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第二章
ペンは木で、手紙は鳥で(5)
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光の膜の中に入るのは、昨日の今日で二曲を完璧にしてきた音楽好きばかり。わたしは勿論、両隣には当然のようにカフィナとラティラがいる。
まずは親鳥を決め、その鳥に向かってクァジの前半部分を演奏するらしい。
風は今日も穏やかだ。わたしたちのフラルネに掛けられた五本のツスギエ紐が揺れている。
カフィナは好みの見た目をしている鳥がいたようで、ふわりふわりと可愛らしく追いかけにいった。
ラティラはすぐ足もとに寄ってきた鳥に決めたようだ。より美しい個体を選ぶものかと思っていたが、そうでもないらしい。わたしもこだわりはない――というより違いがあまりわからないので、周りの子が全員決め終わってから適当に選ぶ。
首輪のようにツスギエ紐を結び付ければ、準備は完了だ。
トゥー、トゥー、トゥー――……
左手に大きな指輪を着けたウェファが指を鳴らすと、アタック感のない、間延びした中低音が辺りに響く。合奏をするときに出される、音合わせと速度の指示である。
アクゥギを出して鍵盤にそっと指を乗せた。勝手に流れる魔力で、ウェファの音に合わせていく。
ドクドクと脈打つ指。これから先、何度だってこの高揚感が変わることはないだろう。
たったひとつ、マクニオスで大切だと思えるもの。
わたしだけの楽器。わたしのわがまま。
……ごめん、鳥。
罪悪感を少しでも薄めようと、できるだけ丁寧に音を紡ぐ。
痛くないように、苦しくないように。優しくうたいかける。
さまざまな楽器の音色が響く空間の中で、ちょこちょこと動き回っていた鳥のうち数羽――ツスギエ紐を結ばれた鳥の様子だけが変わりはじめた。
細い足も、呼吸にせわしなく膨らんだり縮んだりする胸も、緩慢で大仰な動きになっていく。まるで、からくり人形のようだ。怖い。
半分のところで演奏がとまると、鳥も動かなくなった。
「命はあるが、ほとんど魔道具の状態になっているはずだ。あとは各々で進めなさい」
……怖い。
わたしはそう思いながらも、自分の親鳥を抱えて子鳥のいる空間へと移動しはじめた子供たちを見て、そのあとに続こうと親鳥に手を伸ばす。
生き物のやわらかさだった。
羽と皮の向こう側に骨を感じる。その周りには肉が薄くついていて、だというのに、わたしの手から熱を奪おうとする。
命が離れていくやわらかさだ、と思った。
動物病院に連れていくわけでも、楽に死なせてやるわけでもない。言われた通りのことしかできない自分が、悔しくて、恥ずかしかった。
笑顔の裏側で、わたしは痛いくらいに舌を噛みしめる。
ツスギエ紐を結び付けた子鳥に聞かせるのは、ヘスベ用の曲だ。どこかで聞いたことがあるような気がするけれど懐かしさを感じるわけでもない、不思議な雰囲気の曲。
人の魔力を込めやすくするために、鳥の魔力を抑制する効果があるらしい。それが効いたのか、演奏が終わると眠るように身体を小さく丸めてしまった。
……あれ。ヘスベって、魔法石にするのではなかったか。
クァジのように、演奏をすれば魔力が流れていくのかと思っていたが、どうやら違ったらしい。ほかの子たちが眠らせた子鳥に魔力を込めているのを見て、軽く頬が引き攣る。
わたしはまだ、歌がないと魔力を動かすことができないのだ。
親鳥と三羽の子鳥をなんとか抱え、端のほうへ移動する。目立たないようにしたつもりだったのに、クスクスと笑う声が聞こえてくる。
沈んだ心に、それはひどく耳障りだった。……溜め息ひとつ落としたくらいでは、流せないくらいに。
「ちいさーなーひーなどりー、ちいさーなーひーなどりー……」
ざわざわと動きはじめた魔力を子鳥たちに込めていく。直接触れなくても動かせるようになっていたことは良かった。
それでも、だんだんと表面の質感が変わっていくのが怖い。羽の持つ艶とは明らかに異なる光沢が出てきて、魔法石へと近づいていることがわかる。その範囲はどんどん広がり、同時に子鳥は小さく小さく縮んでいく。
そうして三羽の鳥は、三つの魔法石となった。
青紫色の魔法石。そこに結ばれたままのツスギエ紐が、もとは本当に鳥だったということを主張している。
纏ったツスギエ布の合わせをキュッと寄せる。
……これはわたしがしたことだ。だからこの身体が震えるのはおかしい。
それなのに、寒くてたまらなかった。もう先へ進むしかないのだ。
けれども次はどうしたら良いのかがわからなくて、目の前に転がった魔法石から視線を上げる。ほかの子たちはまだ魔力を込めている途中のようだ。
と、割と近くにいたラティラと目が合った。彼女はわたしと三つの魔法石を交互に見てからにこりと微笑む。
「レイン様は不思議ですね。うたわないと魔力を動かせないというのに、歌があればいっぺんにできてしまうのですから」
わたくしも歌でやってみようかしら、と言いながら、親鳥と子鳥を抱えてこちらに来る。
なるほど、確かにみんな、一羽ずつ手で触れて魔力を込めているようだ。魔力が少ないと難しいらしく、今日はもう終わりにした子もいるのだということに気づく。
ラティラはすぐにうたいはじめた。……この子、隙あらばうたおうとする。そういうところがヒィリカに似ている。というより、いつの間にこの歌を覚えたのだろう。
「……あまり変わりませんね。変わらないのでしたら、これからもうたうことにします」
ひとつの魔法石と二羽の眠る鳥を見ながら、それでも彼女は楽しそうに笑った。
……いや、そちらのほうが面倒だろう。そう言うこともできず、わたしは曖昧に頷く。ラティラがこちらでうたいはじめてから、周囲の視線が和らいだのだ。
わたしは本当に、現金な人間だと思う。ここにお金はないけれど。
まずは親鳥を決め、その鳥に向かってクァジの前半部分を演奏するらしい。
風は今日も穏やかだ。わたしたちのフラルネに掛けられた五本のツスギエ紐が揺れている。
カフィナは好みの見た目をしている鳥がいたようで、ふわりふわりと可愛らしく追いかけにいった。
ラティラはすぐ足もとに寄ってきた鳥に決めたようだ。より美しい個体を選ぶものかと思っていたが、そうでもないらしい。わたしもこだわりはない――というより違いがあまりわからないので、周りの子が全員決め終わってから適当に選ぶ。
首輪のようにツスギエ紐を結び付ければ、準備は完了だ。
トゥー、トゥー、トゥー――……
左手に大きな指輪を着けたウェファが指を鳴らすと、アタック感のない、間延びした中低音が辺りに響く。合奏をするときに出される、音合わせと速度の指示である。
アクゥギを出して鍵盤にそっと指を乗せた。勝手に流れる魔力で、ウェファの音に合わせていく。
ドクドクと脈打つ指。これから先、何度だってこの高揚感が変わることはないだろう。
たったひとつ、マクニオスで大切だと思えるもの。
わたしだけの楽器。わたしのわがまま。
……ごめん、鳥。
罪悪感を少しでも薄めようと、できるだけ丁寧に音を紡ぐ。
痛くないように、苦しくないように。優しくうたいかける。
さまざまな楽器の音色が響く空間の中で、ちょこちょこと動き回っていた鳥のうち数羽――ツスギエ紐を結ばれた鳥の様子だけが変わりはじめた。
細い足も、呼吸にせわしなく膨らんだり縮んだりする胸も、緩慢で大仰な動きになっていく。まるで、からくり人形のようだ。怖い。
半分のところで演奏がとまると、鳥も動かなくなった。
「命はあるが、ほとんど魔道具の状態になっているはずだ。あとは各々で進めなさい」
……怖い。
わたしはそう思いながらも、自分の親鳥を抱えて子鳥のいる空間へと移動しはじめた子供たちを見て、そのあとに続こうと親鳥に手を伸ばす。
生き物のやわらかさだった。
羽と皮の向こう側に骨を感じる。その周りには肉が薄くついていて、だというのに、わたしの手から熱を奪おうとする。
命が離れていくやわらかさだ、と思った。
動物病院に連れていくわけでも、楽に死なせてやるわけでもない。言われた通りのことしかできない自分が、悔しくて、恥ずかしかった。
笑顔の裏側で、わたしは痛いくらいに舌を噛みしめる。
ツスギエ紐を結び付けた子鳥に聞かせるのは、ヘスベ用の曲だ。どこかで聞いたことがあるような気がするけれど懐かしさを感じるわけでもない、不思議な雰囲気の曲。
人の魔力を込めやすくするために、鳥の魔力を抑制する効果があるらしい。それが効いたのか、演奏が終わると眠るように身体を小さく丸めてしまった。
……あれ。ヘスベって、魔法石にするのではなかったか。
クァジのように、演奏をすれば魔力が流れていくのかと思っていたが、どうやら違ったらしい。ほかの子たちが眠らせた子鳥に魔力を込めているのを見て、軽く頬が引き攣る。
わたしはまだ、歌がないと魔力を動かすことができないのだ。
親鳥と三羽の子鳥をなんとか抱え、端のほうへ移動する。目立たないようにしたつもりだったのに、クスクスと笑う声が聞こえてくる。
沈んだ心に、それはひどく耳障りだった。……溜め息ひとつ落としたくらいでは、流せないくらいに。
「ちいさーなーひーなどりー、ちいさーなーひーなどりー……」
ざわざわと動きはじめた魔力を子鳥たちに込めていく。直接触れなくても動かせるようになっていたことは良かった。
それでも、だんだんと表面の質感が変わっていくのが怖い。羽の持つ艶とは明らかに異なる光沢が出てきて、魔法石へと近づいていることがわかる。その範囲はどんどん広がり、同時に子鳥は小さく小さく縮んでいく。
そうして三羽の鳥は、三つの魔法石となった。
青紫色の魔法石。そこに結ばれたままのツスギエ紐が、もとは本当に鳥だったということを主張している。
纏ったツスギエ布の合わせをキュッと寄せる。
……これはわたしがしたことだ。だからこの身体が震えるのはおかしい。
それなのに、寒くてたまらなかった。もう先へ進むしかないのだ。
けれども次はどうしたら良いのかがわからなくて、目の前に転がった魔法石から視線を上げる。ほかの子たちはまだ魔力を込めている途中のようだ。
と、割と近くにいたラティラと目が合った。彼女はわたしと三つの魔法石を交互に見てからにこりと微笑む。
「レイン様は不思議ですね。うたわないと魔力を動かせないというのに、歌があればいっぺんにできてしまうのですから」
わたくしも歌でやってみようかしら、と言いながら、親鳥と子鳥を抱えてこちらに来る。
なるほど、確かにみんな、一羽ずつ手で触れて魔力を込めているようだ。魔力が少ないと難しいらしく、今日はもう終わりにした子もいるのだということに気づく。
ラティラはすぐにうたいはじめた。……この子、隙あらばうたおうとする。そういうところがヒィリカに似ている。というより、いつの間にこの歌を覚えたのだろう。
「……あまり変わりませんね。変わらないのでしたら、これからもうたうことにします」
ひとつの魔法石と二羽の眠る鳥を見ながら、それでも彼女は楽しそうに笑った。
……いや、そちらのほうが面倒だろう。そう言うこともできず、わたしは曖昧に頷く。ラティラがこちらでうたいはじめてから、周囲の視線が和らいだのだ。
わたしは本当に、現金な人間だと思う。ここにお金はないけれど。
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