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ジャッジメント・オン・アマツ

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「それじゃあ、お邪魔しました」

「また月曜に、学校で!」

 とても嬉しそうな神原のお母さんと、笑っているものの、顔を赤くして僕と目を合わせようとしない神原と、神原のお母さんにどう挨拶したらいいのか、一人緊張してテンパっている小太郎を玄関まで送り、本日のパーティーは終了した。

 そして、今僕とハナは、僕の部屋で二人きり。

 さて……どう切り出したものか。

 話したいこと、訊きたいこと、謝りたいことがたくさんあったはずなのに、二人になった途端何を話せばいいのか分からなくなる。

 ……何なら僕は、若干緊張すらしていた。

 僕がハナと一緒にいて和むことはあれど、緊張するなんて、夢にも思っていなかった。

 原因は、ここのところ会う回数がぐっと減ったせいに違いない。

 以前はほぼ毎日。

 会おうと思えば、簡単に顔を合わせることが出来たから。

 そのせいか、ハナとの会話に気を遣うことなんてあり得なかったのだ。

 ケンカをしたとしても、次の日にはハナが笑顔で顔を出すのが当たり前だったのだ。

 たまにしか会えない者同士が、ケンカなどしたら、次に会うまでずっと気まずいままだったりするのか。

 遠方に住んでいる友達やカップルは、さぞ大変だろう。

 ……別に、僕とハナが遠距離のカップルとかそういう関係なワケではないが、心持ちとしてはそれくらいの気構えで会話に臨むべきだろう。

 ……僕は、本当にガキだったんだな。最近になって驚くことばかりだ。

「まさか天乃ちゃんが同じ高校に来てるなんて、驚いちゃった!」

「あぁ、僕も驚いた」

「テンちゃんは、彼女が天乃ちゃんだってさっき知ったんでしょ」

「うん。だから驚くタイミングとしてはハナと同じだよ。再会はしたものの覚えてない僕と、覚えているものの再会が遅れたハナ」

「あー、サラッといっしょくたにして自分が忘れてた罪を誤魔化そうとしてるー」

「……バレたか」

 そう言って僕とハナは笑った。

 ……やはりハナと話すのは楽しい。心が和むのは今まで通りだが、今はそれだけでなく、少しドキドキする。出来るならずっとこうやって談笑していたい。

「でも本当に忘れてるなんて天乃ちゃん可哀想だよー。小さい頃とはいえ、求婚しちゃったんだから」

「それは今言われても全然思い出せないし、あいつだってノーカウントだって言ってたからセーフだ」

「本当に思い出せないの?」

 ハナが首を傾げる。

 ……何だか、こんな見慣れているはずの何気ない仕草に胸が高鳴ってしまう。

「思い出せない、そもそも僕の周りで女子っていったらハナくらいしか記憶にない──」

 あ……まずい。僕は今、無自覚に嘘を吐いた。

「……嘘吐き」

 ハナが俯く。彼女は今、間違いなくあの人を……音無さんのことを思い出している。

「──あー、いや、もう昔の話だし、忘れたし」

「……嘘吐き」

 先程よりも、小さな声でハナがぽつりと呟いた。

 ハナは、彼女の話になると不機嫌になる。

 多分、負い目を感じているんだ。そこは分かる。僕だってハナを傷つけた元カレ……ぐぅう、思い浮かべるだけで不快なワードだが、仮にそんなヤツがいたら、僕はハナには内密に、二度と近づかないようにそいつに釘を刺しに行っているだろう。

「天乃ちゃん……テンちゃんとあんな元気に言い合いして、何か、お似合いって感じだった」

「は?」

 何を言い出すんだ。ハナ?

「天乃ちゃん……テンちゃんのこと好きだったりして」

「……はぁ」

 僕は大きな溜息を吐いた。何なんだどいつもこいつも。いい加減イラつくぞ。特にハナに言われるのは。

「小太郎も同じこと言うんだよ。僕も神原も絶対ないって言ってるのに」

「小太郎くん? さっきのお友達だよね」

 ハナが少し笑顔になった。僕に友達が出来たのが嬉しいのだろう。

「小太郎が言うには親友らしい。余計なことまでペラペラ話してくれたが」

 そう、小太郎のヤツ、さっきまで僕達の出会い、今日に至るまであったことを、吟遊詩人のように言葉巧みに語ってくれやがったのだ。

「柔道で先生を投げちゃうなんて。無茶したねー」

「勿論、穏便に済ませるつもりだったんだぞ? でも、さすがに沸点を越えた」

 僕はハナから目を逸らした。怒られるかもしれないと、少しバツが悪かったのだ。

「二人がいじめられたからだよね。分かってるよ」

 だが、僕の心配は杞憂だったようで、ハナは言葉の通り、全部分かっていると笑ってくれた。

 ……その笑顔を見て、僕も毒気が抜けた気がした。

「小太郎のヤツ、神原のことが好きなんだって」

「え! そうなの!?」

 心の中で小太郎に『正直すまん』と謝りながらも、僕はコイバナにテンションを上げるハナを見て少し愉快な気持ちになった。

「うん。本人には内緒な。まぁそんなワケだから、僕が神原とどうこうなることはないよ。そもそもお互いに友達としてしか見てないし」

「へー……へー……!」

 さっきまでの小太郎の神原に対する態度や視線を思い返しているのだろう。ハナは胸の前で手を組みながら、合点がいったというような声を上げる。

「……でね、その小太郎のおかげで、気づけたんだけど」

「うん?」

「……さっき、ちょっと思い出したと思うんだけど……中学の時の、音無さんのこと」

「……うん」

 ハナの顔がちょっと険しくなる。なんで楽しい気分になったのに蒸し返すの、と言いたいのがよく分かった。

「小太郎に訊かれたんだ。『お前はもし中学時代のハナが僕と立場が逆で、同性の友達なんか一人もいない状態で、お前に無断で彼氏を作ったらどうする?』って」

「え? うん」

「それを想像したら、滅茶苦茶に不愉快な気分になったんだ。多分僕は、何としてもそいつとの交際を阻止する方向に動いていたと思う……」

「……うん」

 頷くハナが何を考えているのか分からない。少し怖くなってきた。

「そう答えたら小太郎に言われた。『じゃあなんでお前は、自分は不愉快な癖に、ハナさんに何も言わずに音無さんとやらと付き合ったんだ』って」

「…………」

「それを聞いた時に……その、初めて僕は自分の中の矛盾に気づいたんだ。何も考えていなかったって、ハナが何を思うかなんて、想像もしていなかったって気づいたんだ」

 ……ハナの顔が、見れない。僕は部屋の床を見ながら胸の内を吐露した。

 一番怖いのは、ハナが『何言ってんだこいつ?』とぽかんとしていることだ。『別にあたしとテンちゃんはただの幼馴染なんだから、関係ないじゃん』と言われてしまうことだ。

「でも、ハナはあの時……『良かったね』って……笑ったよね? あれは……どういう意味だったんだろって。普通に祝ってくれたのか……僕が誰と付き合おうとどうでもいいって思ってたから出た言葉なのか……」

「…………」

「我ながら、滅茶苦茶都合いいこと言ってると思うけど……本当は、嫌だったけど、僕が浮かれてたから、水を差さないように、自分を押し殺してくれたのかなって……そうだったら……いいなって……! 今更……思ってしまったワケ、なん、ですが……」

「…………」

 床を見続ける僕の視界に、ハナの靴下がフレーム・インしてきた。

「……ハナさん?」

 僕が視線を上げると、そこには涙を浮かべ、手を振り被ったハナがいた。

 その手が振るわれる。

 パァンと、大きな音がした。
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