45 / 64
クラウス様と黒魔女2
しおりを挟む……これは、もしかして実は魔力を枯渇させて意識を失っている私が見る、都合の良い夢なのでは……?
本当の私はクラウス様に魔力を注ぎすぎて、気を失っているか、最悪死んでしまったのかもしれない……?
そんな風に茫然としているマルガレーテをよそに、王妃様は冷静だった。
「で? 気に入ったんだな?」
「…………まあ。いやそれよりも、彼女の魔力の大きさに驚きましてね。」
「ほう。で、気に入ったんだね?」
「……会話はしていませんよ。遠くからちょっとだけ見ただけです。彼女は厳重に馬車の中でしたから」
とても気まずそうに明後日を向くクラウス様。
容赦ない母の追求には答えたくない様子である。
「しかしお前はまた相変わらずフラフラしていたんだな。それでも無事に帰ってくれば問題も起きなかったものを。どうして犬になった」
王妃様はじとっとした目で息子を見ていた。
王妃様の最近の言動をよく知っているマルガレーテは、その目つきを見て「なに罠にひっかかってんだこの馬鹿者」くらいの台詞は飲み込んでいそうだな、と思ったのは内緒である。
「……実は、王都に入るあたりで魔女に襲われました。魔女が突然現れて、そして私に魔術を埋め込んだのです」
「魔女……?」
その因縁の単語に思わず反応するマルガレーテ。
「ああ、魔女と言ってもレイテの魔女とは違いますよ。我が国の魔女は、いわゆる黒魔術師の女性です。あなたとは全然違う」
そう言いながらさりげなくマルガレーテの前に来てマルガレーテを見つめるクラウス様に、マルガレーテは自分が真っ赤になったのを自覚した。
つい見つめ返し続けられなくて、なんだか恥ずかしくなって視線を落としてしまったマルガレーテ。
だけどもクラウス様の視線が自分に突き刺さっているのをチリチリと感じる。
しかし王妃様はそんなマルガレーテを気にもせず、呆れたように言った。
「お前、何を油断していたんだ。魔術を埋め込まれるなど。お前が持っていたあの防御魔術の数々はどうした。全部ゴミだったのか?」
「申し訳ありません。つい急いで帰ろうと狼の姿でいたもので、魔導具の類はあまり持てず」
狼の姿。つまりは丸腰……?
マルガレーテはつい先ほどの濃紺の狼を思い出した。
「ではその魔女は狼がお前だと知っていたということか」
「はい。私の狼の姿を知っているのはごく少数のはずなので油断していました。でも私にその女の見覚えはありませんでした」
「女ではあるのか」
「声が女でした。黒マントをすっぽり被っていたので顔はわかりませんでしたが」
「今時そんないかにも黒魔術師という格好をする者はいないと思っていたのですが。なんとも流行遅れで恥ずかしい魔女ですねえ」
イグナーツ先生が突然言った。
流行遅れ。え? そこが気になる? そこ?
「夜だったから、夜陰に紛れるには一番効率的なんだろう」
クラウス様はあまり疑問には思っていないようだけれど。
「それなら他に隠蔽魔法がありますので今はそれで不意打ちが主流ですよ。なのに姿を現してから襲うなんて、よほど自己顕示欲が強いのでしょうか……」
イグナーツ先生がまだブツブツ言っているが、王妃様はそんな先生を放って置いて会話を進めることにしたらしい。
「で、その女に襲われたんだな?」
「はい。相手は私だとわかっているようでした。その上で私に魔術を仕込んで消えました。その手際と魔術から、あれはよほど優秀な魔術師ではないかと」
「女……しかしゼルマではない……あれには無理だろう。では誰だ? お前の狼の時の姿を知っていて、それほど優秀な魔術師を抱えていて、そしてお前が消えて利のあるものは……」
「ええっ? 私ではありませんよ! 私に利はありません。私はラングリー公爵家には末永く繁栄していただきたい立場ですから! 私は今の立場に不満はありません。って、姫! 姫は私の味方ですよね!?」
王妃様とクラウス様にちらりと見られて慌てたイグナーツ先生が、その麗しい顔に困惑の表情を乗せて言った。
と同時にマルガレーテに縋るような視線を送る。
「まあ確かに、レイテの王女がこちらにいる限りはイグナーツ先生は完全にマルガレーテのしもべだろうな……」
「お前! イグナーツ! 俺の嫁をそんなにジロジロ見るんじゃない!」
突然クラウス様はそう叫んでマルガレーテとイグナーツ先生の間に割り込んで、イグナーツ先生の視線を遮ったのだった。
それは、今までのクロの姿だったクラウス様と何ら変わらない態度で。
マルガレーテは理解した。
ワンコの姿だろうがオオカミの姿だろうが人間の姿だろうが、クラウス様はクラウス様だったのだと。
そして今にもガルガルと唸りそうなクラウス様の態度が、マルガレーテにはやっぱり嬉しくて。
憧れの人が自分を大切に思ってくれている、そんな態度に思わず自分の顔が緩んでしまうのを止められなかった。
「クラウス様……。犬の姿ならかわいらしいものを、そんな大人の姿でやるのは王子としていかがなものかと思いますよ……まあ、姫もお幸せそうなのでいいのですがね……」
10
お気に入りに追加
656
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
拾った仔猫の中身は、私に嘘の婚約破棄を言い渡した王太子さまでした。面倒なので放置したいのですが、仔猫が気になるので救出作戦を実行します。
石河 翠
恋愛
婚約者に婚約破棄をつきつけられた公爵令嬢のマーシャ。おバカな王子の相手をせずに済むと喜んだ彼女は、家に帰る途中なんとも不細工な猫を拾う。
助けを求めてくる猫を見捨てられず、家に連れて帰ることに。まるで言葉がわかるかのように賢い猫の相手をしていると、なんと猫の中身はあの王太子だと判明する。猫と王子の入れ替わりにびっくりする主人公。
バカは傀儡にされるくらいでちょうどいいが、可愛い猫が周囲に無理難題を言われるなんてあんまりだという理由で救出作戦を実行することになるが……。
もふもふを愛するヒロインと、かまってもらえないせいでいじけ気味の面倒くさいヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
扉絵は写真ACより pp7さまの作品をお借りしております。
最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません
abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。
後宮はいつでも女の戦いが絶えない。
安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。
「どうして、この人を愛していたのかしら?」
ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。
それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!?
「あの人に興味はありません。勝手になさい!」
時間が戻った令嬢は新しい婚約者が出来ました。
屋月 トム伽
恋愛
ifとして、時間が戻る前の半年間を時々入れます。(リディアとオズワルド以外はなかった事になっているのでifとしてます。)
私は、リディア・ウォード侯爵令嬢19歳だ。
婚約者のレオンハルト・グラディオ様はこの国の第2王子だ。
レオン様の誕生日パーティーで、私はエスコートなしで行くと、婚約者のレオン様はアリシア男爵令嬢と仲睦まじい姿を見せつけられた。
一人壁の花になっていると、レオン様の兄のアレク様のご友人オズワルド様と知り合う。
話が弾み、つい地がでそうになるが…。
そして、パーティーの控室で私は襲われ、倒れてしまった。
朦朧とする意識の中、最後に見えたのはオズワルド様が私の名前を叫びながら控室に飛び込んでくる姿だった…。
そして、目が覚めると、オズワルド様と半年前に時間が戻っていた。
レオン様との婚約を避ける為に、オズワルド様と婚約することになり、二人の日常が始まる。
ifとして、時間が戻る前の半年間を時々入れます。
第14回恋愛小説大賞にて奨励賞受賞
ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~
柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。
その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!
この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!?
※シリアス展開もわりとあります。
【完結】殿下、自由にさせていただきます。
なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」
その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。
アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。
髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。
見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。
私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。
初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?
恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。
しかし、正騎士団は女人禁制。
故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。
晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。
身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。
そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。
これは、私の初恋が終わり。
僕として新たな人生を歩みだした話。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる