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生誕祭の晩餐2

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 イリーネ王妃の後ろから静かに入場したマルガレーテは、ゼルマ第二王妃の「なぜ……」というつぶやきを聞いた気がした。
 
 ちらりと向こうを見ると、王の、王妃とは反対側の隣の席に座っていたランベルト王子も驚きで固まっていた。
 あの席は、おそらく王太子か第一王子が座る席なのだろう。すっかり慣れた様子でふんぞり返っていたようだが、今はその隣に座るフローラ妃と一緒に蒼白な顔で王妃の席についたイリーネ王妃を穴の開くほど見つめている。

 しかしもちろん、正式な第一王妃であるイリーネ王妃がその席に座ることを否定できる人はいない。なので。

「マルガレーテ! そなたクラウスが行方不明だというのに、よくも顔を出せたものだな! しかも王妃の隣とか、図々しいにもほどがある!」

 と、なぜかとばっちりでマルガレーテが八つ当たりされたのだった。
 しかしマルガレーテも理由もなく王妃様の隣にいるわけではないというのに、困ったものである。

 すかさず王妃様がめんどくさそうにいったのだった。

「いいではないか。私がお願いしたんだ。じゃないとゼルマが隣になるだろうが。でもあなたも私の隣は嫌だろうと思ってね」

「……嫌とか私は一言も言ってませんけれど。私にも立場というものがあるのですよ、王妃陛下」

 と、ゼルマ第二王妃はそれはそれは悔しそうに、食いしばった歯の間から言葉を絞り出していた。

「私はどこの席でもかまいませんわ。王妃様のご指示に従います」

 そう言うマルガレーテは会場の照明の光を反射させて、ふわふわの金の髪と金の瞳をこれでもかと煌めかせていたので、この騒動を眺めていた貴族たちの何人かがその美しさに感嘆のため息をついたのだった。

 そう。「レイテの魔女」は、そろって迫力のある美しさなのだ。
 そんなマルガレーテが王妃様とラングリー公爵家の財力にものを言わせた豪華なドレスと宝飾品に身を包むと、それはそれは煌びやかになった。

 もちろん舞台裏でラングリー公爵と王妃様が、きゃっきゃと楽しそうに有無を言わさずマルガレーテを着飾らせた結果である。とにかく宝飾品は重いと学んだ今日のマルガレーテだった。

 しかし残念ながら母国レイテからは金銭的な援助も何も今まで一切なかったので、この王妃様とラングリー公爵家の援助はとてもありがたかった。

 なにしろ今この時が、事実上初めての貴族諸侯へのマルガレーテのお披露目でもあったから。

 突然現れた完全に元気な状態の王妃様と、その息子の婚約者であるレイテの美しい王女の出現に、貴族の人たちはざわつくことも忘れてただ正面に釘付けになっていた。

「私も久しぶりの席で緊張してしまってねえ。マルガレーテが隣に来てくれたら緊張がほぐれるような気がするんだよ。だからマルガレーテ、さあおいで」

 王妃様の席からそう言われて楽しそうに手招きまでされてしまったら、もちろん断ることは出来ないのだ。

 ということで、マルガレーテは素直に王妃様の隣に座った。
 もちろんイリーネ王妃が緊張しているように見える者は誰一人いなかったのだが。にこにこ満面の笑みで実に楽しそうだ。

 ゼルマ第二王妃がギリギリと悔しそうにしながらマルガレーテのそのまた隣に腰を下ろす。

「……もともと愛妾のままだったらあの壇上にも登れないんだから当然だな」
 
 そんな声が聞こえた方をきっ、とゼルマ第二王妃が睨みつけていたが、誰が言ったのかはわからなかった。
 イリーネ王妃が復活したのを見た誰かが、王宮の勢力図が変わったと思って強気になったのだろう。

 貴族の人たちの中には面白いことになったと楽しんでいる人も、生きた心地がしていない人もいるようだ。一段高いところにいると、特にそんな状況がよく見えた。

 しかし心から楽しそうなイリーネ王妃様とそれはそれは悔しそうに小刻みに震えているゼルマ第二王妃様に挟まれ、前方からは貴族たちの無数の好奇の視線に射貫かれて、非常に居心地が悪い。
 早く終わらないかな、と思ったのは内緒である。

 そうして最後に王様が会場に現れた。
 全員が立ち上がって王様に頭を垂れる。
 王様はゆったりと王妃様のところまで歩くと、嬉しそうな顔になって、

「イリーネ、元気になったのだね。顔色も良いようだ」

 と言ったのだった。

「おかげさまで。なんとか復活しましたよ。今ではすっかり元気になりました」

 そう笑顔で返す王妃様。

「それはよかった。これでクラウスが帰ってくれば元通りだな」

 それは、王様は決してクラウス王子を忘れてはいない、まだ帰るのを待っている、そう表明したも同然の言葉だった。

 クラウス様、王様にも愛されているわね。
 そう感じてなんだか自分のことのように嬉しいマルガレーテだった。

 目の端に、王様の後ろでにやにやとした笑みを浮かべたランベルト王子さえいなければ、とても微笑ましい気持ちになれたというのに。

 ランベルト王子はクラウス様が帰ってこないと確信しているようだった。
 それはそうだろう。妻のフローラが犬に変えてしまったことを知らないはずがないのだから。

 王様がクラウス様を思い出してちょっとしんみりした時、イリーネ王妃様は晴れやかな顔になって言ったのだった。

「ああ、クラウスなら見つけましたよ」

 その声は王様だけではなく、その広い会場のすみずみに届いたようだった。

 とたんにざわつく貴族の人たち。
 そして「は?」という、マルガレーテの後ろからのゼルマ第二王妃の冷たい声。そしてぽかんと口のあいたランベルト王子とフローラ妃。

 そんな人々の驚きの中、やはり相当驚いているはずの王様が聞いた。

「それは素晴らしいな。で、どこにいるのかな? わが息子は」
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