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花園の花たち

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 ついつい被害妄想が頭をもたげる。 
 でも別に、私はこの人と戦う気も、そして勝てる気もしないから、普通に返すだけなのだけれど。
 うん、その喧嘩は買わないぞ。

「まあそうなのですね。私はこのような宴には出たことがありませんでしたから、今年がどうかはわかりませんが本当にとても素晴らしいと思います」

 ええもちろん白旗ですよ。
 なにしろすでに皇女として育った彼女の醸し出す高貴なオーラが、さっきから私を限りなく圧倒しているのだから。
 そんなものを常時出すような人と勝負なんてしませんとも。さっきから周貴妃のいる方の肩が凝ってしかたがないというのに。
 
 私は商人の娘らしく、そして商人らしく、勝てない勝負には出ないのだ。
 逃げるが勝ち。命あっての物種。

「私の桜花という名前は、父帝が私の母を見初めたのがこの宴だったからつけたのだそうですわ。ですからこの桜の花というのは、わたくしにとって、とても大切なお花なのです」

 だから喧嘩は買わないってば。

「まあ、そうなのですね。素敵なお名前ですわ」

「桜の花のように美しく、誰をも魅了するようにとつけたのだそうですわ。でも、残念ながらまだ主上を魅了することは出来ないみたい。昔から、主上の本当のお心は誰にも手に入れられないのです。王淑妃さまが一体どんな技をもって主上の寵を得ているのかは私には全く想像できませんけれど、お心まで手に入れたと勘違いされてはいけませんわ」

 えーとそれはもしや、私が体で皇帝を籠絡していると言っているのだろうか?
 それだけは死守しているのだが。

 だけれど他の人たちには、もちろんそう見えるのだろう。知ってる。寵妃とはそういうものだ。

「覚えておきますわ」

 喧嘩は買わない。皇女相手に喧嘩してもいいことはない。

 今度こそ耐えられなくなったら、いいかげん全てを捨ててここから出て行こう……と思っているのに今もぐずぐずと流されているのは、それでももう少し奴の顔を見ていたい、一緒に過ごしたいと思ってしまう未練がましい自分がいるからだ。でも。

 この寵愛という仮面を被った腐れ縁。気楽で飾らない、お互いに素をさらけ出せる気安い関係。これは、いつまで続けられるのだろう?



 しかし行事というのは続くもので。
 皇宮での春の宴が終わったら、今度は後宮の妃嬪たちの春のご挨拶という苦行がやってくるのだった。

 この前の冬のご挨拶の時は私は唯一の九嬪、つまりは四夫人以外の上級妃最上位として四夫人に代表でご挨拶をしたのに、今度は挨拶される側になってしまった。

 皇后がいれば、皇后に妃嬪が挨拶するというのが本来の姿なのだけれど、今は皇后がいないからね。
 だから暫定的に皇后の代わりに四夫人が揃って挨拶を受けることになっている。

 今回は春の宴の時よりは着飾り度合いも落ち着いてはいるが、それでも翠蘭にそこそこ着飾らされての登場である。
 そしてまた真ん中である。

「周貴妃さま、王淑妃さま、呉徳妃様、謹んで春のご挨拶を申し上げます」

 そう言って今回深々と礼をしたのは、下級妃の筆頭、楊才人だった。
 この楊才人、それはそれは美しい女性で、しかも若い。
 そして上昇志向も強い人だとも思う。

 挨拶を奏上するときも、完璧に作られた微笑みで上から下までさりげなく私たちを観察してから礼をしていた。
 いつかは私もあそこに行く。
 そんな決意が全身からにじみ出ているようだ。

 だけど周貴妃にはおそらく、全く相手にはされていない。
 周貴妃はいつも落ち着いていて、優雅で、そして自信たっぷりに見える。
 今回もいつもと変わらず落ち着いた様子で、その挨拶に完璧に応えるのだった。

「またこの後宮にも春が巡ってまいりました。私たちはこの後宮であたたかな春を迎えられたことを主上に感謝申し上げ――」

 周貴妃が四夫人代表で応えている間、私は目の前の約百人いる妃嬪たちを眺めていた。
 今まではこの人たちは全員後ろにいたから、こんなにしみじみと眺めることは出来なかったのだ。
 でも今は対面しているから、よく見ることが出来る。

 みんな綺麗で若い娘たちだ。与えられる金子に、それぞれの実家やそのほかの後援者たちが費用を足して、みんな精一杯着飾っているように見える。

 そう、ここにいる妃嬪には、それぞれ後援者がついている場合もあるのだ。

 この人が皇帝の寵を受けそうだ、と思った妃嬪に名乗り出て、援助をする貴族や高官たちがいる。
 もしもその狙いが当たってその妃嬪が寵愛された暁には、その妃嬪に自分のことを皇帝に売り込んでもらうのだ。
 妃嬪の方も、援助のおかげで皇帝の目を引ければ寵を得て出世できるかもしれない。

 そんなお互いの利のために、取引をする人も多いらしい。
 普通は妃嬪たちは後宮から出ないのだけれど、正月やその他とても大きな宴があるときは年に一回か二回、その宴に参加する。もちろん言葉も交わせないしただ遠くから姿を見るだけではあるのだが、その時に後援者が見初めるのだという。
 だから金持ちの親戚だけでなく、全くの他人からの援助を受けている人もいるのだ。

 なんというか、みんなここで出世するために必死なのよ。
 逃げ出したいのは私だけ。

 ここにいると自分が愛人になったような気がするのは多分、私の前世の価値観のせいで、大半の人たちは後宮とはそういうところなのだと割り切っているのだろう。だいたい白龍のことを本当に愛している人なんてどれだけいるのか。いないかも。

 だけれど私にとっては、どんなに奴が毎日私のところに来ようとも、どんなにお前だけだと言おうとも、ここにいる大勢の女たちが全て、奴一人のものだという事実は変わらなくて。

 そして今どんなに寵妃ともてはやされていようとも、しょせんは私もこの中の一人に過ぎないと、こういう時にはしみじみ実感してしまう。

 もし周貴妃が立后したら、その皇后に跪いて妃嬪代表で挨拶するのは……私か。
 そんなことを考えて、ちょっと遠い目になった。


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