異世界風聞録

焼魚圭

文字の大きさ
上 下
137 / 244
第五幕 風を嫌う者

近所

しおりを挟む
 風船のような魔物を斃し続けて時は過ぎ去って、気が付けば陽が傾き始めていた。
――どれだけ繁殖してんだお盛んだなコノヤロー
 この地では殆ど死なないくせに繁殖力は残されていた。攻撃が甘い分守りと繁殖を以て生存戦略としたのだろう。この地で扱われる魔法での駆除が叶わないのだとしたら日頃はどのように対処しているのだろう。気にしながらも訊ねるのは後回しだと言い聞かせながら目の前の魔物たちを斃し続ける。今この場で魔物を討ち取ることができるのは幹人とリズしかいないのだという事実を想うだけで疲労感をより蓄積していた。
 替えが効かない仕事、選ばれし者、そう言った役割の特別に憧れる人々を何人か見かけて来た。かつての幹人ならば誉れだと思っていたかも知れなかったが今ではその感情が理解できなくなってしまっていた。
――俺が欲しい『特別』は、仕事のことじゃないんだ
 この世界に来てから歪められた価値観、それを染み込ませて根付かせた原因にいち早く会いたかった。

「リリ……」

 どこの世界にいても違和感のない顔をして落ち着いた声で幹人の根本の奥の奥の深い深淵の果てに訴えかけるようなあの得体の知れないあの感情が恋しくて。幹人の想っていた色気とは全く異なった息をも詰まらせ惹き付ける謎の魅力を何度でも浴びたくて。
――俺が欲しい『特別』は、リリとの時間なんだ
 リズと一緒に討伐を続けて、むなしさを感じていた。

「ねえリズ、早く終わらせよう」

 リズに大量の魔力を食べさせて一気に放出させる。吹き付ける風は木々を叩きつけて揺らして木の葉をかき混ぜながら魔物を一度に大量に割っていく。幹人もまた風を起こして合わせ技で魔物たちに死を贈りつけて。幹人の思う風の災害とはこのような強さと荒々しさを持った現象をいうのではないのだろうか。リズの長い耳は風になびいて千切れてしまわないか心配になっていた。

「……いや、千切れるわけないか」

 初めて見た時と比べて毛による膨らみが大きくなって丸っこくなった魔獣とともに風を乱れさせて遊んで魔物を割り続けて空へと還して。

「よし、これでしばらくは大丈夫だろうね」

 勝手に断言して森を後にして抜けた後、待ち構えていた光景に目を見開き走り出した。
 畑ひとつ挟んだ向こう側にて男たちが農具を持って例の魔物を叩き続けていた。その姿は魔物を耕そうとしているようにも見えて一方的なようにも見えたが、実際のところ魔物には傷ひとつ付けられていなかった。
 急いで足を動かし、農民の元へと、風を練りながら走り続ける。風を切るように、風と一体となるように。

 急いで、速く、もっと早く、更に速く――

 畑を隣に、畑を後ろへ、やがて畑を分断する道が近づいてきた。そこを曲がって更に走って。
 男たちが追い出そうとしている風船のような魔物は腕を振り上げて男どもを振り払う。そこから畑の作物を踏みにじり、男の首を掴んで作物に顔から叩き込んだ。

「これ以上好き勝手やらせてたまるかあああああ!!」

 魔物の元へと飛びつくように歩幅を増して速度をさらに上げて肉薄して、練り込んだ風を一気に放出した。
 風船のような魔物は死に際の一撃を放とうとして、叶うことなく割れてこの世から消え去った。

「大丈夫ですか?」

 幹人は潰された作物から男を引き抜いて無事を確認した。男が目を開けるのを確認してため息をこぼした。

「ふっ、俺たち苦戦してただろ? いつものことなんだ」

 思想の偏りが不信の者を排斥して近所にひとつの国を創り上げさせた挙句、苦悩の末にどうにか手に入れた生活すらも脅かそうとしていた。元凶の国は隣の国、そんな近所のことなど知っているにも関わらず見て見ぬふりをするのみなのだという。果たして許されてもいいことなのだろうか。
――遺跡に書いてたことそのままだ

  全ては正しく交わる時平穏が保たれ正しく交わらぬ時 真に正しく非ざるはヒトの身そのもの

 世界を構成する重要なものひとつを否定してしまったがために起きている状況に打ちひしがれ立ち尽くす幹人に男は重要の極みに達する情報を伝えた。

「お前の妻と友だちが……やつらいつもよりたくさん攻めて来てる」

 指を向けた先、そこで戦っているのだそうだ。
 これまでにリリが扱ってきた魔法、強力なものは地だけでしっかりと扱えるだけなら火もそうだろう。水はどうだっただろう、風は ――

「はっ、リリ……」

 このままではきっと危ない、あくまで耐性、地属性でも秘術ならば退けられるか、或いは討ち取ることもできるかも知れなかったが、そこから一週間もの間訪れる意識の喪失。この旅の目的からしてそう簡単に扱うとも思えなかった。
 きっとふたりとも苦戦している。もしかすると既に―― ダメだダメだダメだダメだ。
 守り抜け、間に合わせろ。熱は心の節々へ、ひとかけらも残すことなく燃やし尽くして。
 気が付けば身体は動いていた。考える時間など与えない、賢さが幸せを引き裂いてしまうかも知れないこの局面、何も考えずに動くことこそが正解に思えていた。風をぶつけることだけが攻略方法、弱点を振るうだけの戦いに戦略など用いる余地はなかった。

 それ以上に、幹人にマンガやアニメに見られるような高度な戦略的知能などあるはずもなかった。

 ただただ走り抜けて見た先で視界を埋め尽くし、緑を覆い隠してしまうほどに溜まって蠢いて景色を塗り潰している風船もどきに強大な風を浴びせた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

呪う一族の娘は呪われ壊れた家の元住人と共に

焼魚圭
ファンタジー
唐津 那雪、高校生、恋愛経験は特に無し。 メガネをかけたいかにもな非モテ少女。 そんな彼女はあるところで壊れた家を見つけ、魔力を感じた事で危機を感じて急いで家に帰って行った。 家に閉じこもるもそんな那雪を襲撃する人物、そしてその男を倒しに来た男、前原 一真と共に始める戦いの日々が幕を開ける! ※本作品はノベルアップ+にて掲載している紅魚 圭の作品の中の「魔導」のタグの付いた作品の設定や人物の名前などをある程度共有していますが、作品群としては全くの別物であります。

混沌の刻へ

風城国子智
ファンタジー
ファンタジー長編。 困り果てた少女に手を貸すだけだったはずの冒険者たちは、知らず知らずのうちに『世界の運命』に巻き込まれてしまっていた。 ※小説家になろう、pixiv、BCCKS掲載。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

26番目の王子に転生しました。今生こそは健康に大地を駆け回れる身体に成りたいです。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリー。男はずっと我慢の人生を歩んできた。先天的なファロー四徴症という心疾患によって、物心つく前に大手術をしなければいけなかった。手術は成功したものの、術後の遺残症や続発症により厳しい運動制限や生活習慣制限を課せられる人生だった。激しい運動どころか、体育の授業すら見学するしかなかった。大好きな犬や猫を飼いたくても、「人獣共通感染症」や怪我が怖くてペットが飼えなかった。その分勉強に打ち込み、色々な資格を散り、知識も蓄えることはできた。それでも、自分が本当に欲しいものは全て諦めなければいいけない人生だった。だが、気が付けば異世界に転生していた。代償のような異世界の人生を思いっきり楽しもうと考えながら7年の月日が過ぎて……

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

異世界ニートを生贄に。

ハマハマ
ファンタジー
『勇者ファネルの寿命がそろそろやばい。あいつだけ人族だから当たり前だったんだが』  五英雄の一人、人族の勇者ファネルの寿命は尽きかけていた。  その代わりとして、地球という名の異世界から新たな『生贄』に選ばれた日本出身ニートの京野太郎。  その世界は七十年前、世界の希望・五英雄と、昏き世界から来た神との戦いの際、辛くも昏き世界から来た神を倒したが、世界の核を破壊され、1/4を残して崩壊。  残された1/4の世界を守るため、五英雄は結界を張り、結界を維持する為にそれぞれが結界の礎となった。  そして七十年後の今。  結界の新たな礎とされるべく連れて来られた日本のニート京野太郎。  そんな太郎のニート生活はどうなってしまう? というお話なんですが、主人公は五英雄の一人、真祖の吸血鬼ブラムの子だったりします。

勇者の血を継ぐ者

エコマスク
ファンタジー
リリア本人曰く 「え? えぇ、確かに私は勇者の血を継ぐ家系よ。だけど、本家でもないし、特別な能力も無いし、あんまり自覚もないし、だいたい勇者って結構子孫を残しているんだから全部が全部能力者なんてありえないでしょ?今では酒場では勇者を名乗る人同士が殴り合いしてるって始末じゃない、私にとっては大した意味の無い事かなぁ」 伝説の勇者が魔王を倒したとされる年から百年経ち、大陸の片隅では 勇者の子孫として生まれただけで勇者らしい能力を全く引き継がなかった娘が、 王国から適当に国認定勇者に指定され、 これから勇者っぽい事を始めようとしていた…

処理中です...