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第7話:目指すは皇都惑星

#20

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 キノッサがノヴァルナの飴と鞭に、まんまと乗せられている頃。ノヴァルナの妹マリーナ・ハウンディア=ウォーダを乗せた第1特務艦隊は、仮面の武将ヴァルミス・ナベラ=ウォーダに率いられ、目的地であるオ・ワーリ宙域の外れ、ティタ恒星群へ到着した。

 イーセ宙域との国境地帯にあるこの恒星群は、半径約百光年の球状空間の中に、二十五の恒星系が集まっており、うち三つの恒星系が、植民惑星を有している。この三つを支配するのが独立管領のサージ家―――マリーナが政略結婚で嫁ごうとしている家だった。

 準星大名と呼んでもいい家勢を持つサージ家は前にも述べた通り、これまでオ・ワーリ宙域を支配するウォーダ家に対して中立的立場をとり、ウォーダ家の内紛ではイル・ワークラン=ウォーダ家から援助を請われたものの、これを断っていた。
 これには隣接するイーセ宙域との関係が絡んでおり、イーセ宙域を支配するキルバルター家もそうなのだが、近い位置にあるナナージーマ星系の動きを、警戒しなければならないという理由がある。

 ナナージーマ星系は新興宗教の『イーゴン教』教徒による、自治が行われている恒星系で、キルバルター家も簡単に手が出せないほどの軍事力を保有しており、この区域のパワーバランスを握る存在であった。サージ家はこの、キルバルター家とナナージーマ星系の両方に備えるために、あえて中立を保っているのである。



 第1特務艦隊は旗艦『クォルガルード』を中央先頭にして、雁行陣形で航行していた。サージ家に対して敵意がない事を示すための陣形だ。
 その『クォルガルード』の展望ラウンジで、マリーナ・ハウンディア=ウォーダは、ホログラムスクリーンに次々と映し出されていく、データ画像を眺めている。半円形をした展望ラウンジは艦の最上部にあり、ミノネリラ宙域攻略後に『クォルガルード』にのみ増設されたものだ。ラウンジ上部は全面が透明アルミニウムで作られており、壮大な宇宙空間が一望出来る。増設の目的はこの先、『クォルガルード』には外交任務が与えられる機会も、多くなるであろうからだ。

 ティタ恒星群のオ・ワーリ側外殻を包むように広がる、赤いガス星雲を潜り抜けたところで、マリーナのいる展望ラウンジに入って来たのはヴァルミス。いつものように狐を意匠した白い仮面を付け、マリーナに歩み寄ると、穏やかな口調で声を掛ける。

「ここまで来ても、ティタ恒星群の勉強かい? 熱心だね」
 
 ヴァルミスの問い掛けにマリーナは、ホログラムスクリーンを見たまま応じる。

「記憶インプラントで、ティタのデータはひと通り、頭に入っているはずなのだけれど、最新の情報は再度確認しておかないと…」

 別の世界で言うところの、“ゴスロリファッション”に身を包んだマリーナは、膝の上に普段持ち歩いている、人相の悪い犬の縫いぐるみを膝の上に乗せていた。この辺りは輿入れを目前にしてもブレがない。これからはサージ家次期当主の妻となるのであるから、その領域であるティタ恒星群の情報は、細部まで知っておこうというつもりだった。

「ノヴァルナ様から連絡があったよ。ロッガ家の排除に成功したそうだ。まもなく惑星ウェイリスを出発して、ク・トゥーキ星系へ向かうという話だった」

「そう。早かったわね。流石は兄上」

 ヴァルミスの言葉にそう返したマリーナは、兄ノヴァルナに想いを馳せる。サージ家へ嫁ぐのもひとえに、ノヴァルナへの想いからであった。
 それは八年前のマリーナが十五歳であった時、ミノネリラ宙域の『ナグァルラワン暗黒星団域』で、サイドゥ家のノア姫と共にブラックホールに突入し、行方不明になったノヴァルナを案じて立てた、自分への誓いである。マリーナはノヴァルナが無事生還出来たなら自分の全てを、これから兄が治めるウォーダ家のために捧げると誓ったのだ。

 そしてそんなマリーナが、白羽の矢を立てたのがサージ家だった。

 キヨウを目指す兄ノヴァルナにとって、オ・ワーリ宙域の側面にあたるイーセ宙域は、安定させておきたい部分である。そこで、これまで中立的立場を貫いて来たサージ家を、政略結婚による縁戚関係の締結によって、完全に味方に引き込むのがマリーナの“戦略”であった。

 幸いサージ家にはマリーナと年齢の近い、二十五歳の次期当主バルボアがいた。そこでマリーナは次席家老のショウス=ナイドルに、サージ家と連絡を取らせ、政略結婚を持ちかけたのである。
 これを喜んだのはサージ家であった。実はウォーダ家との戦いに敗れて、ナナージーマ星系へ落ち延びたあのオルグターツ=イースキーが、ナナージーマ星系の艦隊司令官の一人として迎え入れられたらしく、いずれオ・ワーリ宙域へ向けて、侵攻があるのではないかという懸念が大きくなっていたのだ。
 中立的立場を続けたいサージ家であったが、ナナージーマ星系に与し宗教的支配までは受けたくない。そう考えた結果、サージ家はむしろウォーダ家一門となる事で、今や二つの宙域を支配するようになったウォーダ家の、強大な軍事力を後ろ盾にする道を選んだのである。
 
「本当に…いいんだね?」

 問い掛けるヴァルミスに、マリーナは「もちろん…」と答える。問いの中身は無論のこと、政略結婚をマリーナ自身が納得しているのか…というものだ。

 サージ家のバルボアについては、実はメッセージの交換や超空間メールのやり取りだけで、直接会うのはこれが初めてだった。見た目は整った顔立ちではあるが、凄く良いというほどでは無い。それでも言葉遣いや文章から判断すると、誠実で義に厚そうな若者で、マリーナが政略結婚の相手に一番求めるものは持っていた。

「私達の母も政略結婚だった。でもお父上を愛してらっしゃらなくは無かった。それと同じことよ」

 マリーナがそう言うと、表情が見えない仮面のヴァルミスは静かに問う。

「そうだけど、本当にノヴァルナ様が求めているのは、自分やイチ姫のように、まず好きな人を見つけて、その人と結ばれる事じゃないのかな」

 ヴァルミスの言葉に、マリーナは苦笑いを浮かべる。本当の自分の想い人と結ばれる…それはマリーナにとって不可能な話であった。なぜならその相手は、それまで別々に暮らして来て、十三歳の頃に突然自分の前に現れ、母親から人形同然に育てられていた、自分と妹の心の扉を開け放った、兄を名乗る少年だったからだ。その何物にも囚われない存在感は、憧憬以上に恋慕の想いを植え付けたのである。ホログラムスクリーンに眼を向けたまま、マリーナは言う。

「ここであなたと、運命論を語り合うつもりは無いのだけれども、人それぞれの人生でしょう。私もまず、バルボア様が好きになれそうな方だと感じて、話をもちかけたのだから」

「そうだといいんだけど」とヴァルミス。

「私の事よりあなたこそ、このあと兄上と合流して、当初の役目の影武者を務めるのでしょう? 抜かりの無いようにしてもらわなければ」

「ああ。そうだね」

「その仮面を被る意味…忘れないで」

 振り向いたマリーナに、ヴァルミスは軽く頷いて穏やかに告げた。

「忘れないさ。今の私はあの日から、ノヴァルナ様のために生き、ノヴァルナ様のために死ぬと、誓っているのだから…そう、きみのようにね」



 やがて皇国暦1563年4月29日。ジョシュア・キーラレイ=アスルーガを擁するウォーダ家上洛軍は、逃走したロッガ家首脳部に対する部隊を残し、惑星ウェイリスを出航。NNLシステムのハブステーションがある、ク・トゥーキ星系を目指した………









【第8話につづく】
 
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