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第三十三話 氷の悪魔ベティゲル

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「君たちは考えたことはないかい? どうして、この国は一年中、雪が降るのか。どうして、氷に閉ざされているのか、どうして、魔物たちが寄り付かないのか……」

 その問いに帝国兵たちは青ざめる。

「まさか……」
「そのだよ。ぜーんぶ、あたしのせいさ」
「氷の悪魔……ベティゲル……」
「ふふふっあはははは」

 狂気じみた笑い声にその場は恐怖に支配される。帝国兵らの一部が慌てて逃げ出そうとした。

 洞窟の出口へと逃げようとしているとベディゲルは指を鳴らす。パチンと音がこだましたあと、地面から氷柱が突き出し、入り口を塞ぐ。

「ひぃいい」
「おっと、逃がしはしないさ。このあたしと遊んでくれよ。千年もこの薄暗い洞窟に封じ込められていたんだ。退屈で、退屈で、退屈で、仕方がなかったんだよぉ。久しぶりに生きた人と会えたんだ。ちょっとは楽しませてくれないと困るねぇ」
「くそ、くそったれ!! ばけものが!!」
「やってやる!! ぶっ殺してやる!!」

 帝国兵士らは逃げることをあきらめて一斉に剣を抜き、構える。


「あはっ。これはなんていうんだろうね。窮鼠は窮鼠猫を噛む、ってやつかねぇ」


しかし、相手は悪魔だ。普通の人間である彼らが勝てるはずもない。それを承知の上で、彼らは戦いを挑もうとしていた。

「さぁ、あたしのシルビア。まずは肩慣らしと行こうじゃないか。さぁ唱えてみな。あたしの力を呼び起こす言葉を」
「え?」
「もうわかるだろ? 頭の中に入っているはずさ。闇の言葉を」
「……」

 シルビアの脳裏に言葉が浮かび上がってきた。

 なぜ、この言葉が思い浮かんできたかはわからない。

 だけど、確かに頭の中に言葉が入ってきた。

 それは魔法を使う時に必要な呪文だった。

 シルビアは目を閉じ、ゆっくりと深呼吸し手をかざす。

『―――❝アブソルート・ゼロ❞―――』

 手から放たれたのは白い冷気。

 その瞬間、遺跡の中の空間が音も、空気も、時間も、すべてが止まったかのように感じた。

 帝国兵らは一瞬にして、青白く凍っていた。

「これはすごいねぇ。さすがは“勇者”の血だ」

 シルビアは驚いた様子もなく、冷静なまま、ただただ目の前に広がる景色を冷たい目で見ていた。

 人が一瞬にして、オブジェクトのように固まっている。

(――――こんなことができるなんて……。これが私の力……)

「おや、人を殺したのに何も思わないのかい?」

 その問いに対して、シルビアは不思議な気持ちになった。

 当然のことながら生まれてから一度も人を殺したことはないはず。

 それなのに、何も感じなかった。

 あっさりとしている。

 殺したことに罪悪感を感じることはない。

 なぜなら彼らも同じく、自分を殺そうとしたのだから。

 楽しんで、快楽のためだけに、人を殺した。

 だからシルビアは自分の身を守るために殺した。

 何がいけないのか?

 殺されて当然の人間たちだ。

 父親や母親を殺したように。

 足で虫を踏み潰すのと同じ感覚だ。

 おもむろに氷漬けになった帝国兵に歩み寄り、人差し指で弾いてみた。

 すると氷は粉々になり、砕け散った。

 足元に落ちた欠片を感情なくシルビアは虫を潰す感覚で、踏みつけた。

 ガシャリと音を立て、踏みしめるととてもすっりとした気持ちになる。

「……あなたの目的は何?」

 シルビアが振り向くとベディゲルが笑みを浮かべていた。

 その表情からは何も読み取ることはできない。彼女は悪魔だ。

 何を考えているのかなんてわかりっこないのだ。

 しかし、彼女はさらりと言った。

「あたしの目的はねぇ~」

 するとベティゲルは後ろへと振り向き、女神の石像を見上げる。

「“神を殺す”ことさ」

 シルビアは眉をひそめた。

「どういう意味?」
「そのままの意味だよ~。『創造の女神ソラーナ』を殺す。千年もの間、こんな辺鄙な場所に閉じ込めた恨みを晴らすためにねぇ~」

 その表情にはどこか怒りのようなものが見え隠れしているように感じられた。

「閉じ込められているの? ここに?」
「そうよぉ~。もうずぅーっと前からこの遺跡に封じ込められているのさぁ。誰かが崇めるわけでもなく、誰かが来るわけでもなく、ただずっとここで一人きり……」

 寂しげな顔つきでベティゲルは語る。

 その姿からは哀愁すら漂っていた。

「そこに君が来た。それも勇者の血を継ぐ者だよぉ。これほど愉快痛快なことはないねぇ」

 ベティゲルは両手を広げて高らかに笑う。

「最高じゃないか。女神の恩恵を受け、勇者として世界を救うための使命を担うはずが、闇に堕ちるなんて、最高の復讐だと思うんだよねぇ!」

 狂ったような笑い声を上げながら、ベティゲルは続ける。

「君の中にある闇がとても好きだ。それはそれは美しいものだよ。君の身体に染み付いた勇者の血もなかなか悪くはないけれどねぇ」

 そしてまた気味の悪い笑顔を作り、シルビアの方を見る。

「さぁー、契約を履行してもらおう」
「最初から仕組んでいたりないわよね?」
「まさか。そんなことはないさ。これは“運命”だよ」
「皮肉ね」

 シルビアは苦虫を噛み潰したかのような顔をして言った。

「まあ、いいわ。私も女神には失望した。助けてくれると思ったのに。弱い者は死ぬだけ、強い者が正義。それをはっきりと見せつけられたからね」

 彼女は自分の手の甲を見つめた。勇者の証であるアザがこれほどまでに憎いことはない。

 女神に対する憎悪が大きくなり、女神の慈悲、慈愛、奇跡、それらすべてを信じた自分が馬鹿らしくなった。

 怒りが心の底から沸々と湧き上がってくる。身体中から溢れ出る闇のオーラを見て、ベディゲルは頬を赤らめた。

「そうこなくっちゃねぇ!  やっぱり君は面白い子だよ!」

 ベティゲルは嬉々として答えたのであった。

「待っていろ。女神ソラーナ、私を見捨てたお前を必ず殺してやる―――」
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