上 下
57 / 508
第3話:落日は野心の果てに

#13

しおりを挟む
 
 そのノヴァルナ艦隊と交戦状態に入ったロッガ家艦隊は、コルツ=タルオンという、ラクダのような容姿を持つキャーメラー星人の男が指揮を執っていた。正確にはロッガ家の直臣ではなく、オウ・ルミル宙域内のシーガラック星系を領有する独立管領で、率いる艦隊もシーガラック星系の恒星間打撃艦隊である。

「アヴ・モス・カレンチャ・リス・ビス ノク・ルット・『ヒテン』?」

 シーガラック星系艦隊旗艦『ピチャメッド』の艦橋で、タルオンはラクダに似た顔に生やす黄土色の髭を撫でながら、司令官席の傍らに立つ、同じキャーメラー星人の艦隊参謀に、出現した艦隊の旗艦がノヴァルナの『ヒテン』で間違いない事を再確認した。シーガラック星系は人口の八十パーセント以上をキャーメラー星人が占めており、使用する言語も銀河皇国公用語ではなく、キャーメラー語が標準言語となっている。

「フィケット・ウング!」

 肯定する艦隊参謀の言葉を聞いて、タルオンはニヤリと笑みを浮かべる。サイドゥ家のギルターツからロッガ家の主君、ジョーディー=ロッガに依頼され、自分達シーガラック星系軍に回って来た、ドゥ・ザン=サイドゥの二人の嫡男が乗る艦を拿捕、もしくは破壊するという任務でオ・ワーリ宙域に侵入したのだが、思わぬ獲物が現れたのだ。

 ノヴァルナ・ダン=ウォーダ―――昨年のイル・ワークラン=ウォーダ家との、水棲ラペジラル人の奴隷密売を台無しにした件で、ジョーディー=ロッガの恨みが頂点にまで達しているウォーダ家の若者。これを捕らえるか撃滅する事が出来れば、自分達が従属するロッガ家の中でも大きな地位を得られるに違いない。

「ハホック・『パクマック』・『リンチャム』 ケンドラック・ル・フェバ!」

 軽空母の『パクマック』と『リンチャム』が艦載機の発進を完了したという、オペレーターの報告にタルオンは大きく頷いた。敵旗艦『ヒテン』は総旗艦級戦艦で、その戦闘力は侮れないが、戦力はこちらが圧倒的とはいかないまでも、充分優位に立っている。その直後、『ピチャメッド』の艦橋内に展開された戦術状況ホログラムが、ノヴァルナ艦隊の動きに変化がある事を表示した。オペレーターがキャーメラー語で告げる。

「ヒハッド・マグ・ケンドラック・フェバ…マフ・ノヴァルナッシ『センクウNX』 レパチャ・モフル・シュ・ル・BSHO・ウナ・レノ・マクート・BSI・ペッサ!」

“敵戦艦より艦載機発進…ノヴァルナ殿下の『センクウNX』、さらに機種不明のBSHO一機と、親衛隊仕様と思われるBSIユニット四機を確認”

 銀河皇国公用語に訳せはそのような意味になるオペレーターの報告に、タルオンはシュシュシュ…と、隙間のある前歯から息を吹き抜く、キャーメラー星人特有の笑い声を上げた。最大の獲物のノヴァルナがまんまと、自分から居場所を知らせるかのように飛び出して来たからだ。

“初手からBSHOで飛び出して来るとは、やはりノヴァルナ殿は話に聞く通りの、大うつけのようであるな”

 タルオンはキャーメラー語でそう独り言ち、機動戦参謀に対し、BSI部隊に艦隊を攻撃させるのは取りやめ、ノヴァルナの『センクウNX』を狙わせるよう指示した。
 キャーメラー星人は外見こそラクダのようであり、呑気そうな印象を受ける。だがシーガラック星系軍は実際のところ戦闘経験も豊富で、前年のアーワーガ宙域星大名ナーグ・ヨッグ=ミョルジの軍が皇都惑星キヨウに侵攻して来た時も、その迎撃戦でコルツ=タルオンは最前線に立っていた。

 ところがここに落とし穴がある。それなりに戦闘経験を重ね、セオリーを体得している者ほど、そこから外れたノヴァルナの行動―――この初手からBSHOで戦場に飛び出して来るといった行動を、浅はかな行動と油断してしまうのである。

 このタルオンと同じ判断をしたのが、数ヵ月前のナルミラ星系独立管領ヤーベングルツ家であり、その侮りがどういった結果を招いたかは、知る者ぞ知るだった。

「全機、ライフルの安全装置を解除!」

 僚機にそう命じて、ノヴァルナは舌で自分の上唇をペロリとひと舐めする。コクピット内には小さなホログラムスクリーンが、初対戦となるBSIユニット『ミツルギ』とその親衛隊仕様機、さらにASGULの『ジェリオン』の性能データが映し出されていた。だが緊急発進した今は、細かく読んでいる暇はない。ともかく敵機の加速係数と旋回半径、そしてライフルの一弾倉に入っている弾数だけを頭に叩き込んで、あとはセンサーの表示に集中する。

「来るぞ!」

 センサー上で敵を示す光点の群れが、三つずつに分かれた。分隊ごとに分かれたのだ。

「俺は左側をやる」とノヴァルナ。

「右は私が」とノア。

 BSIユニットの数から言えば六対二十四、不利には違いない。しかしノヴァルナにもノアにも、怯む様子は微塵もなかった。

「ノア、勝手に死ぬんじゃねーぞ」

「分かってる。死ぬ時は一緒だからね!」

 ノアの応答に、不敵な笑みでニヤリとするノヴァルナ。ノアも婚約者のそんな性格がうつったのか口元を綻ばせ、二人は揃ってスロットルを全開にする。黒銀色をした『センクウNX』とクリムゾンレッドの『サイウンCN』が、二手に分かれて一気に加速を掛けると、それに従う『ホロウシュ』とカレンガミノ姉妹が、慌ててそれに追随した。

 ノヴァルナ機の加速に驚いたのは、シーガラック軍のASGULパイロットである。瞬く間に接近して来ると、ロックオン警報が鳴るのとほぼ同時に銃撃した。咄嗟に回避行動に入るパイロット。だがその回避先には、後続の親衛隊機が狙撃弾が送り込まれている。

「ベフッマ!!」

 キャーメラー星人のパイロットが母国語で“馬鹿な!”と叫んだ次の瞬間、その機体は爆散した。「うめぇぞ、ハッチ!」と、ノヴァルナは狙撃を成功させたヨリューダッカ=ハッチを褒めながら、自らも再度銃撃を行い、撃破された機体を援護しようと単調な動きとなっていた、別の『ジェリオン』を仕留める。もう一人の『ホロウシュ』である、黒人女性のキュエル=ヒーラーはすかさずノヴァルナの背後に回り、後背の防御にあたった。

 これに対しノアの方は、妹のメイアをノアの直掩に残し、姉のマイアが先行。敵編隊の中で集中して受ける銃撃をものともせず、手当たり次第に超電磁ライフルを撃ち返し、敵のポジションを乱させる。そこをノアとメイアが狙撃を掛け、三機の『ジェリオン』を破壊した。

 この状況に、敵の指揮官機も対応策を指示する。

「スケークASGUL・バッフォ・ナック・セラルシュ! スケークBSI・ルッパル・ラゼット・マッスク・ビス・マグ・ケンドラック!」

 “ASGUL隊は距離を置いて援護射撃を行い、BSI隊の近接戦闘で仕留めろ”という指示である。

 散開する敵機の動きを見てノヴァルナとノアは、すぐに敵の意図を察知、相手の指揮官と同じ指示を出した。『ホロウシュ』とカレンガミノ姉妹には敵のASGULを任せ、BSIユニットは自分達で対処する作戦だ。だが数で言えばこっちはノヴァルナとノア、敵は十機と、編隊同士で戦うよりさらに不利となった。




▶#14につづく
 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

銀河戦国記ノヴァルナ 第3章:銀河布武

潮崎 晶
SF
最大の宿敵であるスルガルム/トーミ宙域星大名、ギィゲルト・ジヴ=イマーガラを討ち果たしたノヴァルナ・ダン=ウォーダは、いよいよシグシーマ銀河系の覇権獲得へ動き出す。だがその先に待ち受けるは数々の敵対勢力。果たしてノヴァルナの運命は?

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

銀河戦国記ノヴァルナ 第1章:天駆ける風雲児

潮崎 晶
SF
数多の星大名が覇権を目指し、群雄割拠する混迷のシグシーマ銀河系。 その中で、宙域国家オ・ワーリに生まれたノヴァルナ・ダン=ウォーダは、何を思い、何を掴み取る事が出来るのか。 日本の戦国時代をベースにした、架空の銀河が舞台の、宇宙艦隊やら、人型機動兵器やらの宇宙戦記SF、いわゆるスペースオペラです。 主人公は織田信長をモデルにし、その生涯を独自設定でアレンジして、オリジナルストーリーを加えてみました。 史実では男性だったキャラが女性になってたり、世代も改変してたり、そのうえ理系知識が苦手な筆者の書いた適当な作品ですので、歴史的・科学的に真面目なご指摘は勘弁いただいて(笑)、軽い気持ちで読んでやって下さい。 大事なのは勢いとノリ!あと読者さんの脳内補完!(笑) ※本作品は他サイト様にても公開させて頂いております。

私は、忠告を致しましたよ?

柚木ゆず
ファンタジー
 ある日の、放課後のことでした。王立リザエンドワール学院に籍を置く私マリエスは、生徒会長を務められているジュリアルス侯爵令嬢ロマーヌ様に呼び出されました。 「生徒会の仲間である貴方様に、婚約祝いをお渡したくてこうしておりますの」  ロマーヌ様はそのように仰られていますが、そちらは嘘ですよね? 私は常に最愛の方に護っていただいているので、貴方様には悪意があると気付けるのですよ。  ロマーヌ様。まだ間に合います。  今なら、引き返せますよ?

空のない世界(裏)

石田氏
SF
働きながら書いてるので更新は不定期です。 〈8月の作者のどうでもいいコメント〉 『本格的な夏になりました。学校では夏休み、部活に励む学生、夏の催し夏祭り……ですが、楽しいことばかりではない夏でもある。山のようにある宿題、熱中症等健康悪化、夏休みのない大人。何が楽しくて、こんな暑い中祭りに行くんだと言いながら、祭りに行く自分。まぁ、色々あると思いますが、特に脱水には気をつけましょう。水分不足で、血液がどろどろになると、脳梗塞の原因になります。皆、熱中症だけじゃないんだよ。ってことで、今月も仕事しながら執筆頑張ります』 完全に趣味で書いてる小説です。 随時、概要の登場人物更新します。 ※すいません、途中字数オーバーがありますが、御承知ください。(アルファポリス様更新前の上限一万字の時のことです)

スペーストレイン[カージマー18]

瀬戸 生駒
SF
俺はロック=クワジマ。一匹狼の運び屋だ。 久しく宇宙無頼を決めていたが、今回変な物を拾っちまった。 そのまま捨ててしまえば良かったのに、ちょっとした気の迷いが、俺の生き様に陰をさす。 さらば自由な日々。 そして……俺はバカヤロウの仲間入りだ。 ●「小説化になろう」様にも投稿させていただいております。

MMS ~メタル・モンキー・サーガ~

千両文士
SF
エネルギー問題、環境問題、経済格差、疫病、収まらぬ紛争に戦争、少子高齢化・・・人類が直面するありとあらゆる問題を科学の力で解決すべく世界政府が協力して始まった『プロジェクト・エデン』 洋上に建造された大型研究施設人工島『エデン』に招致された若き大天才学者ミクラ・フトウは自身のサポートメカとしてその人格と知能を完全電子化複製した人工知能『ミクラ・ブレイン』を建造。 その迅速で的確な技術開発力と問題解決能力で矢継ぎ早に改善されていく世界で人類はバラ色の未来が確約されていた・・・はずだった。 突如人類に牙を剥き、暴走したミクラ・ブレインによる『人類救済計画』。 その指揮下で人類を滅ぼさんとする軍事戦闘用アンドロイドと直属配下の上位管理者アンドロイド6体を倒すべく人工島エデンに乗り込むのは・・・宿命に導かれた天才学者ミクラ・フトウの愛娘にしてレジスタンス軍特殊エージェント科学者、サン・フトウ博士とその相棒の戦闘用人型アンドロイドのモンキーマンであった!! 機械と人間のSF西遊記、ここに開幕!!

処理中です...