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第二話 魔王が勇者

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 女神ソラーナの言葉にロランは理解ができなかった。キョトンしてしまう。その顔がなんとも情けないことか。自分の聞き間違いと思い、ロランはもう一度、彼女に聞き直した。

「えっと、今、なんて言ったの?」

 ソラーナは聞き直してきたことに2度も言わせないで、と言いたげにため息を吐く。

「だから、あなたが今日から『勇者』になるのよ」
「……はぁ? 何言ってんだお前は」

 理解が出来なかった。しかし、目の前にいる女神は本気で言っているようだった。

 思わず、呆れてしまう。

 ここまで、創造主である女神がバカだったとは思いもよらなかった。

 魔王が住む居城へ単独で乗り込んできて、しかも何を言うかと思いきや悪の根元だと言っている魔族の王に世界を救う「勇者」にならないか、と言っているのだ。

 どう考えても、頭がおかしい。

「本当に言ってんの? バカなの? 僕は魔王だぞ? 人間の敵だぞ?」
「知ってるわよ。そんなこと」
「だったら―――」
「あなた最近、勇者がここに来ないことに気がつかなかったの?」
「え?」

 そういわれてみれば……と思い出すように視線を斜め上にあげる。

 ソラーナの言われた通り、ここ100年の間はロランを倒そうとする勇者が現れなかったことに気づいた。

 たった100年。されど、100年。時の流れはロランからすると瞬き程度のものだった。永遠の命を持つロランにとっては歳月など関係がなかったのだ。

「あぁー確かに最近来ていないね。最後に来たのはえっと……100年前くらいか?」

 視線をある方へと向ける。そこには人骨が転がっていた。

 それはかつては人類の希望でもあった『勇者』だったものだ。

 足の踏み場もないほどの人骨に魔王の部下たちは「気味が悪いから片づければいいのに」とグチグチと言っているがこれはこれで、一種のオブジェクトとして気に入っていたため、片付けなかった。

 ソラーナもロランの視線を追いかける。

 魔王の間に転がるたくさんの亡骸を一瞥したあと、悲しそうな顔をした。

 近くにあった亡骸に歩み寄ると静かにしゃがみ込んで、勇者の頭蓋骨を拾い上げる。

 寂しそうに撫でながらぼそりとつぶやく。

「……あぁなんということでしょうか。私が導いた子羊たち。こんな哀れな姿になり果ててしまって……」

 そういうと静かに頭蓋骨を元の位置に置いた後、両手を組んで、祈りを捧げる。

「哀れな勇者たちよ。己が使命を果たせなかった者たちよ。どうか安らかに眠りなさい」

 ソラーナは素質がありそうな者を見つけては『女神の加護』を与え、ロランに挑ませた。しかし、結果は同じだった。ロランには敵わなかったのだ。ロランは勝ち誇ったような笑みを浮かべる。

「お前が選んだ勇者たちは実に弱かったな」
「あなたが強すぎるのが悪いのよ。負けてもらわないと『物語』がおわらないじゃないの」
「知らないよそんなこと」
「あなたがさっさと倒されないから私の世界が無茶苦茶になっちゃったじゃないのよ」

 それに対してロランは鼻で笑ったあと玉座の肘置きで、頬杖をついた。

「――――知らないね。人間なんて、さっさと滅んでしまえばいいのさ。僕は僕で、好きなように生きるんで」
「まるで、ひきこもりね」

 それにロランの眉がピクリと動く。

「まぁいいわ。あなたがひきこもってから100年の間、世界がどんなことになっているか知ってる?」
「僕には興味ないね~」

 自分の城にひきこもってからは世界がどうなっているのか、どうでもよかった。城の中では快適に過ごせていたからだ。食事も困らないし何不住もなく生活ができていた。身の回りを世話してくれる配下たちもいるし、寂しいとは思ったこともない。

「あなたが強すぎるから人はあなたを倒すことを諦めたの。共通の敵を失った人間たちはあろうことか、限られた土地を巡り、争いを始めたのよ?」
「へ~それはいいことじゃないか、勝手に殺しあってればいいさ」

 と大きく欠伸する。

「それじゃあ、困るのよ、私が」
「あっそ」
「このままでは人類は滅んでしまうのよ?」
「別に滅んだって僕は困らないし~」

 爪裏に入ったゴミを取りながら気だるそうな声で答える。ソラーナはいら立ちを見せたが、すぐにニヤりと笑みを浮かべると奥の手を出した。

「大好きなドーナツが食べれなくてもいいの?」

 それに身体が反応する。視線をそらし落ち着こうとした。

 ロランは人間は大嫌いだったが人間が作り出したお菓子というものにドはまりしていた。そのため、魔物の手下を人間に化けさせて、人の世界に送り出しわざわざ、お菓子を買わせていた。

「べ、別に僕は子供じゃないんだ。ドーナツくらい食べれなくたって」

 強がって見せた。それにソラーナは追い打ちをかける。

「甘い甘いいちごのショートケーキでも? あ、ホイップ増しましのやつ」
「うっ」

 身体を小刻みに震わせる。どんな攻撃よりも心に効いたような気がした。

 甘いケーキが食べれなくなる、ということを想像しただけで、両手が震える。まるで、禁断症状のようだった。

 そして、ソラーナは白い杖をロランの手元へ向けて、ゆっくりと振ってみせた。

 するとロランの大好物であるいちごケーキがボールで出現した。

 ロランの触れられるほどの近くで、誘惑するように浮遊する。

 ホイップクリームの甘い匂いが鼻腔をなでた。

 どんな宝石よりも煌びやかに輝いているように思えた。

 光沢のある表面に大粒のイチゴ。酸味と相まって、甘いホイップが病み付きになる。

 最初は耐えようと顔をそらしたが身体が震え始め、息苦しくなる。

 まるで、拷問を受けているかのようだった。

 呼吸が乱れる。

 汗が全身から噴き出し、苦痛に喘ぐ。

 そして――――「ぐぬぬぬぬ……あぁあああダメだぁあああ――――手が勝手にぃいいいい――――」とたまらず、手が出てしまう。
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