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研究の成果その二1

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 そうして後日、改めて離宮を訪れたイグナーツ先生は、とても得意げな顔でじゃらっと小瓶を並べたのだった。

「こちらが今の、ラングリー公爵家の先鋭魔術師たちの研究の成果でございます」

 そこに並べられた小瓶の中身は、何種類かあるようだった。

「よくこんなに加工できたものだな」

 王妃様が感心したように言い、マルガレーテは、

「まあ、綺麗」

 と、単純に美しい芸術品のような小瓶と中に宿る魔力のキラキラとした輝きに見とれていた。
 イグナーツ先生は、それはそれは誇らしげに説明を始めた。

「こちらが今までと同じ、濃縮ルルベ液です。そしてこちらがその液を飴に固めたもの、そしてこちらがその液をもっと小さく凝縮して粒状に固めたものです。小さければ小さいほど効果は大きいはずですが、問題はその分ルルベ草独特の苦みが強くなるようです。どれがお好みに合うのかわかりませんでしたので、全部お持ちしました。お好みのものを探していただければ」

 そう言って差し出されたものたち。
 王妃様が早速ためしたものの、唯一かろうじて飴にしたものならばなんとかいけるという感想に、イグナーツ先生が「やはりそうですよね」と頷いていた。

「飴にしたのは良い考えでしたね」

 クラウス様が、ルルベ液を「うええ」という顔ですぐに諦めた後、飴を口に入れて、それでもとても渋い顔をしていた。

 マルガレーテは、ルルベ液はもう知っているし王妃様とクラウス様の様子から飴も問題ないと考えて、最初に一番小さな粒を手に取った。

 すでにルルベ液で音を上げていた王妃様とクラウス様は、もちろん試しもしていなかったものだ。

「マルガレーテ……まさか、それをいくのか……? なかなか勇気があるな……」

 王妃様が心から心配しているのか引いているのかわからない顔をして言い、

「マルガレーテ、無理はしなくていいんだぞ? この液を一気飲みできるだけすごいんだぞ?」

 とクラウス様までもが心配そうにマルガレーテの指先にある小さな粒を見ながら言った。でも。

「せっかく作ってくれたのですし、誰かが試してみなければ。ではいただきます」

 そう言ってぱくっと口に入れたのだった。
 口の中で転がすと、ルルベ草の爽やかな香りと苦みを感じる。しかし飴のように溶ける様子はなく。
 ならばとその粒をかみ砕いた瞬間に、爆発的に魔力が補充されるのを感じてマルガレーテは思わず恍惚となったのだった。

「マルガレーテ……?」

 きっとクロのままだったら心配そうにしながらマルガレーテの周りをぐるぐる回っていただろう、そんな空気を醸し出しながら、クラウス様がマルガレーテの顔を見ていた。

「ああ……素敵……」

 もしかしたらあまりの苦さにマルガレーテが気絶でもするのではと心配していたのかもしれない。
 それなのにそう言ってうっとりしたマルガレーテを、周りの人たちはぎょっとした目で見ていた。

 でも反対にマルガレーテの方も、予想と違うマルガレーテの反応にどうやら好奇心が湧いたらしい王妃様が、疑わしげな顔をしながらも恐る恐るその粒を口に入れて、そしてすぐさまぺっと吐き出して悶絶しているのをマルガレーテは不思議そうに見ていた。

 どうやら王妃としての威厳をも軽々と越える苦みだったらしい。

「無理だろう、これ! これが平気とか、どんな味覚なんだ!?」

 そして口直し用に用意していたお茶をごくごく飲む王妃様。でもそれくらいでは消えなかったらしく、その後王妃様の眉間のシワはしばらく取れることはなかった。

「マルガレーテ……君は強い人だ」

 そんな母を心配もせずに、なぜかクラウス様はうっとりとマルガレーテの顔を見ていたが。
 マルガレーテは魅力的なりりしい顔のクラウス様に眩しそうに見つめられて、思わずちょっとだけ頬を染め、そしてイグナーツ先生の方に向かって言った。

「これ、石の形には出来ますか?」
「石、ですか?」
「はい。堅さはこれくらいか、もう少し固く。歯でかみ砕ける堅さで、でも普通にしていたら壊れないくらいの堅さです。そんな石の形に出来たら、アクセサリーに加工して持ち歩けます」

 マルガレーテは、その石を常に身につけて持ち歩けるようにと考えたのだった。
 なにしろこの先、何があるかわからない。
 突然マルガレーテの魔力が奪われてしまう可能性もゼロではないのだ。

 たとえば指輪が壊れてしまうとか、指輪がはずされてしまうとか、何かのはずみにマルガレーテの魔力を制御できないことが起こるかもしれない。

 なのに白い魔力というものは、その魔術師の意志とは関係なく突然流れ出てしまう。
 だからそんな時のために、非常食ならぬ非常用魔力として携帯できたら少しは安心できるのではと思ったのだった。

「たしかに他人にはわからないように持ち歩けたら便利だな」

 王妃様がふむふむと頷きながら言った。

「もしわかっていても、まずマルガレーテ以外には誰も苦すぎて口にはできないでしょうけどね。ましてや噛み砕こうなど」

 ルルベ「液」でも飲めなかったクラウス様が苦笑いをしながら言ったが、マルガレーテはその隣できょとんとしていた。

「たとえば指輪に、たとえばペンダントに。他にもお薬に似せて常備薬のようにも見せられますね。固形にできたらいろいろと持ち歩く方法が広がるのです。もしそんなことが出来たら私、これからの人生がとても安心できますわ」

 そして「レイテの魔女」らしい、輝く笑顔を見せたのだった。
 それは、とんでもなく高価なものを無邪気に所望する王女の姿だった。が。

「もちろん、姫の望む通りになんなりと」

 レイテの魔術師の流れをくみ、レイテの魔術師でもある王女を崇拝するイグナーツ先生は、もちろんそう即答した。

 そして白の魔力を守るための費用を惜しむような人は、その場には一人も居ないのだ。
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