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第8話:皇都への暗夜行路

#03

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 上級貴族との出会いはノヴァルナにとって苛立たしい限りであったが、その後に開かれた宴は楽しむ事が出来た。だが当然それは、上級貴族達との関係を修復したような話ではない。セッツァーとは義務的に言葉を交わしただけで、あとの時間を二人の同盟者、イェルサス=トクルガルとナギ・マーサス=アーザイルの二人と、過ごせたからである。

 二人とも信頼のおけるノヴァルナの弟分であった。イェルサスは十年ほど前に、ナグヤ=ウォーダ家の人質となっていた頃からの付き合いであり、ナギは数ヵ月前にノヴァルナの妹のフェアンと結婚し、文字通りの義弟の関係だ。

 やや遅れて会場に姿を現した、イェルサスと数名の重臣達は、ジョシュアとセッツァーがいる席に立ち寄って挨拶したあと、ノヴァルナとノア達がいるテーブルに向かって来た。同じテーブルにはナギ・マーサス=アーザイルが座っている。

「おう、イェルサス。こっちだ、こっち!」

 無邪気に手招きするノヴァルナに笑顔を見せ、イェルサスはノヴァルナの対面に着席した。ノアとナギに軽く会釈し「宜しくお願い致します」と真面目に告げる。

「まーた。相変わらずかてぇ野郎だな。駆けつけ三杯だ。そら、飲め」

 そう言って、赤ワインのボトルを差し出すノヴァルナ。イェルサスが視線を下げると、ノヴァルナの前にも飲みかけのワイングラスが置いてある。

「ノヴァルナ様、飲めるようになられたんですか?」

 差し出したグラスに、ノヴァルナからワインを注がれながら、イェルサスは問うた。自分が知る限り、ノヴァルナは全くの下戸だったはずだからだ。それに対してノヴァルナは軽い口調で応じる。

「いんや、俺のはグレープジュース」

 昔と変わらぬ、すっとぼけぶりにイェルサスは笑い出した。



 ロッガ家攻略戦から加わって来たトクルガル家とアーザイル家だが、ノヴァルナがイェルサスとナギの二人と直接顔を合わせるのは、これが最初である。
 三人の話は世俗的な内容に笑いも多かったが、その一方で重要な情報交換を行う場ともなった。
 “フォルクェ=ザマの戦い”以降、イマーガラ家から独立したトクルガル家は、この三年間でミ・ガーワ宙域の支配権をほぼ完全に掌中に収め、不可侵関係にあるタ・クェルダ家と、トーミ宙域やスルガルム宙域で勢力圏確保の競争が、始まろうとしているらしい。

「ザネルの奴は、政治が下手なのか?」

 イマーガラ家の衰退ぶりにノヴァルナは、自分達がギィゲルトを討ち取った事によって新たな当主となった、ザネル・ギョヴ=イマーガラの政治手腕を尋ねた。
 
 ノヴァルナの問いにイェルサスは、“イマーガラの領域を侵食している自分に、それを訊くか?”というふうに苦笑して答える。

「ザネル殿は、人が好過ぎるのです」

「ああ。動画データを見ただけだが、そんな感じだよな」

 頷いたノヴァルナは、赤ワインならぬグレープジュースの入ったグラスを、口に運ぶ。ナギもアーザイル家とは直接関係ない話だが、イェルサスやザネルと同年代の星大名家当主だけあって、興味深げに耳を傾けていた。

「ギィゲルト様を失って以来、イマーガラの領域では特に、独立管領やその系統の重臣達に動揺が広がり、個々が自分達の思惑を優先して動き始めました。そしてその結果、個々がそれぞれに自己を主張する声を、大きくするようになった。ザネル殿はそういった声を一々、真に受けてしまうため、余計な混乱を引き起こしているのです」

「人が好過ぎるとまぁ、そうなるだろうぜ」

 ザネルは良い意味でも悪い意味でも、善人であり過ぎた。ギィゲルトが当主だった頃から、政治より趣味に走り、別の世界の別の惑星で言うところの“サッカー”に似た、スコークというスポーツではプロ級のレベルであった。しかしそのようなものが何の役にも立たないのが、星大名家当主である。
 イェルサスの話では、女性宰相のシェイヤ=サヒナンと、宿老のモルトス=オガヴェイが、懸命にイマーガラ家の統制維持を図っているようだが、政治的手腕を磨いて来なかったトップがこれでは、ギィゲルト・ジヴ=イマーガラとセッサーラ=タンゲンが二人三脚で治めて来た、広大な宙域を束ねる事が出来るはずもない。

「ああ。そう言えばこの話の機会に、ノヴァルナ様にご紹介したい者がいます」

 何かに思い至った顔をしたイェルサスは、自分が連れて来た家臣達が座ったテーブルに振り向いて、一人の若者へ声を掛けた。

「ネオマース。ここへ来てノヴァルナ様にご挨拶を」

 主君の声に「はい」と応じて立ち上がったのは、十代か二十代前半と思しき少年である。肩幅が広く、黒い短髪が活動的に見える。ネオマースと呼ばれたその少年は大股でノヴァルナ質のいるテーブルに歩み寄った。

「ネオマース=イーラにございます」

 そう言って頭を下げるネオマースに、ノヴァルナは眉をひそめる。

「イーラ…聞いた事がある名だな。もしかして、イマーガラ家の?」

 それに答えたのはイェルサスだった。

「はい。イマーガラ家の重臣だったイーラ家の次期当主。ですが今は僕の…トクルガル家配下の将来有望な家臣です」
 
 イーラ家はかつてはトーミ宙域の有力独立管領であり、スルガルム宙域にイマーガラ家が進出して来た際、当初は対立したもののその後従属、以降代々イマーガラ家の重臣として遇されて来た。
 ただ当主のナルモルが子を残さぬまま、三年前の“フォルクェ=ザマの戦い”で戦死すると、傍流であったネオマースが次期当主となる事を良しとしない家老の、ザネルへの讒言により謀叛の疑いをかけられ、その結果、後見人の女性武将トラーナと共にトクルガル家へ亡命して来たのである。

「ネオマースか。いくつになる?」とノヴァルナ。

「十六にございます」

 そう答えるネオマースを見て、ノヴァルナは思ったより若いな…と感じた。トクルガル家へ亡命して来るまでに、苦労があったのだろう。その元凶となったのは、自分達ウォーダ家が、前イーラ家当主を討ち取ったせいではあるのだが。すると微笑んだイェルサスが、些か自慢げに言う。

「近頃のノヴァルナ様は、優秀な人材を集めておられるようですが、僕も負けてはおりません。このネオマースは文武両道に秀でており、いずれトクルガル家を支える大黒柱の、一人となるでしょう」

「へぇ…」

 慎重派のイェルサスがここまで言うのは、珍しいな…とノヴァルナは思った。つまりそれほどまでに見込みのある人物なのだろう。
 おっとり型で、大人しい印象のイェルサスだが、三年前にイマーガラ軍の先鋒として、オ・ワーリ宙域に侵攻して来た際は、猛撃によってウォーダ軍の宇宙要塞マルネーを陥落させており、またその後のウォーダ軍のミ・ガーワ宙域への逆侵攻の時も、自ら艦隊を率いてノヴァルナと互角に渡り合うなど、武将としての器には曇り無きものがある。そうであるなら、このネオマースも相応な才を持っているに違いない。

「“人は城、人は石垣”だからな。イェルサス」

「そうですよね」

 ノヴァルナが口にしたのは、カイ/シナノーラン宙域星大名、シーゲン・ハローヴ=タ・クェルダの言葉だった。カイ宙域のコッファ星系にある本拠地のアザレーア城が、“城”とは名ばかりで実際には防御力の低い、巨大な館である事を懸念した者に尋ねられた際、「人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方、仇は敵」とシーゲンは答えたという。ただノヴァルナは、イェルサスに付け加えておく事も、忘れない。

「しかしそのシーゲンだがな」

「はい」

「油断しねー方がいいぜ」

 今は同盟関係にあるタ・クェルダ家だが、野心家で侵略拡張政策を旗印にしているシーゲンが、いつまでも味方でいるとは思えない。ノヴァルナと意識を共有したイェルサスは「抜かりなく…」と頷いた………




▶#04につづく
 
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