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第11話:我、其を求めたり
#26
しおりを挟む幸いな事に、ノアの冗談は冗談で終わった。
アルワジ宙域星大名ブラグ・ジルダン=アターグは、ノヴァルナの『センクウ・カイFX』との距離が近くなると、自ら通信を入れて来て、テン=カイが告げた通りウォーダ側への寝返りと、ノヴァルナへの忠誠を誓ったのである。
やがて約一時間後、ノヴァルナはノア、カレンガミノ姉妹と共に、アターグ家宇宙艦隊総旗艦の『ウェズラ・ザーグ』へ収容された。一方でモルタナの船団には、アターグ艦隊とは距離を置くよう指示。ただ潜宙艦『セルタルス3』には、通信すら行っていない。万が一の場合に備え、アターグ側に潜宙艦の同行を、伏せておくためだ。
そして『セルタルス3』の艦長は、かつてはノヴァルナと敵対していた、アイノンザン=ウォーダ系の人間ながら、今回の旅で主君の身辺警護に選ばれた、優秀な人材であった。ノヴァルナから何の指示が無くとも、自分の艦の為すべき役割は心得ている。
「発射管に魚雷を装填。いつでも撃てるようにしておいてくれ」
艦長は砲術長にそう告げて、ステルス状態の『セルタルス3』を、アターグ艦隊の最後尾につけさせた………
総旗艦『ヴェズラ・ザーグ』に乗り込んだノヴァルナを、アターグ家当主のブラグ・ジルダン=アターグは、誠意の表れとしてBSI格納庫まで出迎えに来た。
「ようこそおいで下さいました。アターグ家当主、ブラグ・ジルダン=アターグにございます」
四人の重臣を連れ、ブラグはノヴァルナの前で片膝をついた。黒いくせ毛の頭髪が印象的で二十代半ばと思われ、ノヴァルナとは同年代だ。ノヴァルナより背は低いが体格は良く、骨太な感じがする。
「立たれるがよい、ブラグ殿」
穏やかな口調でそう応じたノヴァルナは、ブラグが立ち上がるのを待って、感謝の言葉を口にした。
「よく援護に来て下された。実に良いタイミング、感謝に堪えません」
これを聞いてブラグは苦笑いを浮かべる。実はアターグ艦隊が出動したのは、エルヴィスがいたBSD基地を仕切る、ミョルジ家家老のエフェイド・セノラ=ゼーダッカからの、救援要請に応じたものだったのだ。
アターグ家が、ウォーダ側に寝返っている事を知らないゼーダッカは、ノヴァルナの登場に驚くと同時に、BSD基地の戦力不足を感じて、アターグ家に増援要請を行った。これを大義名分と乗じて、ブラグは艦隊を動かす事が出来るようになった、というわけである。
割を食ったのは何も知らずに、ブラグに援護を要請したミョルジ家のゼーダッカである。味方のアターグ艦隊が到着した!…と喜んだのも束の間、総旗艦『ヴェズラ・ザーグ』がノヴァルナ達を収容するや否や、残りの艦が基地を包囲。ウォーダ家の味方となる事を宣言すると同時に、ゼーダッカに降伏を迫ったからだ。
BSD基地はそもそもエルヴィスの、バイオ・シンセナイザーの運用を目的としたもので、戦闘目的ではないため、基地自体に防御兵器は装備されていない。その穴を埋めるために呼び寄せた、アターグ艦隊か敵に回ったとなると、ゼーダッカには降伏勧告に従うより手の打ちようは無かった。
ノヴァルナ達が収容されたアターグ艦隊総旗艦『ヴェズラ・ザーグ』は、宙域領主用総旗艦でありながら、ノヴァルナの『ヒテン』のような、本格的な総旗艦級戦艦ではなく通常の艦隊型戦艦だ。これを見ればミョルジ家の一門でありながら、ブラグの置かれた立場が分かるというものである。
「…そうですか。エルヴィス陛下はやはり、戦われて亡くなられましたか」
ノヴァルナ一行を応接室へ案内したブラグは、エルヴィスの最期を聞かされて、感慨深げな眼をした。
ノヴァルナが自分のもとへ来訪したら、戦う気でいる事をブラグには隠していたエルヴィスだが、ブラグの方は薄々勘付いていたようだ。そして「それは、良うございました…」と続けるブラグにノヴァルナは、二人の関係が実際はもっと、良好なものだったのかも知れないと感じた。テン=カイから聞いた話では、エルヴィスのバイオノイドの素性を哀れに思い、庇護下に置いているような印象だったのであるが、本当は友人に近い関係だったように思われる。
ノヴァルナが「良き敵であった」とエルヴィスへの賛辞を贈ると、ブラグは僅かに頭を下げながら、自分の考えを伝えた。
「基地は制圧。ミョルジの兵や傭兵団の人間は、全て捕らえましたので、ノヴァルナ様がここに来られた情報は、秘匿しておく事が可能です。つきましては、ミョルジ家には私の方から、エルヴィス陛下は惑星ジュマのバイオ・マトリクサー基地が事故で崩壊し、移植用生体組織が届かなくなって亡くなられたと、連絡しようと思うのですが」
ブラグの提案をノヴァルナに断る理由は無い。本来ノヴァルナがこの地へ来たのは極秘であり、表向きは影武者のヴァルミス・ナベラ=ウォーダと共に、ミョルジ家との決戦に向かう艦隊を指揮しているはずだからだ。
▶#27につづく
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