自分に縋ってお情けを請う哀れなノア姫様を、オルグターツ様はお求めなのですよ。さぁ早くご友人達を守るため、そうなる覚悟を見せて下さいな」
もはやビーダを見上げ、ただ首を左右に振る事しか出来ないノア。口調を柔らかくしたビーダが、哀れなほどか細くなったノアの心の支えを、染み入るような声でへし折りにかかる。
「ああ…ご心配なく。公開調教の時にはノア姫様にも、おクスリを打って差し上げますから、全てを忘れてお好きなだけ、淫らにヒイヒイ鳴いてくださいまし。調教のご様子は“そのあと”と一緒に映像を録画して、オルグターツ様にお渡しする事になっておりますので、その方がお喜び頂けますわ」
そこにさらに追い討ちをかけるラクシャス。こちらもいよいよ、秘めていた凶暴な本性をあらわにし始めた。
「言っとくけど、オルグターツ様のお望みに叶うようになるまで、ずっと調教は続くし、バサラナルムに戻ったら、こんなもんじゃ済まないからね! 諦めてさっさと、そこの首輪を付けな!! あんたにゃもう、他の選択肢は無いんだよ!!」
執拗に続けられる言葉の暴虐に打ちひしがれたノアの心は、次第に死への逃避を望み始める…尊厳のための死ではなく、現実逃避の死を………
死にたい―――
そんなノアの眼前で、死ぬ事さえ許さぬかのように、床の上の赤い首輪に取り付けられた銀の金具が、照明の光を冷たく反射する。ビーダは眼を細め、わざとノアにも聞こえる声で、ラクシャスに囁きかけた。
「そうだラクシャス。もし大うつけちゃんが生きてたら、お世話になったお礼に、キオ・スー城にも映像を送って差し上げましょうよ。姫様が元気に過ごされてる姿をお見せして、安心して頂かないと」
蔑みの眼で見下ろすビーダとラクシャスの視線を浴び、絶望に包まれた瞳に涙が滲むノア。剥き出しになった本心が哀しく訴える。
“いや…いや!…いや!!…全部いや!!!! 助けて―――”
我慢も限界に達するラクシャス。
「いつまで待たせるんだ!! それなら先に傭兵どもに―――」
その時であった―――
キャビンの扉が大きな音を上げて、外から蹴破られる。そして中へ飛び込んで来たのは、簡易宇宙服を着た若者。
「ノア!!!!」
愛するひとの名を叫ぶその若者は、紛れもなくノヴァルナだった!
【第18話につづく】
0
お気に入りに追加
25
あなたにおすすめの小説
銀河戦国記ノヴァルナ 第3章:銀河布武
潮崎 晶
SF
最大の宿敵であるスルガルム/トーミ宙域星大名、ギィゲルト・ジヴ=イマーガラを討ち果たしたノヴァルナ・ダン=ウォーダは、いよいよシグシーマ銀河系の覇権獲得へ動き出す。だがその先に待ち受けるは数々の敵対勢力。果たしてノヴァルナの運命は?
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
銀河戦国記ノヴァルナ 第1章:天駆ける風雲児
潮崎 晶
SF
数多の星大名が覇権を目指し、群雄割拠する混迷のシグシーマ銀河系。
その中で、宙域国家オ・ワーリに生まれたノヴァルナ・ダン=ウォーダは、何を思い、何を掴み取る事が出来るのか。
日本の戦国時代をベースにした、架空の銀河が舞台の、宇宙艦隊やら、人型機動兵器やらの宇宙戦記SF、いわゆるスペースオペラです。
主人公は織田信長をモデルにし、その生涯を独自設定でアレンジして、オリジナルストーリーを加えてみました。
史実では男性だったキャラが女性になってたり、世代も改変してたり、そのうえ理系知識が苦手な筆者の書いた適当な作品ですので、歴史的・科学的に真面目なご指摘は勘弁いただいて(笑)、軽い気持ちで読んでやって下さい。
大事なのは勢いとノリ!あと読者さんの脳内補完!(笑)
※本作品は他サイト様にても公開させて頂いております。
私は、忠告を致しましたよ?
柚木ゆず
ファンタジー
ある日の、放課後のことでした。王立リザエンドワール学院に籍を置く私マリエスは、生徒会長を務められているジュリアルス侯爵令嬢ロマーヌ様に呼び出されました。
「生徒会の仲間である貴方様に、婚約祝いをお渡したくてこうしておりますの」
ロマーヌ様はそのように仰られていますが、そちらは嘘ですよね? 私は常に最愛の方に護っていただいているので、貴方様には悪意があると気付けるのですよ。
ロマーヌ様。まだ間に合います。
今なら、引き返せますよ?
if 大坂夏の陣 〜勝ってはならぬ闘い〜
かまぼこのもと
歴史・時代
1615年5月。
徳川家康の天下統一は最終局面に入っていた。
堅固な大坂城を無力化させ、内部崩壊を煽り、ほぼ勝利を手中に入れる……
豊臣家に味方する者はいない。
西国無双と呼ばれた立花宗茂も徳川家康の配下となった。
しかし、ほんの少しの違いにより戦局は全く違うものとなっていくのであった。
全5話……と思ってましたが、終わりそうにないので10話ほどになりそうなので、マルチバース豊臣家と別に連載することにしました。
空のない世界(裏)
石田氏
SF
働きながら書いてるので更新は不定期です。
〈8月の作者のどうでもいいコメント〉
『本格的な夏になりました。学校では夏休み、部活に励む学生、夏の催し夏祭り……ですが、楽しいことばかりではない夏でもある。山のようにある宿題、熱中症等健康悪化、夏休みのない大人。何が楽しくて、こんな暑い中祭りに行くんだと言いながら、祭りに行く自分。まぁ、色々あると思いますが、特に脱水には気をつけましょう。水分不足で、血液がどろどろになると、脳梗塞の原因になります。皆、熱中症だけじゃないんだよ。ってことで、今月も仕事しながら執筆頑張ります』
完全に趣味で書いてる小説です。
随時、概要の登場人物更新します。
※すいません、途中字数オーバーがありますが、御承知ください。(アルファポリス様更新前の上限一万字の時のことです)
スペーストレイン[カージマー18]
瀬戸 生駒
SF
俺はロック=クワジマ。一匹狼の運び屋だ。
久しく宇宙無頼を決めていたが、今回変な物を拾っちまった。
そのまま捨ててしまえば良かったのに、ちょっとした気の迷いが、俺の生き様に陰をさす。
さらば自由な日々。
そして……俺はバカヤロウの仲間入りだ。
●「小説化になろう」様にも投稿させていただいております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる