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第八幕 日ノ出ズル東ノ国
辻売り
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そこに立つふたり、その姿はどこまでもみすぼらしさを着込んでいて、見るからに貧しさ全開、隠す気持ちなどもはや残していなかった。何より、幹人の頭の上で穏やかな雰囲気を振りまきながら妙に長い耳をゆっくりゆったりと揺らす魔獣のリズが最も立派だという有り様だった。
「果物付きの情はいくらで売れるだろうね」
情に対して情を向けるよりも、金をくださいという方針で行く、当然と言えば当然のことだった。
「裸足のふたりを見ればかわいそうだと思ってお金を落としてくれる、そう信じるしかないね」
履き物すらない、そんな姿に人々はどのような反応を示すだろう。心情の流れすら不明瞭な人々は中々この場所を訪れない。そのまま時は流れ続けて行く。
「どうしたものか、ここを通る人、少ないのかしら」
「かもね」
もしかすると町や村から移動する人の方が少ないのかも知れなかった。
それからどれだけの時が経っただろうか、ようやく現れたのは大きな笠を被り、腰に刀を携えて堂々とした佇まいを飾り付けて歩く男の姿だった。その機会、逃すものか。強い意志は適切な言葉を選ぶよりも先に口を開いていた。
「すみません、よろしければ果物買ってくださりませんか」
声を聞いて、男は幹人の方へと目を向けた。
「果物? ああ、もらおうか」
その言葉を贈る傍らに驚きの感情を送り届けられた武士。あまりにも汚れた貧相な姿に驚きの感情を隠すことが出来ないでいた。
「待て、草鞋すら履いていないのか、果物を育てているのだろうに」
山へと踏み入れる足が柔肌むき出しという事実に打ちひしがれていた。
「いえ、実は以前使っていたものが駄目になってしまいまして、しかも生活が苦しくて一文無しなもので」
武士は、曇り切った目をふたりに向けた。
「一文無しとは……六文は残しておかねばあの世にも行けないだろうに」
――かかった!
この時点で大いに感じていた手応えを噛み締めながら幹人は思ってもいない言葉を加え続ける。
「もう飢えて果物も自分たちで消費して生きるのがやっとで……せめて妻だけでも草鞋を履かせてあげなければ歩く度に傷が増えてしまいそうで」
「分かった、分かったからふたり分だな」
渡された文銭に見合った数のミカンを手渡して、文銭と共に忠告を受け取った。
「夕ノ刻に気を付けたまえ、魔ニ出逢イシ刻が来る。あと妻は簪は挿していないな……ならば良い」
幹人は『魔ニ出逢イシ刻』の意味を理解していた。きっと逢魔が時のようなもの、もしくはそのものだろう。しかし、簪とは。それがどうしても分からないのだった。
「リリは知ってる? なんで簪について訊かれたのか」
それが分からない事にはどのような危険がどこに潜んでいるのか、それすら分からなかった。訊ねられたリリは当たり前のように首を横に振る。リリが来た時にはそのようなうわさ話は聞いたこともなかったのだそうだ。
そこで立ち止まっていては話も進まない、そう分かっていた幹人は歩みを進める。まずはふたり分の草鞋を買うために。
町の中で幹人は時代劇の世界に入り込んだような心地を愉しんでいた。
「俺が生きてる時代ではこの風景は過去のものでね、劇としては親しまれてるんだけどこうして歩くのは俺は初めてなんだ」
リリは微笑みながら近くの店で草鞋を二足買って、ふたりはようやく足を守る装備を手に入れた。その場で草鞋を売っていた男が言葉を重ねて行く。
「お前さん妻いるのか。若いのに……いいね」
大して羨望の気持ちをその目から感じ取ることは出来ずにいた。きっと彼にも妻はいるのだろう。
「と言えど俺の妻ほどのべっぴんさんじゃないけどな」
自慢がしたいだけなのだろうか。幹人は知りたいことへの質問へと話を繋ぐべく、男の自慢を流す軽い反応を差し出した。
「リリよりもカワイイ妻でしたか、羨ましいですね」
明らかにあきれ返った視線を見てリリは笑いを堪えるのに必死だった。良い歳したオトナがたかだか少年に話を合わせてもらっているというこの状況があまりにもおかしかった、実に情けなく思えて嘲りの笑いを堪えるのに必死だった。
「ところでそんな美人な妻のために簪を贈っていたりしませんか?」
男の態度は、声の調子は急変した。これまでの余裕は明らかに消え去って、平静を装うのに必死になっていた。
「まさか、なにも飾らなくても美人なんだ、そんな小手先だけの飾りは必要ない!!」
つまりお金がないのですね、その言葉を必死に口の中に押し込み別のものを選び抜いて吐き出した。
「さぞかし美人なのですね、何故だか簪について気を付けるように言われたのですが、不吉なうわさなどはございませんか?」
問いかけは瞬時に答えとなりはじき返された。
「簪だろう? あれを挿した日の夜道に気を付けろと言うものだ」
理由は教えてもらえなかった、きっとその頭の中には入っていないのだろう。
「妻のことでいつもいっぱいなのね、その大きな頭」
リリの言葉に対して何故だか誇らしげな態度を取る男に対して幹人は感想を纏めた。単純な事であるがためか、あまりにもはっきりとした言葉として現れたため、心の中にそっと仕舞っておくことにした。
――あのような人物には絶対なりたくない
「果物付きの情はいくらで売れるだろうね」
情に対して情を向けるよりも、金をくださいという方針で行く、当然と言えば当然のことだった。
「裸足のふたりを見ればかわいそうだと思ってお金を落としてくれる、そう信じるしかないね」
履き物すらない、そんな姿に人々はどのような反応を示すだろう。心情の流れすら不明瞭な人々は中々この場所を訪れない。そのまま時は流れ続けて行く。
「どうしたものか、ここを通る人、少ないのかしら」
「かもね」
もしかすると町や村から移動する人の方が少ないのかも知れなかった。
それからどれだけの時が経っただろうか、ようやく現れたのは大きな笠を被り、腰に刀を携えて堂々とした佇まいを飾り付けて歩く男の姿だった。その機会、逃すものか。強い意志は適切な言葉を選ぶよりも先に口を開いていた。
「すみません、よろしければ果物買ってくださりませんか」
声を聞いて、男は幹人の方へと目を向けた。
「果物? ああ、もらおうか」
その言葉を贈る傍らに驚きの感情を送り届けられた武士。あまりにも汚れた貧相な姿に驚きの感情を隠すことが出来ないでいた。
「待て、草鞋すら履いていないのか、果物を育てているのだろうに」
山へと踏み入れる足が柔肌むき出しという事実に打ちひしがれていた。
「いえ、実は以前使っていたものが駄目になってしまいまして、しかも生活が苦しくて一文無しなもので」
武士は、曇り切った目をふたりに向けた。
「一文無しとは……六文は残しておかねばあの世にも行けないだろうに」
――かかった!
この時点で大いに感じていた手応えを噛み締めながら幹人は思ってもいない言葉を加え続ける。
「もう飢えて果物も自分たちで消費して生きるのがやっとで……せめて妻だけでも草鞋を履かせてあげなければ歩く度に傷が増えてしまいそうで」
「分かった、分かったからふたり分だな」
渡された文銭に見合った数のミカンを手渡して、文銭と共に忠告を受け取った。
「夕ノ刻に気を付けたまえ、魔ニ出逢イシ刻が来る。あと妻は簪は挿していないな……ならば良い」
幹人は『魔ニ出逢イシ刻』の意味を理解していた。きっと逢魔が時のようなもの、もしくはそのものだろう。しかし、簪とは。それがどうしても分からないのだった。
「リリは知ってる? なんで簪について訊かれたのか」
それが分からない事にはどのような危険がどこに潜んでいるのか、それすら分からなかった。訊ねられたリリは当たり前のように首を横に振る。リリが来た時にはそのようなうわさ話は聞いたこともなかったのだそうだ。
そこで立ち止まっていては話も進まない、そう分かっていた幹人は歩みを進める。まずはふたり分の草鞋を買うために。
町の中で幹人は時代劇の世界に入り込んだような心地を愉しんでいた。
「俺が生きてる時代ではこの風景は過去のものでね、劇としては親しまれてるんだけどこうして歩くのは俺は初めてなんだ」
リリは微笑みながら近くの店で草鞋を二足買って、ふたりはようやく足を守る装備を手に入れた。その場で草鞋を売っていた男が言葉を重ねて行く。
「お前さん妻いるのか。若いのに……いいね」
大して羨望の気持ちをその目から感じ取ることは出来ずにいた。きっと彼にも妻はいるのだろう。
「と言えど俺の妻ほどのべっぴんさんじゃないけどな」
自慢がしたいだけなのだろうか。幹人は知りたいことへの質問へと話を繋ぐべく、男の自慢を流す軽い反応を差し出した。
「リリよりもカワイイ妻でしたか、羨ましいですね」
明らかにあきれ返った視線を見てリリは笑いを堪えるのに必死だった。良い歳したオトナがたかだか少年に話を合わせてもらっているというこの状況があまりにもおかしかった、実に情けなく思えて嘲りの笑いを堪えるのに必死だった。
「ところでそんな美人な妻のために簪を贈っていたりしませんか?」
男の態度は、声の調子は急変した。これまでの余裕は明らかに消え去って、平静を装うのに必死になっていた。
「まさか、なにも飾らなくても美人なんだ、そんな小手先だけの飾りは必要ない!!」
つまりお金がないのですね、その言葉を必死に口の中に押し込み別のものを選び抜いて吐き出した。
「さぞかし美人なのですね、何故だか簪について気を付けるように言われたのですが、不吉なうわさなどはございませんか?」
問いかけは瞬時に答えとなりはじき返された。
「簪だろう? あれを挿した日の夜道に気を付けろと言うものだ」
理由は教えてもらえなかった、きっとその頭の中には入っていないのだろう。
「妻のことでいつもいっぱいなのね、その大きな頭」
リリの言葉に対して何故だか誇らしげな態度を取る男に対して幹人は感想を纏めた。単純な事であるがためか、あまりにもはっきりとした言葉として現れたため、心の中にそっと仕舞っておくことにした。
――あのような人物には絶対なりたくない
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