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第4話 公爵令嬢
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お皿が割れる音がした。
その場所は喧騒とは無縁の場所で、どちらかというと静寂という言葉が似合う場所だった。
広々とした空間の天井にはシャンデリアが吊るされ、壁には金を贅沢につかった壁掛けの燭台がずらりと並ぶ。
壮大な壁画に、彫刻、そして、壁際にはずらりと燕尾服を来た男、メイド服を着た女性たちが、控えていた。
また、食器が割れた音がする。
その音を耳にするたびに控えている侍従とメイドたちは視線をそらし、目をつむる。
大理石の床にぶちまけられた食事は、貴重な鹿肉、それに野菜など、贅沢につかった料理ばかりだった。
一般人では手に入れることが難しい貴重な食材を盛大に惜しみなくぶちまけているのである。
近くに控えていた燕尾服を着た若い青色の髪をした少年があわてて駆け寄って、割れた皿を片づけ始める。
細身で、顔も整っていて、俗にいう美少年だった。
そんな少年が頭をへこへこさせながら謝罪し続けた。
「申し訳ございません……お嬢様……」
謝罪を受ける側の人物が見下したように見下ろす。
「あなた、この私に何度言わせたら気が済むのかしら?」
食卓に座る優雅な貴族の服に身を包んだ少女は足を組みなおし、頬杖をつくと、不機嫌そうに眉間にしわを寄せた。
「あたし、野菜は嫌いだって、言わなかったっけ?」
そういって、ホークに刺したブロッコリーを見せつけてくる。
視線に捉えた少年は目を見開いたあと、泳がせて、俯き、小さな声で、また謝る。
彼女の名はコルネリア・リンデンベルガー。
リンデンベルガー公爵家の令嬢である。
年齢は今年で、14歳を迎えようとしていた。
幼さが残る丸顔に肩まで伸びたブロンドヘアーに少し癖がある髪が特徴的な美少女だ。
公爵家ということもわって、彼女の地位は身分としてはかなり高く、お金に困ることもない。
欲しい、と言えば、与えられ、望む物はなんでも父親が手に入れてきた。
そんな環境下で育ったゆえに性格はねじ曲がり、身分の低い者に対してはとことん蔑視する癖がついている。
それもう根深く、治ることはない。
彼女は屋敷から出たことがなかった。
出る必要もない、と言えばそうだが、何かを買いたい物は侍従か、メイドに買いに行かせ、自分は部屋の中でのんびりと過ごしていた。
帰るのが遅いと、怒鳴るため、買い出しに行った者は必死になって、その目的だけのために足早に向かう。
外に全く出ないわけでもないが、馬車から顔を覗かせるだけで、日焼けするのも嫌だ、という始末。
そんなお屋敷暮らしに飽きていた彼女は新しい遊びを思いついた。
それが今、行われていることである。
「ねぇ、クライン。あなた聞いているの?」
「すいません……」
この少年の名はクライン。
気弱な性格で、いつもびくついている小心者だった。
何かを言われたら文句一つ言わずに従う。
どんなことをされようとも、声をあげることもない。
反論することは絶対にないのだ。
だから、そんな人間をいじめたくなるのがコルネリアだった。
「すいません……」
頭を下げながらクラインは食器を肌づける。
コルネリアはおもむろに立ち上がると、クラインへと歩み寄る。
ヒールの音が鳴り響いたあと、クラインを見下ろし、ニヤリと笑みを浮かべると、そのままクラインの背中を踏みつける。
その足を払いのけることはなく、クラインはされるがままだった。
「ありがたく思いなさい。このあたしがお前みたいなゴミクズのような存在の足置きにしてあげたのだから」
コルネリアの言葉に一瞬手を止めたクラインは無言のまま、再び、手を動かす。
その様子にコルネリアはわざとらしく、小首をかしげた。
「あら? おかしいわね。お礼はどうしたのかしら?」
さらに強く踏みつける。
コルネリアがはいているのはヒールだ。
ヒールの足をぐりぐりと踏みつけると苦痛に耐えかねてか、小さな悲鳴を上げる。
「うぅ」
それがコルネリアにとっては心地よかった。
弱い者をこうして、踏みつけるのがなによりも心地がよかった。
ただ、誰でもいいわけではない。
彼のような顔が整って、美形な少年をいじめるのが何よりも好きだ。
心の底からぞくぞくするものを感じる。
「ほら、いいなさいよ」
「ありがとうございます……お嬢様」
それにコルネリアは足を離し、足の甲で彼の頬を蹴りつける。
「聞こえない。もっと大きな声で」
「ありがとうございます。お嬢様」
床に赤い血がポタポタと滴り落ちる。
クラインは蹴られた拍子に唇を嚙み切ってしまい、血をが出てしまったのである。
それを見て、また怒られると思ったクラインは慌てて、自分の袖で拭き取っていく。
その慌てようがとても愉快で、心地いいものを感じた。
もう一度蹴ってやろうとしたとき、先ほどまで黙って控えていた執事長のセバスチャンが声をあげた。
「コルネリア様」
「なに?」
「あなた様はイストランド王国の大貴族。公爵家のご令嬢です」
だからなに?という顔でコルネリアはセバスチャンを睨みつけた。
しかし、老執事は言葉を続ける。
「身分が高い者として、他の貴族からの目もございます。どうか、そのような振る舞いはお控えくださいませ」
セバスチャンはそういうと頭を下げた。
「なに、その言い方、このあたしに喧嘩でも売っているわけ!?」
コルネリアの怒りの矛先が自分からセバスチャンへと変わったことにクラインは心の中で、ほっとする。
彼女は足をどけて、セバスチャンへとずかずかと歩み寄り、右手を振り上げるとそのまま頬を叩いた。
バチン!といい音が響き渡る。
しかし、セバスチャンは真っすぐと彼女を見据えたまま動かない。
力強くたたいたつもりだった。
頬は真っ赤になり、くっきりと手の形がわかるはずだ。
それが腹ただしく感じたコルネリアは再び手をあげようとしたとき、セバスチャンは静かに口を開いた。
それは、諭すような口調だった。
まるで、小さな子どもを相手にしているかのように。
「お嬢様。もういい加減になさいませ。イザナ様が亡くなって一年経ちました。そろそろ、前を向いて歩き出す時期ではありませんでしょうか」
彼の言葉を聞き、彼女の瞳が大きく揺れ動く。
振り上げた手をゆっくりとおろすと、視線を落としながら、セバスチャンの横を通り過ぎていく。
その後姿からは、今までのような怒りを感じることはできず、どこか、悲し気な背中であった。
その場所は喧騒とは無縁の場所で、どちらかというと静寂という言葉が似合う場所だった。
広々とした空間の天井にはシャンデリアが吊るされ、壁には金を贅沢につかった壁掛けの燭台がずらりと並ぶ。
壮大な壁画に、彫刻、そして、壁際にはずらりと燕尾服を来た男、メイド服を着た女性たちが、控えていた。
また、食器が割れた音がする。
その音を耳にするたびに控えている侍従とメイドたちは視線をそらし、目をつむる。
大理石の床にぶちまけられた食事は、貴重な鹿肉、それに野菜など、贅沢につかった料理ばかりだった。
一般人では手に入れることが難しい貴重な食材を盛大に惜しみなくぶちまけているのである。
近くに控えていた燕尾服を着た若い青色の髪をした少年があわてて駆け寄って、割れた皿を片づけ始める。
細身で、顔も整っていて、俗にいう美少年だった。
そんな少年が頭をへこへこさせながら謝罪し続けた。
「申し訳ございません……お嬢様……」
謝罪を受ける側の人物が見下したように見下ろす。
「あなた、この私に何度言わせたら気が済むのかしら?」
食卓に座る優雅な貴族の服に身を包んだ少女は足を組みなおし、頬杖をつくと、不機嫌そうに眉間にしわを寄せた。
「あたし、野菜は嫌いだって、言わなかったっけ?」
そういって、ホークに刺したブロッコリーを見せつけてくる。
視線に捉えた少年は目を見開いたあと、泳がせて、俯き、小さな声で、また謝る。
彼女の名はコルネリア・リンデンベルガー。
リンデンベルガー公爵家の令嬢である。
年齢は今年で、14歳を迎えようとしていた。
幼さが残る丸顔に肩まで伸びたブロンドヘアーに少し癖がある髪が特徴的な美少女だ。
公爵家ということもわって、彼女の地位は身分としてはかなり高く、お金に困ることもない。
欲しい、と言えば、与えられ、望む物はなんでも父親が手に入れてきた。
そんな環境下で育ったゆえに性格はねじ曲がり、身分の低い者に対してはとことん蔑視する癖がついている。
それもう根深く、治ることはない。
彼女は屋敷から出たことがなかった。
出る必要もない、と言えばそうだが、何かを買いたい物は侍従か、メイドに買いに行かせ、自分は部屋の中でのんびりと過ごしていた。
帰るのが遅いと、怒鳴るため、買い出しに行った者は必死になって、その目的だけのために足早に向かう。
外に全く出ないわけでもないが、馬車から顔を覗かせるだけで、日焼けするのも嫌だ、という始末。
そんなお屋敷暮らしに飽きていた彼女は新しい遊びを思いついた。
それが今、行われていることである。
「ねぇ、クライン。あなた聞いているの?」
「すいません……」
この少年の名はクライン。
気弱な性格で、いつもびくついている小心者だった。
何かを言われたら文句一つ言わずに従う。
どんなことをされようとも、声をあげることもない。
反論することは絶対にないのだ。
だから、そんな人間をいじめたくなるのがコルネリアだった。
「すいません……」
頭を下げながらクラインは食器を肌づける。
コルネリアはおもむろに立ち上がると、クラインへと歩み寄る。
ヒールの音が鳴り響いたあと、クラインを見下ろし、ニヤリと笑みを浮かべると、そのままクラインの背中を踏みつける。
その足を払いのけることはなく、クラインはされるがままだった。
「ありがたく思いなさい。このあたしがお前みたいなゴミクズのような存在の足置きにしてあげたのだから」
コルネリアの言葉に一瞬手を止めたクラインは無言のまま、再び、手を動かす。
その様子にコルネリアはわざとらしく、小首をかしげた。
「あら? おかしいわね。お礼はどうしたのかしら?」
さらに強く踏みつける。
コルネリアがはいているのはヒールだ。
ヒールの足をぐりぐりと踏みつけると苦痛に耐えかねてか、小さな悲鳴を上げる。
「うぅ」
それがコルネリアにとっては心地よかった。
弱い者をこうして、踏みつけるのがなによりも心地がよかった。
ただ、誰でもいいわけではない。
彼のような顔が整って、美形な少年をいじめるのが何よりも好きだ。
心の底からぞくぞくするものを感じる。
「ほら、いいなさいよ」
「ありがとうございます……お嬢様」
それにコルネリアは足を離し、足の甲で彼の頬を蹴りつける。
「聞こえない。もっと大きな声で」
「ありがとうございます。お嬢様」
床に赤い血がポタポタと滴り落ちる。
クラインは蹴られた拍子に唇を嚙み切ってしまい、血をが出てしまったのである。
それを見て、また怒られると思ったクラインは慌てて、自分の袖で拭き取っていく。
その慌てようがとても愉快で、心地いいものを感じた。
もう一度蹴ってやろうとしたとき、先ほどまで黙って控えていた執事長のセバスチャンが声をあげた。
「コルネリア様」
「なに?」
「あなた様はイストランド王国の大貴族。公爵家のご令嬢です」
だからなに?という顔でコルネリアはセバスチャンを睨みつけた。
しかし、老執事は言葉を続ける。
「身分が高い者として、他の貴族からの目もございます。どうか、そのような振る舞いはお控えくださいませ」
セバスチャンはそういうと頭を下げた。
「なに、その言い方、このあたしに喧嘩でも売っているわけ!?」
コルネリアの怒りの矛先が自分からセバスチャンへと変わったことにクラインは心の中で、ほっとする。
彼女は足をどけて、セバスチャンへとずかずかと歩み寄り、右手を振り上げるとそのまま頬を叩いた。
バチン!といい音が響き渡る。
しかし、セバスチャンは真っすぐと彼女を見据えたまま動かない。
力強くたたいたつもりだった。
頬は真っ赤になり、くっきりと手の形がわかるはずだ。
それが腹ただしく感じたコルネリアは再び手をあげようとしたとき、セバスチャンは静かに口を開いた。
それは、諭すような口調だった。
まるで、小さな子どもを相手にしているかのように。
「お嬢様。もういい加減になさいませ。イザナ様が亡くなって一年経ちました。そろそろ、前を向いて歩き出す時期ではありませんでしょうか」
彼の言葉を聞き、彼女の瞳が大きく揺れ動く。
振り上げた手をゆっくりとおろすと、視線を落としながら、セバスチャンの横を通り過ぎていく。
その後姿からは、今までのような怒りを感じることはできず、どこか、悲し気な背中であった。
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