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黒恵の認識編
夢
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感情の色や温度に湿度、柔らかさや滲み方に至るまで、全部総てどれもこれも何もかもがそれぞれに異なったものを持ち合わせている。
想いの音色は心の迷路を巡り回って姿を変えて存在しない花を咲かせる。夜空に見守られながら人々が思い描く景色たち、人々が生きる世界の中でも更にその中の夢の中でも同じ事。
その中に主役や脇役といった名に縛られた存在など在りはしなかった。
黒恵はいつもの通りに寝息を立ててすやすやと安らかな姿を見せていた。
その形は一見すると何も悩み事を抱えていないように見受けられるだろう。実際の所逃避という姿を取ることで他者よりも明らかに少ない悩み事であることは間違いなかった。何もしないこと、自分からは動かずに何が起きても受動態。そんな姿勢を見ているだけで嫌う人物もいるようだったが黒恵にはそんな想いさえ動くがままにしておけばいい、そう思っていた。
そんな彼女が今潜り込んでいる夢という場所。黒恵本人しか触れることの出来ない、しかしながら基本的に見ている本人にも動かすことの叶わない出来事たち。それは今、黒恵の知らない景色を映しだしていた。
一見するといつもと変わらないはずの通学路、そんなものしか夢に見ないほどに生活の規模が小さいのだと言うこと。そんな知っているはずの道の中にチェーン店のカフェが混ざり込んでいた。つい最近ようやく現実となったそれ、この前まではうわさで語られるだけの幻想だったそれが本来あり得ない場所に置かれている。記憶の整理という役割を持っているらしい夢という空間、多少の違和感はすぐさま夢の動きの中に溶けて失われた。その異界は意思の介入を殆ど許さない。
続いて歩き続けることで、意思の介入を許さないままに足が勝手に進められることで現実そのものの景色の中へと戻っていく。見覚えのあるそれ、しかしそこに見知らぬ景色が混ざり込んでいた。幻影なのだろうか、道端に、商店街の寂れた雰囲気に照らされた方とは反対、道路沿い、車道と歩道の境界線の縁石に今にも触れてしまいそうな位置に鹿のような像が建てられていた。銅で作られたそれは時間の経過によって汚れに染まって輝きを失い、この町の色に上手く馴染んでいた。頭から生えているモノは角のはず、しかし黒恵はそんな角に違和感を覚えた。
その先には無数の花が咲いていたのだから。
――そんな姿をしたの動物が出るおとぎ話なんてあったかな
いつの間に思考の縛りが無くなったのだろうか。状況に合わせてついていくように欲望を心に放つ。
――あのエイにもう一度会いたいんだ
そう想うことは自由だったがそれが良くなかったのだろうか。
突如非日常を撃ち出す引き金は引かれた。黒恵の目の前に前触れのひとつも無しに獣が現れた。勢いに身を任せて突撃してくる獣の姿、ライオンの顔に繋がる身体は黒と白のしましま模様で脚はそれぞれに前は犬のようで後ろは馬の姿を持っていた。尻からは日の光を弾いてキラキラと輝く魚の尾が生えていてこの世にあり得ないもの。それは見慣れたものの組み合わせによって見慣れない姿を形作っていた。
「なんだい、神話や御伽の世界の化け物かい」
黒恵の思考はいつのまにやら明瞭に、気が付けば言葉も身体も思いのままとなっていた。夢という鎖、可能と不可能、あるべき姿の境界線は失われていた。
目の前の生き物は犬のような手を左右に開いてそれを黒に、闇色に染め上げる。腕から垂れている膜、黒恵の記憶はその姿すら知っていた。それはコウモリ。口から特殊な音波を出すことで物体の位置の把握や仲間との会話を行うはずが目の前のそれは明らかに音波を出す顔をしていない。
当たり前のように吠えながら腕を広げて馬の脚で跳んで翼にかかる風に浮くことで飛んで。
摩訶不思議の象徴のような生き物は黒恵に向かって牙を剥き出しにしながら飛びかかってくる。
「逃げなきゃ」
言葉と動きは共に生きているのだろうか。声と共に身体が流れていく。目の前の化け物は後ろ側。気が付けば黒恵は振り向いて走っていたようだった。
化け物の唸りが聞こえてくる。雰囲気のうねりが肌を裂く。確かめてみても血は出ていなくて。
気を取られた一瞬が災いを呼んだ。
すぐ後ろにおぞましい視線を感じて振り向いて。その時無意識の内に伸ばしてしまった腕に噛み付いてきた。
寝ているときの格好そのものの袖は破れてしかし血は滲まない。
「この夢、悪夢を終わらせて」
黒恵の願いは何処へ届くだろう。それは確かに己には届いた。
目を閉じて、開いた次の瞬間映り込む景色。暗くて薄らとした寒さが乾きを主張しながら顔にかかる晩秋の気配。
黒恵は安堵にため息をつき、夢は夢だったのだと思い知らされながら再び睡眠を、意識の内の世界への渡航を始めた。
次に目を覚ましたのは爽やかなキジバトの鳴き声に混ざって優しくありながらもしっかりと響いたアラーム。
それを響かせる目覚まし時計を止め、伸ばした手を見つめて目を見開いた。
袖が破られていた。それも食い破られるように。
もしかすると夢に行っていたのは意識だけでは無かったらしい。幻の中を歩く実体という状態を、信じられない過去を思い返しながら黒恵の身は晩秋の寒気に震え上がるばかりだった。
想いの音色は心の迷路を巡り回って姿を変えて存在しない花を咲かせる。夜空に見守られながら人々が思い描く景色たち、人々が生きる世界の中でも更にその中の夢の中でも同じ事。
その中に主役や脇役といった名に縛られた存在など在りはしなかった。
黒恵はいつもの通りに寝息を立ててすやすやと安らかな姿を見せていた。
その形は一見すると何も悩み事を抱えていないように見受けられるだろう。実際の所逃避という姿を取ることで他者よりも明らかに少ない悩み事であることは間違いなかった。何もしないこと、自分からは動かずに何が起きても受動態。そんな姿勢を見ているだけで嫌う人物もいるようだったが黒恵にはそんな想いさえ動くがままにしておけばいい、そう思っていた。
そんな彼女が今潜り込んでいる夢という場所。黒恵本人しか触れることの出来ない、しかしながら基本的に見ている本人にも動かすことの叶わない出来事たち。それは今、黒恵の知らない景色を映しだしていた。
一見するといつもと変わらないはずの通学路、そんなものしか夢に見ないほどに生活の規模が小さいのだと言うこと。そんな知っているはずの道の中にチェーン店のカフェが混ざり込んでいた。つい最近ようやく現実となったそれ、この前まではうわさで語られるだけの幻想だったそれが本来あり得ない場所に置かれている。記憶の整理という役割を持っているらしい夢という空間、多少の違和感はすぐさま夢の動きの中に溶けて失われた。その異界は意思の介入を殆ど許さない。
続いて歩き続けることで、意思の介入を許さないままに足が勝手に進められることで現実そのものの景色の中へと戻っていく。見覚えのあるそれ、しかしそこに見知らぬ景色が混ざり込んでいた。幻影なのだろうか、道端に、商店街の寂れた雰囲気に照らされた方とは反対、道路沿い、車道と歩道の境界線の縁石に今にも触れてしまいそうな位置に鹿のような像が建てられていた。銅で作られたそれは時間の経過によって汚れに染まって輝きを失い、この町の色に上手く馴染んでいた。頭から生えているモノは角のはず、しかし黒恵はそんな角に違和感を覚えた。
その先には無数の花が咲いていたのだから。
――そんな姿をしたの動物が出るおとぎ話なんてあったかな
いつの間に思考の縛りが無くなったのだろうか。状況に合わせてついていくように欲望を心に放つ。
――あのエイにもう一度会いたいんだ
そう想うことは自由だったがそれが良くなかったのだろうか。
突如非日常を撃ち出す引き金は引かれた。黒恵の目の前に前触れのひとつも無しに獣が現れた。勢いに身を任せて突撃してくる獣の姿、ライオンの顔に繋がる身体は黒と白のしましま模様で脚はそれぞれに前は犬のようで後ろは馬の姿を持っていた。尻からは日の光を弾いてキラキラと輝く魚の尾が生えていてこの世にあり得ないもの。それは見慣れたものの組み合わせによって見慣れない姿を形作っていた。
「なんだい、神話や御伽の世界の化け物かい」
黒恵の思考はいつのまにやら明瞭に、気が付けば言葉も身体も思いのままとなっていた。夢という鎖、可能と不可能、あるべき姿の境界線は失われていた。
目の前の生き物は犬のような手を左右に開いてそれを黒に、闇色に染め上げる。腕から垂れている膜、黒恵の記憶はその姿すら知っていた。それはコウモリ。口から特殊な音波を出すことで物体の位置の把握や仲間との会話を行うはずが目の前のそれは明らかに音波を出す顔をしていない。
当たり前のように吠えながら腕を広げて馬の脚で跳んで翼にかかる風に浮くことで飛んで。
摩訶不思議の象徴のような生き物は黒恵に向かって牙を剥き出しにしながら飛びかかってくる。
「逃げなきゃ」
言葉と動きは共に生きているのだろうか。声と共に身体が流れていく。目の前の化け物は後ろ側。気が付けば黒恵は振り向いて走っていたようだった。
化け物の唸りが聞こえてくる。雰囲気のうねりが肌を裂く。確かめてみても血は出ていなくて。
気を取られた一瞬が災いを呼んだ。
すぐ後ろにおぞましい視線を感じて振り向いて。その時無意識の内に伸ばしてしまった腕に噛み付いてきた。
寝ているときの格好そのものの袖は破れてしかし血は滲まない。
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黒恵の願いは何処へ届くだろう。それは確かに己には届いた。
目を閉じて、開いた次の瞬間映り込む景色。暗くて薄らとした寒さが乾きを主張しながら顔にかかる晩秋の気配。
黒恵は安堵にため息をつき、夢は夢だったのだと思い知らされながら再び睡眠を、意識の内の世界への渡航を始めた。
次に目を覚ましたのは爽やかなキジバトの鳴き声に混ざって優しくありながらもしっかりと響いたアラーム。
それを響かせる目覚まし時計を止め、伸ばした手を見つめて目を見開いた。
袖が破られていた。それも食い破られるように。
もしかすると夢に行っていたのは意識だけでは無かったらしい。幻の中を歩く実体という状態を、信じられない過去を思い返しながら黒恵の身は晩秋の寒気に震え上がるばかりだった。
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