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第7話:失うべからざるもの
#20
しおりを挟む「参りましょう」
メイアが小声で告げると、一向は周囲を警戒しながら廊下を進み始めた。敵と遭遇した場合に備えて、メイアがやや距離を置いて先行する。カレンガミノ姉妹の武装はそれぞれ、ハンドブラスター1丁とエネルギー弾倉が2本。それに小型の手榴弾が2個とアーミーナイフが1本。これに加えドルグ=ホルタが、予備弾倉なしのハンドブラスター1丁。敵の規模が不明であるから、戦闘は避けたい。
迂闊だった…とノアは廊下を進みながら後悔した。この宇宙港を含む周辺エリア一帯が、NNLをはじめとする通信システムの修復作業で、外部との連絡が取れなくなるという報告を聞いた時、こういった可能性を疑っておくべきだったのだ。プログラムエラーというのも敵の工作に違いない。
六人はエレベーターの所へ辿り着いた。だがエレベーターを利用するつもりはなく、メイアはエレベーターの横にあったメンテナンス通路のハッチを引き開ける。そこにはNNLケーブルのメンテナンス用に、細い梯子が一階まで伸びていた。ノア達の身辺警護が任務のカレンガミノ姉妹であるから、こういった万が一の場合の脱出経路は、ここへ来た時にすぐに確認している。
「マイア。先に入って進路を確保」
メイアが銃を構えて警戒しながら告げると、双子の妹のマイアは「了解」と答えてハッチの中に身を滑らせた。それを見届けてからメイアはノアに言う。
「私はここで敵を引き付けます。ノア様と方々はマイアに従って、シャトルへお急ぎ下さい」
「そんな。貴女も―――」
一緒に来なさい、と言いかけるノアだったが、ドルグ=ホルタが肩に手を置いてそれを制する。いざとなればノア姫のために死ぬ…それがカレンガミノ姉妹の使命であり、主君であるノアの指示であっても、引き留めるだけ時間の無駄になるからだ。非情とも取れるがホルタの行動は正しい。ノアは状況を理解し、言葉を変えてメイアに告げた。
「死なないで、メイア」
微かな笑顔と共に小さく頷いたメイアは、足音を殺してその場を離れていく。その間にもホルタはリカードとレヴァルを促して、メンテナンス通路の中へ送り出していた。ノアを振り向き「姫様。お早く」と言うホルタ。
ノアが梯子を下りだして、それに続いたホルタが内側からハッチを閉めた直後、自分達のいた四階で爆発が起きたらしく、炸裂音と揺れがあった。メイアの手榴弾だと思われる。敵と遭遇したのかは不明だった。ただこれに誰かが気付いた場合、ターミナルビルで異変が起きている事が発覚する可能性もあり、敵からすれば先程の銃声と合わせて、歓迎すべからざる事案ではあるはずだ。
メイアが残り、五人となった一行は、緑色の仄かな照明が続く、細い梯子を慎重に降りて行った。すると上の方から微かに伝わって来る、複数のハンドブラスターの銃声。発射音が二種類であるところから、今度は本当にメイアが敵と遭遇したのだろう。
“メイア。無事でいて…”
忠実な侍女兼護衛役の、無事を祈りながら梯子を下りるノア。先行していたマイアはノア達を、二階部分の非常用ハッチの前にある狭いステップで待っていた。
「ここから出ます。周囲には誰もおりません」
小さく告げるマイアにノアの二人の弟の内、年下の方のレヴァルが尋ねる。
「一番下まで降りるんじゃないの?」
マイアは首を左右に振って応じる。
「一階まで降りてしまうのは、かえって危険です」
「ハッチを見張られている可能性が、ありますからな…」
その言葉を繋いだのはドルグ=ホルタだ。ホルタの見立てでは、進入して来た敵の数は、この建物の大きさに対比し、そう多くはないはずだった。理由はあの羽虫型ロボットである。瞬時にこのターミナルビルを、警備の陸戦隊一個小隊ごと制圧出来るだけの数であったならば、羽虫型ロボットで警備兵を眠らせて行くような小細工は弄しないであろうからだ。
そうであるならカレンガミノ姉妹の銃声と爆発で、羽虫型ロボットの襲撃が失敗した事を察知した敵は、必然的に四階部分に集まらねばならない。となれば一階部分の各ポイントとなる箇所に、見張り人数を残すだけであった。そしてそのポイントの一つが、こういったメンテナンス通路への出入り口である。
マイア=カレンガミノの誘導で、ノア達は非常用ハッチから二階廊下へ出た。ここは四階の廊下と違って、両側の壁の足元に間接照明が点いてはいない。明かりと呼べるのは、天井に取り付けられている非常口への誘導灯だけだ。ただ窓からは月明かりが差し込み、真っ暗という訳ではなかった。
無言で進むノア達は途中で、床の上にうつ伏せに倒れている二人の警備兵に出くわす。ホルタがペンライトの光をあてると、倒れた二人の首の裏に、あの羽虫型ロボットがしがみついていた。機能は停止している。おそらく麻酔薬のようなものを相手に注入し終えると、停止するのだろう。
四階での銃撃戦の音は断続的に続いている。不規則な間隔で銃声が止むのは、メイアが上手く立ち回って、敵を翻弄しているに違いない。これは負けられない…とマイアは口元を引き締めた。同時に生まれた一卵性双生児のおため、姉、妹という感覚は薄いのだが、周囲がそういう区別の仕方をするので、こういった場合に競争意識が芽生えるのも仕方のない事だった。
ノア達に先行して廊下の端まで辿り着いたマイアは、半身のまま階段を静かに下りる。下には誰かがいる気配…敵の見張りだろう。手摺の陰に隠れて階段下近くまで来ると、一階反対面の壁にはめ込まれた窓を見る。薄暗がりの中に小さな赤い光が二つ、窓の透明アルミニウムに映っていた。ブラスターライフルの安全装置の光である―――見張り兵は二人らしい。
マイアは静かに銃を懐へ戻し、代わりにアーミーナイフを手に取った………
▶#21につづく
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