上 下
193 / 359
第8話:皇都への暗夜行路

#02

しおりを挟む
 
 ク・トゥーキの星系首都第三惑星ハール・ザムに降り立つと、そこにはノヴァルナをさらに不機嫌にさせる人間達がいた。ヤヴァルト銀河皇国の上級貴族団だ。

 人数は全部で十二人。彼等は星帥皇と同じく“トランサー”能力を有し、これを使って星帥皇による銀河皇国のNNLシステム制御を、補佐するのが役目である。ただ最終制御権は星帥皇自身にしか付与されておらず、彼等だけで皇国のNNLシステムを完全運用する事は、不可能となっていた。

 だが銀河皇国の長い歴史の中で、彼等上級貴族は自分達の領分を越えて、権勢の伸張を図るようになり、逆に行政の停滞を生み出すようになる。この上級貴族と、有力武家階級がそれぞれに勢力を二分し、星帥皇の継承権を巡って争ったのが、百年前の“オーニン・ノーラ戦役”であり、今の戦国の世を招いたのである。
 そうであったからこそ、前星帥皇のテルーザはノヴァルナと協力し、こういった上級貴族の改革にも、乗り出すつもりでいたのだ。そのような意味では今回のジョシュアの上洛で、上級貴族達の力を借りなければならないのは、ノヴァルナにとって悪い冗談以外の何物でもない。


 夜の闇の中にライトアップされたク・トゥーキ城の、シャトル発着場に降下したジョシュアとノヴァルナ一行は、壁面の大半が透明アルミニウムで造られた、円形の広い迎賓ホールで上級貴族達と顔を合わせた。

 モーテスと祖父のネッツァートの案内でジョシュアと側近達、そしてそのあとをノヴァルナとノアに一部の重臣達が続き、ホールへ入って行くとひと固まりになっていた上級貴族達が、一斉に振り向く。全員が豪華な衣装を身に着け、如何にも贅沢に慣れている雰囲気を醸し出していた。

「ジョシュア・キーラレイ=アスルーガ陛下のご到着です」

 先導するモーテスが、硬い口調で告げながら歩み寄って行くと、五十代後半で太い眉が特徴の肥満気味の男が、殊更大袈裟に両腕を広げてみせて応じる。

「おお。お待ちしておりましたぞ、陛下」

 この男が上級貴族のトップで、貴族院議員筆頭の地位にあるバルガット・ツガーザ=セッツァーだった。かつては摂政のハル・モートン=ホルソミカと結託し、テルーザの父ギーバル・ランスラング=アスルーガのもとで、皇国の政治を欲しいままにしていた大貴族である。
 今回のジョシュアへの協力は無論、ミョルジ家に奪われた権力を取り戻し、昔のような地位に返り咲きたいという、思惑のためであった。
 大きな声を上げながら近づくセッツァーに、ジョシュアはまた緊張した様子を見せる。代わりに応じたのは、側近のミッドベルであった。この辺りもジョシュアは人任せらしい。

 そして幾度か言葉を交わしたセッツァーは、透明アルミニウムの壁の一画を指さして、愛想のいい表情で何かを言う。指をさした先には、緑色の光を帯びた、巨大なピラミッドのような施設が夜景に浮かび上がっていた。あれがおそらくNNLのハブステーション、『ハブ・ウルム・ク・トゥーキ』であろう。
 あれをジョシュアが制御できれば、オ・ワーリ宙域やミノネリラ宙域に掛けられている、NNLのメインシステム凍結を解除する事が出来る。またウォーダ家と共同戦線を張っている事が露見した、トクルガル家のミ・ガーワ宙域や、アーザイル家のオウ・ルミル宙域ノーザ恒星群が、NNLを凍結されるのを防ぐ事も可能になるに違いない。

 ただそれにはやはり、システムにアクセスするジョシュアへの、上級貴族達のサポートが不可欠となる。するとジョシュア達に一つお辞儀をして、セッツァーはノヴァルナの所に足を運んで来た。無論、挨拶のためであるが、早くも双方の眼に険しさが宿り始める。誰あろう三年前にギィゲルト・ジヴ=イマーガラに対し、キヨウ上洛を要請したのがこのセッツァーなのだ。

「これはこれは、ノヴァルナ様。此度のジョシュア様ご上洛へのご支援…誠にありがとうございます」

 慇懃に頭を下げて来るセッツァーの声には、態度と裏腹に粘着質の響きがある。それに対するノヴァルナの表情も、であった。

「お初にお目にかかります。皇国に忠義を誓う者にとって、此度のご上洛に力添えを行うは当然。礼には及びませぬ」

 このやりとりを傍らで見る、ミディルツ・ヒュウム=アルケティと、ジークザルト・トルティア=ガモフは揃って固唾を飲む。物言いこそ穏やかだが、二人が放つ空気はそれぞれがまるで、白刃はくじんのように思えたからだ。

「お初にお目にかかるのは、そうですな。公は五年前に一度ご上洛され、今は亡きテルーザ陛下の拝謁を受けられたそうですが、我等にお目通りは叶いませなんだ」

 これはノヴァルナがテルーザに会いに、キヨウへ赴いた時の話である。不要だと思い、わざとセッツァー達と顔を合わせなかったノヴァルナだが、これに関わる嫌味を交えた言葉をさらりと躱す。

「あの時はイースキー家の手の者に、当時は婚約者でした妻を拉致されまして、その奪還に集中したため、方々にお会いする機会を失いました。申し訳ないと思っております」
 
 ノヴァルナが些か白々しく詫びの言葉を口にすると、その傍らにいたノアが「私のせいでご迷惑をおかけしまして…」と頭を下げる。そこから顔を上げたノアの美しさにセッツァーは一瞬、引き込まれたようになり、さすがに自分の言動が礼を失していると思ったらしく、取り繕うように言う。

「い、いえいえ。お話は我等も伺っております。奥方様がご無事であった事こそ、何よりでございます。言いようをたがえました。お許しあれ」

 すると側近のミッドベルに何事かを耳打ちされたジョシュアが、おもむろに振り向いてセッツァーに告げた。

「バルガット・ツガーザ=セッツァー。ノ…ノヴァルナ殿は我等と志を同じくし、力を尽く…尽くしてくれている。よく協力して事にあたるように」

 ミッドベルに耳打ちされた通りのジョシュアの物言いは、相変わらずたどたどしかったが、セッツァーは恭しく頭を下げ「それはもう」と応じる。そしてノヴァルナに対し、「それではノヴァルナ公。ささやかながら、宴の席を用意させて頂いておりますゆえ、またのちほど…」と言い残し、その場を離れた。

 セッツァー達が迎賓ホールから出て行くのを待ち、ノアはミッドベルに「ありがとうございました」と静かな声で礼を言う。ノヴァルナとセッツァーのやり取りの裏に険悪なものを感じたミッドベルが、機転を利かせてジョシュアに抑制の言葉を言わせた事に、気付いていたからである。

 ただこの場は免れたが、ノヴァルナとセッツァーの間に深い溝が生じており、それが今後も、埋める事の出来ないものとなっているのは確実だった。ノヴァルナにすればセッツァーらは、銀河皇国の秩序回復のため排除すべき一団であり、一方のセッツァーら上級貴族にとっては、皇国貴族だったイマーガラ家を破り、当主ギィゲルトを斃したノヴァルナと手を組むのは、認めたくない現実だからだ。エルヴィスの新星帥皇即位を阻止する、この一点のみが共通の目的で集まった今の状況は、まさに“呉越同舟”というものであろう。

 明らかに面白くなさそうな表情をして、ガシガシ頭を掻くノヴァルナに、ノアは苦笑いで声を掛ける。

「貴族の方達への応対は、私やフーマに任せてくれたらいいから、あなたは上洛軍の指揮運用に専念して。まだこれからが本番でしょ?」

 ノアの言う通りであった。ロッガ家は蹴散らしたものの、キヨウのあるヤヴァルト宙域へ入ってからは、ここまで動きを見せなかったミョルジ家や、『アクレイド傭兵団』も行動を開始するに違いない。これからが本番なのだ。




▶#03につづく
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

銀河戦国記ノヴァルナ 第1章:天駆ける風雲児

潮崎 晶
SF
数多の星大名が覇権を目指し、群雄割拠する混迷のシグシーマ銀河系。 その中で、宙域国家オ・ワーリに生まれたノヴァルナ・ダン=ウォーダは、何を思い、何を掴み取る事が出来るのか。 日本の戦国時代をベースにした、架空の銀河が舞台の、宇宙艦隊やら、人型機動兵器やらの宇宙戦記SF、いわゆるスペースオペラです。 主人公は織田信長をモデルにし、その生涯を独自設定でアレンジして、オリジナルストーリーを加えてみました。 史実では男性だったキャラが女性になってたり、世代も改変してたり、そのうえ理系知識が苦手な筆者の書いた適当な作品ですので、歴史的・科学的に真面目なご指摘は勘弁いただいて(笑)、軽い気持ちで読んでやって下さい。 大事なのは勢いとノリ!あと読者さんの脳内補完!(笑) ※本作品は他サイト様にても公開させて頂いております。

狭間の世界

aoo
SF
平凡な日々を送る主人公が「狭間の世界」の「鍵」を持つ救世主だと知る。 記憶をなくした主人公に迫り来る組織、、、 過去の彼を知る仲間たち、、、 そして謎の少女、、、 「狭間」を巡る戦いが始まる。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

謎の隕石

廣瀬純一
SF
隕石が発した光で男女の体が入れ替わる話

銀河戦国記ノヴァルナ 第2章:運命の星、掴む者

潮崎 晶
SF
ヤヴァルト銀河皇国オ・ワーリ宙域星大名、ナグヤ=ウォーダ家の当主となったノヴァルナ・ダン=ウォーダは、争い続けるウォーダ家の内情に終止符を打つべく宙域統一を目指す。そしてその先に待つものは―――戦国スペースオペラ『銀河戦国記ノヴァルナシリーズ』第2章です。

ビキニに恋した男

廣瀬純一
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

MMS ~メタル・モンキー・サーガ~

千両文士
SF
エネルギー問題、環境問題、経済格差、疫病、収まらぬ紛争に戦争、少子高齢化・・・人類が直面するありとあらゆる問題を科学の力で解決すべく世界政府が協力して始まった『プロジェクト・エデン』 洋上に建造された大型研究施設人工島『エデン』に招致された若き大天才学者ミクラ・フトウは自身のサポートメカとしてその人格と知能を完全電子化複製した人工知能『ミクラ・ブレイン』を建造。 その迅速で的確な技術開発力と問題解決能力で矢継ぎ早に改善されていく世界で人類はバラ色の未来が確約されていた・・・はずだった。 突如人類に牙を剥き、暴走したミクラ・ブレインによる『人類救済計画』。 その指揮下で人類を滅ぼさんとする軍事戦闘用アンドロイドと直属配下の上位管理者アンドロイド6体を倒すべく人工島エデンに乗り込むのは・・・宿命に導かれた天才学者ミクラ・フトウの愛娘にしてレジスタンス軍特殊エージェント科学者、サン・フトウ博士とその相棒の戦闘用人型アンドロイドのモンキーマンであった!! 機械と人間のSF西遊記、ここに開幕!!

処理中です...