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研究の成果1
しおりを挟むしかしラングリー公爵が心配するほどに、聖女フローラという人の人気はすごいらしい。
美しい黒髪の女性が国民のために祈る姿の姿絵が爆発的に流行しているという話だった。
第二王妃様も元々は第一王妃様のものだった「王妃の宮」をすっかり自分好みに改装して、そこで好きなだけ贅沢をしているとのこと。
そのせいで国庫はじり貧の一途をたどっているそうだけれど、実質今では唯一と思われている王子の立場を考えてなのか単なる寵愛なのか、王は特にそれをとがめることもないようだ。
でもそんな国や王宮側の騒ぎとは関係なく、相変わらずこの離宮は平常運転で静かな生活が続いていた。
ひたすらルルベ草は刈り取られ、そのルルベ草で魔力を補給するマルガレーテ。
仲良くラングリー公爵やイグナーツ先生と密談をして楽しそうな王妃様。
ひたすら刈り取られ続けるルルベ草と、それにそっくりなルベ草。
いつかはクラウス様を人間に戻す日が来るだろう。
人間としての感性と判断力を取り戻した時、それでもクラウス様が今のようにマルガレーテを無条件に慕ってくれるかはわからない。
しかも第一王子が復活したら、その婚約者であるマルガレーテがこのまま王宮の端っこにある離宮でのんびりというわけにはいかないのもわかっている。
だけれど、それまでは。
マルガレーテを愛してやまない無邪気なワンコと優しい離宮の人たちに囲まれて、政治のゴタゴタや権力争いからも遠く離れたまま、ずっとここで幸せに暮らしたいとさえ思うのだった。
しかしそんな静かな生活は、ある日イグナーツ先生とその弟子たちの研究の成果が実ったことで、事実上突然終わりを告げた。
「ルルベ草の成分の濃縮に成功」
その一報は、すぐにこの離宮にももたらされた。
今やこの離宮で採れたルルベ草の大半はひたすらラングリー公爵家に運び込まれていた。
なにしろこの離宮での消費なんて、この少人数ではどれだけ頑張ってもたかが知れているのだから。
そしてその奇跡のように大量にあるルルベ草のおかげで、この国でも特に優秀であろうラングリー公爵家専属魔術師でもあるイグナーツ先生と、そのイグナーツ先生が集めた優秀な弟子たちによる今まで出来なかったあんな実験やこんな実験が出来るようになっていたのだ。
見つけた一本の草を巡って人死にまで出るような時代には出来なかった「濃縮」という実験もその一つだった。
そうして離宮を訪れたイグナーツ先生が、うやうやしくその懐から取り出したのが二つの小瓶である。
一つは王妃様に、そしてもう一つはマルガレーテ様にと言ってから、イグナーツ先生は説明する。
「この小瓶一つの中に、約一キロ以上のルルベ草の成分が入っています。私の優秀な弟子たちが寝る間も惜しんで研究をした成果です」
「なんとこんな小さな瓶にそれほどの。一キロなんて、普通なら絶対に一度では食べられない量だな」
王妃様がしげしげと小瓶を取り上げてみつめていた。
その小瓶の中には透明な液体が入っていて、マルガレーテにはその液体がキラキラとした光を放っているように見えた。
「魔力があのルルベ草の生えている場所のように小瓶の外まであふれていますね」
マルガレーテが驚いたように言った。
「姫には見えるのですね。さすがです。しかし実はこのルルベ草の濃縮液は、ある意味劇薬でもあるのです。先日魔力を使いすぎて消耗した弟子に少しだけ飲ませたことがあるのですが、その時はどうも量が多かったようで、その弟子はその場で昏倒して、その後三日間高熱で苦しみました。ほんの少し、たった一口だったにもかかわらずです」
「まあ」
「なんと恐ろしい。魔力の補給が多すぎるとそれはそれで大変なことになるんだな」
王妃様が目を丸くして言った。
マルガレーテも驚いて、そのキラキラと魔力を漏れさせている透明な液体をじっと見つめた。
「ですので、マルガレーテ様の魔力の容量はとても大きいとはいえ、なにぶん今のところ適切な量がわかりません。しかしこの濃縮液を上手く使えば、マルガレーテ様の魔力は最速で全快されることでしょう」
つまりそれは、魔術師にとっての魔法の液体だった。
常にクラウス様に魔力を流し続けながらとはいえ、今まで一年近くもかけてやっと半分を超えたくらいしか回復できていなかったマルガレーテの魔力が、あっという間に上限まで回復するかもしれないのだ。
「今ある量はこれで全部かい?」
王妃様が聞くと、イグナーツ先生は胸を張って答えた。
「試作品として作ったものですので、今はこれだけです。しかし材料と、精製のための高度で複雑な技術を習得した魔術師さえいれば今後はいくらでも作れるでしょう」
改めて、ラングリー公爵家の財力と資金力に驚かされたマルガレーテだった。
それだけのレベルの魔術師を雇い材料と施設を揃え、こんな短期間でこのような新しい技術を開発するのには一体どれだけの資金が必要だったのか。
今、その努力の結晶を預けられたのだ。となれば、その功績には全力で応えなければならないだろう。
「では、早速試してみますね」
マルガレーテは、そのキラキラと魔力が漏れ出している自分用にと差し出された小瓶を取り上げた。
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