異世界風聞録

焼魚圭

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第七幕 更に待つ再会

寝入り

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 見た目からして食欲を奪い去る料理たち。このような奇妙な見てくれの料理の数々を作り上げて出すことで欲を奪った料理人たちを窃盗の容疑で訴えることなど出来ないだろうか、食欲強奪を厳罰化する法律を早く。想うことは山々ながらも幹人はフォークを手にしてそうした異物の塊を恐る恐る口へと運び、投げやりな気持ちで噛み締めた。
 噛めば噛むほど滲み出る味。魚の匂いを極端に強くしたような香りはそれ自体がスパイスだと語っているようで主張の強さが半端ではなく、パイ生地が魚の香りや食感と乖離して香りと固くてボロボロと砕け落ちるような食感を演出し、全てを打ち消そうとぶち込まれたのだろうと推測されるコショウがすべての味と混ざり合うことなくケンカを吹っかけていて、口の中で激しく殴り合っていた。そうして奏した味覚への鎮魂曲はしつこい程に舌に残っては想い出されてこの上なく独特な追走曲と成り果てていた。
 ひと言で現すなら、『霧国のカノンコードレクイエム』といったところだろうか。

「ああ、凄く感涙するよ、とっっっても美味しい…………なわけあるかあああああ!!!」

 外見内面人当りの全てにおいて最悪な相手と対面しなければならない時、どのように接すればよいのだろう。幹人はその答えをいつまでも見つけられずに泣く泣くふた口めを放り込む。
 世間ではよく料理が下手な人による立腹料理とでも呼べるような絶品から遥か遠くに位置するものはうわさ程度で聞かされてはいたものの、それらとはまるでくらべものにはならないような、舌が身体が頭がなにより心が受け付けない料理、究極の美味ならぬ極限の醜味などというものが存在しているという事実を知って幹人は悲しみと苦しみと虚しさの渦に飲み込まれていた。
 他の料理にも期待など寄せず、しかしながら口へと運んで行く。例えばステーキならば味付けが濃かったところで舌が悲鳴を上げる程度で済むだろう。
 絶望の淵から異なる世界へと落ちてしまわないようにと難を逃れようとして口に含んだそれが舌に塗り付ける味、というよりもまず初めに痛みが襲ってきた。トウガラシが舌を焼くように刺してきて、もはや味など薄れてしまうほど。その他のベリーやリンゴで彩ったはずの雑な味わいを感じることもなかった。舌で視たところで雑な味わいだったためにどうとも思うこともなかったものの、最も許しを与えられなかったことは、そこまでしても消えない強烈な肉の臭みだった。

「血抜きしろおおおお!!!」

 思わず出てしまった第一声、それだけで留まることなく次の問題が起きていた。煮込みすぎて固まってしまっているためか、嚙めば噛むほど臭みが内から隅々から解放されて口の中を行き渡る。地獄の味を教え込むための良い教材と成り果てていた。
 普通に料理を味わおうとしていたらここまで悪い物を出されるとは思ってもいなかった幹人。希望のひとつも見ること叶わずといった様子でスープを手にした。この液体の中に何が入っているのか想像がつかないもので、今最も危険視している一品だった。

「せ、せめて普通に不味いだけで済みますように」

 思うことすら許されない願望は非常な現実の前に打ち砕かれた。エビの臭みはドロドロの玉ねぎにまで染み込んでいて、肝心のスープの味も臭みやエグ味を消すためと明後日の方向を向いたスパイスの組み合わせと濃さで正気ではいられないような味付けをしていた。
 ここまで来てしまえばもう才能の一種に感じられた。
 一方でアナも悲痛な叫びで食べ物を飲み込み心を吐き出していた。

「何をどうすりゃこんな味なんの? マズすぎな」

 アナが手にしていた物はクッキーのような物。長方形で小さな穴が並んだ姿、元の世界ではそれをショートブレッドと呼ぶのだそうだ。それにしても元の世界の料理を劣化させたような物で恐ろしく嫌な味と舌触りをしていた。湿っているのは油が染み込んでいるせいで、口に放り込んだ時に触れ合う食感もしっとりというに値しないもので、ぬめぬめのボロボロでねちょねちょ、アナはそう評していた。つまり、完璧な悪評である。
 幹人は拷問に耐えるつもりで口に入れ、最悪のお菓子を噛み締めてリリの苦しそうな表情を眺める。

「初めてじゃなくても慣れないよね」

 そう、慣れるはずもなかった。それは純粋に美味しさからかけ離れ過ぎていて、霧国で生活する人々の味覚に対して不信感を抱くほどの料理だった。

「正直この国に人々が定着しない理由のひとつだと思う」

 霧国の料理をそのまま引き継いでいる時点で人が住まうわけがない。幹人は要らない学びを得ていた。

「多分……いや絶対そこらへんを通った人たちになにか作らせた方が美味しいだろうなあ」

 この味わいに疲れ果てて、それでも料理を口に運び続ける。手や口が料理を拒絶するという経験は貴重なものなのだろうか。口の中で飲み込むことを拒むせいでこの味を更に堪能し続けるという現象まで発生していた。
――身体がイヤって言ってるよ、そんなことホントウにあるんだな
 あまりの苦しみにツラいのひと言を捻り出す余裕すらなかった。それでもどうにか食べて寝室へと戻る。そこから悪夢の後味と戦いながらもどうにか眠りに、夢の世界へと向おうとする。寝入りは、最悪の感覚を保ったまま訪れた。嫌な夢見心地というものを知ってしまった。
 人生史上最悪の寝心地というものを味わうこととなったのだった。
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