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第五幕 風を嫌う者
近所
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風船のような魔物を斃し続けて時は過ぎ去って、気が付けば陽が傾き始めていた。
――どれだけ繁殖してんだお盛んだなコノヤロー
この地では殆ど死なないくせに繁殖力は残されていた。攻撃が甘い分守りと繁殖を以て生存戦略としたのだろう。この地で扱われる魔法での駆除が叶わないのだとしたら日頃はどのように対処しているのだろう。気にしながらも訊ねるのは後回しだと言い聞かせながら目の前の魔物たちを斃し続ける。今この場で魔物を討ち取ることができるのは幹人とリズしかいないのだという事実を想うだけで疲労感をより蓄積していた。
替えが効かない仕事、選ばれし者、そう言った役割の特別に憧れる人々を何人か見かけて来た。かつての幹人ならば誉れだと思っていたかも知れなかったが今ではその感情が理解できなくなってしまっていた。
――俺が欲しい『特別』は、仕事のことじゃないんだ
この世界に来てから歪められた価値観、それを染み込ませて根付かせた原因にいち早く会いたかった。
「リリ……」
どこの世界にいても違和感のない顔をして落ち着いた声で幹人の根本の奥の奥の深い深淵の果てに訴えかけるようなあの得体の知れないあの感情が恋しくて。幹人の想っていた色気とは全く異なった息をも詰まらせ惹き付ける謎の魅力を何度でも浴びたくて。
――俺が欲しい『特別』は、リリとの時間なんだ
リズと一緒に討伐を続けて、むなしさを感じていた。
「ねえリズ、早く終わらせよう」
リズに大量の魔力を食べさせて一気に放出させる。吹き付ける風は木々を叩きつけて揺らして木の葉をかき混ぜながら魔物を一度に大量に割っていく。幹人もまた風を起こして合わせ技で魔物たちに死を贈りつけて。幹人の思う風の災害とはこのような強さと荒々しさを持った現象をいうのではないのだろうか。リズの長い耳は風になびいて千切れてしまわないか心配になっていた。
「……いや、千切れるわけないか」
初めて見た時と比べて毛による膨らみが大きくなって丸っこくなった魔獣とともに風を乱れさせて遊んで魔物を割り続けて空へと還して。
「よし、これでしばらくは大丈夫だろうね」
勝手に断言して森を後にして抜けた後、待ち構えていた光景に目を見開き走り出した。
畑ひとつ挟んだ向こう側にて男たちが農具を持って例の魔物を叩き続けていた。その姿は魔物を耕そうとしているようにも見えて一方的なようにも見えたが、実際のところ魔物には傷ひとつ付けられていなかった。
急いで足を動かし、農民の元へと、風を練りながら走り続ける。風を切るように、風と一体となるように。
急いで、速く、もっと早く、更に速く――
畑を隣に、畑を後ろへ、やがて畑を分断する道が近づいてきた。そこを曲がって更に走って。
男たちが追い出そうとしている風船のような魔物は腕を振り上げて男どもを振り払う。そこから畑の作物を踏みにじり、男の首を掴んで作物に顔から叩き込んだ。
「これ以上好き勝手やらせてたまるかあああああ!!」
魔物の元へと飛びつくように歩幅を増して速度をさらに上げて肉薄して、練り込んだ風を一気に放出した。
風船のような魔物は死に際の一撃を放とうとして、叶うことなく割れてこの世から消え去った。
「大丈夫ですか?」
幹人は潰された作物から男を引き抜いて無事を確認した。男が目を開けるのを確認してため息をこぼした。
「ふっ、俺たち苦戦してただろ? いつものことなんだ」
思想の偏りが不信の者を排斥して近所にひとつの国を創り上げさせた挙句、苦悩の末にどうにか手に入れた生活すらも脅かそうとしていた。元凶の国は隣の国、そんな近所のことなど知っているにも関わらず見て見ぬふりをするのみなのだという。果たして許されてもいいことなのだろうか。
――遺跡に書いてたことそのままだ
全ては正しく交わる時平穏が保たれ正しく交わらぬ時 真に正しく非ざるはヒトの身そのもの
世界を構成する重要なものひとつを否定してしまったがために起きている状況に打ちひしがれ立ち尽くす幹人に男は重要の極みに達する情報を伝えた。
「お前の妻と友だちが……やつらいつもよりたくさん攻めて来てる」
指を向けた先、そこで戦っているのだそうだ。
これまでにリリが扱ってきた魔法、強力なものは地だけでしっかりと扱えるだけなら火もそうだろう。水はどうだっただろう、風は ――
「はっ、リリ……」
このままではきっと危ない、あくまで耐性、地属性でも秘術ならば退けられるか、或いは討ち取ることもできるかも知れなかったが、そこから一週間もの間訪れる意識の喪失。この旅の目的からしてそう簡単に扱うとも思えなかった。
きっとふたりとも苦戦している。もしかすると既に―― ダメだダメだダメだダメだ。
守り抜け、間に合わせろ。熱は心の節々へ、ひとかけらも残すことなく燃やし尽くして。
気が付けば身体は動いていた。考える時間など与えない、賢さが幸せを引き裂いてしまうかも知れないこの局面、何も考えずに動くことこそが正解に思えていた。風をぶつけることだけが攻略方法、弱点を振るうだけの戦いに戦略など用いる余地はなかった。
それ以上に、幹人にマンガやアニメに見られるような高度な戦略的知能などあるはずもなかった。
ただただ走り抜けて見た先で視界を埋め尽くし、緑を覆い隠してしまうほどに溜まって蠢いて景色を塗り潰している風船もどきに強大な風を浴びせた。
――どれだけ繁殖してんだお盛んだなコノヤロー
この地では殆ど死なないくせに繁殖力は残されていた。攻撃が甘い分守りと繁殖を以て生存戦略としたのだろう。この地で扱われる魔法での駆除が叶わないのだとしたら日頃はどのように対処しているのだろう。気にしながらも訊ねるのは後回しだと言い聞かせながら目の前の魔物たちを斃し続ける。今この場で魔物を討ち取ることができるのは幹人とリズしかいないのだという事実を想うだけで疲労感をより蓄積していた。
替えが効かない仕事、選ばれし者、そう言った役割の特別に憧れる人々を何人か見かけて来た。かつての幹人ならば誉れだと思っていたかも知れなかったが今ではその感情が理解できなくなってしまっていた。
――俺が欲しい『特別』は、仕事のことじゃないんだ
この世界に来てから歪められた価値観、それを染み込ませて根付かせた原因にいち早く会いたかった。
「リリ……」
どこの世界にいても違和感のない顔をして落ち着いた声で幹人の根本の奥の奥の深い深淵の果てに訴えかけるようなあの得体の知れないあの感情が恋しくて。幹人の想っていた色気とは全く異なった息をも詰まらせ惹き付ける謎の魅力を何度でも浴びたくて。
――俺が欲しい『特別』は、リリとの時間なんだ
リズと一緒に討伐を続けて、むなしさを感じていた。
「ねえリズ、早く終わらせよう」
リズに大量の魔力を食べさせて一気に放出させる。吹き付ける風は木々を叩きつけて揺らして木の葉をかき混ぜながら魔物を一度に大量に割っていく。幹人もまた風を起こして合わせ技で魔物たちに死を贈りつけて。幹人の思う風の災害とはこのような強さと荒々しさを持った現象をいうのではないのだろうか。リズの長い耳は風になびいて千切れてしまわないか心配になっていた。
「……いや、千切れるわけないか」
初めて見た時と比べて毛による膨らみが大きくなって丸っこくなった魔獣とともに風を乱れさせて遊んで魔物を割り続けて空へと還して。
「よし、これでしばらくは大丈夫だろうね」
勝手に断言して森を後にして抜けた後、待ち構えていた光景に目を見開き走り出した。
畑ひとつ挟んだ向こう側にて男たちが農具を持って例の魔物を叩き続けていた。その姿は魔物を耕そうとしているようにも見えて一方的なようにも見えたが、実際のところ魔物には傷ひとつ付けられていなかった。
急いで足を動かし、農民の元へと、風を練りながら走り続ける。風を切るように、風と一体となるように。
急いで、速く、もっと早く、更に速く――
畑を隣に、畑を後ろへ、やがて畑を分断する道が近づいてきた。そこを曲がって更に走って。
男たちが追い出そうとしている風船のような魔物は腕を振り上げて男どもを振り払う。そこから畑の作物を踏みにじり、男の首を掴んで作物に顔から叩き込んだ。
「これ以上好き勝手やらせてたまるかあああああ!!」
魔物の元へと飛びつくように歩幅を増して速度をさらに上げて肉薄して、練り込んだ風を一気に放出した。
風船のような魔物は死に際の一撃を放とうとして、叶うことなく割れてこの世から消え去った。
「大丈夫ですか?」
幹人は潰された作物から男を引き抜いて無事を確認した。男が目を開けるのを確認してため息をこぼした。
「ふっ、俺たち苦戦してただろ? いつものことなんだ」
思想の偏りが不信の者を排斥して近所にひとつの国を創り上げさせた挙句、苦悩の末にどうにか手に入れた生活すらも脅かそうとしていた。元凶の国は隣の国、そんな近所のことなど知っているにも関わらず見て見ぬふりをするのみなのだという。果たして許されてもいいことなのだろうか。
――遺跡に書いてたことそのままだ
全ては正しく交わる時平穏が保たれ正しく交わらぬ時 真に正しく非ざるはヒトの身そのもの
世界を構成する重要なものひとつを否定してしまったがために起きている状況に打ちひしがれ立ち尽くす幹人に男は重要の極みに達する情報を伝えた。
「お前の妻と友だちが……やつらいつもよりたくさん攻めて来てる」
指を向けた先、そこで戦っているのだそうだ。
これまでにリリが扱ってきた魔法、強力なものは地だけでしっかりと扱えるだけなら火もそうだろう。水はどうだっただろう、風は ――
「はっ、リリ……」
このままではきっと危ない、あくまで耐性、地属性でも秘術ならば退けられるか、或いは討ち取ることもできるかも知れなかったが、そこから一週間もの間訪れる意識の喪失。この旅の目的からしてそう簡単に扱うとも思えなかった。
きっとふたりとも苦戦している。もしかすると既に―― ダメだダメだダメだダメだ。
守り抜け、間に合わせろ。熱は心の節々へ、ひとかけらも残すことなく燃やし尽くして。
気が付けば身体は動いていた。考える時間など与えない、賢さが幸せを引き裂いてしまうかも知れないこの局面、何も考えずに動くことこそが正解に思えていた。風をぶつけることだけが攻略方法、弱点を振るうだけの戦いに戦略など用いる余地はなかった。
それ以上に、幹人にマンガやアニメに見られるような高度な戦略的知能などあるはずもなかった。
ただただ走り抜けて見た先で視界を埋め尽くし、緑を覆い隠してしまうほどに溜まって蠢いて景色を塗り潰している風船もどきに強大な風を浴びせた。
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