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第3話:スノン・マーダーの一夜城
#07
しおりを挟むP1‐0号の解析によれば、機械生物に寄生された人間は、鋭い嘴のようになった口を脊髄に突き刺され、神経組織を乗っ取られて操られているらしい。体を乗っ取られた人間が、四つん這いで素早い動きを見せたのは、人間としての動きではなく、昆虫のような機械生物の動きをトレースしているからだという。
「実に興味深い生命体です。動力はおそらく超小型の量子位相変換炉。体の動作は金属繊維が、筋組織と同じ機能を果たしていると思われます。その他の構造や組成を見ても、我々銀河皇国のテクノロジーとは、別の技術体系に属しているのは明らかです」
「別の技術体系…どこからそんなもんが…」
P1‐0号の言葉に、ハートスティンガーは訝しげに呟き、さらにキノッサは疑問を口にした。
「機械生物と言ったッスが、単にロボットじゃないんスか?」
「元はロボットだったのは、間違いないね」
「元は、ッスと?」
「元は何らかの作業を行うため開発された、昆虫型ロボットだったであろう事は、間違いない。ただそれはずっと大昔の事で、そこから独自に進化を続けて、現在の生物的特性を身に着けた、形態となったと考えられるんだ」
「レンバル・ガジャン…ズン・ハッタ?」
カズージがバイシャー語で問うと、P1‐0号は公用語で応じた。
「自己保存と増殖の本能だよ」
「本能だと?―――」
ハートスティンガーは、診察台の上の遺体に視線を移して尋ねる。
「コイツみたいに人間に寄生して、操るのが本能だってのか?…というか、機械の生き物がどうやって、生身の人間に寄生出来てるんだ?」
するとP1‐0号はスクリーンの表示を、遺体の透視映像に切り替えて述べた。
「それは重要な案件です。機械生物は人間そのものではなく脊髄に同化している、半生体のNNLリンクユニットに、この尖った嘴のようなものを突き刺し、強制接続して操っているのです」
「NNL(ニューロネットライン)だって!?」
銀河皇国に属している人間はヒト種もその他の種族も、幼少時に脊髄へNNLのリンカーを移植される。これは入力用ナノマシン半生体ユニットとなっており、これがあるおかげで、皇国民は操作端末無しにNNLを使用し、各種のサービスを受ける事ができるのである。
機械生物はこの半生体ユニットを支配下に置く事によって、宿主の神経組織を制御、肉体を操っていたのだった。
「NNLを乗っ取って、人間を操る事のどこに、本能があるんスか?」
「さらなる進化のためだろうね」
「進化?」
「生き物は新たな環境の中へ放り込まれると、その環境に適応しようとする。つまり生存と繫殖のための進化さ。この機械生物達にとって、ヒト種や様々な種族で構成された銀河皇国は、その新たな環境だったんだと思う。そこでこの環境に一番適応している、人間に同化しようとしているんだろう」
「………」
信じ難いP1‐0号の推論を聞き、キノッサ達は互いに顔を見合わせた。するとハートスティンガーが進み出て、自身の懸念を問い質す。
「じゃあ、先行させて行方不明になった貨物船や、さっき連れて行かれた俺の部下達も、この機械のバケモノに取り付かれる事になんのか?」
「おそらく」
「なんてこった! なんか手はねぇのか、P1‐0号!?」
血相を変えるハートスティンガーに、P1‐0号はアンドロイドらしく、無感情な声で応じた。
「昆虫に似た習性を持つと仮定した場合、その場で同化しようとしなかった点から推察して、連れ去られた人間は一箇所に集められ、そこで同化行為が行われると考えられます。ただしその場所はここからでは捜索できません。中央指令室でメインシステムを立ち上げ、ステーション内のセキュリティサーチを、使用できるようにする必要があります」
「一刻を争うって話じゃねぇか!!」
拳を握り締めて声を張り上げたハートスティンガーは、キノッサに告げる。
「キノッサ! 『ブラックフラグ』から応援の人数を出して、中央指令室へ行く。そして部下達の居場所を突き止めて、助けに行く。それでいいな!?」
「え?…まぁ…」
圧を感じさせる剣幕に逡巡するキノッサをよそに、ハートスティンガーは大股で通信パネルへ歩み寄り、『ブラックフラグ』にいるモルタナへ連絡を入れた。
「おい、姐さん。急ぎで俺の部下を出せるだけ、ここへ応援によこしてくれ。少々強引だが、これからすぐに中央指令室へ向かうぜ!!」
しかし応答するモルタナは普段、荒くれ者との駆け引きも多い。ハートスティンガーの威勢もまるで通用せず、不審げな響きがある口調で問い質して来る。
「ちょいと待ちな。あんたらの大将はあんたじゃなくて、キノッサなんだろ。その辺りはちゃんと、筋を通してるんだろうね!?」
「お…おうよ」
釘を刺された形のハートスティンガーは、たじろぎながらキノッサを、通信パネルの前に引っ張り出した。おまえから頼め…という事らしい。
「姐さん、キノッサっす。親分の言った事には、俺っちも同意してるッスから、よろしくお願いするッス」
キノッサが大人しくそう言うと、通信パネルの向こうでモルタナが、ため息をつくのを感じさせる。そして「わかったよ」と応じておいて付け加えた。
「あんたさ、その“親分”てのやめな。今はあんたが親分なんだからさ」
「いや…ははは…」
言葉ではあのノヴァルナとも、互角以上にやり合うモルタナであるから、口が達者なキノッサであっても終始、押され気味にならざるを得ない。それでも問うべき事は問うた。囮として船外作業艇と同化した機械生物をおびき寄せ、取り付かせた二隻の無人軽巡航艦についてだ。
「それで姐さん。軽巡にくっついてる機械生物の方は、どんな感じッスか?」
「え…ああ。相変わらず夢中で外殻を引っ搔いてるよ。当分どっかに行ったりは、しないだろうさ」
「じゃ、じゃあ。モルタナの姐さんもこっちへ来て、手伝ってほしいッス!」
するとその言葉に、モルタナの反応が一変した。通信機から聞こえる声には、明らかに動揺が感じられる。
「うえっ!? あ、あ、あたいもそっちに行くのかい!?」
「?…はいです。中央指令室へ移動したら、そこから指揮を一元化した方が、いいに決まってるッスから」
「………」
「モルタナの姐さん?」
「………」
「どうかしたんスか、姐さん!」
無言のモルタナを不審に思ったキノッサは、首をかしげて強めの口調で問い掛けた。モルタナは語気を強めて言い放つ。
「わかったよ。行きゃあいいんだろ、行きゃあ!!!!」
ヤケクソ気味に言い放って、モルタナは通信を切った。この宇宙ステーションに問題がある事を知っており、駆けつけて来てくれたモルタナだが、巣くっていたのがあの機械生物だと知った途端、態度がおかしくなって来ている。
「なんなんスかねぇ…」
指先で頭を掻くキノッサの向こうでは、ハートスティンガーがブラスターライフルを手に取って、早くも医務室を出て行こうとしていた。肩をいからせながら三人の部下に指示する。
「船から応援が来たら、すぐに仲間を助けに行くぞ。絶対無事に取り戻すんだ。いいな!」
こちらはこちらで勝手に突っ走りだしそうな勢いだ。その様子を見るキノッサの脇を通り過ぎざまに、P1‐0号が言う。
「実に興味深い…中央指令室へ行って、メインシステムを立ち上げたら、外に接舷している、あの学術調査船にアクセスしなければ…何らかの情報が、得られるはずだからな」
この期に及んでまとまりの無さを感じ、改めて指揮を執る事の難しさを痛感したキノッサはひとつ、大きな溜息をついた。
▶#08につづく
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