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一章「1人目の奴隷」

奴隷の名前を聞きました

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 奴隷が風呂に行ったので俺も風呂に行くことにする。準備はマイセットがあるのですぐに終わる。




「今日も頑張ったな」



 風呂に入って一日の疲れと汚れを洗い流す。その時が気持ち良くてたまらない。異世界にきて冒険者みたいな汗をかく仕事をはじめてから風呂の偉大さを痛感した。だから、大浴場のない宿屋と比べると倍近く高いこの宿を根城にしている。この出費を馬鹿にするやつもいるだろうけど、この宿はかなり繁盛しているので風呂を好む冒険者も多いのだろう。よって、俺の感覚は他の冒険者と相違ないということでQEDだ。……俺は一体、何の証明をしたのかよくわからないし、なんだかむなしくなってきた。



 これから身体は温まるはずなのに心がすごく寒い。



「そうだお風呂に入ろう」



 なんだか、どこかのキャッチフレーズみたいな言葉だが、さっさと入って腹も満たしたい気分だ。それに買った奴隷と明日の打ち合わせもしたいし、何気ない会話もしたい。異世界にきて数か月、何の気も遣わずに話せる相手はいなかった。その恋焦がれた会話が出来る相手がいるかもしれないという事実だけで興奮する。



 風呂では全身くまなく洗って綺麗にしてから湯船につかる。この世界は衛生的なことについては何だか発展しているし、飯もかなり美味しい。なんだか地球の歴史を考えると文明水準から考える文化水準が高くいびつな気がしてならないが、そこに疑問を持ってもどうしようもないだろう。異世界だから何でもありということで俺の常識は通用しないということで納得するようにしている。それに別に発展していて悪いことはない。その恩恵を甘受している身でもあるし文句は言うまい。



「奴隷の名前まだ聞いていないな。早く名前を聞いて名前で呼びたいな」



 邪なことを考えてもいるけど、気に入ったのは本当だ。大切にしたいと考えていいるし、真の意味での信頼関係を築きたいしな。



 明日買いに行く服はどんなのがいいかな。メイド服も着せたいけど、冒険者としては動きにくいだろうし、狐だし巫女装束とかいいかもしれないな。ああ、妄想がはかどるぜ。



 そんな妄想をして長風呂していたらのぼせてしまい、少しふらふらになりながら部屋に戻って水を飲みベッドに腰を下ろした。



「もう戻っていたか」



「随分と長く入っていたんですね。大丈夫ですか?」



「そうか、確かに今日はいつもより長く入っていたけど、お前も長く入っても良かったのに」



 髪の乾き具合から随分早く出たことが予想されるのだ。



「奴隷商では長く入ることはできませんでしたし、そもそも布で拭くか、ぬるいお湯か冷水を浴びるだけで時間をかけるなともいわれていたのでそんなに長く入浴するという習慣がなかったんです」



「そうだったのか。それよりも風呂は気持ちよかったか?」



「はい!」



 満面の笑みで答えてくれた。そう言ってくれると少し高くてもこの宿にしている意味をことさらに感じることができるというものだ。



「それじゃご飯を食べに行こうか」



「ご主人様は奴隷にもきちんとしたご飯を頂けるのですか?」



 少しおびえているようにも見える。これはきっと、俺がこの世界においては非常識であることの証明だと思う。でも、だからといって、やめるつもりんもない。だって誰にも実害は及ばないしな。



「もちろん。何度だっていうけど、これか一緒に冒険者稼業みたいな肉体労働の仕事もしてもらうんだ。食事が貧層なせいで倒れたなんてことがあったら目も当てられないし、俺の生存率だって下がってしまう。お前がきちんとした食事をとって体力をつければ俺の生き残る確率も上がるんだ。だから食事だって惜しまない」



 この口実は事実だけど、一つ足りない部分がある。それは俺自身が一緒に食事をとりたいということだ。



「変態のようなご主人様の施しはあまり受けたくありませんが、そういうことでしたら頂くことにします」

「お前な、主人によってはそんなこと言ったら命の保証はないんじゃないのか?」



 少し呆れも混じっている。俺だからいいものの、気性の荒い主人だったら今の一言で殺されてしまうかもしれない。まったく恐れ知らずな奴隷を買ったのかもしれないな。



「私だって命は惜しいです。でも何となくご主人様はさっきみたいなことを言っても大丈夫な気がしたんです。勘ですかね」



「勘って……」



 まあ勘だってあてになることくらいあるし、いいだろう。もう深く考えるのはやめた方がいい。脳がバグを起こしてしまいそう。



「さっさと食べよう」



 席につくことを促し、夕食を注文した。この宿では夕食を提供してくれる。そこまで料金を追加しなくともできるので注文をしている。朝はさすがに宿屋のオヤジの準備の関係かやっていない。そこまで文句を言うことはできないいとも思うが。



「ここのは美味しいんだ。楽しんで食べような」

「……はい」

「どうした不満か?さっきも言ったけど」

「いえ、その、不満があるわけじゃないんです。なんだか不思議な気分だなって思ったんです」



 今までの反応からして奴隷という身分でこのような扱いをされることが珍しいのだろううし、それを実際に体感するということは夢にも思わなかったのだろう。でも、それはこれから慣れてもらわないと困る。



「まあこれから徐々に普通になっていくさ」



 そうこうしている内にご飯が来た。定食みたいな感じでボリューミーな量だ。まったく考えていなかったがこの量を食べきれるのだろうかと思い、目を向けると目を輝かせて俺を見てきたので頷いて食事を始めた。何か会話を従ったが、腹が減っていたのか、久しくこの類の食事にあるつけたのかは分からないが、がっついていて会話どころでなかった。結局、部屋に戻るまでは会話はなかった。どのタイミングで名前を聞いたらいいのよくわからなくなったけど、別にそんなこと気にしなくてもいいのだろう。



「ご飯美味しかったです」



 たった数時間で随分と表情が柔らかくなったものだ。これじゃ餌付けしているのと何ら変わらない気がする。もしかしてコイツはちょろいのかもしれない。



「あの、今ものすごく変なこと考えていませんでしたか?」

「いやまったくもってそんなことは考えていない」



 まったく油断も隙も無い。過酷な環境にいたからか生存本能に係る勘が鋭敏になっているのだろうか。



「それよりも大切なことがある」



 顔を近づけた。奴隷の方も突然の行為に困惑しているみたいだ。



「あの、顔近いです。やっぱり私にそういうことも望んでいるんですね」



 困惑した表情からすぐに悲しげな表情になった。軽蔑的な表情をしていないのはどうしてだろうか。



「何を観違いしているのかは察しがつくし、嘘をついても仕方ないからストレートに言うと、さっきも言ったかもしれないけどそういう用途も込みで買っている。でも今日はしないし、しばらくはする気もない。お互いのことを何も知らないのに出来るものも出来ないと俺は考えている。まして一夜の関係でもないのだから無理やりやったら今後に影響するし」



「では何のために顔を近づけたんですか」

「少し聞きたいことがあったんだけど、綺麗だなと思って近くで見たいって思ったんだ」



 その言葉は自分で言っていても恥ずかしいけど事実だ。目線を少し離してしまったのでもう一度しっかりと前を向くと、ぽかんと口を開く姿があった。



「正直、驚きました。そんなことを言う人だとは思ってもいなかった。あなたは一体何なのかわからなくなってしまいました」

「分からなくなったのなら少しずつ分かっていけばいいさ」



 でもまだ名前を聞けていない。



「それでさ、君の名前を教えてくれないか。まだ教えてもらっていないし。俺の名前だって言っていないだろう」



「そうですね。確かに私の口からは言っていませんでした。これは奴隷以前に人としてダメですね」



 これでやっと名前え呼ぶことが出来る。



「私はルナと言います」

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