台本集(声劇)

架月はるか

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偶吟悠遠常世奇譚 総攬の旅苞

番外2 吉法師編

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SE:柏木音

藤吉郎「俺の名前は、木下藤吉郎。ちょっとした理由があって、一人旅をしている者です。今日は皆さんに、その旅の途中で出会った方から伺ったお話を、伝えてみたいと思います」

SE:短い拍子木音

藤吉郎「彼の名前は、吉法師さん。尾張の国のご領主様に代々仕えている、忍の一族なのだそうです。忍のお仕事と言っても、伝令や隠密活動など多岐に渡るそうなのですが、その中でも吉法師さんは、ご領主様の嫡男であられる三郎さんを守るという、一等任務を担っているご様子です。吉法師さんは否定していたけれど、たぶん一族の仲でも実力のあるお方なのだと思います。吉法師さんが大変なこの任務を引き受けた理由は、三郎さんの事を忠義の枠を超えて尊敬しているから、とか。吉法師さん程の人にここまで言わせるほど三郎さんが凄い人だとはとても思えないのだけれど……。まぁ、本人がそれで良いのなら、良いのでしょう。多分……」

SE:宿場の中の音。遠くに待ちのざわめき

藤吉郎「三郎さん、遅いですね。「ちょっと出て来る」って勝手に出て行ってしまってから、もう一刻半は過ぎていますけど……探しに行かなくても大丈夫でしょうか?」
吉法師「大丈夫ですよ。若君の「ちょっと出て来る」は、女性の所に行ってくるという意味ですから、居場所は把握しております」
藤吉郎「そ、そうなんですか。あの……吉法師さん?」
吉法師「何ですか?」
藤吉郎「前々から気になっていたんですが、吉法師さんは三郎さんのどこに惹かれて一緒にいるんですか? ただ単に、一族の忠義を引き継がなければという義務感ではない様に思えるんですけど」
吉法師「おや、鋭いですね。では、若君がお帰りになられるまで、少し昔話でも致しましょうか。私が若君の器の大きさに気付いたのは、そう……私がまだ若君にお仕えする以前、忍として働く為に修行の日々を送っていた頃の事です」

SE:山の音
SE:木々を飛び回る音や手裏剣が木に刺さる音等、修行中の音

頭領「腕を上げたな、吉法師」
吉法師「頭、ありがとうございます」
頭領「お前ももう十五だ。そろそろ一人で仕事をこなして貰わねばならん」
吉法師「はい」
頭領「お館様が、お前をご嫡男の傍仕えにと、仰せになられている」
吉法師「そんな大役、私には……」
頭領「お前の悪いところは、自分を卑下し過ぎる所だ。お前はこの任務向きだと、私はそう思っている」
吉法師「頭こそ、私の事を買いかぶり過ぎです」
頭領「そんな事はない。だが、お前には任務に就く前に試験を受けてもらう。それならば、自分にも納得がいくだろう?」
吉法師「はい」
頭領「試験を通して、ご嫡男の事を知る良い機会だ」
吉法師「ご嫡男の事は、知っております。仕えるべき家の事を知らぬはずがないではありませんか」
頭領「それは知識として教えられた、上辺だけのものだろう。本当に仕えるとなると、それだけでは続かんぞ」
吉法師「よく、わかりません」
頭領「いずれわかる時が来る。そうだな、今ひとつだけ言えるとするなら、主人はお前自身が決めるのだという事だ。自らが認められない主人に、義務だけで従う事はない」
吉法師「…………はい」
頭領「自分の目できちんと見極めろ」
吉法師「努力、致します」
頭領「お前のそういう所を、私は買っている。それでは、試験の具体的な内容に移ろう」

SE:町のざわめき

吉法師「この町に、近江からの商人が来ていると聞いてきたのですが……」
日吉「あぁ、そう言えば来ていたな。確か、あそこの神社付近に居たと思うが」
吉法師「ありがとうございます」
日吉「お前、この国は初めてか?」
吉法師「はい。それが、何か?」
日吉「いや、どうも慣れていない様子だったのでな。道はわかるか?」
吉法師「親切にありがとうございます、大丈夫です」
日吉「多少腕に覚えがあると見たが、大した用事が無いのなら、さっさとこの国を出た方が良い」
吉法師「何故です?」
日吉「ま、ちょっとしたお節介って奴だ。ではな」
吉法師「…………」

SE:町のざわめきの中に消えていく足音

吉法師「あの男、町人にしては所作がやけに綺麗だったが……身分あるお方だったのだろうか……?」

SE:町のざわめきが遠くなり、神社の静けさ(木の音等)
SE:歩いてきていた吉法師の足音が止まる

商人「いらっしゃい。兄さん、こんなとこまではるばる来てくれはるなんて、うち嬉しいわ。何か買うて行ってくれはるんでしょ?」
吉法師「はい。この国の、三倍は出しましょう」
商人「なんや兄さん、そっちかいな」
吉法師「どうですか?」
商人「あかんね。うちかて、そりゃぎょうさん出してくれはる方につきたいんやけど、こっちも客商売やから。信用第一やねん」
吉法師「そうですか。では、仕方ありませんね」
商人「ちょ、ちょう待ちぃや。何も、絶対売らんとはゆうてない」
吉法師「では……」
商人「けど、こっちだって命かかってるんや。そう簡単にはいかへんで」
吉法師「聞きましょう」
商人「うちは商人や。口約束じゃ、引き受けられへん。ここよりも良え目みせてくれるっちゅう証を、見せてもらわな」
吉法師「証、ですか」
商人「そうや。それがないんやったら、この話には乗られへん」
吉法師「それでは、こちらを」

SE:刀を渡す音
SE:刀を抜いて、検分する音

商人「へぇ、これは……」
吉法師「名刀と、呼ばれる類いのものであるはずです。貴方も武器商人ならば、わかりますね?」
商人「本物、のようやね」
吉法師「加えて、鍛冶師をご紹介します」
商人「ほんまに!? でもこれ、確か尾張のご領主の家宝やって聞いた事あんねんけど? ようできた偽モンやないやろな」
吉法師「見定められないのでしたら、お返し下さい。これにて失礼致します」
商人「待ぃな、うちの事を知ってるから声かけて来たんやろ。目利きに自信はある。けど、こんな貴重なもんを、タダでうちみたいなんに引き渡すっちゅう所が、納得いけへん」
吉法師「それはそうでしょうね。私も納得いきません」
商人「ははっ。なんやあんたさん、ただのお遣いか! 正直やなぁ……ちゅーことは、窃盗品の類いでもないみたいやな」
吉法師「もちろんです。これは本当に、尾張のご領主……の、ご嫡男からお預かりしました」
商人「尾張の嫡男……、あの噂の尾張のうつけか!」
吉法師「私の、主人です」
商人「あんたさんも、苦労すんなぁ。ええやろ、うちはおもろいのんと太っ腹なんは、大好きや。この話、乗った」
吉法師「ありがとうございます」
商人「この国のご領主さんは、太っ腹なんやけどおもろないねん。仲介の兄さんがかっこええから、続いてたみたいなもんや」
吉法師「では、私にご同行頂けますか?」
商人「もちろん。あんたさんも、負けず劣らずかっこええしな。総合的に見てそっちのが楽しそうやし、えぇ目見せて貰えそうや。じゃ、店畳むから、ちょお待ってて」

SE:風呂敷の上で雑貨店を装っていた商人が片付ける音
SE:町のざわめきの中に二人の足音

商人「あ、吉法師さん見て! あのお方が、この国の仲介の兄さんや」
吉法師「あれは、先程の……?」
商人「なんや、知り合いなん?」
吉法師「いえ、貴方の居場所を教えて頂いただけですが……」
商人「敵を手助けしたっちゅー事やん。かっこええと思ってたけど、意外と抜けてはるお人やってんなぁ」
吉法師「そうは見えませんでしたが、まさか……」
商人「ん? 何?」
吉法師「いえ、何でもありません」

SE:山の音
SE:木々を飛び回る音や手裏剣が木に刺さる音等、修行中の音

頭領「吉法師」
吉法師「頭」
頭領「ご苦労だった。美濃の国との戦は無事回避出来た。試験は合格だ。それでどうだ、任務を受けるかどうか覚悟は決まったか?」
吉法師「はい。謹んでお受け致します」
頭領「そうか。ご嫡男は、認めるべき主であったようだな」
吉法師「はい。多少無茶なお考えの方ではございますが、国の行く末を見定める目をお持ちだと思いました」
頭領「そうか、では今後はご嫡男の為に生きよ。真に仕えたいと思える主に出会える機会は、またとないぞ」
吉法師「はい。肝に銘じます」
頭領「ま、とりあえず今は、お館様とご嫡男の喧嘩をお止めするのがお前の任務だ。心して掛かれよ」
吉法師「……え?」
頭領「致し方あるまい。お館様が大事にしておられた名刀を、ご嫡男の独断で勝手に名も無い商人の娘に下げ渡してしまったのだからな」
吉法師「了承を得てあったのでは……?」
頭領「まだまだ修行が足りん様だな、吉法師。ほら、行って来い」
吉法師「え、えぇぇぇ?」

SE:屋敷のざわめき
SE:三郎と信秀の言い争う声が遠くに聞こえる
F.O

藤吉郎「俺の名前は、木下藤吉郎。ちょっとした理由あって、旅をしている者です。今日は皆さんに、その旅の途中で出会った方から伺ったお話を伝えてみたいと思った、訳ですが……」
吉法師「若君、お帰りなさいませ」
藤吉郎「結局俺には、吉法師さんがどうして三郎さんに忠義を超えて尊敬し、仕えてらっしゃるのか、よくわかりませんでした」
吉法師「そうですね、実は私にもはっきりとした理由はわかりません。ただ言うなれば、あの時感じた私の勘、でしょうか」
藤吉郎「勘、ですか?」
吉法師「えぇ」
藤吉郎「本人がそれでいいのなら、いいのでしょう。多分……」
吉法師「若君! 何ですか、その汚れは」
藤吉郎「あ、本当だ。三郎さん、着物に泥が……」
吉法師「また嬉々として喧嘩に乱入して来たのではないでしょうね? 変な事に巻き込まれてはいませんか?」

SE:吉法師・藤吉郎・三郎の騒ぐ声

商人「それでは、お後がよろしいようで」
藤吉郎「俺、結局貴方の事も、よくわからなかったんですけど……」
商人「知らん方が幸せな事もあるんよ」

SE:柏木音



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