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肉と魚と炭火と危険

フグの解体・弟子のラーメン添え

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全員分の夕飯を任されてしまったがシェラフがフグの解体を見せてくれるらしいから手早く美味い物を幾つか作って、じっくりと見せて貰おう。

焼いたあんこうの顎から取った出汁にむしった身を使ったパエリヤを仕込んで、後は頬肉をから揚げにするだけにして……これでゆっくり見られる。

「では、始めます」

この世界のフグ……ピストルは兄貴いわくハリセンボンみたいなフグとか言ってたんだが、ハリネズミの皮と針を背負ったフグみたいな見た目だな。

あんこうは日本で見た物とほぼ同じだったんだが。

ほぼ、なのは皮の色が乳白色で身は芋羊羹みたいな色だったからだ。

「内臓の毒についてはご存知かと思いますがこのハリも刺されると身体中に痺れが回り、体質によってはそれだけで命を落としてしまいます」

ハリにまで毒があるのかよ……

「そして何より注意が必要なのはこの……あらゆる物を噛み砕いてしまう強靭な顎と鋭利な歯ですね、この顎は自分の指も簡単に噛み千切ってしまうでしょう」

ピラニアやイシダイじゃあるまいし、フグがシェラフの指ですら食い千切るってか!

成程、この世界のフグは獲物をハリで動けなくした内に食うのか。

そして電流で難易度が下がると言っていた理由はよく解った。

釣るなり網で捕らえるなりしたフグに流す事で、少なくとも噛み付かれる事だけはなくなる筈だし……後はハリに注意すれば済むんだろう。

「解体はまずこの皮を剥ぐ所から始めます」

お、ハリネズミみたいな皮の下から真っ白な身……いや、あれは薄皮か?

「解ると思いますがこの最初の皮は内臓と同様、食べられませんよ」

そりゃ神経毒があるみたいだしなぁ……それにハリもビッシリだし。

仮に食えると聞いても怖くて手が出せん。

「この2枚目の皮は魔鉄皮と呼ばれていまして、剥がすのに力が要りますが茹でて千切りにすれば美味しく頂けますよ」

魔鉄皮……いわゆるテッピだな。

テッピはフグを扱う居酒屋では定番のオツマミで、ポン酢で食うと美味いらしいが食った事はない。

理由?値段が高過ぎるからだ。

「そして胸ヒレは炙ってから熱々のコメ酒を注ぐだけで極上の味となるとか……ここにはコメ酒がないので話に聞いただけですが」

胸ヒレだけなのか……まあ背ヒレや尾ヒレはハリの山に埋まっていたからな、ヒレの為だけに無茶はできんか。

シェラフはスコッチさんの孫だし、多分酒にも強いだろう。

次に同じピットを囲むなら色んな酒を用意してやる。

「頭は目玉にも毒がありますが、他は油で揚げると美味しいですよ」

フグの頭をから揚げにした物は日本でも人気があったからなぁ……例のごとく食った事はないけど。

どんな味か気になってはいたがまさか異世界で食えるとは。

「後は普通の魚と同様に内臓を傷付けない様に注意しつつ3枚におろしまして、身から薄皮を引いて念入りに水洗いすれば下処理は終わりです」

おお、まるでクリスタルみたいな透明感のある身だな。

刺身にした訳でもないのにまな板が透けて見えるぐらいだ。

日本の雑誌とかで見たフグは白っぽい様な身だった気がするんだが……まあ身の色に関してはイワシと同じ理由だろ。

「参考までに、こちらは解体を失敗したピストルの身です」

あ、何か黒ずんでるというか所々にイカスミを塗りたくった様な……成程、これは内臓の毒が身に回ってしまった証拠って奴だな。

でもこうやって一目で解るのはありがたいし覚えやすい。

「おっと、このピストルにはシラコもありましたか……此方は唯一食べられる内臓です」

フグの白子……最も美味いと言われる、かつ最も値段の高い部位か!?

「ではトーフさん、此方の処理をお願いします」

「うむ、任された」

トーフ……どこぞのバイク乗りみたいに右半身だけ紫になっていやがった。

てかどういう変化をしてんだよ。




「ピストルの食べ方も色々とありますが、特に人気が高いのはサシミと揚げですね……とはいえサシミは妊婦には危険なので揚げた方が良いかと」

タープとマリアがシェラフを刺す様に睨んでいるがこればっかりはどうしようもないぞ。

来年また来るから今回は我慢しような?

「そして揚げならウメオさんに任せた方が美味しくなるでしょうし、解体さえ済ませれば誰でも料理できますので後はお願いします」

成程、いわゆる身欠きにしてあれば誰でも料理できるのか。

となれば……

「シェラフ、明日水揚げされるピストルの内10匹をウチ用で解体してくれないか?」

「それは構いませんがピストルの解体は手間賃で1匹200バランも掛かりますよ?割引したくてもこればかりは規律ですから」

まあ、日本でも難しい試験に合格しなきゃ出来ない解体だからな……いわゆる技術料が掛かるのは当然だろう。

そして値段を一律にしてあるのは技術の価値を下げさせない為の措置、日本でもフグに限らず特別な技術を要する仕事にはそういうのが付き物だ。

多分だがシェラフがそれを覚えたのは孤児院の運営資金にする為だな。

ついでに言うなら禁酒が続いたせいで余りまくっている小遣いだし、現金の寄付じゃまず受け取らんだろうからこういう形を取らせて貰う。

「とりあえず前払いで2000バラン、頼んだぞ」

「わ、解りました!」

ウチなら何匹あろうと残される心配だけはないし、明日はピストルを鍋にして食おう。

締めは当然、米と溶き卵を入れた雑炊にしてやる。




よし、あんこうをパエリヤにしたのはこれが初めてだが意外と美味そうな匂いがするな。

まあパエリヤと言いつつ焼いた顎の出汁にコメ酒、味付けも醤油と味噌で付けたんだが。

パエリヤらしい要素はトマトぐらいしかないぞ。

頬肉もから揚げにしたし、シェラフに言われた通りに揚げたフグもバッチリだ。

「私の方も出来ました!」

お、マレスが作ると言ってたあんこうのラーメンか。

「骨から取った出汁とアングラーだけのドブジルを合わせて、裏漉しした肝を溶かし混ぜたスープでメンを浸したラアメンです……初めて作ったんでお口に合うかどうかは解りませんが」

あの骨から取ったスープにあんこうだけで作ったどぶ汁、更に肝を溶かし混ぜただと……そんなの美味いに決まってるだろ。

しかも仕上げに蒸した鮟肝とエリンギに湯がいたほうれん草を乗せていやがるし、どんだけ肝を食わせたいんだ。

ってほうれん草は既にここまで広まっていたのか……

「ほぅ、アングラーの旨味が詰まったコメも美味いがこの濃厚なスープもいいな」

「揚げも美味いが……アングラーらしからぬ噛み応えがあるな?」

領主にアンカー、いつの間に……まあいい。

因みにあんこうの頬肉は最も運動量が多い筋肉で、全体的に柔らかい中で唯一固さがある部位だ。

取るのは非常に面倒だがそれに見合う味はちゃんとある、ただ量が少ないのが欠点だな。

そりゃ頬が4つも5つもある生物なんて居ないし、仕方ないけど。

「やはりピストルは揚げに限るのう」

「うむ、こればかりはカーニズでは食えんからな」

マットさんにロリババアもいつの間に来たんだ……

てかぞろぞろと集まってるけど、頬肉とフグは数に限りがあるんだから俺の分を残せよ?

「主の父上よ、新発見だ……マレス殿に貰ったキノコの切れ端を取り込んだら身体の中の毒がほんの僅かだが減ったぞ!」

何……だと!

確かに紫が薄くなってるな……まさかこの世界のエリンギにそんな効果があったとは思ってもみなかったぞ。

だがこれは朗報だ。

「サーマ、明日のピストルの解体だがトーフには合間にキノコを食わせてやってくれ」

「話の通りなら丸ごと食わせれば更に効果があるだろうからね、市場中からかき集めておくよ」

「あ、ついでに今夜摂取する塩も頼みたいのだが」

ああ、どんだけフグの内臓を取り込んだかは知らんけどかなり大きくなってるからなぁ……

でも今縮めたらフグの毒まで排出しそうで怖いし、今あるエリンギを可能な限り食わせて真っ黒に戻してからにしよう。
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