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第12話:風雲児あばれ旅
#11
しおりを挟むやがて三十分後。
火蓋を切った直後から、砲塔群を次々に撃ち抜かれた中継基地は、さらに三日月型の衛星の地表へ放射線状に展張した、固定用ワイヤーを全て切られ、宇宙に漂っていた。『クォルガルード』の戦闘能力を侮った結果だ。
マグナー大佐以下『クォルガルード』の主要士官はすべて、元ミノネリラ宙域星大名サイドゥ家で、戦艦や巡航艦に乗っていた実戦経験豊富な者ばかりである。それが新たな主君ノヴァルナの専用艦を預かるとあって、厳しい訓練で研鑽を重ねて来たのであるから、中継基地程度の防御火砲に後れを取るものではない。
逃げ場を失った敵の輸送船もエンジンを停止。宇宙での戦いも地上と同様に、一方的な勝利に終わったように思えた。だがその時、『クォルガルード』の電探オペレーターが、新たな報告をする。
「長距離センサーに識別信号の無い複数の反応。探知包囲215プラス03。距離4万3千」
「なに?」
眉をひそめるマグナー艦長。さらにこの反応を解析した別のオペレーターが、憂慮すべき続報を告げた。
「反応は小艦隊。戦艦級1・巡航艦級2・駆逐艦級4」
緊張した空気が流れる『クォルガルード』の艦橋。
「星系防衛艦隊ではないのかね?」と副長。
「いいえ。この星系の防衛艦隊は動いていません」
オペレーターの報告にマグナーの表情が曇る。『アクレイド傭兵団』の上級部隊は、強力な宇宙艦隊まで保有しているという情報を耳にしていたからだ。マグナーは重々しい声で命じた。
「地上のノヴァルナ様に緊急連絡。本艦は後退。惑星の裏側へまわれ」
この時、ノヴァルナは地上戦でも勝利し、投降したレバントンとその配下を、峡谷の広場に集めていた。
円形の広場の中央に集められた襲撃者の集団は、全員胡坐座りさせられて、後ろ手に回した親指同士を拘束リングで固定されている。リングは簡単な構造のものだが、これを嵌められているだけで、胡坐座りから自分で立ち上がる事は出来ない。
さらに周囲を『ホロウシュ』と『クォルガルード』の保安科員が、ブラスターライフルを手に取り囲んでいる中。青いパイロットスーツ姿のノヴァルナは、巨躯のササーラに立たされているレバントンに詰め寄っていた。
「だからオッサン。てめぇらの上に掛け合って、この温泉郷は諦めましたって、申し上げるなり、なんなり、しろっつってんだ!」
「でっ…ですから、私の申告程度で動くような…」
「あ? てめぇの命が懸かってんだ。死にたくなきゃあ―――」
まるで、どちらが悪役かわからない物言いをしかけたノヴァルナの、パイロットスーツに取り付けられた通信モジュールが呼出音を鳴らす。宇宙に上がった『クォルガルード』からだ。
「おう、ノヴァルナだ…なに? 所属不明の艦隊が、この星に接近中だと?」
マグナー大佐がさらに、出現した正体不明の小艦隊に対し、乗船しているノヴァルナの二人の妹の安全を考慮して、惑星ガヌーバの裏側へ退避した事を告げると、ノヴァルナはそれを是とした。
「…それでいい。万が一の場合は、妹達を連れてラゴンまで撤退してくれ」
『クォルガルード』との通信を終えたノヴァルナは、両手を腰に当てて空を見上げる。『アクレイド傭兵団』の上級部隊が宇宙艦隊を保有していることは、ノヴァルナも当然知っている。もし出現した艦隊が、自分達に対して敵意を抱いたものであるなら、この状況からは逃げようがない。
「ノヴァルナ…」
今の通信を聞いたノアが、ノヴァルナに歩み寄って来る。ノヴァルナは空を見上げたまま、静かな口調でノアに告げた。
「ノア。おまえは『サイウン』で逃げろ。どっかに身を隠せ」
ノアの技量と『サイウンCN』の性能があれば、彼女だけでも逃げる事は可能だろうという、ノヴァルナの判断と気遣いである。自分の婚約者の心根を理解しているノアは、さもありなんと目を細めた。
ただそんな婚約者と、はじめから運命を共にすると決めているノアは、ノヴァルナの隣に並んで同じように空を見上げ、あえて緊張感のない声で応じる。
「やなこった」
自分のお得意のセリフを奪われたノヴァルナは、苦笑いして肩をすくめた。その直後、ガヌーバの衛星軌道上へ進入した正体不明の小艦隊から、戦艦だけが前進。大気圏へ降下突入を始める。
ガヌーバの紫がかった青空に、遠雷のような音が段々と大きくなって来た。降りて来る宇宙戦艦の姿が、白くぼやけたものから灰色…そしてそこから濃さを増すにつれ、形状も次第にはっきりしたものになる。楔形を基本にした形状は、かなり巨大だった。全長は1000メートルほどはあろうか。総旗艦級の中でも巨大だ。
「ありゃぁ…俺の『ヒテン』よりでけぇな」
焦るふうもなく感想を述べるノヴァルナ。その視線の先で、巨大戦艦の艦底の一部が開き、三機のシャトルが発進した。一方的な攻撃を受けるのではなく、どうやら何らかの交渉の機会はあるようだ。ササーラとランがノヴァルナの元へ、カレンガミノ姉妹がノアの傍らへ、護衛のためにやって来る。少し離れた位置では、天光閣から出て来たエテルナをはじめとする旅館主達と観光客。そしてトゥ・キーツ=キノッサにネイミアと連れの男二人が、固唾を飲んで見守っていた。
三機のシャトルは軍用であり、短い主翼の下に旋回式のビーム機銃が装備されている。三機に一連射されただけで、この場にいる人間達がひとたまりもない事は、間違いない。だがノヴァルナに動揺した様子はなく、胸を張ったままシャトルの到着を待つ。
巨大戦艦から発進したシャトルは、特に攻撃的な行動に出る事無く、ノヴァルナ達がいる広場に隣接する、公共駐車場へ着陸した。ノヴァルナ達のバイクが置いてある駐車場だ。
まず二機のシャトルから、二十名ずつ兵士が駆け下りて来る。状況はレバントンらがこの温泉郷を襲撃して来た時と似ているが、今回はならず者に変装した傭兵のようなものではなく、統一感のある完全武装の兵士達である。彼等は広場を望む駐車場の端で一列に並び、ノヴァルナ達に向けてブラスターライフルを構えた。
そして残る一機から降りて来る人物。黒いボディアーマーに全身を包む二人の護衛を従え、どこの所属ともつかないグレーの軍装を来たその人物は、二年前に『アクレイド傭兵団』がオルグターツ=サイドゥの依頼で、ノア姫を拉致しようとした事件の際、その指揮官ハドル=ガランジェットの死と作戦の失敗の報告を受けて、ノヴァルナを“最大の駒”と呼んだ、白髪の初老の男だった。
二人の護衛と共に歩きだした初老の男は、公共駐車場から広場へ通じる道へ入る際に軽く片手を振る。それを合図に、兵士達は一斉に構えていたライフルを、肩へ置いた。とりあえずは交戦の意思がない事を示した形だ。
初老の男が歩いて来る間に、ノヴァルナは広場にひとかたまりに集めた、レバントン達を見渡した。ならず者達は不安げな様子だけだが、レバントンは近づいて来る初老の男を凝視し、顔を青ざめさせている。どうやらレバントンだけは、あの初老の男が誰か知っているようだ。しかも反応からすると、“雲の上の存在”とも言うべき地位にあるのだろうか。
初老の男はまるで物見遊山にでも来たような態度で、ゆっくりとアルーマ峡谷の風景を眺めながら広場へ入って来た。待たされる身となったノヴァルナだが、こちらも落ち着いたものである。暇潰しのつもりか、ノアの脇腹を指でつつき、ノアに「あん!」と声を上げさせたのはいいが、人前で変な声を出してしまって顔を赤らめたノアに、「なにすんのよ!」と頭をはたかれていた。
「キオ・スー=ウォーダ家ご当主。ノヴァルナ様ですな?」
初老の男はノヴァルナの前に進み出ると、軽く会釈して声をかける。
「おう。あんたは?」
ノヴァルナが気軽に応じて尋ねると、初老の男は白髪の頭をもう一度軽く下げ、丁寧に自己紹介した。
「お初にお目にかかります。私の名はバルハート=ハノーヴァ。『アクレイド傭兵団』最高評議会議員を拝命し、中央本営第3艦隊司令を兼任しております」
「ほう…」
“『アクレイド傭兵団』最高評議会”という言葉を聞いて、ノヴァルナの眼光が鋭く輝く。小物を潰して、思わぬ大物が釣れたようであった。
▶#12につづく
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