33 / 52
第三十三話 氷の悪魔ベティゲル
しおりを挟む
「君たちは考えたことはないかい? どうして、この国は一年中、雪が降るのか。どうして、氷に閉ざされているのか、どうして、魔物たちが寄り付かないのか……」
その問いに帝国兵たちは青ざめる。
「まさか……」
「そのまさかだよ。ぜーんぶ、あたしのせいさ」
「氷の悪魔……ベティゲル……」
「ふふふっあはははは」
狂気じみた笑い声にその場は恐怖に支配される。帝国兵らの一部が慌てて逃げ出そうとした。
洞窟の出口へと逃げようとしているとベディゲルは指を鳴らす。パチンと音がこだましたあと、地面から氷柱が突き出し、入り口を塞ぐ。
「ひぃいい」
「おっと、逃がしはしないさ。このあたしと遊んでくれよ。千年もこの薄暗い洞窟に封じ込められていたんだ。退屈で、退屈で、退屈で、仕方がなかったんだよぉ。久しぶりに生きた人と会えたんだ。ちょっとは楽しませてくれないと困るねぇ」
「くそ、くそったれ!! ばけものが!!」
「やってやる!! ぶっ殺してやる!!」
帝国兵士らは逃げることをあきらめて一斉に剣を抜き、構える。
「あはっ。これはなんていうんだろうね。窮鼠は窮鼠猫を噛む、ってやつかねぇ」
しかし、相手は悪魔だ。普通の人間である彼らが勝てるはずもない。それを承知の上で、彼らは戦いを挑もうとしていた。
「さぁ、あたしのシルビア。まずは肩慣らしと行こうじゃないか。さぁ唱えてみな。あたしの力を呼び起こす言葉を」
「え?」
「もうわかるだろ? 頭の中に入っているはずさ。闇の言葉を」
「……」
シルビアの脳裏に言葉が浮かび上がってきた。
なぜ、この言葉が思い浮かんできたかはわからない。
だけど、確かに頭の中に言葉が入ってきた。
それは魔法を使う時に必要な呪文だった。
シルビアは目を閉じ、ゆっくりと深呼吸し手をかざす。
『―――❝アブソルート・ゼロ❞―――』
手から放たれたのは白い冷気。
その瞬間、遺跡の中の空間が音も、空気も、時間も、すべてが止まったかのように感じた。
帝国兵らは一瞬にして、青白く凍っていた。
「これはすごいねぇ。さすがは“勇者”の血だ」
シルビアは驚いた様子もなく、冷静なまま、ただただ目の前に広がる景色を冷たい目で見ていた。
人が一瞬にして、オブジェクトのように固まっている。
(――――こんなことができるなんて……。これが私の力……)
「おや、人を殺したのに何も思わないのかい?」
その問いに対して、シルビアは不思議な気持ちになった。
当然のことながら生まれてから一度も人を殺したことはないはず。
それなのに、何も感じなかった。
あっさりとしている。
殺したことに罪悪感を感じることはない。
なぜなら彼らも同じく、自分を殺そうとしたのだから。
楽しんで、快楽のためだけに、人を殺した。
だからシルビアは自分の身を守るために殺した。
何がいけないのか?
殺されて当然の人間たちだ。
父親や母親を殺したように。
足で虫を踏み潰すのと同じ感覚だ。
おもむろに氷漬けになった帝国兵に歩み寄り、人差し指で弾いてみた。
すると氷は粉々になり、砕け散った。
足元に落ちた欠片を感情なくシルビアは虫を潰す感覚で、踏みつけた。
ガシャリと音を立て、踏みしめるととてもすっりとした気持ちになる。
「……あなたの目的は何?」
シルビアが振り向くとベディゲルが笑みを浮かべていた。
その表情からは何も読み取ることはできない。彼女は悪魔だ。
何を考えているのかなんてわかりっこないのだ。
しかし、彼女はさらりと言った。
「あたしの目的はねぇ~」
するとベティゲルは後ろへと振り向き、女神の石像を見上げる。
「“神を殺す”ことさ」
シルビアは眉をひそめた。
「どういう意味?」
「そのままの意味だよ~。『創造の女神ソラーナ』を殺す。千年もの間、こんな辺鄙な場所に閉じ込めた恨みを晴らすためにねぇ~」
その表情にはどこか怒りのようなものが見え隠れしているように感じられた。
「閉じ込められているの? ここに?」
「そうよぉ~。もうずぅーっと前からこの遺跡に封じ込められているのさぁ。誰かが崇めるわけでもなく、誰かが来るわけでもなく、ただずっとここで一人きり……」
寂しげな顔つきでベティゲルは語る。
その姿からは哀愁すら漂っていた。
「そこに君が来た。それも勇者の血を継ぐ者だよぉ。これほど愉快痛快なことはないねぇ」
ベティゲルは両手を広げて高らかに笑う。
「最高じゃないか。女神の恩恵を受け、勇者として世界を救うための使命を担うはずが、闇に堕ちるなんて、最高の復讐だと思うんだよねぇ!」
狂ったような笑い声を上げながら、ベティゲルは続ける。
「君の中にある闇がとても好きだ。それはそれは美しいものだよ。君の身体に染み付いた勇者の血もなかなか悪くはないけれどねぇ」
そしてまた気味の悪い笑顔を作り、シルビアの方を見る。
「さぁー、契約を履行してもらおう」
「最初から仕組んでいたりないわよね?」
「まさか。そんなことはないさ。これは“運命”だよ」
「皮肉ね」
シルビアは苦虫を噛み潰したかのような顔をして言った。
「まあ、いいわ。私も女神には失望した。助けてくれると思ったのに。弱い者は死ぬだけ、強い者が正義。それをはっきりと見せつけられたからね」
彼女は自分の手の甲を見つめた。勇者の証であるアザがこれほどまでに憎いことはない。
女神に対する憎悪が大きくなり、女神の慈悲、慈愛、奇跡、それらすべてを信じた自分が馬鹿らしくなった。
怒りが心の底から沸々と湧き上がってくる。身体中から溢れ出る闇のオーラを見て、ベディゲルは頬を赤らめた。
「そうこなくっちゃねぇ! やっぱり君は面白い子だよ!」
ベティゲルは嬉々として答えたのであった。
「待っていろ。女神ソラーナ、私を見捨てたお前を必ず殺してやる―――」
その問いに帝国兵たちは青ざめる。
「まさか……」
「そのまさかだよ。ぜーんぶ、あたしのせいさ」
「氷の悪魔……ベティゲル……」
「ふふふっあはははは」
狂気じみた笑い声にその場は恐怖に支配される。帝国兵らの一部が慌てて逃げ出そうとした。
洞窟の出口へと逃げようとしているとベディゲルは指を鳴らす。パチンと音がこだましたあと、地面から氷柱が突き出し、入り口を塞ぐ。
「ひぃいい」
「おっと、逃がしはしないさ。このあたしと遊んでくれよ。千年もこの薄暗い洞窟に封じ込められていたんだ。退屈で、退屈で、退屈で、仕方がなかったんだよぉ。久しぶりに生きた人と会えたんだ。ちょっとは楽しませてくれないと困るねぇ」
「くそ、くそったれ!! ばけものが!!」
「やってやる!! ぶっ殺してやる!!」
帝国兵士らは逃げることをあきらめて一斉に剣を抜き、構える。
「あはっ。これはなんていうんだろうね。窮鼠は窮鼠猫を噛む、ってやつかねぇ」
しかし、相手は悪魔だ。普通の人間である彼らが勝てるはずもない。それを承知の上で、彼らは戦いを挑もうとしていた。
「さぁ、あたしのシルビア。まずは肩慣らしと行こうじゃないか。さぁ唱えてみな。あたしの力を呼び起こす言葉を」
「え?」
「もうわかるだろ? 頭の中に入っているはずさ。闇の言葉を」
「……」
シルビアの脳裏に言葉が浮かび上がってきた。
なぜ、この言葉が思い浮かんできたかはわからない。
だけど、確かに頭の中に言葉が入ってきた。
それは魔法を使う時に必要な呪文だった。
シルビアは目を閉じ、ゆっくりと深呼吸し手をかざす。
『―――❝アブソルート・ゼロ❞―――』
手から放たれたのは白い冷気。
その瞬間、遺跡の中の空間が音も、空気も、時間も、すべてが止まったかのように感じた。
帝国兵らは一瞬にして、青白く凍っていた。
「これはすごいねぇ。さすがは“勇者”の血だ」
シルビアは驚いた様子もなく、冷静なまま、ただただ目の前に広がる景色を冷たい目で見ていた。
人が一瞬にして、オブジェクトのように固まっている。
(――――こんなことができるなんて……。これが私の力……)
「おや、人を殺したのに何も思わないのかい?」
その問いに対して、シルビアは不思議な気持ちになった。
当然のことながら生まれてから一度も人を殺したことはないはず。
それなのに、何も感じなかった。
あっさりとしている。
殺したことに罪悪感を感じることはない。
なぜなら彼らも同じく、自分を殺そうとしたのだから。
楽しんで、快楽のためだけに、人を殺した。
だからシルビアは自分の身を守るために殺した。
何がいけないのか?
殺されて当然の人間たちだ。
父親や母親を殺したように。
足で虫を踏み潰すのと同じ感覚だ。
おもむろに氷漬けになった帝国兵に歩み寄り、人差し指で弾いてみた。
すると氷は粉々になり、砕け散った。
足元に落ちた欠片を感情なくシルビアは虫を潰す感覚で、踏みつけた。
ガシャリと音を立て、踏みしめるととてもすっりとした気持ちになる。
「……あなたの目的は何?」
シルビアが振り向くとベディゲルが笑みを浮かべていた。
その表情からは何も読み取ることはできない。彼女は悪魔だ。
何を考えているのかなんてわかりっこないのだ。
しかし、彼女はさらりと言った。
「あたしの目的はねぇ~」
するとベティゲルは後ろへと振り向き、女神の石像を見上げる。
「“神を殺す”ことさ」
シルビアは眉をひそめた。
「どういう意味?」
「そのままの意味だよ~。『創造の女神ソラーナ』を殺す。千年もの間、こんな辺鄙な場所に閉じ込めた恨みを晴らすためにねぇ~」
その表情にはどこか怒りのようなものが見え隠れしているように感じられた。
「閉じ込められているの? ここに?」
「そうよぉ~。もうずぅーっと前からこの遺跡に封じ込められているのさぁ。誰かが崇めるわけでもなく、誰かが来るわけでもなく、ただずっとここで一人きり……」
寂しげな顔つきでベティゲルは語る。
その姿からは哀愁すら漂っていた。
「そこに君が来た。それも勇者の血を継ぐ者だよぉ。これほど愉快痛快なことはないねぇ」
ベティゲルは両手を広げて高らかに笑う。
「最高じゃないか。女神の恩恵を受け、勇者として世界を救うための使命を担うはずが、闇に堕ちるなんて、最高の復讐だと思うんだよねぇ!」
狂ったような笑い声を上げながら、ベティゲルは続ける。
「君の中にある闇がとても好きだ。それはそれは美しいものだよ。君の身体に染み付いた勇者の血もなかなか悪くはないけれどねぇ」
そしてまた気味の悪い笑顔を作り、シルビアの方を見る。
「さぁー、契約を履行してもらおう」
「最初から仕組んでいたりないわよね?」
「まさか。そんなことはないさ。これは“運命”だよ」
「皮肉ね」
シルビアは苦虫を噛み潰したかのような顔をして言った。
「まあ、いいわ。私も女神には失望した。助けてくれると思ったのに。弱い者は死ぬだけ、強い者が正義。それをはっきりと見せつけられたからね」
彼女は自分の手の甲を見つめた。勇者の証であるアザがこれほどまでに憎いことはない。
女神に対する憎悪が大きくなり、女神の慈悲、慈愛、奇跡、それらすべてを信じた自分が馬鹿らしくなった。
怒りが心の底から沸々と湧き上がってくる。身体中から溢れ出る闇のオーラを見て、ベディゲルは頬を赤らめた。
「そうこなくっちゃねぇ! やっぱり君は面白い子だよ!」
ベティゲルは嬉々として答えたのであった。
「待っていろ。女神ソラーナ、私を見捨てたお前を必ず殺してやる―――」
0
お気に入りに追加
26
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】
ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします
ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった
【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。
累計400万ポイント突破しました。
応援ありがとうございます。】
ツイッター始めました→ゼクト @VEUu26CiB0OpjtL
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
悠々自適な転生冒険者ライフ ~実力がバレると面倒だから周りのみんなにはナイショです~
こばやん2号
ファンタジー
とある大学に通う22歳の大学生である日比野秋雨は、通学途中にある工事現場の事故に巻き込まれてあっけなく死んでしまう。
それを不憫に思った女神が、異世界で生き返る権利と異世界転生定番のチート能力を与えてくれた。
かつて生きていた世界で趣味で読んでいた小説の知識から、自分の実力がバレてしまうと面倒事に巻き込まれると思った彼は、自身の実力を隠したまま自由気ままな冒険者をすることにした。
果たして彼の二度目の人生はうまくいくのか? そして彼は自分の実力を隠したまま平和な異世界生活をおくれるのか!?
※この作品はアルファポリス、小説家になろうの両サイトで同時配信しております。
嫌われ者の悪役令息に転生したのに、なぜか周りが放っておいてくれない
AteRa
ファンタジー
エロゲの太ったかませ役に転生した。
かませ役――クラウスには処刑される未来が待っている。
俺は死にたくないので、痩せて死亡フラグを回避する。
*書籍化に際してタイトルを変更いたしました!
巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する
高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。
手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる