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最初の追放1

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 そして王女はただ一人、国境沿いの荒野に残された。
 王女をここまで連れてきた嫁入りの隊列は粛々と去って行き、後ろを振り返るものもいない。

 その身分を表す唯一といえる豪華なレイテの衣装を風になびかせて、王女はただ一人、前を見つめて立っていた。

「王女、良いのですか。王女が望むならこちらも話し合いの用意はあるのです。侍女やごく少数の側近ならば、今からでも多少融通を利かせることもできますが」

 国境の向こう側から、困惑を隠せない表情でルトリアの代表が言った。

 しかし王女のために残ろうという者が一人もいないというのに、いったい誰を連れて行くというのだろう?

 だから王女は静かに顔を横に振って言った。

「いいのです。ルトリア王国に入るのは私一人です。どうぞこれからよろしくお願いいたしますね」


 数刻前。
 
 王女の輿入れ先であるルトリア王国の軍勢が、レイテとの国境沿いで待ち構えているという事実をレイテ側は誰も把握していなかった。
 
 だからたとえそれが政略結婚という名の体の良い人質として差し出されたものだとしても、それでも仮にも王女という立場のために豪華にしつらえられたレイテ国王女の嫁入りの隊列が、突然物々しいルトリア王国の軍勢によって阻まれたことでレイテ側は色めき立った。

「ここからはルトリア王国となりますので、マルガレーテ様のみこちらにお渡りいただきます」

 しかもルトリア側の代表はレイテに対し、いきなりそう通告してきたのだ。

「これは一体何事か。そのような話は聞いていない。我々は我が国のマルガリータ王女殿下をルトリア王国の王宮まで送り届ける命を我がレイテ王から受けている。ここで王女のみを差し出すわけにはいかぬ」

 レイテ側の代表は答えた。代表が知らないと言うことは、レイテが認めた事態ではない。決して認めるわけにはいかなかった。

 しかしルトリア王国側も譲らなかった。

「我が国は魔術師による魔術の国である。他国による害のある魔術を、万が一にも入れる可能性を残すわけにはいかぬ。我が国の方ですでにマルガレーテ様についての全てをご用意している。王女にはお一人で国境を越えていただき、こちらでご用意したものに着替えていただきます」

 つまりは全てを捨ててこいということだ。レイテ側からは何も、いやなんの魔術も持ち込ませない、そういう意図のようだった。

 対して王女の母国であるレイテは、ルトリアとは反対にもう何百年もの長い間「魔術」というものを忌み嫌い、邪悪なものとして頑なにその存在を拒否し続けてきた国だった。そのため、
 
「なんと……! この素晴らしい慶事に魔術などというものを持ち出すとは、不吉にも程がある! しかもそのような邪悪なものを我々が行使すると思われるとは非常に心外、いやもはや侮辱である! なんと失礼な!」

 魔術、それは、おそらくどんな言葉よりも簡単にレイテを怒らせる言葉だった。レイテでは魔術と言う言葉は、悪魔やその他の最悪の言葉と同義なのだ。
 それはレイテにとって、なによりも邪悪で許されざる「忌むべきもの」だった。

 しかしルトリア側は譲らない。

「そちらの国が魔術を嫌うことは知っている。しかしだからといって我々が警戒しない理由にはならない。マルガレーテ様のみ、こちらに来ていただくこちらの意思は変わりません。これは我が国の規則です。我が国に嫁ぐお覚悟があるのなら、王女も我が国の決まりに従えるはず」

「王女……」

 ルトリアの頑なな態度に困り果てたレイテの代表が、ちらりと王女の方を見た。
 だから王女は、その代表ににっこりと微笑んで言ったのだ。

「では、私だけが参りましょう。私はルトリア王国の意に従います。あなたたちはここまでで結構です。今まで世話になりましたね。ありがとう」

 するとその言葉を聞いたレイテの代表は、とたんにほっとした顔をして、即座に、

「はっ。ありがたきお言葉。しかと陛下にお伝えいたします。それでは王女殿下、お元気で」

 そう言って形ばかりの礼をした後はさっさときびすを返して、今まで王女を運んできた隊列に向かうと即座に号令をかけた。

「全員、これより帰還する!」

 そうして隊列の全てがただ一人王女だけを残して、全くの未練も躊躇もなく、ただ来た時と同じように粛々と帰って行ったのだった。 


 そうしてレイテ国のマルガリータ王女はただ一人歩いて国境を越え、そこで全てのレイテの衣装と装身具を脱ぎ捨て、ルトリアの用意したものだけを纏って迎えの馬車に乗りこんだ。 

 マルガリータ、いやルトリアの言葉でマルガレーテとなった王女は、ルトリアの馬車に揺られながら思っていた。

 帰って行ったレイテの人たちはきっと、これでやっと「魔女」から離れられたと今頃はほっと胸をなで下ろしていることだろう。もしかすると祝杯くらいはあげているかもしれない。
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