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第3話 戦争 その3
しおりを挟む静まり返った暗闇の中、ヨシハルはゆっくりと身体を起した。
闇夜の中、辺りははっきりと見えないが、地面には無数の何かが、転がっているのがわかる。
ゆっくりと立ち上がったヨシハルだったが、後頭部に痛みが走る。
恐る恐る手で触ってみた。
すると一部の部分がヌルッとした感触があった。
手のひらを見るとそこには赤黒くなった血がついていた。
ドラゴマ軍の騎兵の槍に殴り飛ばされたことを思い出す。
「くそッ……」
自前の弓もどこかに行ってしまっていた。
傭兵として商売道具をなくしてしまえば、明日からの食い扶持も稼げない。
ポーチやら、なんやらの装備品もすべてなくなっていた。
当然ながら、金貨が入っていた小袋もない。
それらの状況で大体のことは察しがつく。
「やられたな……」
おそらく、追いはぎになったのだろうと予測した。
ただ、ドラゴマ軍の兵士に殺されていないということは、死んでいると判断されたのだろう。
幸いだった。
もしくは、見逃された可能性もある。
どちらにしても、こうして、生きているだけでも、儲けものだ、と思うしかなかった。
それでもとてつもない疲労感に見舞われ、体中が痛かった。
このまま立ち尽くすわけにもいかないし、またグールや魔物が寄ってくる前に移動したかった。
そう思い、一歩足を踏み込んだ。
「ん?」
何かを踏みつけた。
柔らかい感触に足を退けて、凝視する。
それは人の手だと知った瞬間、ハッとして振り返る。
そこには無数の死体が折り重なるように横たわっていた。
その中に、見覚えのある顔がたくさんある。
「ルセフ…ジョルジュ……アルデマニア……」
名前を呼びながら、一つ一つの死体を確認する。
黒羊傭兵団の団員たちの屍を見て、ヨシハルは唇を噛み締める。
誰もが悲痛な表情で息絶え、光を失った瞳は悲しみ、怒りを訴えかけているように見えた。
そして、自分の足元に転がる腕を見た時、全身の血が沸騰するような怒りを感じた。
その腕はルセフの腕だった。
震える手で拾い上げる。
寝食を共にした仲間たち。
笑い合い、肩を組んで酒を飲んだ仲間。
いつも馬鹿を言い合って、くだらないことで喧嘩をした仲間たち。
新参者だった異国人のヨシハルを受け入れてくれた仲間たちは今や物言わぬ骸と化している。
悔しさ、無念さが心を埋め尽くす。
この場で泣き叫びたい気持ちが込み上げてきた。
背後から気配を感じる。
腰に仕込んでいた短剣に手をやり、身構える。
足音は複数。
話し声が近づいてくるのがわかった。
「おい、誰かそこにいるのか?」
男の声だ。
どこかで聞き覚えのあるようなだみ声だった。
それでも、相手を見ていないうちは安心ができない。
しかし、相手側からの殺気はないものの、警戒している様子だった。
相手は複数人だ。
弓があればふりかえりざまに同時に3人は射抜く自信はあったが、短剣一つではどうにもならない。
一人斬りつけて、それで終わりだ。
槍などのリーチのある武器で反撃されれば、それで終わりだ。
そもそも、ヨシハルは剣術には自信がなかった。
まともに練習しておけばよかったな、とここで後悔した。
とにかく、今は、相手を刺激せず、降伏する意思を見せれば何とかなるかもしれない、そう思った。
でなければ、自分の姿を捉えた瞬間に襲い掛かっているからだ。
ヨシハルは短剣の柄から手を離し、両手をひっくりと上げた。
「待てあんたたちに降伏する。だから、殺さないでほしい」
たいまつの灯りが徐々に近づいてくるのがわかる。
「両手をそのままで、ゆっくりとこっちに振り向いて」
女性の声だった。
それもどこかで聞き覚えがあったが、ここは潔く返事する。
「わかった」
言われるままに、ヨシハルは振り返る。
たいまつの明かりで相手の姿が見えた。
身に着けている装備品はばらばらで、統一性がない。
鎧はボロボロで、誰もがどこか疲れ切った様子だった。
見た目からして、ドラゴマ軍の正規兵ではなさそうだった。
少し安堵するも、別の勢力の可能性もある。
一番、面倒なのが、追いはぎや盗賊などだ。
彼らは戦場のあらしやとも言われる。
死んだ兵士や騎士の死体から金品になるものを根こそぎ持っていく。
だから、大きな戦いがあったあとは必ずと言っていいほど、奴らは群がってくるのだ。
グールよりもたちが悪いかもしれない。
そんな彼らが剣や槍を構えながらゆっくりと近づいてきた。
やがて、顔がはっきりとわかったあたりで、見覚えのある顔ぶれだとわかった。
思わず、声が出てしまう。
「ギュンタル、それにモニカ……なのか?」
自分の名前を呼ばれたことで、怪訝するように眼帯を右目につけた無精ひげを生やす男が目を細めた。
しばらく凝視した後、疑問しながらも声をかけてきた。
「……お前、もしかして、ヨシハルか?」
ギュンタルがそう言うと、ヨシハルはあぁと言って、うなずいた。
「よかった。ヨシハル。生きていたんだ」
「モニカこそ」
「死んだと思ったんだよ……」
モニカも目を潤ませながら言った。
三人は互いの無事を確認しあうように歩み寄る。
「怪我はない? 大丈夫?」
心配そうにいろんなことろをペタペタと触るモニカ。
「ち、ちょっと、くすぐったいんだけど……」
「だって、あんたみたいなもやしがあの乱戦を生き抜けるなんて、奇跡に近いんだよ」
少しバカにされたような気がしたヨシハルは苦笑いする。
そして、背後に回り込んだモニカはおもむろにヨシハルの後ろ髪をかきわけて、凝視する。
「ほら、やっぱり怪我してるじゃん!!」
「大丈夫だって。これくらい」
そういって、モニカの手を鬱陶しそうに振り払うも、諦めることなく、彼女はポーチに入れていた手ぬぐいを取り出し、巻き始めた。
さすがに止血してもらっている身であるので、ヨシハルは大人しくすることにした。
されるがままに。
「……で、他の団員たちは?」
それにギュンタルは顔を曇らせた。
彼はその表情だけで察してしまった。
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