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母とトカゲとときどきドラゴン
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「んで、貴方はなんて言う名前なの?」
「私は里で司祭を務めるク・クゥと申します。」
ミチヨは白一面の世界をトカゲの人に案内されながら歩いていた。
ク・クゥは返答後、喋らなくなってしまった。
初対面同士の不慣れな無言が妙に刺々しい雰囲気となって、ミチヨは話しかけずにはいられなかった。
「あの、これ、どこまで歩くんですか……?」
「転移陣までもう少しです」
「えと、里ってやっぱり、あなたみたいな見た目の人が多いのかな?」
「そうですね。我らの里にはリザードマンしかおりません。救世主様のような見た目の方は世界の南方にいるイルミ族等がおりますが、どの種にも白い肌に黒いたてがみというのは聞いたことがありません」
「へぇ…夢にしては設定が細かいね…」
「その、救世主様……。夢というのはいったい……?」
「眠る時に夢を見ないの?」
「はて…?」
「目をつぶって脳みそを休息させている無意識下に見る幻影?」
「我らが休息する時は、無意識になることは無いですね。無意識になったとしたら、それは死ぬ時でしょうね」
「わぉ。ほんと、設定が細かい!」
「救世主様、こちらへ」
ク・クゥは立ち止まると、足元を指さして進むように促してきた。ミチヨが不思議そうな顔をしているのを察して、
「こちらが転移陣です。この上に乗ると、里の転移陣まで一瞬で着きます。どうぞ」
「え、なんかちょっと怖い」
よく見ると足元の白い石は丸く加工され、何やら見たことの無い模様が刻まれていた。
「大丈夫です。私もこちらに来る時に通ってまいりましたので。心配ならば、一緒に参りましょう。」
そう言ってク・クゥは鋭い爪で挟むようにミチヨの手を取り、一緒に石に乗った。その瞬間、身に覚えのある軽いふらつきを感じた。
(あっ。これエレベーターの奴だ)
と感じるまもなく目の前の風景があっという間に変わり、先程の真っ白な世界から、今度は赤茶けた風景へと一変した。
辺りには、赤茶色の壁をくり抜いた窓を持つ家々や、細い木の枝を幾重にも重ねた丸い屋根、鮮やかな色彩の布を纏ったリザードマンたちがいた。パッと見の文化レベルはそんなに高くなさそうである。
「おぉ。異世界!」
「ね。大丈夫だったでしょう?こちらが我が里です。伝承の間にお連れします。そこで世界の現状をご覧頂きたく……」
「あっはい」
こころなしか、ク・クゥの声のトーンが低くなった気がした。
里の隅の丘にある転移陣から、里の広場へと向かう。
すれ違うリザードマンたちは、ミチヨを見るなり平伏し、広場に着く頃には、リザードマンたちの背中しか見えなくなっていた。
「ク・クゥさん…ちょっと皆さんどうしてこんな…」
「みな救世主様が起こしになられる事を心待ちにしておりました。祈りを捧げずにはおられないのです。ご容赦を…」
ミチヨは思った。何故救世主などという大役を押し付けられているのか。そしてク・クゥが具体的に「なにがあったから助けて」と言わないのか。その曖昧で理不尽な感じがまさに夢だと思ったのだった。
(じゃあ夢だし助けてやらなきゃな。だって救世主だし。)
ク・クゥに案内されたのは、赤土の壁から空いた穴の中。その外の光が届かないような暗闇の中をク・クゥは億さず進んでいく。
「あ、あの、ク・クゥさん。暗くて先が見えません。」
「これは失礼を。救世主様は光がないと見えないのですね。」
「リザードマンは暗くても見えるんだ。便利だね」
「ここは光を嫌うので暗いのです。申し訳ありません。しばらく私の背に乗って頂けますか」
「えぇ?」
ガサガサと衣擦れの音がしたかと思うと、手を引っ張られ、バランスを崩し、フワリと宙に浮いたかと思えば尻もちをついた、その先に、ゴツゴツした丸太があった。
その丸太が這いつくばったク・クゥの背中だとわかる頃には、既にそこそこの速度で走り出した後だった。
(さっきまで二足歩行だったのに…あのローブの下、どうなってんのか後で見せてもらおう…)
前後左右に揺れるので、自然と体がこわばる。落とされないように支える手に力が入る。
「あっ、あの、救世主、そ、そこは…あの…」
「えっ?なに?」
「あっ、いえ、大丈夫です。落ちないようにしていて下さい。もうすぐ着きます。」
そう言うとまもなく、さっきまで近くで反響していた音が遠くから聞こえるようになった。細い通路から広い場所に出たのだろう。そこから更に数秒進んだ先で、ク・クゥは足を止めた。
よく目を凝らしてみると、ほのかに光の線が見える。しかしごくごく細く、何かが光っているのは分かるが、何が光っているのかまでは分からなかった。
「救世主様、ここが伝承の間。ドラゴンの墓所です」
「どら!ごん!マジか!」
「私には壁に記された伝承しか読むことができません。しかし、救世主様には全てを知る術があると。」
「いや、ないけど」
そう否定した瞬間、暗闇の中で何かが蠢く気配がした。
それは、とてつもなく大きな、頭上よりはるか上から、生ぬるい風が吹いてきて
『待ちわびたぞ……』
低く高く不協和音を奏でた、機械音声のような、老人のような、子供のような、金切り声のような、酷く聞き取りにくく、でも確実に響いてきた。
(こ、こいつ、脳内に直接っ……?!)
つづく?
「私は里で司祭を務めるク・クゥと申します。」
ミチヨは白一面の世界をトカゲの人に案内されながら歩いていた。
ク・クゥは返答後、喋らなくなってしまった。
初対面同士の不慣れな無言が妙に刺々しい雰囲気となって、ミチヨは話しかけずにはいられなかった。
「あの、これ、どこまで歩くんですか……?」
「転移陣までもう少しです」
「えと、里ってやっぱり、あなたみたいな見た目の人が多いのかな?」
「そうですね。我らの里にはリザードマンしかおりません。救世主様のような見た目の方は世界の南方にいるイルミ族等がおりますが、どの種にも白い肌に黒いたてがみというのは聞いたことがありません」
「へぇ…夢にしては設定が細かいね…」
「その、救世主様……。夢というのはいったい……?」
「眠る時に夢を見ないの?」
「はて…?」
「目をつぶって脳みそを休息させている無意識下に見る幻影?」
「我らが休息する時は、無意識になることは無いですね。無意識になったとしたら、それは死ぬ時でしょうね」
「わぉ。ほんと、設定が細かい!」
「救世主様、こちらへ」
ク・クゥは立ち止まると、足元を指さして進むように促してきた。ミチヨが不思議そうな顔をしているのを察して、
「こちらが転移陣です。この上に乗ると、里の転移陣まで一瞬で着きます。どうぞ」
「え、なんかちょっと怖い」
よく見ると足元の白い石は丸く加工され、何やら見たことの無い模様が刻まれていた。
「大丈夫です。私もこちらに来る時に通ってまいりましたので。心配ならば、一緒に参りましょう。」
そう言ってク・クゥは鋭い爪で挟むようにミチヨの手を取り、一緒に石に乗った。その瞬間、身に覚えのある軽いふらつきを感じた。
(あっ。これエレベーターの奴だ)
と感じるまもなく目の前の風景があっという間に変わり、先程の真っ白な世界から、今度は赤茶けた風景へと一変した。
辺りには、赤茶色の壁をくり抜いた窓を持つ家々や、細い木の枝を幾重にも重ねた丸い屋根、鮮やかな色彩の布を纏ったリザードマンたちがいた。パッと見の文化レベルはそんなに高くなさそうである。
「おぉ。異世界!」
「ね。大丈夫だったでしょう?こちらが我が里です。伝承の間にお連れします。そこで世界の現状をご覧頂きたく……」
「あっはい」
こころなしか、ク・クゥの声のトーンが低くなった気がした。
里の隅の丘にある転移陣から、里の広場へと向かう。
すれ違うリザードマンたちは、ミチヨを見るなり平伏し、広場に着く頃には、リザードマンたちの背中しか見えなくなっていた。
「ク・クゥさん…ちょっと皆さんどうしてこんな…」
「みな救世主様が起こしになられる事を心待ちにしておりました。祈りを捧げずにはおられないのです。ご容赦を…」
ミチヨは思った。何故救世主などという大役を押し付けられているのか。そしてク・クゥが具体的に「なにがあったから助けて」と言わないのか。その曖昧で理不尽な感じがまさに夢だと思ったのだった。
(じゃあ夢だし助けてやらなきゃな。だって救世主だし。)
ク・クゥに案内されたのは、赤土の壁から空いた穴の中。その外の光が届かないような暗闇の中をク・クゥは億さず進んでいく。
「あ、あの、ク・クゥさん。暗くて先が見えません。」
「これは失礼を。救世主様は光がないと見えないのですね。」
「リザードマンは暗くても見えるんだ。便利だね」
「ここは光を嫌うので暗いのです。申し訳ありません。しばらく私の背に乗って頂けますか」
「えぇ?」
ガサガサと衣擦れの音がしたかと思うと、手を引っ張られ、バランスを崩し、フワリと宙に浮いたかと思えば尻もちをついた、その先に、ゴツゴツした丸太があった。
その丸太が這いつくばったク・クゥの背中だとわかる頃には、既にそこそこの速度で走り出した後だった。
(さっきまで二足歩行だったのに…あのローブの下、どうなってんのか後で見せてもらおう…)
前後左右に揺れるので、自然と体がこわばる。落とされないように支える手に力が入る。
「あっ、あの、救世主、そ、そこは…あの…」
「えっ?なに?」
「あっ、いえ、大丈夫です。落ちないようにしていて下さい。もうすぐ着きます。」
そう言うとまもなく、さっきまで近くで反響していた音が遠くから聞こえるようになった。細い通路から広い場所に出たのだろう。そこから更に数秒進んだ先で、ク・クゥは足を止めた。
よく目を凝らしてみると、ほのかに光の線が見える。しかしごくごく細く、何かが光っているのは分かるが、何が光っているのかまでは分からなかった。
「救世主様、ここが伝承の間。ドラゴンの墓所です」
「どら!ごん!マジか!」
「私には壁に記された伝承しか読むことができません。しかし、救世主様には全てを知る術があると。」
「いや、ないけど」
そう否定した瞬間、暗闇の中で何かが蠢く気配がした。
それは、とてつもなく大きな、頭上よりはるか上から、生ぬるい風が吹いてきて
『待ちわびたぞ……』
低く高く不協和音を奏でた、機械音声のような、老人のような、子供のような、金切り声のような、酷く聞き取りにくく、でも確実に響いてきた。
(こ、こいつ、脳内に直接っ……?!)
つづく?
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