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第6話:駆け巡る波乱
#16
しおりを挟む同じ頃、スェルモル城―――
惑星ラゴンで、ノヴァルナが暮らすキオ・スー城があるアイティ大陸とは、反対側になるヤディル大陸。そこは今、深夜であった。
外観を照らす光も大半が消された、この時間のスェルモル城の中、小会議室の一つに連絡を待つ者達が集まっていた。スェルモル城々主カルツェ・ジュ=ウォーダを、彼の兄ノヴァルナに代わり、キオ・スー=ウォーダ家の当主に据えようと画策する者達である。
家老のミーグ・ミーマザッカ=リン、側近のカッツ・ゴーンロッグ=シルバータと、カルツェのお気に入りのクラード=トゥズークを始めとする、十名ほどの武将達だ。ただ、彼等が担ぎ上げるカルツェ本人の姿は無い。
雑談をしていた彼等のもとへ、一人の士官が足早にやって来る。軍装の脇には薄いデータパッドを挟んでいた。待っていた連絡が付いたのだ。
ミーマザッカはその士官を下がらせると、受け取ったデータパッドを机の上に置いて起動スイッチを入れる。NNL(ニューロネットライン)を介さずに、こういった形で連絡が届く場合は、秘匿性の高い重要暗号文と相場が決まっていた。
パッドの画面から、空中にホログラムの家紋が浮かび上がる。銀河皇国星帥皇アスルーガ家一門の『重ね二つ銀河』…シヴァ家やイマーガラ家といった、アスルーガの一族に連なる上級貴族家の紋だ。
しかし今回のこの『重ね二つ銀河』はそのどれでも無い。家紋と数秒遅れで浮かび上がったホログラムキーボードに、ミーマザッカが所定の文字と数字の組み合わせを入力すると、一人の男の上半身が姿を現した。新たにミノネリラ宙域の領主となったギルターツ=イースキーである。『重ね二つ銀河』は、ギルターツが名乗るようになった、イースキー家の家紋でもあるのだ。
「ミーグ・ミーマザッカ=リン殿をはじめとする、カルツェ・ジュ=ウォーダ殿をキオ・スー=ウォーダ家当主に推す方々に申し上げる―――」
ギルターツのホログラムはゆっくりとした口調で述べ始める。
「貴殿らが希望する、カルツェ殿がキオ・スー=ウォーダ家当主となった後の、我等との同盟…我等はこれを承諾するものである」
それを聞き、ミーマザッカらの口から安堵のため息と、「おお…」という声が漏れ出る。彼等が一番懸念していた、ノヴァルナを討った直後のイースキー家からの侵攻が、これで払拭されたのだ。しかもイースキー家はすでにもう一つのウォーダ家、イル・ワークラン=ウォーダ家とも協力関係にある事から、必然的にその意味は大きい。
イル・ワークラン家の現当主カダールは、以前のいきさつでノヴァルナを心底憎んでおり、敵の敵は味方という理屈から考えても、ドゥ・ザンという後ろ盾を失ったノヴァルナに対する包囲網が、完成した事になる。
だがギルターツ=イースキーの同盟の承諾は、タダ、というわけではなかった。
「ついては、同盟を結ぶにあたって、当家が所望致すものがある」
ギルターツのホログラムがそう宣すると、ミーマザッカ達は小さく息をのむ。そんな彼等を前にギルターツは硬い口調で続けた。
「ノヴァルナの婚約者ノア・ケイティ=サイドゥと、ドゥ・ザン=サイドゥの二人の遺児、リカードとレヴァルを捕らえ、当家に引き渡す事…これが同盟締結の条件となる。無論、死亡させるなどはもってのほか、特にノア姫については、再生治療が必要となるような傷を負わせる事も許されぬ。これが果たされてこそ、両家の同盟は正式なものとなる。こちらからは以上だ」
そう言ってギルターツからの伝言が終わると、ミーマザッカ達は難しい表情になる。自分達も同盟締結が無条件だというような、甘い考えは持っていなかったのだが、ノア姫ら三人姉弟の引き渡しがその条件だとは思っていなかったのだ。
「女子供が所望とは意外でしたな」
と漏らしたのはカッツ・ゴーンロッグ=シルバータだ。するとこの中では22歳という一番の若さの、クラードが知ったふうに言う。
「おそらく…最初にドゥ・ザン様が構想された、ノア姫とトキ家のリュージュ様の政略結婚の復活をお考えなのでしょう」
「なに?…」とシルバータ。
「ギルターツ様がリノリラス=トキ様の嫡子であるとするなら、リュージュ=トキ様は異母兄弟。そうなると血縁者では無くなるノア姫ですが、こちらはトキ家の支流、アルケティ家の血筋にも繋がるお方。ノア姫を送り込む事で、ギルターツ殿はイースキー家を名乗るだけでなく、トキ家との繋がりを深め、トキ家を支援していたロッガ家や、アザン・グラン家といった隣国の星大名との関係を、より良好なものに出来るはずにございます。ノア姫様を傷つける事無く引き渡せ、と仰せられるがその証左と」
「ふぅむ…」
よく舌が回る奴だと言わんばかりの眼で、クラードを見るシルバータ。ただクラードの言っている事は間違いではない。
「では、二人の弟も引き渡せと言うのは、ノア姫に言う事を聞かせるための、人質にでも利用するつもりか」
そうミーマザッカが口を挟むと、クラードは追従気味に「流石はご家老様。ご慧眼の通りにございます」と言って大きく頷く。一方のシルバータは、渋柿でもかじったような顔をして呟いた。
「なんだか胸糞の悪い話だな…」
不服そうなシルバータに対し、クラードはミーマザッカと接するのとは打って変わって、軽視するような眼になる。
「納得いきませんかな? ゴーンロッグ様は」
「………」
呼び掛けられる口調も軽く、シルバータは不快そうにクラードを睨み付けた。カルツェのお気に入りとして最近頭角を現して来た、若手の側近クラードだが、その現在の野心の矛先はミーグ・ミーマザッカ=リンに次ぐ、カルツェ派のナンバー2、カッツ・ゴーンロッグ=シルバータに向いている。
シルバータは根っからの武人で、政治的な駆け引きが苦手であり、逆に言葉巧みなクラードは、そこを突いてのし上がろう考えているようだった。
「よいではないか、ゴーンロッグ」とミーマザッカ。
「ドゥ・ザン殿が亡くなられた今が、あの大うつけを廃する好機。向こうも最大の後ろ盾を失ったとなれば、いつ強硬策に出て、我等を粛清しだすやも知れぬ」
そう言うミーマザッカはミーマザッカで、思うところがある。それは兄でキオ・スー=ウォーダ家筆頭家老の地位を得たシウテ・サッド=リンの事だ。
キオ・スー家の筆頭家老の地位は、これまでのナグヤ家筆頭家老の地位よりも遥かに高く、また現在ではナグヤ城主の座まで手に入れている。そのためもあってか最近ではカルツェ派の自分達と、微妙に距離を置き始めたようにミーマザッカには感じられていたのだ。リン家当主としての立ち位置が上がったなら、次はその安泰を求めるようになるのは、尤もな流れである。
“下手をすれば、ノヴァルナの命を受けた兄によって、自分が粛清される事になるかも知れない…”
そんな思考が、このところのミーマザッカの胸の内に渦巻いている。皮肉な事にカルツェ派は、密かに望んでいたはずのドゥ・ザンの死によって、領国統治に性急さを見せるであろうノヴァルナによって、自分達が窮地に陥るのではないかと心配し始めていたのだ。今回のこの行動も、裏には彼等の焦りがあるに違いない。
ミーマザッカは、居並ぶカルツェ派の家臣達を見渡して告げる。
「よし…では、モルザン星系のシゴア=ツォルド殿に連絡。手筈通り謀叛を起こさせる。ただしそのタイミングはこちらの指示で…大うつけの第1艦隊が動ける状態になってからだ」
現在、ギルターツ軍との戦闘で損害を出したノヴァルナ軍は、第1艦隊を優先的に修理と整備を行っている最中だった。モルザン星系で謀叛を起こすのはノヴァルナをおびき出すためであるから、第1艦隊が出動できるようになるタイミングを、見計らう必要がある。
するとクラードがミーマザッカの言葉を受け、口角を薄く上げて述べた。
「では私めは、第1艦隊が出動したあとの手薄な状況を狙い、ノア姫様と弟君らを手に入れると致しましょう………」
【第7話につづく】
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