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第六幕 再会まで
鮭売り
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夢を見続け寝言のように語る乙女は立ち去り、少々の疲れを蓄えながら盛大なため息をついていた。
――寝言は寝て言え、寝言しか吐けないならそれらしくずっと寝てろ
寝たまま起きている器用な乙女、夢うつつの住民。幹人の中で退屈が弾けていくつもの言葉が踊り狂っていた。
そこから次の客にもうわさ話、この国のちょっとした有名な不思議スポットを訊ねたところ、思わぬ収穫を金と共に提示された。
「旅行者にかわいい……普通にいい名物を紹介する。図書館に引きこもる少女がいるんだが」
その人物は図書館に収まりし本のセカイ全てをその手に頭に収めており『歩く辞書』の称号を手にしているのだという。
――歩く辞書ってなんだよ!?
安易な直訳である。英語でそのような言葉が出た時に生き字引と訳していたことを思い出した。
そうして鮭を焼いて売る中、ひとつの事件が勃発した。それはある男が突然幹人の胸倉をつかんだという事件。
「おいガキ、そこの鮭の塩焼き寄越せ」
声の凄みと大きさに震え上がりながらも首を左右に振り、必死に拒否の意思を意のままに伝えていた。すると男は幹人を地面に叩きつけて続ける。
「分かったなら交渉だ。そのままあの世まで落ちるか俺に富を落とすかだ」
まるで交渉になっていない。完全なる脅しだった。幹人は地面に顔を擦りつけられて痛みに流されながらもこらえながら、言葉を放つ。
「俺がお前を潰すかお前が俺に潰されるか、選ばせてやるよ」
交渉すらまともにできない不届き者に与える選択肢などただひとつ、成敗のみ。
「お前頭大丈夫か? そうかおれに潰されがっ」
幹人が素早く伸ばした手の先から勢いよく烈風の渦が放射され、男の顎を勢いよく殴って軽く飛ばした。地についていない足は宙で力なく力に溺れて動かず、頭から地面に叩きつけられる。
「因果は応え報いた、今度はお前が地面に顔をぶつけられる番だったな!」
幼い顔をした鮭売り旅行者から出た言葉は不届き者の耳を貫いていた。男は白目を剥いて正気を消失して苦し紛れの言葉を絞り出した。
「覚え……てろ、俺……ら……盗賊が…………必ず」
例の盗賊の生き残りは未だにのうのうとこの世界を這うように生きていたのだと知って、幹人の内心は白け切っていた。
「お前もアナ……盗賊少女みたいに改心したら? あの子楽しそうだよ」
そんな感情すら込めずに放り込んだ言葉など相手に染み入るはずもなく、男は痛みに感覚の全てを持って行かれていたのも相まってきっと幹人の声すら耳に入っていないだろう。
――おしまい
不届き者、ならず者、様々な言葉で表すことが出来るものの、言ってしまえば迷惑をかけた存在。そんな男が意識を遠い世界へと飛ばしてしまい、残るは眠る罪人のみ。
――どうしよう、楽なのは海に沈めることなんだろうけど
それの対処に困り果てて動くことも出来ずにいると、鮭売りが教えてくれた。
「そういうのは公の奴らに任せておきゃいいんだぜ」
警察のような組織はしっかりと機能しているのだろうか。一応そう言った仕組みがあるのは一定以上発展した街ではどこでも同じなのだろう。
――でも盗賊の残党って突き出してもいいのか?
他にも仲間がいるかも知れない、それを思うだけで目覚めからの問い詰めの必要性も感じ始めていた。
しかし、今は何を言っても仕方がない。人々の視線が集まる中、公の警護組織の手に渡さなければそこで寝ている犯罪者の仲間と思われてしまうかも知れない。そうしたうわさ話のひとつでも広まってしまえばもう打てる手など残されない。街から追放されても文句は言えない状況だった。
周囲を見渡し警戒の目を張りつつ警護組織の到着を待ち続ける。もう店番どころではなくなっていた。
やがて騎士の恰好をしたふたりがやってきた。白銀の鎧に覆われし感情無き生き物を思わせるその姿は太陽の光の他に人々の心の姿まで反射しているようだった。
警護組織の騎士たちは特に話すこともなくただ経緯を聞いて頷いて、地に伏した男を肩に背負って立ち去って消えて行った。
――なんだろう
鎧の重さに耐えながらでは言葉も出ないのだろうか、ふと浮かんだ疑問を仕舞って、再び店番を始めるのだった。
その姿を見ていたのだろうか、ゆったりとした拍手をしながらゆっくりと近づいて来る者がいた。中年の男。その人物は幹人に目を向けて笑った。
「こいつが盗賊を? 嘘だろ、仕込みだろ」
男は全力で笑っていた、本気で嗤っていた。仕込みを疑う神経が分からないといった様子で幹人は呆れた目で見ながら緩やかな風を吹かせていた。
男は荷車から桶を取り出した。そこに入っていた存在を覗き込んだ途端、幹人はその目を思い切り開いた。
桶の中に溜まった水、その世界の中に広がる光景、それは。
「色とりどりのアカモウオかあ、どうなってるんだろ」
どのようにして生み出したのかは分からない。しかし、それは紛れもなく現実の光景であった。
「どうだ? 不思議だろう。今なら金貨三枚で売ってやるぜ」
魚たちが織り成す美しい水中の虹を見つめながら幹人は思う、自身は世話という役目を全うできる自信などなく、リリは金を出す気などないだろう。アナに至ってはそれぞれの色の違いと味の違いなどと口にしながらアカモウオを塩漬けにして口にしてしまうかもしれなかった。
「いえ、俺は結構です」
返事など、初めから決まり切っていた。
――寝言は寝て言え、寝言しか吐けないならそれらしくずっと寝てろ
寝たまま起きている器用な乙女、夢うつつの住民。幹人の中で退屈が弾けていくつもの言葉が踊り狂っていた。
そこから次の客にもうわさ話、この国のちょっとした有名な不思議スポットを訊ねたところ、思わぬ収穫を金と共に提示された。
「旅行者にかわいい……普通にいい名物を紹介する。図書館に引きこもる少女がいるんだが」
その人物は図書館に収まりし本のセカイ全てをその手に頭に収めており『歩く辞書』の称号を手にしているのだという。
――歩く辞書ってなんだよ!?
安易な直訳である。英語でそのような言葉が出た時に生き字引と訳していたことを思い出した。
そうして鮭を焼いて売る中、ひとつの事件が勃発した。それはある男が突然幹人の胸倉をつかんだという事件。
「おいガキ、そこの鮭の塩焼き寄越せ」
声の凄みと大きさに震え上がりながらも首を左右に振り、必死に拒否の意思を意のままに伝えていた。すると男は幹人を地面に叩きつけて続ける。
「分かったなら交渉だ。そのままあの世まで落ちるか俺に富を落とすかだ」
まるで交渉になっていない。完全なる脅しだった。幹人は地面に顔を擦りつけられて痛みに流されながらもこらえながら、言葉を放つ。
「俺がお前を潰すかお前が俺に潰されるか、選ばせてやるよ」
交渉すらまともにできない不届き者に与える選択肢などただひとつ、成敗のみ。
「お前頭大丈夫か? そうかおれに潰されがっ」
幹人が素早く伸ばした手の先から勢いよく烈風の渦が放射され、男の顎を勢いよく殴って軽く飛ばした。地についていない足は宙で力なく力に溺れて動かず、頭から地面に叩きつけられる。
「因果は応え報いた、今度はお前が地面に顔をぶつけられる番だったな!」
幼い顔をした鮭売り旅行者から出た言葉は不届き者の耳を貫いていた。男は白目を剥いて正気を消失して苦し紛れの言葉を絞り出した。
「覚え……てろ、俺……ら……盗賊が…………必ず」
例の盗賊の生き残りは未だにのうのうとこの世界を這うように生きていたのだと知って、幹人の内心は白け切っていた。
「お前もアナ……盗賊少女みたいに改心したら? あの子楽しそうだよ」
そんな感情すら込めずに放り込んだ言葉など相手に染み入るはずもなく、男は痛みに感覚の全てを持って行かれていたのも相まってきっと幹人の声すら耳に入っていないだろう。
――おしまい
不届き者、ならず者、様々な言葉で表すことが出来るものの、言ってしまえば迷惑をかけた存在。そんな男が意識を遠い世界へと飛ばしてしまい、残るは眠る罪人のみ。
――どうしよう、楽なのは海に沈めることなんだろうけど
それの対処に困り果てて動くことも出来ずにいると、鮭売りが教えてくれた。
「そういうのは公の奴らに任せておきゃいいんだぜ」
警察のような組織はしっかりと機能しているのだろうか。一応そう言った仕組みがあるのは一定以上発展した街ではどこでも同じなのだろう。
――でも盗賊の残党って突き出してもいいのか?
他にも仲間がいるかも知れない、それを思うだけで目覚めからの問い詰めの必要性も感じ始めていた。
しかし、今は何を言っても仕方がない。人々の視線が集まる中、公の警護組織の手に渡さなければそこで寝ている犯罪者の仲間と思われてしまうかも知れない。そうしたうわさ話のひとつでも広まってしまえばもう打てる手など残されない。街から追放されても文句は言えない状況だった。
周囲を見渡し警戒の目を張りつつ警護組織の到着を待ち続ける。もう店番どころではなくなっていた。
やがて騎士の恰好をしたふたりがやってきた。白銀の鎧に覆われし感情無き生き物を思わせるその姿は太陽の光の他に人々の心の姿まで反射しているようだった。
警護組織の騎士たちは特に話すこともなくただ経緯を聞いて頷いて、地に伏した男を肩に背負って立ち去って消えて行った。
――なんだろう
鎧の重さに耐えながらでは言葉も出ないのだろうか、ふと浮かんだ疑問を仕舞って、再び店番を始めるのだった。
その姿を見ていたのだろうか、ゆったりとした拍手をしながらゆっくりと近づいて来る者がいた。中年の男。その人物は幹人に目を向けて笑った。
「こいつが盗賊を? 嘘だろ、仕込みだろ」
男は全力で笑っていた、本気で嗤っていた。仕込みを疑う神経が分からないといった様子で幹人は呆れた目で見ながら緩やかな風を吹かせていた。
男は荷車から桶を取り出した。そこに入っていた存在を覗き込んだ途端、幹人はその目を思い切り開いた。
桶の中に溜まった水、その世界の中に広がる光景、それは。
「色とりどりのアカモウオかあ、どうなってるんだろ」
どのようにして生み出したのかは分からない。しかし、それは紛れもなく現実の光景であった。
「どうだ? 不思議だろう。今なら金貨三枚で売ってやるぜ」
魚たちが織り成す美しい水中の虹を見つめながら幹人は思う、自身は世話という役目を全うできる自信などなく、リリは金を出す気などないだろう。アナに至ってはそれぞれの色の違いと味の違いなどと口にしながらアカモウオを塩漬けにして口にしてしまうかもしれなかった。
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