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第七幕 更に待つ再会
リリの不満
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それは台座の上で行われ続けるやり取り。これは世界の中で人々が紡ぐ物語。静嬉は幹人をつかむ魔女に目を当てて語る。
「帰りたい人引き留めるなんて、かわいそう。本当にその人の気持ち、分かってあげてる?」
分かりやすいほどに目の前を見て掬い上げただけの発言。その受け手であるリリは貌も見せずに陰に隠し通していた。
「ねえ、どうなの? 好きな人なら、意見を尊重してあげなきゃ」
「誰に向かって言ってるのかしら」
「え?」
静嬉は目を見開いて一歩後ずさる。
「私たちはね、これまで何か月も一緒に旅してきたの」
リリの語気は強まり、静嬉の形見を狭める。広い闇の空間の中が重圧で充たされて狭くて苦しくて。
「幹人が思い悩んでるって、このまま元の世界に帰ったら悔い残して心に杭を刺すって私は分かってるから引き留めてるの」
そこから更にこぼれて撒かれて止まらない言葉の波が生い茂る。
「それをつい最近知り合ったばかりの身で『私それ知ってる』みたいな態度で測って物を言わないで」
目の前の魔女の重い言葉の圧は更に辺りに敷き詰められて、大層窮屈に感じられたものの、塞がれた重い口をどうにか開く。
「あなたこそ、ずっといるから知ってるなんて言わないで。同じ世界だからこそ分かることもあるんだよ」
表面の感情を信じ込んで、成り行きの味方に回り笑顔の魔法を使って人の意に反する悪者を成敗しているつもりになっている静嬉と、過去の想いを汲んで今の想いを否定するリリ、どちらが正しいのだろうか。
幹人は思い悩み、動くことはおろか、声を奏でることすらできないでいた。それほどまでに彼らにとっては難しい問題だった。
「そう……もしも幹人がキミの言う通りに帰って、なにも問題がないのだとしたら」
声は震えて続きは唇の震えによって阻まれる。心に勢いをつけて、大きく息を吸おうにも息は喉の奥まで入って来てはくれない。まるで次の言葉を拒絶しているようなありさまで、リリの言葉の意志も折れようとしていた。
――言って、私が言わなきゃ……言わなきゃ
永遠の別れはすぐそばに立っているのか遥か遠くで待っているのか。待ちくたびれても尚現れて来ては欲しくないそれを遠ざけるべく、己の想いも伝えるべく、詰まる息を吸い込んでどうにか言葉を吐いた。
「なにも問題がないのなら、これまでの私と過ごしてきた時間は、全てちゃちな作り物だったのかも知れないね」
闇を伝って幹人の耳にまで届いたその言葉は、リリの心は、冷たくて辺りが凍える冬模様で刺さった時の痛みはこの上なく強くて。
これからなにを言ってくれるのだろう。幹人は恐ろしく感じて、しかしその反面どのように幹人のことを包んでくれるのか楽しみで仕方がなかった。
「でもね、幹人はきっとこのまま帰ったら絶対に後悔する。見てれば分かるわ。なにせこの子の今の目の色、とてもじゃないけど冷静じゃないもの」
言葉よりも細い腕で包んで引き留めて、どちらかと言えばリリの方が幹人と別れるのが嫌だと言った印象を受けた。リリは続けて視線を静嬉の方へと流して言葉を放り込む。
「あなたに帰ってもらえないかしら」
「どうして? 私、みんなを笑顔にしたいから、まだこの世界にいたい。リリさんも一緒にほら」
百点満点の笑顔を浮かべて来る辺りきっと気が付いていないのだろう。静嬉が浮いているのだという事実に、リリと幹人の『セカイ』に足を踏み入れることを良しとしないリリがいるのだということを。
「笑顔ね、一緒にね……ふざけないで」
これは誰が悪いというわけでもない考えのすれ違い。どれだけ近寄ろうとしてもどれだけ向きを変えようとしても交わることの出来ない運命の線という物も存在しているものだ。
「あなたが同行してるとは言っても、これは私と幹人の『ふたりの旅』なの」
これは魔女のワガママ、現状でのリリの不満。幹人を抱き締める腕はより強く、愛の存在感をより濃く映し出していた。
「何人いても誰といても『ふたりの旅』だから」
静嬉に対して向けられる感情は色を喪って、ただの他人として扱って、リリの意見がただ淡々と襲う。
「言っておくけども、幹人がいなくなったら、私は旅をやめるわ。あなたが無責任だと思うならどうとでも言ってくれればいい。それでも、他人と旅するつもりもそんな人に笑顔をもらうつもりもないわ」
分け隔てられた人々、阻むのはたったひとりの感情、見えない帳で隣り合う別世界という形を取られていて入り込む隙間など何処にも空いてはいなかった。
それでも薄くて重い帳を持ち上げるように仲間になろうとする静嬉がいた。
「そんな、まだ一緒に旅して一日目なのにどうしてそんなこと分かるの、一緒に笑顔になってみようよ。きっと仲良く旅ができるよ……リリちゃんみたいなステキな人ならきっと」
「残念ね、私はあなたにとってのステキな人にはなれないわ。それより笑顔なら」
言葉を止め、大きく息を吸い、幹人を台座から降ろして静嬉をこの冒険から降ろした。
「笑顔なら、まずは家族から笑わせてみたら? 自己満足は嗤われるだけよ」
その言葉を最後に、リリの口は静嬉には開かれなくなった。口を開けた明るい闇はその口を広げて静嬉を吸い込み始める。吸い込みながら闇を侵食して飲み込むように包み、静嬉をこの世界から追放する。
やがて明るい闇が消えたそこに広がるものは虚空の闇とそれを打ち払う頼りない花の輝きと、一纏めになっている少年と魔獣と魔女だけだった。
「帰りたい人引き留めるなんて、かわいそう。本当にその人の気持ち、分かってあげてる?」
分かりやすいほどに目の前を見て掬い上げただけの発言。その受け手であるリリは貌も見せずに陰に隠し通していた。
「ねえ、どうなの? 好きな人なら、意見を尊重してあげなきゃ」
「誰に向かって言ってるのかしら」
「え?」
静嬉は目を見開いて一歩後ずさる。
「私たちはね、これまで何か月も一緒に旅してきたの」
リリの語気は強まり、静嬉の形見を狭める。広い闇の空間の中が重圧で充たされて狭くて苦しくて。
「幹人が思い悩んでるって、このまま元の世界に帰ったら悔い残して心に杭を刺すって私は分かってるから引き留めてるの」
そこから更にこぼれて撒かれて止まらない言葉の波が生い茂る。
「それをつい最近知り合ったばかりの身で『私それ知ってる』みたいな態度で測って物を言わないで」
目の前の魔女の重い言葉の圧は更に辺りに敷き詰められて、大層窮屈に感じられたものの、塞がれた重い口をどうにか開く。
「あなたこそ、ずっといるから知ってるなんて言わないで。同じ世界だからこそ分かることもあるんだよ」
表面の感情を信じ込んで、成り行きの味方に回り笑顔の魔法を使って人の意に反する悪者を成敗しているつもりになっている静嬉と、過去の想いを汲んで今の想いを否定するリリ、どちらが正しいのだろうか。
幹人は思い悩み、動くことはおろか、声を奏でることすらできないでいた。それほどまでに彼らにとっては難しい問題だった。
「そう……もしも幹人がキミの言う通りに帰って、なにも問題がないのだとしたら」
声は震えて続きは唇の震えによって阻まれる。心に勢いをつけて、大きく息を吸おうにも息は喉の奥まで入って来てはくれない。まるで次の言葉を拒絶しているようなありさまで、リリの言葉の意志も折れようとしていた。
――言って、私が言わなきゃ……言わなきゃ
永遠の別れはすぐそばに立っているのか遥か遠くで待っているのか。待ちくたびれても尚現れて来ては欲しくないそれを遠ざけるべく、己の想いも伝えるべく、詰まる息を吸い込んでどうにか言葉を吐いた。
「なにも問題がないのなら、これまでの私と過ごしてきた時間は、全てちゃちな作り物だったのかも知れないね」
闇を伝って幹人の耳にまで届いたその言葉は、リリの心は、冷たくて辺りが凍える冬模様で刺さった時の痛みはこの上なく強くて。
これからなにを言ってくれるのだろう。幹人は恐ろしく感じて、しかしその反面どのように幹人のことを包んでくれるのか楽しみで仕方がなかった。
「でもね、幹人はきっとこのまま帰ったら絶対に後悔する。見てれば分かるわ。なにせこの子の今の目の色、とてもじゃないけど冷静じゃないもの」
言葉よりも細い腕で包んで引き留めて、どちらかと言えばリリの方が幹人と別れるのが嫌だと言った印象を受けた。リリは続けて視線を静嬉の方へと流して言葉を放り込む。
「あなたに帰ってもらえないかしら」
「どうして? 私、みんなを笑顔にしたいから、まだこの世界にいたい。リリさんも一緒にほら」
百点満点の笑顔を浮かべて来る辺りきっと気が付いていないのだろう。静嬉が浮いているのだという事実に、リリと幹人の『セカイ』に足を踏み入れることを良しとしないリリがいるのだということを。
「笑顔ね、一緒にね……ふざけないで」
これは誰が悪いというわけでもない考えのすれ違い。どれだけ近寄ろうとしてもどれだけ向きを変えようとしても交わることの出来ない運命の線という物も存在しているものだ。
「あなたが同行してるとは言っても、これは私と幹人の『ふたりの旅』なの」
これは魔女のワガママ、現状でのリリの不満。幹人を抱き締める腕はより強く、愛の存在感をより濃く映し出していた。
「何人いても誰といても『ふたりの旅』だから」
静嬉に対して向けられる感情は色を喪って、ただの他人として扱って、リリの意見がただ淡々と襲う。
「言っておくけども、幹人がいなくなったら、私は旅をやめるわ。あなたが無責任だと思うならどうとでも言ってくれればいい。それでも、他人と旅するつもりもそんな人に笑顔をもらうつもりもないわ」
分け隔てられた人々、阻むのはたったひとりの感情、見えない帳で隣り合う別世界という形を取られていて入り込む隙間など何処にも空いてはいなかった。
それでも薄くて重い帳を持ち上げるように仲間になろうとする静嬉がいた。
「そんな、まだ一緒に旅して一日目なのにどうしてそんなこと分かるの、一緒に笑顔になってみようよ。きっと仲良く旅ができるよ……リリちゃんみたいなステキな人ならきっと」
「残念ね、私はあなたにとってのステキな人にはなれないわ。それより笑顔なら」
言葉を止め、大きく息を吸い、幹人を台座から降ろして静嬉をこの冒険から降ろした。
「笑顔なら、まずは家族から笑わせてみたら? 自己満足は嗤われるだけよ」
その言葉を最後に、リリの口は静嬉には開かれなくなった。口を開けた明るい闇はその口を広げて静嬉を吸い込み始める。吸い込みながら闇を侵食して飲み込むように包み、静嬉をこの世界から追放する。
やがて明るい闇が消えたそこに広がるものは虚空の闇とそれを打ち払う頼りない花の輝きと、一纏めになっている少年と魔獣と魔女だけだった。
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