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第7話:失うべからざるもの
#22
しおりを挟む初めて客を取らされたのは、メイアとマイアがまだ十二歳の時だった。
拒めばプロモーターの男や、その手下達から酷い目に遭わされる。
いや…自分が叩かれたり蹴られたりされるのは、いくらでも耐えられた。耐えられないのは双子のもう一方も、同じ目に遭わされる事である。メイアはマイアのために、マイアはメイアのために、その境遇を受け入れたのだった………
二名の敵を射殺したメイアは、即座に敵のブラスターライフルを拾い上げ、階段の上から下方に向けて一連射する。その先に敵がいなくとも構わない。相手に銃撃音を聞かせるのが目的だ。さらに残していた手榴弾の安全装置を外し、階段下へ放り投げた。閃光と爆発が起きる。これでこちら側の階段は、敵も警戒心を強めてすぐには上がって来ないはずだ。
メイアはハンドブラスターのエネルギー弾倉を一つ取り出すと、階段の降り口に置いて、敵のブラスターライフルの一丁を手に、もう一丁を肩から掛けて走り出した。階段は廊下の反対側にもあるからである。
廊下の中ほどに来た時、反対側の階段から敵が姿を現した。
間髪入れずメイアは立ち止まり、ブラスターライフルを腰だめで連射する。壁面に飛び散る火花と、「ギャッ!」と上がる敵の悲鳴。あとの敵は慌てて階段へ引き返した。
売り飛ばされた双子姉妹にとって、悪夢のような日々は続いた。栄養のあるものを食べさせてもらえる、身なりも清潔で綺麗にしてもらえる、しかしそれはあくまでも“売り物”だからだ。
パフォーマンス少女団とは名ばかりに、歪んだ男達の欲望を受け入れるだけの過酷な毎日に、まだ幼さの残るメイアとマイアの心は次第に壊れていった。笑顔を忘れ、故郷を忘れ、自分を忘れていった。冷酷な現実が絶望ばかりを運んで来る。
やがてその日が来た。
自分達がこの宙域を守ってやっているんだと、やたらに尊大な三十代と思われる『ム・シャー』の男…裸でベッドに縛り付けられて繰り返し与えられる、筆舌に尽くしがたい苦しみと激痛の連続…それが壊れていた心に自分を蘇らせた―――絶叫と、助けを求める声となって。
気が付けば、妹のマイアが血の付いたナイフを両手に握り、茫然と立っていた。血の海で苦しみのたうち回る、『ム・シャー』の男を前に。
そして運命の出逢い。
『ム・シャー』の男の館を脱走。プロモーターの男とその手下達に追われて、街を逃げ回るうちに道路に飛び出し、轢かれる寸前で止まってくれた車に乗っていたのが、星大名ドゥ・ザン=サイドゥの妻オルミラと、その娘でまだ九歳のノアだったのである。
追って来たプロモーターの男達の怪しさを見抜いたオルミラは、メイアとマイアを引き渡す事なく保護し、イナヴァーザン城へ連れ帰った。メイアとマイアは初めて逢ったはずのオルミラに、忘れていた母親のような温かさを感じ、泣きながら全てを打ち明けた。
その時のオルミラの反応については、のちに“マムシのドゥ・ザン”をして、メイアとマイアに、「おまえ達のおかげで、あれを本気で怒らせると心底怖いのが、よう分かったわ!」と告げて、苦笑いしたと言われる。
メイアとマイアを拷問しようとしていた『ム・シャー』の男は、一命を取り留めたものの、オルミラの逆鱗に触れて家は改易。武家としての全ての権限と財産を没収された上に、永久追放された。元々、戦闘の技量は高いものの、戦場周辺で捕らえた子女を奴隷として売買していた噂のある、評判の良くない人物だったらしい。
さらに例のプロモーターの男達も捕らえられて投獄。だがオルミラの怒りは収まらず、夫ドゥ・ザンの尻を叩いて、そのプロモーターの男が集めた少女達をもて遊んだ、他の『ム・シャー』や有力者も悉く追放させ、サイドゥ家には綱紀粛正の嵐が吹き荒れたのだった。
そしてメイアとマイアと共に客を取らされていた、他の若い女性達も解放され、オルミラの肝いりで手厚いケアを受けて、社会復帰したという。
ただメイアとマイアは実家に帰る事を拒んだ。自分を売った両親を許せないのではなく、あそこに自分達の居場所はない…と思ったからだ。
するとオルミラは二人に驚くべき提案をした。私の下で働かないか?…ノアの身の周りの世話を、してやってくれないか?…と。
そのノア姫様は、まさに自分達が失くしたもの…光そのものだった―――
純真無垢で優しく美しく、それでいて時折、芯の強いところを見せるノア姫様はすぐに懐いてくれ、「まるで姉様が、二人いっぺんに出来たみたい」と、こんな自分達のような者を喜んで迎えてくれた。
だからノア姫様とずっと一緒にいられるよう、努力は惜しまなかった。侍女としての立ち居振る舞いの習得…身辺警護として、BSIパイロットとしての猛訓練。どれも苦しいなどと感じた事は無い。
だがそれから数年経ったある時、自分達はノア姫様と出逢う前の事を、正直に話した。大切な姫様に隠し事をしたままである事が、つらくなっていたからだった。
十代はじめで客を取らされていた…それを知ったノア姫様に幻滅され、遠ざけられても、隠したままでいるよりはいいとの覚悟。ところが話を打ち明けられたノア姫様は何も言わず、ただ自分達二人を両腕に抱き締めて、ひたすら泣いてくれたのである。
その日以来、自分達はノア姫様のためだけに生きている。婚約者のノヴァルナ様と一緒にノア様が行方不明になった時は、自分達は死んだも同然だった。どれほどの喪失感か思い知らされた。あの…無理矢理客を取らされていた日々の、比ではないほどに。
そうであるからこそ、ノア姫様に危害を加えようとする者は、何人たりとも許さない。自分の命と引き換えにしても!―――
廊下の向こうで新たに人間の動く気配がする。数は少なくはない。どうやら敵の多くを引き付ける事には成功したようだ。メイアは宿泊室の一室の開いた扉に身を隠し、ブラスターライフルの銃把を握り直した………
【第8話につづく】
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