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第3話:スノン・マーダーの一夜城

#21

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 星間ガス流に突入した瞬間、ドーン!…という大きな振動と共に、足元をすくっていくような、慣性の変動が発生する。重力子フィールドで宇宙ステーション全体を包み、衝撃を緩和しているものの想定以上の揺れに、全員が椅子の肘掛けや手摺にしがみついた。攻撃と勘違いしたのか、ステーションの警報機が被弾警報音を鳴らし始め、中央指令室の赤色灯が点滅する。

 だが衝撃の激しさは、被弾したのと変わらない位であった。宇宙ステーションの内部全体がみしみしと音を立て、その中で貨物船から次々と被害報告が入りだす。
 報告によると、数隻の貨物船に大きなダメージが発生し、曳航が不可能となった船が幾つも発生した。その結果、十二隻の貨物船がステーションの曳航を諦めて、引き返す事となる。
 当初、四人の協力者の船を合わせて六十二隻あった曳航船は、機械生物の襲撃を受けた四隻も除いて、一気に四十六隻にまで減ってしまった。宇宙ステーションを曳航するには、数的にほぼ余裕が無くなって来たと言っていい。



 星間ガス流に突入してから約二時間が経ち、キノッサは今回の作戦の主だった者を会議室に招集し、ここまでの評価と今後の示準の打ち合わせを行った。

 ミシミシ…ギシギシ…と、会議室にまで宇宙ステーションが軋む音が伝わる。その音に誘発される不安な表情を押し包みながら、各部署からの報告が続く。

「目的地である『スノン・マーダーの空隙』までは、あとおよそ70時間といったところです…現在の加速を続ければ、の話ですが」

「問題はステーションを曳航している貨物船です。星間ガス流の激しさが想定以上であり、今後さらに脱落する船が増えると、予定時間を超える可能性が高いです」

「それにステーションの強度の問題もあります。補強した結果として想定した加圧数値より、15パーセントの余裕を持たせていますが、今以上にイレギュラーな事態が発生した場合、どう対処すべきか…」

 そしてハートスティンガーからは、これも想定外の報告が行われた。

「喰いモンが、ぇ!」

 ハートスティンガーの言葉に、キノッサは眉をひそめて問う。

「はぁ?…そりゃまた、なんの話ッスか?」

「ここの倉庫にあった保存糧食の話さ。あの虫どもに取り付かれた奴等が、倉庫にあった保存糧食の大半を喰っちまってて、ほとんど残ってねぇんだ」

 話を要約すると機械生物に同化され、その支配下にあったこのステーションの人間達はここまで、倉庫に保管されていたサイドゥ軍の保存糧食を食べて、生き延びて来ていたのだが、その糧食も残り僅かとなっていたという事だった。
 
「糧食…『スノン・マーダーの空隙』に着くまで、持ちそうッスか?」

「微妙だな。俺達はともかく、よそから駆け付けて来てくれた連中は、用意する時間があまりなかったみてぇで、蓄えも無い船まで何隻かあるらしい…たぶん、このステーションの糧食を、アテにしてたんだろうぜ」

 ハートスティンガーの返答を聞いて、キノッサは困り顔になった。星間ガス流に入ってしまった以上、どこかで補給するなど不可能である。

 戦場において素人からは軽視されがちだが、糧食などの補給物資…いわゆる“兵站へいたん”が重要な問題だ。古来から“腹が減っては戦は出来ぬ”と言われる通り、糧食の欠乏は兵の士気に影響し、戦闘力にも関わって来る。ノヴァルナのもとで事務官を務めて来たキノッサであるから、そういう事の重要さは身に染みて理解していた。ある意味、下積み生活で培う事が出来たのだ、と言っていいだろう。

「キノッサぞん。どうするバ? 喰いもんザねぇど、やる気も起きねぞ」

 比較的に思った事をすぐ口に出すカズージが、まさに正鵠を得た発言をする。

「どっちしてもこの星間ガス流の中じゃあ、貨物船への糧食の受け渡しは困難ス。星間ガス流を抜けて、『スノン・マーダーの空隙』に着くまでは、我慢してもらうしかないッス」

 キノッサもまたそう返答するしかない。この星間ガスの激流の中を、ステーションや他の貨物船から、糧食の欠乏した貨物船へ小型艇で運ぶなど危険過ぎる。ただキノッサは他にも思う事があるらしく、ハートスティンガーに顔を向けて訪ねた。

「このステーションに残ってる糧食は、どれぐらいッスか? 貨物船の全部まで行き渡らせたら、足りるッスか?」

 その問いにハートスティンガーは、顎髭を指先で撫でて計算しながら応じる。

「そうだなぁ……全部で五百人ほどだから…ギリギリ一回分ぐらいか」

 これを聞いたキノッサは少し思案したあと、会議に出席している全員を見渡して告げた。

「各貨物船の船長に連絡して、『スノン・マーダーの空隙』に到着するまでは、食事を最低限のレベルに留めておくッス」

「ん? それはどういう意味だ?」とハートスティンガー。

「まず、貨物船によって食事の量に差が出るのは、良くないッス」

「うむ…それはそうだな」

 兵站の問題が士気に作用するのであれば、糧食に余裕のある貨物船と逼迫している貨物船で、食事の領に差が出ては逼迫している方に不満が出る。特に今回のようにハートスティンガーの組織に、四人の協力者の組織が加わっている、寄せ集め集団であればなおさらの事だ。 
 キノッサの思いとしては糧食の差を低い方で統一する事で、寄せ集め集団に“苦労を共にする”という方向で団結を促し、さらに全体の状況を、自分を中心とした作戦司令部が正しく把握しているという、安心感を与えたいのであった。そして狙いはそれだけではない。

「それと、『スノン・マーダーの空隙』に到着したら、すぐにイースキー家が襲って来るはずッスから、その前にこのステーションに残ってる分も合わせて、糧食を全員に一つ残らず配給するッス!」

 その言葉に、居合わせる者達は揃って、“ほう…”といった興味深げな表情を浮かべた。彼等の気持ちを代表して、P1‐0号が評価を述べる。

「なるほど。『空隙』に着いたところで全糧食を放出。報酬効果と決戦感を演出して、イースキー家の襲来に備える…という事か。お猿にしては考えたね」

「猿じゃないッス!」

 …と言いながら、キノッサはどこか自慢げであった。いつも辛辣なP1‐0号にしては、高評価だったからなのかも知れない。



その後の約70時間の間も、キノッサ達に心の休まる事など無かった―――



 まずハートスティンガーではなく、協力者の一人が持ち込んだ補強材の強度が、不足しているのが発覚。しかもその箇所から他の補強材まで外れて、被害が広がる確率が80パーセントを超えるとP1‐0号が指摘したため、ハートスティンガー達は星間ガスの乱流荒ぶる中、宇宙服で外へ出て補修作業を行った。

 そして絶え間なく続く揺れが、宇宙ステーション内部にまで障害を発生させ、各所で空気漏れが起き、こちらはキノッサ自らも修理用工具を持って、ステーション内を駆けずり回る事態となった。

 さらに宇宙ステーションを牽引していた貨物船が四隻、推進機に異常をきたして離脱。いよいよ曳航作業に支障が出始め、護衛のため牽引に加わっていなかった、ティヌート=ダイナン指揮下の重巡航艦から一隻が、牽引を行うようになった。

 その他大小様々な問題に振り回されながらも、ほぼ予定より半日遅れから遅延を増大させる事無く、旧サイドゥ家の宇宙ステーションは目的地である、『スノン・マーダーの空隙』へ接近していった。

 やがて4月3日。ステーションは星間ガスの奔流を脱し、『スノン・マーダーの空隙』へ入る時を迎える。ここまでの行程でほぼ不眠不休、疲労困憊のキノッサ達だったが、あと少しという気持ちと共に、皆が歯を喰いしばって耐えている。

「星間ガスからの離脱地点まで…あと三分」

 キノッサ達の中で唯一疲労する事のない、アンドロイドのP1‐0号が落ち着いた口調で、中央指令室にいる全員に告げた。





▶#22につづく
 
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