7 / 45
芽生え
しおりを挟む僕が音無さんの家から逃げるように飛び出してから三日後の朝。
「テンちゃん……無理しないで、調子悪いなら、休んだ方がいいんじゃないの……?」
登校中、横に並んで歩くハナがそんなことを言ってくる。
「大丈夫だよ……そんなに無理してるように見える?」
「見えるよ。誰が見てもそう言うよ。今からでも帰ったら? あたし、先生に伝えるよ?」
「やめろよ。クラスの違うハナがそんなこと言いに行ったら、変に思われるだろ」
僕は険のある声でハナを突き放すように言う。
正直、今学校の連中にそんなからかいを受けたら受け流せる自信がない。
ソレでも、僕は休むことはしなかった。
「……音無さん。もう学校に来てるんだよね? 話せた?」
ハナがなるべく僕を刺激しないように気を遣った口調で聞いてくる。
「……全然。一言も話せてない。彼女のクラスメイトから伝言でもう関わらないで欲しいって言われたよ。きっともう交流はないよ」
音無さんはあの翌日、学校を休んだ。
その翌日、僕が彼女のクラスに顔を出した時も、彼女は僕が来たことに気づくと顔を逸らし、友達に伝言を頼んで逃げてしまった。
ワケ知り顔で『今は彼女に近づかないで』なんて言ってくるその友人にも、彼女自身にもイラついた。
――神乃ヶ原くんのような才能のある人と一緒にいることで、自分も色々と頑張ってみようという気持ちになれますし、とっても刺激になるんです。
――そう思っている一方で、『この人の為に何かしてあげたい』なんて、矛盾する気持ちを抱いていたりもするんですよ。神乃ヶ原くん、何だか放っておけなくて。
……大ウソだったんだな。
結局彼女は口では立派なことを言っておきながらも、自分より格下と見なしている人間としか付き合えない人だったんだ。
裏切られた。
でもそう感じたからこそ僕は学校を休んだり、弱みを見せることを嫌った。
弱みを見せて同情を買うような真似をしたくなかった。
取るに足らないことなのだといつも通り過ごしている自分を貫かなければと思っていた。
あんな、あんなヤツらに屈服してたまるか。
でも、ソレでも。
僕には答えが出せないことがあった。
「テンちゃん……」
「ハナはさ、どうして学校に行くの?」
心配そうに僕を見るハナに僕は問い掛けた。
「え……ソレは……えと、義務教育だし。今まで知らなかったことがたくさん知れるし。最初はできないことが少しずつ出来るようになると嬉しいし。きっとその経験が今後役に立つだろうって思うから……?」
「…………」
……全くもって、一ミリも共感できない。
僕にはそんなモノ……ないぞ?
そう、僕が出せなかった答え。
ソレは『どうして学校に行くのか』ということだ。
できないことなんてないし、今後役に立つだろうと思えることも一つもない。
ロクなことも出来ない癖に自尊心と攻撃性だけは高いヤツらの敵意を受け流す技術と忍耐力くらいしか培えていない気がする。
しかも、その忍耐力を以てしても蓄積されていくヘイトと耐えたことにより得られるパフォーマンスが全く釣り合っていないのだ。
「…………」
……本当は気づいているんだろう?
「……っ」
僕は頭を振って結論を出すことを放棄した。
駄目だ。取り返しがつかなくなる。
「テンちゃん? 頭痛いの? 大丈夫?」
心配そうな顔で僕の目を覗きこんできたハナが頭を撫でてくる。
何でいつもはいたずら好きな子供みたいな表情している癖に、こういう時は妙に優しいんだよ。
「だ、だから……こういうのやめろって。子供扱いすんな」
「子供だよ。あたしも、テンちゃんも。天才で、何でも出来ちゃうの知ってるけど、本当にびっくりするくらい些細なことで傷ついたり、落ち込んだりするの知ってるんだから」
「…………」
「だから、あたしの前では背伸びしなくていいんだよ?」
「…………」
……アレ?
何だか涙が出そうになった。
「うん……ありがとう」
「にへへ、どーいたしまして!」
ハナがにひっ、とソレこそ花の咲くような笑顔でそう答える。
「で、でも……外ではやめて。恥ずかしい。ハナは恥ずかしくないの?」
「ぜーんぜん。むしろ面白い。外ではカッコつけて背伸びしてるテンちゃんがお漏らしして泣いてた時と同じ顔になるんだもん。あたしが唯一勝った気分になれるチャンスだし」
「……この先何年、何十年経っても言われるのかと思うと気が滅入るな」
僕がそう言って溜息を吐くと、僕の頭を撫でていたハナの手が一瞬止まる。
見るとハナは真顔のままボケっとこちらを見ていた。少し顔が赤くなっている気もする。
「……ハナ?」
「……そうだね。コレからもずっとからかってあげる!」
そう言ってハナがさっき以上に笑顔を咲かせたかと思うと早歩きで先に行ってしまう。
「待ってよ。あとあんまり人に言いふらすなよ?」
僕はハナを追いかける。
……僕はハナに勝った気分になったことなんて一度もない。
むしろこの先も別に勝てなくていいとすら思っている。
何故なのかは分からないが、『彼女には敵わない』と思う度に、心が洗われて、前を見ることができるからだ。
この日は僕にとって忘れられない一日となった。
だが、周囲は僕に一瞬の安息も許さない。
そういう意味でも、忘れられない一日となってしまった。
0
お気に入りに追加
28
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
元婚約者様の勘違い
希猫 ゆうみ
恋愛
ある日突然、婚約者の伯爵令息アーノルドから「浮気者」と罵られた伯爵令嬢カイラ。
そのまま罵詈雑言を浴びせられ婚約破棄されてしまう。
しかしアーノルドは酷い勘違いをしているのだ。
アーノルドが見たというホッブス伯爵とキスしていたのは別人。
カイラの双子の妹で数年前親戚である伯爵家の養子となったハリエットだった。
「知らない方がいらっしゃるなんて驚きよ」
「そんな変な男は忘れましょう」
一件落着かに思えたが元婚約者アーノルドは更なる言掛りをつけてくる。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
着ぐるみ先輩、ちょっといいですか?
こう7
キャラ文芸
丘信濃高校には一つ上の学年に有名な先輩がいる。
その名も通称 着ぐるみ先輩。スカートだからおそらく女性。
動物の顔を模した被り物を装着した先輩。
格好は変でも文武両道の完璧超人。
そんな彼女の所属する写真部は多くの生徒から一癖二癖もある変人共の巣窟と評されている。
一般生徒な俺、芦田 涼も写真部に入っている事でその愉快な仲間の1人にされている。
でも、俺はただ純粋に写真を撮るのが好きなだけの至って普通の男の子。
そんな変人達に絡まれる普通の男の子の日常物語。ではなく、異常に個性の強い人達が無茶苦茶するお話です。
小児科医、姪を引き取ることになりました。
sao miyui
キャラ文芸
おひさまこどもクリニックで働く小児科医の深沢太陽はある日事故死してしまった妹夫婦の小学1年生の娘日菜を引き取る事になった。
慣れない子育てだけど必死に向き合う太陽となかなか心を開こうとしない日菜の毎日の奮闘を描いたハートフルストーリー。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる