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断末魔の残り香 霧(第四シリーズ)
夜中
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気が付けば、また一日を会社で消費していた。特に今日は日付の変更まで眠りこけ、いつも枕代わりに敷いていたクッションは目に見える程に傷んでしまっていた。
この経験を幾度重ねてきた事だろう。肉体労働の果て、寝不足気味なら寝てもいいよと言われて以来時たまそのようなことを行ってしまう。嫌味などでない事は顔色を見れば丸分かりだった。優しい上司への感謝の気持ちは忘れないつもりだったがこのままではいられないのも事実。今日の疲れは間違いなく昨日の旅行を通して追いかけてきたものだった。
「先輩に渡せなかった」
仕事用のカバンの隣に置かれた紙袋は秋男が自ら持ち込んだものだった。
あの日の旅行の帰りに買ってきたもので、特にこれから様々な意味で世話になるだろう先輩に手渡す分の土産。他の有象無象の社員たちにはチョコを分け合うようにとテーブルの上に箱を置くことで解決。しかしながらある女性の先輩、以前は雨女の件で家にまで上がった関係。小春にも話して子供が生まれる日が楽しみだと言いながら尊敬してやまない先輩。結局雨女の件は霊能者に丸投げして祓ってもらった。その次の日だっただろうか。霊能者は秋男に詰め寄り叱り付けていた。
秋男が付いた嘘のせいで新たな信仰、あの石碑にも原因があるという嘘が呼んだ事実。秋男のせいで本来見られなかった結びつきが生じてお払いに一手間も二手間もかかったのだということ。
おそらくは無事に解決したことだろう。
秋男は荷物をまとめて会社を後にする。暗闇模様が渦巻いて、月を微かに照らす雲の流れが目に痛い。歩き続ける中で気が付いてしまった。夜のこの景色は初めてではないだろうか。
しかし空の色が変わろうと歩く道は同じもので、迷う要素など一つもないように見受けられた。そのはずだった。
気が付けば見知らぬ道に放り出されてしまっていることに気が付き盛大にため息をついた。
「どうなってんだよ」
確かに記憶にある道をしっかりと辿ったはずなのに、如何にして踏み外してしまったものだろう。足は方角を見誤った、その事実だけが静かな道のりの中で騒ぎ立てる。靴と地面がかき鳴らす足音などよりも随分と大きなものに感じられてしまう。
肌に走る寒気は紛れもない本物の恐怖、新鮮な感情は己が非日常に入ったのだと告げていた。
歩いた先に何が待っているものか、正直な話、秋男は怯えに身を震わせて落ち着きを地べたに落としてしまっていた。
そんな彼の傍に寄って来る小さな影、何者かの姿。
「こんな時間にも人いるんだな」
秋男本人の自己紹介のようにも見受けられる言葉、それを添えた視線が捉えた姿は青年のよう。冬子とあまり変わらないくらいの背丈、はっきり言ってしまうならば男女どちらの意識の秤を用いても小さなことには変わりなかった。
そんな青年に向けて秋男は言葉を放ってみた。
「すみません、道に迷ってしまって」
そんな言葉に真実性を見て取ったのだろうか、青年は出された助け舟をつかむ。
「いいよ、どこに行きたいか」
素直に話すことは躊躇われたため、家から少し離れた場所を告げる。
青年はしっかりと枠に収められたような笑顔を作って答えた。
「なら、ついてきて」
そうして始まった案内だが、歩き始めた方向に違和感を覚えた。秋男が迷った方角からして後戻りすることが自然な流れだと思っていたものの、どうやら秋男が進んでいた方向へとそのまま歩みを進めているようだった。
「そっちって」
「いいから」
それからしばらく経った後、秋男は辺りの雰囲気ががらりと変わってしまっていることに気が付いた。重々しい闇霧に覆われ始めたその景色、さらにその先にあるのは黒よりも深い何も見通せない黒、その中で唯一見えるものは一見の平屋。
嫌な予感は秋男の頭に警告を流していた。
「すみません帰ります」
その言葉に反応したのか青年はすぐさま振り返る。
その顔には肉が宿っていなかった。髪と服をまとっただけの骸骨だった。
そこからの行動は早かった。すぐさま振り返り全力で走り始める。この手の減少からは全力で逃げること、それこそが秋男にとって唯一取れる生き残りの手段。
走り続けて流れて行く景色、その姿が一変した。いつの間にか見ていたものは地面と、身体に走る鋭い痛み。足首に絡みつく硬い感触に嫌な予感を抱きながら振り返る。
足首に絡みついているのは白い骨、そこから続く腕に身体、髪を見てあの男だと理解した次の瞬間、秋男はもう片方の足に勢いをつけ、全力で蹴とばした。
痛みを感じているのか、手を押さえる彼を見て素早く逃げ出した。その姿を追うこともなく、平穏が訪れたのは幸運だっただろうか。
それから次の日、上司の女は休み。今日もお土産を渡す事が叶わずにもどかしい気持ちで胸が満たされてゆく。
今日は残ることもなく仕事の疲れを浴びながら帰ろうとし、一つ思い至った。
どこで道を間違えたものだろうか、うろ覚えではあったものの記憶を探りながら進む。あの家を訪ねてみたいと思った。
何度も道を間違えながらもどうにか見覚えのある場所へとたどり着き、そのまま進み続ける。
そこにあったのは昨日とはうって変わって不穏の欠片すら残さない平屋。
呼び鈴を鳴らすことで出てきたのは若い女の姿。顔立ちから大人の気配を感じさせる。恐らくあの青年よりも十近くの年を重ねている。
女に青年の事を訊ねてみたところ、一つの真実へとたどり着いた。あの青年は恐らく女の結婚相手、寂しがり屋の彼はいつでも一緒にいられることを喜んで平凡な日々を送っていたのだという。
しかしながら半年近くが経過した頃、友達と山に出かけと時に遭難してしまったのだとか。
捜索隊の懸命な姿勢が発見という結果をもたらしたのはそれから三か月後の話。彼は既に白骨死体と化していた。
そんな話を聞いて一度お辞儀をして背を向ける。
きっと彼は今もまだ一人きりで辺りを彷徨っていることだろう。一緒に死後の世界に行ってくれる人物を探して。
この経験を幾度重ねてきた事だろう。肉体労働の果て、寝不足気味なら寝てもいいよと言われて以来時たまそのようなことを行ってしまう。嫌味などでない事は顔色を見れば丸分かりだった。優しい上司への感謝の気持ちは忘れないつもりだったがこのままではいられないのも事実。今日の疲れは間違いなく昨日の旅行を通して追いかけてきたものだった。
「先輩に渡せなかった」
仕事用のカバンの隣に置かれた紙袋は秋男が自ら持ち込んだものだった。
あの日の旅行の帰りに買ってきたもので、特にこれから様々な意味で世話になるだろう先輩に手渡す分の土産。他の有象無象の社員たちにはチョコを分け合うようにとテーブルの上に箱を置くことで解決。しかしながらある女性の先輩、以前は雨女の件で家にまで上がった関係。小春にも話して子供が生まれる日が楽しみだと言いながら尊敬してやまない先輩。結局雨女の件は霊能者に丸投げして祓ってもらった。その次の日だっただろうか。霊能者は秋男に詰め寄り叱り付けていた。
秋男が付いた嘘のせいで新たな信仰、あの石碑にも原因があるという嘘が呼んだ事実。秋男のせいで本来見られなかった結びつきが生じてお払いに一手間も二手間もかかったのだということ。
おそらくは無事に解決したことだろう。
秋男は荷物をまとめて会社を後にする。暗闇模様が渦巻いて、月を微かに照らす雲の流れが目に痛い。歩き続ける中で気が付いてしまった。夜のこの景色は初めてではないだろうか。
しかし空の色が変わろうと歩く道は同じもので、迷う要素など一つもないように見受けられた。そのはずだった。
気が付けば見知らぬ道に放り出されてしまっていることに気が付き盛大にため息をついた。
「どうなってんだよ」
確かに記憶にある道をしっかりと辿ったはずなのに、如何にして踏み外してしまったものだろう。足は方角を見誤った、その事実だけが静かな道のりの中で騒ぎ立てる。靴と地面がかき鳴らす足音などよりも随分と大きなものに感じられてしまう。
肌に走る寒気は紛れもない本物の恐怖、新鮮な感情は己が非日常に入ったのだと告げていた。
歩いた先に何が待っているものか、正直な話、秋男は怯えに身を震わせて落ち着きを地べたに落としてしまっていた。
そんな彼の傍に寄って来る小さな影、何者かの姿。
「こんな時間にも人いるんだな」
秋男本人の自己紹介のようにも見受けられる言葉、それを添えた視線が捉えた姿は青年のよう。冬子とあまり変わらないくらいの背丈、はっきり言ってしまうならば男女どちらの意識の秤を用いても小さなことには変わりなかった。
そんな青年に向けて秋男は言葉を放ってみた。
「すみません、道に迷ってしまって」
そんな言葉に真実性を見て取ったのだろうか、青年は出された助け舟をつかむ。
「いいよ、どこに行きたいか」
素直に話すことは躊躇われたため、家から少し離れた場所を告げる。
青年はしっかりと枠に収められたような笑顔を作って答えた。
「なら、ついてきて」
そうして始まった案内だが、歩き始めた方向に違和感を覚えた。秋男が迷った方角からして後戻りすることが自然な流れだと思っていたものの、どうやら秋男が進んでいた方向へとそのまま歩みを進めているようだった。
「そっちって」
「いいから」
それからしばらく経った後、秋男は辺りの雰囲気ががらりと変わってしまっていることに気が付いた。重々しい闇霧に覆われ始めたその景色、さらにその先にあるのは黒よりも深い何も見通せない黒、その中で唯一見えるものは一見の平屋。
嫌な予感は秋男の頭に警告を流していた。
「すみません帰ります」
その言葉に反応したのか青年はすぐさま振り返る。
その顔には肉が宿っていなかった。髪と服をまとっただけの骸骨だった。
そこからの行動は早かった。すぐさま振り返り全力で走り始める。この手の減少からは全力で逃げること、それこそが秋男にとって唯一取れる生き残りの手段。
走り続けて流れて行く景色、その姿が一変した。いつの間にか見ていたものは地面と、身体に走る鋭い痛み。足首に絡みつく硬い感触に嫌な予感を抱きながら振り返る。
足首に絡みついているのは白い骨、そこから続く腕に身体、髪を見てあの男だと理解した次の瞬間、秋男はもう片方の足に勢いをつけ、全力で蹴とばした。
痛みを感じているのか、手を押さえる彼を見て素早く逃げ出した。その姿を追うこともなく、平穏が訪れたのは幸運だっただろうか。
それから次の日、上司の女は休み。今日もお土産を渡す事が叶わずにもどかしい気持ちで胸が満たされてゆく。
今日は残ることもなく仕事の疲れを浴びながら帰ろうとし、一つ思い至った。
どこで道を間違えたものだろうか、うろ覚えではあったものの記憶を探りながら進む。あの家を訪ねてみたいと思った。
何度も道を間違えながらもどうにか見覚えのある場所へとたどり着き、そのまま進み続ける。
そこにあったのは昨日とはうって変わって不穏の欠片すら残さない平屋。
呼び鈴を鳴らすことで出てきたのは若い女の姿。顔立ちから大人の気配を感じさせる。恐らくあの青年よりも十近くの年を重ねている。
女に青年の事を訊ねてみたところ、一つの真実へとたどり着いた。あの青年は恐らく女の結婚相手、寂しがり屋の彼はいつでも一緒にいられることを喜んで平凡な日々を送っていたのだという。
しかしながら半年近くが経過した頃、友達と山に出かけと時に遭難してしまったのだとか。
捜索隊の懸命な姿勢が発見という結果をもたらしたのはそれから三か月後の話。彼は既に白骨死体と化していた。
そんな話を聞いて一度お辞儀をして背を向ける。
きっと彼は今もまだ一人きりで辺りを彷徨っていることだろう。一緒に死後の世界に行ってくれる人物を探して。
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