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第八幕 日ノ出ズル東ノ国
一泊
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ランスが遠き目的地へと足を向けて進み続けているであろう中で、幹人は近くの目的地へと足を運ぶ。海が傍に控えていることが多いように感じられるこの旅の中で、リリはいつでも近いようで遠いような妙な距離感ですぐ隣を歩いているように思えて仕方がなかった。
すぐそこ、海沿いの砂混じりのレンガの道の端にある石の上にあの魔女は座っていた。一歩ずつ、一歩ずつ、近づいて。リリはずっと海を眺めているようで、幹人の接近には全くもって気が付く気配すら見せないでいた。
背後、すぐ後ろ。手を軽く伸ばすだけでいつでも届くような至近距離で幹人はリリが見ている世界を眺め始めた。
空と海、それぞれに名を与えて二つに分け隔てられたそれ。一方は宙に白い綿を浮かべて彩っていて、もう一方は降り注ぐ輝きを受けて細かなきらめきで飾っていた。
「きれいだ……」
ついつい口にこぼしてしまった言葉。それは空へと舞い上がるわけでもなければ海へと沈められるわけでもなく、地へと落ちる直前にリリの手によって拾い上げられた。
「そうだね。美しくてうっとりしてるものさ」
あまりにも落ち着いた様子は却って不自然。幹人の目に映るものは果たして真実なのか、好きな人が浮かべる貌だからこそ、しっかりと見つめて。
「話は終わったよ。なんだか説教がメインだったけど」
「そうかい? ……そうだね」
一瞬、ただの一瞬だけ、リリは頬を膨らませた。不満を持っていたものの隠し果せようというその態度が幹人にも見ることが出来ていた。
「あのさ、もしかして妬いてる?」
「別に? でもそう思うのならこれから一緒にいて欲しいね」
帰るまでの旅をずっと共にしていたい。それが本音なのだろう。魔女は妬いている。きっと間違いではないはず。そう心に叩き込んで、リリを真っ直ぐ見つめていた。
「うん、いい顔。私はそういう幹人が大好きでね。キミが静嬉に出会ってからあまりにも私の嫌いな顔を浮かべるものだから、私たちの心の一線を踏み越えようとしたから……あの子のこと嫌いになっちゃった」
リリの言葉はまだ続いて行く。海に空に鳥に大地に幹人に、全てに対して響くようにはっきりと。
「その顔でそんな貌をしないでおくれ。その声でそんな上辺の言葉を語らないでおくれ。あの時はそう思って悲しかったの。私はただ幹人と、大好きな人といちゃいちゃして楽しく旅して、余生はそれを思い返して過ごすつもりだから」
出来る限り楽しいことだけを、そうした想いを抱いていたのだという。
「やっぱり……俺が帰ったら一人きりじゃん」
仲間も何もいない、真の孤独が待ちわびている。リリを見つめていつになるのかいつになれば飲み込むことが出来るのかと口を開けて待ち続けている。救いのないそれは迎えて欲しくなかった。心の底からそう思っていた。
「リリ、この旅で俺と一緒に向こうに行く方法を探そうよ、ダメだと思ったらせめて友だちでも」
リリの顔はどのような有り様なのだろうか。陰が張っていること以外はいつもの通りで見通すことが出来ない。
「あのさ、俺もあんまり隠し事はしたくないし言っちゃうけど、今まで帰ろうとしなかった理由はリリを連れて向こうに帰る方法を、一緒に行く手段を」
そこまで言ってリリの陰を取り払うことは出来たであろうか。分からない、分からせない。ただ、肯定も否定もせず、ようやく飛び出した言葉は幹人にこれ以上の言葉を許さなかった。
「そっか、少しの間、いやもしかしたら幹人が帰る前までかかるかも知れないけど、考えさせてはもらえないかな」
そのひと言で会話を締めて、ふたりで宿を目指す。その時のリリはやけに幹人に対して甘えるような視線を注いでいた。
「嬉しいな嬉しいね。キミが昔みたいに笑ってくれて。やっぱりあの子は私たちの関係からして悪だったようだね」
リリは更に言葉の生地を重ねて焼いて。
「別に誰が何を考えているのかなんて誰にも想像しか出来ないし、私は幹人にしか恋はしてないわ。かわいいものは可愛いからカワイイって言うの。理由なんてなきゃダメかしら? それだとこの世は窮屈で仕方なくなるわ」
幹人の求める答えは出し尽くされていた。静嬉から注がれる想いや言動思想、それらはしっかりと伝わっていたのだろう。それよりも、理由の必要性を問われたことに驚きを隠せずに目を見開いた。
「それ、ランスも同じこと言ってたんだよ。理由がなきゃダメなのか、みたいなこと」
途端、リリの表情はこの上なく穏やかなものへと姿を変えた。先ほどまでであったはずの陰は、どこかへと去って行ったのだった。
「もしかして、ランス王の話って」
「俺の顔見て思ったことがあったみたいで殆ど説教、というか味方としての大人目線の話だった」
リリの目はうるんでいた。感謝の想いに瞳を心を輝かせていたようで。
「そう……私も助けてもらっていたのね」
もしかするとランスはそのことを話しては欲しくなかったのかも知れない。或いは話してもらっても構わないが、その場にリリが居合わせていては話難いだけだったのかも知れない。
分からなくても今は構わない。
その想いを胸に仕舞って、宿へと向かう。ふたりして心の靄ひとつ残すことなく快適な一泊となったのだという。
すぐそこ、海沿いの砂混じりのレンガの道の端にある石の上にあの魔女は座っていた。一歩ずつ、一歩ずつ、近づいて。リリはずっと海を眺めているようで、幹人の接近には全くもって気が付く気配すら見せないでいた。
背後、すぐ後ろ。手を軽く伸ばすだけでいつでも届くような至近距離で幹人はリリが見ている世界を眺め始めた。
空と海、それぞれに名を与えて二つに分け隔てられたそれ。一方は宙に白い綿を浮かべて彩っていて、もう一方は降り注ぐ輝きを受けて細かなきらめきで飾っていた。
「きれいだ……」
ついつい口にこぼしてしまった言葉。それは空へと舞い上がるわけでもなければ海へと沈められるわけでもなく、地へと落ちる直前にリリの手によって拾い上げられた。
「そうだね。美しくてうっとりしてるものさ」
あまりにも落ち着いた様子は却って不自然。幹人の目に映るものは果たして真実なのか、好きな人が浮かべる貌だからこそ、しっかりと見つめて。
「話は終わったよ。なんだか説教がメインだったけど」
「そうかい? ……そうだね」
一瞬、ただの一瞬だけ、リリは頬を膨らませた。不満を持っていたものの隠し果せようというその態度が幹人にも見ることが出来ていた。
「あのさ、もしかして妬いてる?」
「別に? でもそう思うのならこれから一緒にいて欲しいね」
帰るまでの旅をずっと共にしていたい。それが本音なのだろう。魔女は妬いている。きっと間違いではないはず。そう心に叩き込んで、リリを真っ直ぐ見つめていた。
「うん、いい顔。私はそういう幹人が大好きでね。キミが静嬉に出会ってからあまりにも私の嫌いな顔を浮かべるものだから、私たちの心の一線を踏み越えようとしたから……あの子のこと嫌いになっちゃった」
リリの言葉はまだ続いて行く。海に空に鳥に大地に幹人に、全てに対して響くようにはっきりと。
「その顔でそんな貌をしないでおくれ。その声でそんな上辺の言葉を語らないでおくれ。あの時はそう思って悲しかったの。私はただ幹人と、大好きな人といちゃいちゃして楽しく旅して、余生はそれを思い返して過ごすつもりだから」
出来る限り楽しいことだけを、そうした想いを抱いていたのだという。
「やっぱり……俺が帰ったら一人きりじゃん」
仲間も何もいない、真の孤独が待ちわびている。リリを見つめていつになるのかいつになれば飲み込むことが出来るのかと口を開けて待ち続けている。救いのないそれは迎えて欲しくなかった。心の底からそう思っていた。
「リリ、この旅で俺と一緒に向こうに行く方法を探そうよ、ダメだと思ったらせめて友だちでも」
リリの顔はどのような有り様なのだろうか。陰が張っていること以外はいつもの通りで見通すことが出来ない。
「あのさ、俺もあんまり隠し事はしたくないし言っちゃうけど、今まで帰ろうとしなかった理由はリリを連れて向こうに帰る方法を、一緒に行く手段を」
そこまで言ってリリの陰を取り払うことは出来たであろうか。分からない、分からせない。ただ、肯定も否定もせず、ようやく飛び出した言葉は幹人にこれ以上の言葉を許さなかった。
「そっか、少しの間、いやもしかしたら幹人が帰る前までかかるかも知れないけど、考えさせてはもらえないかな」
そのひと言で会話を締めて、ふたりで宿を目指す。その時のリリはやけに幹人に対して甘えるような視線を注いでいた。
「嬉しいな嬉しいね。キミが昔みたいに笑ってくれて。やっぱりあの子は私たちの関係からして悪だったようだね」
リリは更に言葉の生地を重ねて焼いて。
「別に誰が何を考えているのかなんて誰にも想像しか出来ないし、私は幹人にしか恋はしてないわ。かわいいものは可愛いからカワイイって言うの。理由なんてなきゃダメかしら? それだとこの世は窮屈で仕方なくなるわ」
幹人の求める答えは出し尽くされていた。静嬉から注がれる想いや言動思想、それらはしっかりと伝わっていたのだろう。それよりも、理由の必要性を問われたことに驚きを隠せずに目を見開いた。
「それ、ランスも同じこと言ってたんだよ。理由がなきゃダメなのか、みたいなこと」
途端、リリの表情はこの上なく穏やかなものへと姿を変えた。先ほどまでであったはずの陰は、どこかへと去って行ったのだった。
「もしかして、ランス王の話って」
「俺の顔見て思ったことがあったみたいで殆ど説教、というか味方としての大人目線の話だった」
リリの目はうるんでいた。感謝の想いに瞳を心を輝かせていたようで。
「そう……私も助けてもらっていたのね」
もしかするとランスはそのことを話しては欲しくなかったのかも知れない。或いは話してもらっても構わないが、その場にリリが居合わせていては話難いだけだったのかも知れない。
分からなくても今は構わない。
その想いを胸に仕舞って、宿へと向かう。ふたりして心の靄ひとつ残すことなく快適な一泊となったのだという。
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