リライトトライ

アンチリア・充

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リライトトライ1

第九話

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「秋、さっきの英語の時間、どうしたんだ?」

 トイレで鏡をしげしげと見つめていた俺に声を掛けてきたのは、小学校来の親友、井上宗二だった。

 当然と言えば当然だが中学二年生バージョン。ワックスでセットされた茶髪の無造作ヘアー、学校指定のじゃないセーター。

 ちなみにコレらは全部校則違反だ。だが、ソレらを不自然に思わせない魅力がこの野朗にはあるみたいで、今や文句を言うのは指導に熱を上げる一部の教師だけになっている。

「宗二……」

「何だよ? じーっと見つめて」

「いや、若いな……って」

「はぁ? 秋だって同い年だろ」

「あー、ソリャそーだ」

 アホなことを言っちまったが、元々おおらかというか、細かいことは気にしない性質の宗二は特に怪しんでる様子はないので、俺は鏡に向き直った。

 ……帰ったら眉毛の手入れをしよう。伊達メガネも今度の休日に買ってくるか。前髪が目に入って鬱陶しい。

「あのさ……秋。コレ、誰にも言うなよ?」

「はい? 何だよ唐突に」

 鏡に映った前髪をいじっていると、宗二が誰もいないのに声を小さくして言ってきた。

「俺さ……昨日、部活サボって教室で少女漫画読んでたじゃん?」

「え? ……あ! ああ、杉山さんとね」

「そう、ソレでさ……俺が『こんな恋愛してみたい』って言ったらさ……」

 ……そういやこの時期だったか。

「……告白されたんだろ?『じゃああたしが付き合ってあげよっか』みたいな感じで」

 鏡に映った宗二を横目で見ながら俺は先に言ってやった。

「え……えぇっ!? 何で分かんの!? 誰に聞いた?」

 めちゃくちゃ驚く宗二に、『お前から聞いたんだよ』と言うワケにもいかず、俺は鏡に映る自分に視線を戻す。嘘吐いても聞こえないだろうし。

「……ソレより、何でフったのよ? かわいーじゃん。杉山さん」

 二重の意味で知っていたが、俺は敢えて昔と同じ様に聞いてやった。

「す、すげえ、フったのも知ってんのか……だって……俺、トモミが好きだし……」

 頬を赤くしながら宗二が言う。

 あぁやっぱりそうか。こいつこの頃からもうトモミのことが好きだったんだ。

 ちなみにトモミってのは宗二の彼女だ。

 確か中三くらいから付き合い出して、俺の元いた時代まで……つまり、十年以上続いているという関係だ。もっともこの頃はまだ付き合うどころか、宗二の片想い状態みたいだけど。

「ちなみに現時点で何回フラれたの?」

「もう七回くらいかな……やっぱ俺もうダメなのかな?」

 ここまで俺は散々宗二を妬ましいイケメンなんて言ってきたが、一つ勘違いしないで欲しい。

 こいつは大いにモテるけど、ホント腹立つくらいモテるけど、決して軽い男ではない。むしろ一途なんだ。好きになった女をず~っと好きでいる様な、ね。

「大丈夫だよ宗二。いつか彼女もお前のいいとこに気づくさ」

「本当にそう思う? いつかっていつだよ……?」

 ……確か、十六回目くらいで付き合ったんじゃなかったっけ。ホント大したヤツだよ。

「この先何回でも諦めずに告白してれば、きっとうまくいくよ」

 俺は確信を持って言ってやった。宗二も俺が言い切ったので、困惑しながらも希望が湧いてきたみたいだ。

「マジで? じゃあさ! 前々から言ってた文化祭のことなんだけどさ!」

「文化祭ぃ?」

「そうだよ。あと二週間くらいで、文化祭じゃん」

 あー、そうだった。ウチのクラスは何やったんだっけ?

 ……って、そうか! 確か俺はこの文化祭の準備期間中にアスカちゃんと急激に距離を縮めたんじゃないか。思い出した。

「でさ! バンドやろーぜ! 俺がギターで秋がヴォーカル!」

「……確かウチってバンド禁止じゃなかった?」

 ……そうだ。俺を最初に音楽の世界に誘ったのはこの宗二だったな。確か親父さんの影響でギターをやってたんだ。

 そして昔も今みたいに文化祭でバンドやろうって言われたけど、ソレは無理だったんだ。

 バンドは非行の始まり、とでも思われていたのか、校長が個人的に嫌いなだけなのか、或いは両方かもしれんな。

 とにかく、ウチの中学は文化祭でライブは出来ない方針だった。ステージで演奏を許されるのは、成績優秀、品行方正な優等生の合唱や吹奏楽のみだ。

「だから、お坊ちゃん達の時間を、俺たちがステージに乗り込んで奪っちまうんだよ」

 言ってたなぁ。確かにこんなこと言ってたなぁこいつは。

「そんなことしたら、教師がダッシュで来るだろ」

 俺は以前と同じ様に言ってやる。

「一曲くらいなら大丈夫さ。ソレに仲間のみんなに頼んでステージ前と脇は塞いでもらう」

「メンバーはどーすんだ。ギター一本とヴォーカル一人じゃ弾き語りになっちまうぞ」

「ソレはコレから探す。最悪二人でイケるよ。秋、ギター覚えようぜ!」

 こういう強引なとこも変わらないな。まあ実際今の俺は多少は弾けるんだが、この時は弾けなかったはずだし、メンドーだから黙っておこう。

「大体曲は何やんだよ? コピーやるにしてもあと二週間くらいしかないんだろ?」

「ソレもコレから考える! 気合でイケるって! 俺はこのライブでトモミのハートをゲットする! 秋もアスカのハートをゲット出来るかもしんねーぞ! いや出来る!」

 温度差も甚だしく、宗二は興奮気味に捲くし立てた。確か以前もこんな感じで燃えてうろ覚えの曲を演奏しようとステージに踊りこんで、ソッコーで教師に捕まったんだった。

 ……宗二。そんなことしないでもお前はもうすぐ彼女のハートをゲット出来るんだよ。あと、今回に限り、俺もな。

 ソレに俺は練習に割く様な時間はない。彼女と親睦を深めなくちゃならんのだ!

 と、俺が気合を入れ直したところで、誰かが男子トイレに入って来た。

 宗二に負けじとセットされた黒髪の無造作ヘアーに学校指定外のカーディガン。

 宗二とカブってない点と言えば、髪の色と、腰パン? っていうんだっけ? 一時不良生徒達の間で流行ってた腰履きにされたズボンだった。歩き難そうな印象を受けるんだが。

「おいどけよ。邪魔だ」

 突如現れた腰パンマンは、そう言って俺達の開けた道をかったるそうに横切った。

 あ、こいつは確か……何て名前だっけな? 記憶にはある。

 平和なこの学校のユル~い空気をガン無視して、そこら中に迷惑と無法者っぷりを撒き散らしまくってた、ウチのクラスでも空気の読めないことに関して言えばトップランカーだったヤツだ。

「何ジロジロ見てんだコラ?」

 腰パン野朗が俺達の視線に気づいて、詰め寄って来た。同じ下から覗き込む上目遣いも、女の娘のソレとは雲泥の差だ。

 いきなり詰め寄られて、俺は思わずビクっとなってしまった。やっぱり昔心に刻まれたこいつの印象に身体が反応してしまうのか。

 ……ちなみに、俺は喧嘩はしない主義なんだ。ホラ、リライも言ってたけど暴力はサイテーですよ? 

 ……別に弱いワケじゃねーぞ! 多分。その気になればこんな腰パン野朗などソッコーで――

「井上。おめーその頭にそのセーター。調子こいてんじゃねーぞ? 俺とカブってんだよ」

 ――俺がさりげなく臨戦態勢でいたのに、鈍感な腰パンはその矛先を宗二に向けた。
  
 ……命拾いしたな、腰パン野朗。俺の殺気に気づいていたら、今頃お前は――

「俺の自由だろ? 文句あんなら黒染め代と指定セーター代よこせ。ウチはビンボーなんだ」

 宗二は全く臆することなく、口元に余裕の笑みを浮かべながらも、鋭い目つきで腰パン野朗を睨み返した。

 ……何か俺、すっかり蚊帳の外。三枚目キャラみてーだ。

「……おい」

「……?」

 ……え? 俺に言ってるのか? 話の流れを無視した腰パンが、不意にそう言ったかと思うと、その険悪な視線をこちらに向けていた。

「お前、パン買って来い」

「……え?」

 ……いきなり何を言ってるんだこいつは。話に脈絡ってモンを持たせろよ。

 そう思いながらも俺は突然の命令口調にどうしたらいいか、宗二に視線を送ってしまう。

「ウチは給食制だろーが。大体、台詞が古いんだよ。秋、行くことねーぞ」

 宗二は俺の視線に気づいているだろうが、その視線は腰パンを睨みつけたままだ。口元からも既に先程の笑みは消えている。

「…………」

 沈黙が続く。ドレくらい時間が経っただろうか。実際にはそんな大した時間じゃなかったはずだが、少なくとも一から十まで数えるくらいの時間、場は沈黙に支配されていた。

 二人は無言でお互いの目を睨み合ったままだ。俺はというと、赤べこの様に宗二と腰パンの顔を交互に見るくらいしか出来なかった。正直、いつどちらかが手を出すんじゃないかと、気が気じゃなかった。

「……ふん。お前名前何だっけ?」

 永遠に続いてしまうんじゃないかと思われた沈黙を破る様に、腰パンが声を発した。

 ……今のは、俺に言ったんだよな? 最初に宗二に井上、って声掛けたんだし。

「……と、戸山、秋色……」

 そんなことを考えながら、俺はバカ正直に、聞かれたまま質問に答えてしまった。

「ふうん。そっか……覚えとけよ。てめーら」

 そう言って腰パンがゆっくりと男子トイレから出て行く。

 またも台詞のチョイスが古い。ヤンキー漫画のヤラれ役かお前は。大体名前何だっけ、って同じクラスだろうがっ! ……なんて考えは、この時の俺の頭には全く浮かばなかった。

 ……てめーら?『ら』って……おいおいおい。冗談じゃねーぞ。

 俺は時を越えてアスカちゃんと結ばれる為にタイムリープして来たんだからな。こんなメンドーな手合いにカラまれてる場合じゃねーっての!

 なんて台詞を頭に浮かべるだけでなく、肩をすくめて溜息交じりに言えたらまだ格好もついたんだろうが、見えざる何かに声帯から発声機能を取り上げられたかの如く、俺は校則違反のカーディガンの背中から視線を外せないまま、立ち尽くすことしか出来なかった。

 ……正直、思っていないことが相手に届かない規制の入ったこの状態じゃ、声に出したところで伝わったか怪しいモノだが。

「何だあいつ……? 秋、気にすんなよ?」

 さっきまでとんでもない緊迫感を迸らせていた宗二が、何ごともなかったの様にいつもの無邪気な笑顔をようやくこちらに向けてきた。

 そこで宗二がさっきまでいた場所から、俺を一瞬探すその仕草を見て気がついた。俺は知らない内にあいつと自分との間に宗二を挟む位置へと移動していたのだ。

「ぜ、全然気にしてねーっての。宗二、あいつと何かあったら言えよ? 手ぇ貸すから」

 ……情けない。

 今更になって火の出る様な恥ずかしさが襲って来た。俺は腰の後ろ側、宗二の死角に手を回して、知らない内に俺の意思に反してバイブレーション機能を発動させた指を思いっきり握り締める。

 ……俺のこの台詞も、下手したら宗二には聞こえてないんじゃないだろうか。勘弁してくれよ。頼むから届いていてくれ。だって、そんなの格好悪過ぎじゃないか。

 この男子トイレでのことの顛末が、リライにも筒抜けだったという事実も、俺の羞恥心に拍車を掛けた。幸いあいつはさっきから無言だが。今ここで自身の情けなさを指摘されたら、俺は時を待たずして命を絶ちたくなっちまったかもしれない。

「ははは。気合入れすぎだろ。秋こそ何かあったら言えよ? 男見せる時は一緒だ」

 宗二はニカっと笑ってそう言った。

 ……よかった。俺の中には、有事の際には宗二に手を貸してあげたい、という気持ちくらいはまだあったみたいだ。五十歩百歩とはいえ、まだ最悪の状態まで深く自己嫌悪の念を侵入させないで済んだ。

「おお、そーだな! 抜け駆けはなしだぜ! お前だけにいいカッコ、させないじゃん?」

 胸中でのた打ち回る、ないまぜになった得体の知れない感情を何とか抑えて、自分でも不自然だと感じるくらいの早口で会心のスマイルを咲かせながら俺はそう言った。

 でも、俺が今、何とか顔に貼り付けたスマイルなんて、宗二が自然に浮かべてる笑顔に比べたら、学校の花壇に突如として狂い咲いたラフレシアくらいに不自然で場違いなモノだったに違いない。


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