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第4話:忍び寄る破綻
#06
しおりを挟む翌日の事である。今日は軍装をきちんと着こなしたノヴァルナは、キオ・スー城の敷地内にある中世風の館を一人で尋ねた。死亡した前キオ・スー=ウォーダ家当主、ディトモス・キオ=ウォーダの妻リスティーナと、三人の嫡男が軟禁されている館だ。
館へ向かう際、見送りのノアに「頑張って」と、背中を優しくポン!と押されたノヴァルナだったが、さすがに表情を硬くせずにはいられなかった。
自分達が下剋上で倒した宗家当主の遺族と会うのであるから、本来は繊細な神経を持つノヴァルナにすれば、どうしても気が重くなる。やっぱササーラかカージェス辺りを連れて来た方が良かったかも…と、些か後悔しながら、館の門を警備する二人の兵士のお辞儀に軽く右手を挙げて応え、門をくぐる。
すると来訪を知らされていたリスティーナが、玄関先ですでに待っていた。夫の死を悼む黒のドレスはあてつけがましいと考えたのであろう、淡いラベンダー色をした、落ち着いたデザインのロングドレスを身に纏っている。皇国貴族の三女と聞くリスティーナは、それに相応しく清楚な印象だった。
立ち止まり、サッと緊張した面持ちになるノヴァルナに、リスティーナは無言で深くお辞儀をする。そして上げたその顔には、侘しげな笑みが微かに浮かんでいた。
「ようこそお出でくださいました、ノヴァルナ殿下。本来なら私どもの方をお呼びつけになられて然るべきを、護衛もお付けにならずに、わざわざ殿下御自らお越し下さるとは、まこと恐悦至極にございます」
丁重なリスティーナの挨拶に対して、ノヴァルナは言葉が見つからず、つい「あ、どうも…」と言ってしまい、“うわぁ、これはアカン…”と自分自身にがっかりする。少なくとも星大名家当主が、こういった場面で言う言葉ではない。
そんなノヴァルナの腫物を触るような困惑ぶりに、リスティーナは微笑みの質を温もりを感じさせるものに変え、気遣うように告げた。
「殿下は巷で噂されているよりも、ずっとお優しいお方のようですね。夫の事は戦場での習い…どうぞお気に病まれず。さ、ご案内致しますので…」
清楚な見た目の印象と違い、芯の強さを見せるリスティーナに、ノヴァルナは安堵を覚えると同時に、武将の妻とはこういうものなのか…と考え、ノアなら俺が死んだ時、どうするだろうなどと想いを巡らせながら、館の中へ入って行った………
「私?…こないだ言ったでしょ、“死ぬ時は一緒よ”って」
同じ日の夜、二人の居住区のリビングで、机の上に浮かべたホログラム画面を操作しながら、事も無げに言うノアに、彼女が座るソファーと反対側のソファーに寝転ぶノヴァルナは、眉をひそめて応じた。
「いやおまえ、毎回一緒に出撃するわけないじゃん。俺が遠征とかで戦死したら、どうすんの?…って話だろ」
「え?…だから、その次の貴方の弔い合戦で私が出撃して、敵に突っ込むの」
「いや、生きて家をまとめろよ」
「貴方が死んだら、どうせ滅亡でしょ」
「おまえなぁ…」
なんだかいつもと違うノアの物言いに、寝転んでいたノヴァルナは体を起こして、ノアの向かい側に座り直す。二人ともライトブラウンのスエットスーツ姿と、ひどく庶民的な部屋着だ。
リビングは暖色系の間接照明で下から照らし出され、洗練された中にも温もりを感じさせる。今夜も部屋の中で扉の脇にはマイアが警護に立っているため、ノヴァルナとノアの距離は朝を共にするほど近づきはしないが、互いの気持ちを確認するぐらいはできる。
机の上に浮かべたホログラム画面は、皇国暦1589年のムツルー宙域から帰還して以来、ノアが研究を続けている『超空間ネゲントロピーコイル』についての資料だったが、ノヴァルナはそれを裏から指で押さえて脇に滑らせた。
「ちょっと、何するのよ」
作業の邪魔をされて不満そうに言うノア。ノヴァルナは机の上に肘をつき、ノアの顔を下から覗き込むようにして、何を思っているかを尋ねる。
「いいから、言ってみ?」
「何を?」
「あんだろ? 心配事」
「………」
ノヴァルナの問いに、ノアは口をつぐんでそっぽを向いた。生来の鼻っ柱の強さで、今でも年下の恋人に弱みを見せるのは、苦手なノアである。それにいつもはノヴァルナの繊細さをフォローしている自分が、逆の立場になるのに慣れていないというのもあった。
しかし、ノヴァルナもノアを知っている。ノアが喋りだすまでじっと見詰める作戦だ。やがて根負けしたノアは、横顔を向けて目を逸らしたまま、不承不承といった体で気持ちを吐露した。
「貴方がいなくなったら、私…何もなくなってしまう」
ノアが気にかけているのは、やはり実家のサイドゥ家の行く末だった。サイドゥ家の滅亡はノアの心の拠り所が消え去る事を示している。
ノヴァルナはキオ・スー家との開戦時に宣言した通り、カルネード、バルザヴァ、ヴェルージという、ディトモスの三人の遺児を自分の一門に加える事と、リスティーナに静かに暮らせる余生を約束し、逃げるように館をあとにした。
あれが母というものか―――
自分を待ってくれているノアのもとへ帰る道、ノヴァルナはそんな事を考えた。
無論ノヴァルナにも母親はいる。トゥディラ=ウォーダだ。しかしトゥディラは次男のカルツェを偏愛し、ノヴァルナを嫌って早くから遠ざけていた。ノヴァルナを廃して、カルツェを当主に据えようという支持派の後ろ盾が、このトゥディラではないかとまで言われている。
そのようなトゥディラであるから、ノヴァルナには自分の母親が自分を守るため、敵将に対して、リスティーナのような態度を取るとは想像もつかなかった。それが他人の…敗軍の遺児の母親で、母とはどういったものかを知る機会を得るとは皮肉なものである。
自分の母親の事はさておき、ノヴァルナはノアに、自分の子を守ろうとしたリスティーナの話をして、さらに諭すように続けた。
「おまえはドゥ・ザン殿から、二人の弟を託されたんだろ? しっかりしろや」
するとノアはノヴァルナに説教された事が気に障ったらしく、わざと不機嫌そうな顔を作って、頭の上に置かれたままだったノヴァルナの手を払いのけ、不貞腐れてみせる。
「わかったわよ、バカ。でもだいたい貴方が、“俺が戦死したらどうする?”なんて、訊くのが悪いんだからね」
「へーへー」
ああ言えばこう言うノアに、ノヴァルナは肩をすくめて降参した。ただその一方でノアもノヴァルナが心配してくれた事が嬉しかったようで、さらりと付け加える。
「じゃあ、死ぬのはリカードとレヴァルが、一人立ちしてからにしてよ。だったら貴方と一緒に死ねるでしょ?」
そう言われるとノヴァルナも満更でもないようで、「しょーがねーなー」と言いつつ、ニヤニヤと相好を崩す。ただ今夜のノヴァルナは、ノアに告げなければならない事が他にあった。今の話はそのためにノアを落ち着かせる意味も含んでいたのだ。
「ところでな、ノア」
「なに?」
「マジな話、ちょっと相談があるんだが―――」
マジな話と言っておいて、どうせまたつまらない冗談だろうと、話を聞き始めたノアの目は、次第に真剣なものになっていった………
▶#07につづく
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