上 下
40 / 64

研究の成果3

しおりを挟む
 
 そしてそのままクラウス様は、マルガレーテを守るようにマルガレーテの前に立ちはだかって、イグナーツ先生に唸るのだった。
 どうやらお気に入りの主人には触られたくないらしい。

 侍女たちが身支度などで触るときには全く気にしていないようなのに、イグナーツ先生だと駄目な理由はわからなかったが。

 しかしクラウス様的には、マルガレーテの手にキスをするのはおそらく許せないのだろう。

「これはこれはクラウス様、失礼いたしました」

 一歩引いてそう言う台詞とは裏腹に、なぜかチッと舌打ちしそうな顔のイグナーツ先生だったが。
 しかしさすが中身は老齢の大魔術師。今はか弱いワンコとはいえ、雇い主の孫でかつ王子に逆らうことはしないのである。

 「ええと、それでは早速……」

 クラウス様がひたすら睨んでいる中で、まるで何事もなかったかのように麗しい微笑みを貼り付けて、袖の中からキラキラと魔力が漏れ出る小瓶を取り出した。

 そしてマルガレーテはお礼を言うと、その場でまたその小瓶を数口で飲み干したのだった。

「姫!? 大丈夫ですか? もう少し慎重にされては」

 と、イグナーツ先生は慌てていたが、マルガレーテは前回の感触から、まだ自分の魔力の容量には余裕があることを知っていたので、そのまま美味しくいただいたのだった。

 うん、美味しい。

 マルガレーテはペロリとお行儀悪く唇を舐めると、イグナーツ先生に言った。

「イグナーツ先生、もう一瓶、持って来ていただくことはできますか?」
「もちろんです。公爵家にあるルルベ草の在庫は、まだまだたくさんありますので」

 ただ、公爵家の魔術師たちは疲れ果てるだろうな、と思ったことはイグナーツはもちろん黙っているのである。
 マルガレーテはにっこりと極上の笑顔を見せた。

「楽しみにお待ちしておりますわ。おそらくですが、次の一瓶で私の魔力はほぼ最大になるでしょう」

 魔力が補給されるのに比例してキラキラと輝く金の瞳のマルガレーテを、イグナーツ先生だけでなく、その場の人たち全てが驚いたように見つめたことにマルガレーテは気がついてはいない。でも、

「さすが『レイテの魔術師』、とても優秀な魔術師で私も鼻が高うございますよ」

 イグナーツ先生が、誰よりも嬉しそうにそう言ってくれたことがマルガレーテは嬉しかった。
 大魔術師であり師匠でもあるイグナーツ先生に優秀と言われたことで、なんだか自分が魔術師として認められたような気がしたのだ。

 魔力や魔術は隠すもの。物心ついた時から言い聞かされていたそんな意識が薄れていく。

 マルガレーテは言った。

「たとえ私の魔力が最大になっても、すぐにはクラウス様の呪いを消すことは出来ません。クラウス様の呪いを消して枯渇した魔力を補給するためのさらなる小瓶が必要です。その分もお願いできますか」
 
「もちろんです。できる限り早くお持ちいたします」

 密かに弟子の魔術師たちが過労で倒れるギリギリのラインはどこだろう、とイグナーツ先生は考えたが、もちろん言わない。
 まあ、もしも魔力が枯渇してしまったとしても、その辺にある草を食べさせておけばいいだけの話だ。
 
「必要な費用は遠慮無く請求してくれていい。最大限急いでおくれ」

 もちろんその言葉は麗しのイグナーツ先生が最高に美しい笑顔を見せ、そして最高のパフォーマンスをも見せる魔法の言葉なのだった。
 

 小瓶三本は、すぐさま届けられた。

「……公爵家の魔術師たちは、今でもちゃんと生きているのか?」

 あまりの早さに、さすがの王妃様もちょっと引き気味だ。
 
「もちろん生きておりますよ。このルルベ液は効果絶大ですから」

 一点の曇りもない麗しい満面の笑みを浮かべるイグナーツ先生と、非常に心配顔の王妃様の温度差が対照的だった。
  
 そしてそのイグナーツ先生の様子を見て、密かにそのルルベ草の濃縮液――それはいつの間にルルベ液と呼ばれるようになったようだが――を作った魔術師たちはきっと今頃は屍のように横たわっているに違いないと妙に確信したマルガレーテだった。

 しかし、出来上がったのだからめでたい。
 公爵家の財力と優秀な魔術師たちの努力、血と汗と涙の結晶が、そこにはキラキラとした光を纏いながら鎮座していた。

「それでは早速いただきますね」

 マルガレーテはそう言うと、三本のうちの一本を手に取った。

 見たところこの前飲んだものと同じようだったので、マルガレーテは一口、そしてまた一口と飲んでいったのだった。

 魔力とともに、気力や元気も湧いてきた気がする。
 温かな力が体に満ちるのがわかった。

 そして。

「……魔力が完全に復活したと思います」

 マルガレーテはそう自信を持って宣言したのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妹と旦那様に子供ができたので、離縁して隣国に嫁ぎます

冬月光輝
恋愛
私がベルモンド公爵家に嫁いで3年の間、夫婦に子供は出来ませんでした。 そんな中、夫のファルマンは裏切り行為を働きます。 しかも相手は妹のレナ。 最初は夫を叱っていた義両親でしたが、レナに子供が出来たと知ると私を責めだしました。 夫も婚約中から私からの愛は感じていないと口にしており、あの頃に婚約破棄していればと謝罪すらしません。 最後には、二人と子供の幸せを害する権利はないと言われて離縁させられてしまいます。 それからまもなくして、隣国の王子であるレオン殿下が我が家に現れました。 「約束どおり、私の妻になってもらうぞ」 確かにそんな約束をした覚えがあるような気がしますが、殿下はまだ5歳だったような……。 言われるがままに、隣国へ向かった私。 その頃になって、子供が出来ない理由は元旦那にあることが発覚して――。 ベルモンド公爵家ではひと悶着起こりそうらしいのですが、もう私には関係ありません。 ※ざまぁパートは第16話〜です

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

【完結】お姉様の婚約者

七瀬菜々
恋愛
 姉が失踪した。それは結婚式当日の朝のことだった。  残された私は家族のため、ひいては祖国のため、姉の婚約者と結婚した。    サイズの合わない純白のドレスを身に纏い、すまないと啜り泣く父に手を引かれ、困惑と同情と侮蔑の視線が交差するバージンロードを歩き、彼の手を取る。  誰が見ても哀れで、惨めで、不幸な結婚。  けれど私の心は晴れやかだった。  だって、ずっと片思いを続けていた人の隣に立てるのだから。  ーーーーーそう、だから私は、誰がなんと言おうと、シアワセだ。

今さら後悔しても知りません 婚約者は浮気相手に夢中なようなので消えてさしあげます

神崎 ルナ
恋愛
旧題:長年の婚約者は政略結婚の私より、恋愛結婚をしたい相手がいるようなので、消えてあげようと思います。 【奨励賞頂きましたっ( ゚Д゚) ありがとうございます(人''▽`)】 コッペリア・マドルーク公爵令嬢は、王太子アレンの婚約者として良好な関係を維持してきたと思っていた。  だが、ある時アレンとマリアの会話を聞いてしまう。 「あんな堅苦しい女性は苦手だ。もし許されるのであれば、君を王太子妃にしたかった」  マリア・ダグラス男爵令嬢は下級貴族であり、王太子と婚約などできるはずもない。 (そう。そんなに彼女が良かったの)  長年に渡る王太子妃教育を耐えてきた彼女がそう決意を固めるのも早かった。  何故なら、彼らは将来自分達の子を王に据え、更にはコッペリアに公務を押し付け、自分達だけ遊び惚けていようとしているようだったから。 (私は都合のいい道具なの?)  絶望したコッペリアは毒薬を入手しようと、お忍びでとある店を探す。  侍女達が話していたのはここだろうか?  店に入ると老婆が迎えてくれ、コッペリアに何が入用か、と尋ねてきた。  コッペリアが正直に全て話すと、 「今のあんたにぴったりの物がある」  渡されたのは、小瓶に入った液状の薬。 「体を休める薬だよ。ん? 毒じゃないのかって? まあ、似たようなものだね。これを飲んだらあんたは眠る。ただし」  そこで老婆は言葉を切った。 「目覚めるには条件がある。それを満たすのは並大抵のことじゃ出来ないよ。下手をすれば永遠に眠ることになる。それでもいいのかい?」  コッペリアは深く頷いた。  薬を飲んだコッペリアは眠りについた。  そして――。  アレン王子と向かい合うコッペリア(?)がいた。 「は? 書類の整理を手伝え? お断り致しますわ」 ※お読み頂きありがとうございます(人''▽`) hotランキング、全ての小説、恋愛小説ランキングにて1位をいただきました( ゚Д゚)  (2023.2.3)  ありがとうございますっm(__)m ジャンピング土下座×1000000 ※お読みくださり有難うございました(人''▽`) 完結しました(^▽^)

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

家出した伯爵令嬢【完結済】

弓立歩
恋愛
薬学に長けた家に生まれた伯爵令嬢のカノン。病弱だった第2王子との7年の婚約の結果は何と婚約破棄だった!これまでの尽力に対して、実家も含めあまりにもつらい仕打ちにとうとうカノンは家を出る決意をする。 番外編において暴力的なシーン等もありますので一応R15が付いています 6/21完結。今後の更新は予定しておりません。また、本編は60000字と少しで柔らかい表現で出来ております

処理中です...