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認知バイアスの齟齬
しおりを挟む運動部系男子の連中から早くも鎖国令を出されてしまった僕は焦っていた。
全員から白い目で見られているワケではないのだが、そこはやはり触れるモノ皆傷つける中学生。
新しい学び舎での新しい生活。そんな誰もが期待に胸を膨らませる時期に目立つヤツはすべからく敵認定されてしまうのだろう。
集団心理とは怖いモノだ。味方の敵は敵の法則で、一人が「あいつムカつく」と言ってしまえばもうドミノ倒し状態である。僕の好感度は坂を転げ落ちるが如く下がっていった。
そんな空気の中反対意見を口に出来るヤツなどいないのだろう。無理もないとは思うけど、そこで僕を擁護してくれる人がいればきっと親友になれただろうな。
でもそんなヤツはいなかった。だからこの話もここで終わりだ。
対照的に、女子からの人気が爆発的に上がってしまったのも男子達から敵対心を持たれることになった原因の一端を担っているのだろう。
新しい学び舎でのまだ見ぬ異性との新しい出会いに胸を膨らませていたヤツらの期待を根こそぎかっさらっていってしまったのだから。
確かに僕もやり過ぎたさ。でも新しい出会いに胸を膨らませていたのは僕もなんだ。
異性とのじゃないぞ。ハナの言うように僕でも極めても究めてもまだ底が見えないようなスポーツや部活があるんじゃないかと思ってたんだ。
ソレを見極めるのに手を抜いてたんじゃ話にならないだろう。もうコレでもかと全力でぶつかった結果だ。
しかしソレにしたって、体験入部の段階で女子の追っかけ集団が出来るとは思わないじゃないか!
完全に誤算だった。というか色々と侮っていたことを思い知る僕だった。
男子生徒達の卑屈さも。女子生徒達のエゲつない迄の欲望への忠実さも。
入学して数カ月……皮肉な話ではあるが、男子達にハブられたことにより、ここぞとばかりに話し掛けてくるようになった女子達と過ごすことが増えた。
ハッキリ言って女子は苦手だ。男子よりも数の暴力に長けたイメージがあるから。
「お前達に自分はないのか」と言いたかったが、ここで女子まで敵に回したら本当の本当に孤立してしまう。
ハナに助けを求めても「良かったじゃんモテモテで」とニヤニヤするばかりでアテにならない。あ、ちなみにハナはテニス部に入ることにしたんだそうだ。
くそ、ハナのクセに……先に行かれてしまったみたいで焦る。
しばらくはまた特に何の喜びも見出だせない日々が続いていたが……ある日、僕は少女漫画にハマった。女子達に薦められるがまま読んで、ドハマりした。今まで馬鹿にするとまではいかないが、視界に入れていなかったのを恥じるくらいだった。
家にある母さんの漫画コレクションを読み漁った。元の場所に戻さずに次の巻を読んでいたら怒られたが。
そして母さんもクラスの女子も若干呆れた反応を示していたが、少女漫画を読みまくった僕の感想は「こんな恋愛したいなぁ」ではなく、「こんな恋愛したいなぁを男友達と共有したいなぁ」だったのである。
男子にハブられたことで出会った少女漫画の感想を男子と共有したがる。何という皮肉。
だがしかし――
「え? 読まねぇよ少女漫画なんて、女の読むモンだろ。恥ずかしい」
――こんなバカ野郎ばっかだったのである。
このバカめ! そうやって偏見で可能性を狭めるとは何たる愚か!
と思ったがここは我慢だ。シカトせずに文句を返されただけでもマシな方だ。
そこで僕は一つの妙案を思いついた。
少女漫画と出会わせていただいた女子達にはありがたいと思っているしまた申し訳なくも思っているが、正直僕はソレよりも男友達が欲しい。
運動部以外の男子であり、かつ女子からは敬遠されている男子生徒。
いつも教室の隅で絵を描いたりアニメサイトを見てはニヤニヤしている彼と友達になればいいのではないか?
そうすれば男友達も出来るし、女子もコレ以上僕に対して距離を詰めないかもしれない……どころか距離を開けてくれるかもしれない。
勿論女子達には悲鳴混じりに大反対された。彼を謗る言葉も飛び出したので少し腹が立ったけど僕は何も言わなかった。
ええいやかましいぞ。僕の行動を決めるのは僕だけだ、と今なら言えるのだが。
実際のところ言い寄って来る女子達には多少うんざりしていた面はあったにはあったが、心の底から嫌だったワケではない。
だが、今はソレより同性の友達だ。
僕だって成長している。小学生の頃は全く興味の無かった事にも興味を持つようになった。
僕だって男友達と「クラスの女子で誰が一番可愛いと思うか」とか話したい。
「誰々とこんな会話をした時のこんな仕草をすごい可愛いと思った」とかいう話をしたい。
そして友人の恋の相談を受けて「ソレでソレで? どうしたの?」て盛り上がりたい。
要するに、僕は恋の話。コイバナがしたかったのだ。恋愛漫画を読むように、誰かの恋のお話を見聞きしたかったのだ。
そしてソレには男友達が不可欠なのだ!
いざ、勝負! 神乃ヶ原天、参る!
「何読んでるの? 次、僕にも読ませてよ」
僕は教室の隅で漫画に没頭している男子生徒に声を掛けた。
「え……と、神乃ヶ原……君」
「うん」
顔を上げた彼は眼鏡でこう……言っちゃあなんだが、一目でオタクと分かってしまうような風貌だった。
「い、いやいやコレ結構ディープなヤツだから……ワタクシのような沼に落ちたヤツならともかく一般の人にはちょっと……!」
一般の人……? 沼……? 何言ってんだコイツ。
一般人の人にはちょっと? ……僕も一般の人間ではないぞ。多分意味合い的には違うだろうが。
「最近結構漫画にハマってるんだ。母さんのコレクション読み漁ってる」
「き、君のお母さんて、アレだよね。か、神乃ヶ原……博士」
「うん、神乃ヶ原月子。何か漫画読むとメチャメチャ創作意欲が湧くんだってさ」
「そ、そうなんだ。世界的な天才も漫画読むんだね」
「むしろ大好きだよ。たまにヒントになったりならなかったりとか言ってた」
「う、う、うちは母親が結構厳しいから、漫画とか読ませてもらえなかった。い、今、反動来ちゃってる」
「そりゃツイてないね。『神乃ヶ原月子だって●ョ●ョにハマってるぞ』って言ってやりなよ」
「あ、あはは……い、い、いいね」
「普段家でどんなことしてるの?」
「さ、さ、最近はコッソリ録画したアニメ観てるかな」
「そうなんだ。たまにノートに絵を描いたりしてるよね」
「ま、ま、ま、まぁね」
「……漫画家になりたかったり?」
「ぶほっ! ま、ま、ま、ま、まさか」
「……そうなの?」
「…………」
「…………」
「ま、まぁ、なれたらいいなくらいに思ってる、かな」
「そうなんだ。いいね漫画家!」
やばい。こんな何でもない会話が楽しい……!
僕は感動していた。
「観てるアニメって面白い? 僕も観てみるから教えてよ!」
もっと共通の話題を探して、いつかコイバナに花を咲かせるような関係に!
僕はソレから彼の趣味を色々となぞってみた。
アニメや漫画について聞くと母さんは歓喜していた。父さんはいつも通りのわっはっはだ。
正直、のめり込むという程まではいかないモノの、ソレなりにアニメや漫画に詳しくなり、彼とは友達と呼び合っても差し支えないだろうと思うくらいには親しくなれたと思う。
最近全然話をしてないと文句を言う女子達に適当に返事をして、いつも休み時間は彼の所へ。
「昨日のアニメ続きが気になってたからリアルタイムで見ちゃったよ」
「だ、だ、大丈夫? 保健室で寝てきたら?」
「よーし、じゃあ二人一組で柔軟!」
「一緒にやろう」
「う、う、うん」
体育の時間もペアになれる相手がいる。幸せだった。
だが、程なくして、僕はやらかしてしまうこととなった。
今思い出しても悔やまれる。
そしてこのことは、今後の僕の立ち居振舞いや、同じ空間でどうやって彼らと共存していくのかという考え方に多大な影響を与えた。
「さ、さ、さ、最近、家に帰ったら、絵ばっかり描いてるんだ」
昼休みに彼がこんなことを言い出した。
「おお、特訓?」
「ま、ま、まぁ。ちょっと本気で頑張ってみようかなって」
「……漫画家?」
僕がそう言うと彼は若干挙動不審気味ながらも頷いた。
「凄いじゃない。応援する!」
「あ、あ、あ、ありがとう」
「どんな絵描いてるの? 見てみたいな」
「え、え、えっと、ね。今はこんな動画が結構あって」
そう言って彼がスマホを取り出す。
「ぷ、ぷ、プロの漫画家の人が、絵を描く様子を、動画で流してるんだ。こ、こ、コレを見ながら描き方を真似してる」
「へぇ、すごいな。実際に描いてるのを見れるんだ」
「ぬ、ぬ、塗りは別だけどね。コレだけなら数十分」
「今やってみようよ! 僕も見たい!」
「わ、わ、分かった」
そう言って彼が机に置いたスマホの再生ボタンを押して、開いたノートへとペンを向けた。
「……わー、漫画ってこんな風になってるんだ……」
……最初の数分、僕はただ動画と彼のノートを交互に眺めていた。
だが、退屈だったこと、そして、彼が夢を打ち明けてくれた嬉しさから浮かれていた僕は、自分もノートとペンを取り出した。
「……僕もやってみよ」
「け、け、結構難易度高いと思うよコレ。初心者には難しいかも」
画面と手元を交互に見て、ペンを走らせながら彼が言う。
「だって待ってるの暇なんだもん。とりあえずやってみよう!」
この時に戻れるのなら、僕は僕に「やめろ」と言うだろう。
「で、で、で」
「出来た!!」
動画が再生を終了し、僕達は顔を合わせる。
「ほ、ほ、ほ、本当に描いたんだ? ――んん!?」
僕のノートを見た彼が目を見開く。
「どうしたの……?」
「う、う、上手過ぎない……?」
「そうかな?」
「ほ、ほ、本当は経験あったの?」
「いや、子供の頃のお絵描きくらいしか」
「じゃ、じゃ、じゃあ何で……こんな絵が」
「え? いや……動画で描いてたのをそのまま真似しただけだよ」
「…………」
「……え?」
彼のノートを見る。
……僕の目から見ても明らかに、僕の描いた絵よりは、動画で流れていたモノからは遠いソレが目に入った。
「天才だね……!」
「あ――」
その時、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り、僕は自分の席へ戻らざるを得なくなった。
授業中も、そして放課後になって即座に教室を出ていく彼を見送ったときも、ずっと心臓の音がうるさくて堪らなかった。
次の日になって、登校するや否や僕は彼の席まで歩いて行き、話し掛けようとした。
「あの――」
バァン――と彼が両手で机を叩く音で僕の声はかき消された。
「か、か、可哀想だとでも思ったの……?」
「……え?」
「く、く、クラスで孤立してて、可哀想だと思ったから、ちょっかい出してやったとか思ってんでしょ?」
「ち、違うよ、僕は――」
「しょ、正直さぁ、分かるだろ。明らかに住む世界が違うの」
「世界が……違う?」
「た、堪んないんだよ、こっちは……!」
「……何がだよ?」
「さ、さ、才能や境遇の違いを見せつけられるのも、君と話してるときに女子に睨まれるのも、舌打ちされるのも……もう、勘弁なんだよ……!」
「え……!?」
「も、も、もう、関わらないでくれ……!」
そして、僕はようやく手に入れたと思っていた友達をすぐさま失った。
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