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続編 開き直った公爵令息のやらかし

57話 どうか…

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改まって口を開いた僕に、アルベリーニ家の方々は、目を丸めてこちらを向かれて。

「皆様揃われているこの場にて、どうしてもお話したい事がございまして。」

意を決して話を切り出したら、方々はどうしたのかと互いに目を合わせておられたが。

「既にソフィア様やランベルト卿からお聞きかもしれませんが、僕シリル・クレインは……サフィル・アルベリーニ卿と心を交わし、お付き合いをさせて頂いております。」

その言葉に、皆様それぞれに反応され、少しざわついた。
すぐ後ろに控えてくれているテオの視線も感じながら、おもむろに話を続ける。

「僕にとって彼は……サフィルは、かけがえのない、唯一無二の存在です。彼無しではもう……生きていけない程に。」
「クレイン卿……。」
「僕は……彼が好きです。愛しています……心の底から。でも、どんなに彼を想っても、愛していても、僕らは……婚姻する事は叶いません。もちろん子を成す事も。それは、貴族として生まれた者の責務を放棄するに他ならない。酷い責任放棄である事は……重々承知しています。貴族として、あるまじき事だと……。でも、それでも……僕は、彼を諦められませんでした。どうしても手放せない。………申し訳ございません、大切な……ご子息を、この様な目に、遭わせてしまって。」
「………。」

目の前が、滲んていく。
ぐらついて、倒れそうになる己の足を叱咤しながら、なんとか踏みしめて……言葉を紡ぐ。

「どんなに僕らが想い合っていても、先の未来は分かりません。サフィルが僕を愛してくれているのは疑い様が無いですが、何年後、何十年後かに、もしかして……もしかしたら…やっぱり気持ちが変わってしまうかもしれない。周囲が変わっていく中で、自分の子供を欲するかもしれない。そうすれば、それを叶える事が出来ない僕は、関係を……終わらせるしかないでしょう。もしくは、どんなに互いの気持ちが変わらなくても、状況が僕らを許さない……なんて事も起こるかもしれない。けれど、だからこそ……今を共に精一杯生きたい。彼と共に歩みたいんです。彼が望んでくれるかぎり。」

もう、前世の様にやり直す事は、叶わない。
ただ前を向いて歩いて行くだけ。
その先の未来で、二人を分かつ事があるかもしれない。
そんな事は絶対に無い、なんて……誰にも言えはしないのだ。
そんな不確かな未来でも。
それでも。

「どうかサフィルと僕が共に居る事を、許して頂きたいのです!……この関係性を認めろ、なんて傲慢な事を言うつもりはありません。僕の事、疎ましく思っても、不満を口にされても、それはもっともな事であって、彼の事を想えばこそです。どうぞ仰って下さい。でも、それでもどうか……どうか。一緒に居る事を…苦言を呈しながらでも、仕方なくでも、見て見ぬフリでも構いませんから……許して、頂けないでしょうか?」

やっと顔を合わせる事が叶ったご家族に、こんな事を告げるのは。
こんな素晴らしい祝いの席で口にするなんて。
なんて酷な事だろうって、分かっている。
けれど、この機を逃せば、次いつ伝えられるか分からない。

後ろで息を呑むテオの気配を感じたが、どうか口は出さずに見守って。
こればかりは彼の助けを借りられない。
僕とサフィルとアルベリーニ家の問題なんだ。

彼の手を掴んだその時から、覚悟はしていた。
今、僕が口にした話は、全くもってその通りだから。

彼と共に歩むという事は、彼の本来歩むはずだった人生を奪う事にも他ならない。
かつて、僕が彼への想いを自覚して、絶望したその時に気付いた事、そのままだ。
それでも、彼を想って見送らずに、掴んでしまった……彼のその手を。

もしかしたら、離れ離れになる未来が訪れるかもしれないなんて。
彼を手放す事があるかもしれないなんて。
考えただけで、この身を引き裂かれそうだ。
それでもこれは、口にしなければならない。
必要な、事だから。

溢れ出る涙は止められないが、どれほど苦しくても、伝えなければ。
僕の涙腺はまた崩壊して。
涙を流しながら、口にする。

「どうか……許して下さい。お願いしますっ」

深く頭を下げ、許しを請う僕の肩に、そっと柔らかな手が触れた。
それは、愛する彼の母君、チェチーリア様の御手だと……顔を上げてようやく気付いた。

「————シリル・クレイン卿。貴方の真摯なお気持ちは、充分に伝わりました。私の不肖の息子をそれほどまでに愛して下さっているなんて、驚くばかりです。サフィルは、貴方に随分ご迷惑もおかけした様に伺っていましたのに……それほどの覚悟をもってまで……。どうして文句など言えましょう。そもそもあの子は……ロレンツォ殿下に差し出した瞬間から、手放してしまったに他ならないのです。それを今更、母親面なんて出来よう筈がありません。」

哀し気に微笑むチェチーリア様に、僕はかぶりを振った。

「それは仕方ありません。ご一家が巻き込まれてしまった政争の所為で、疎遠にならざるを得なかっただけであって…」
「それでも、です。あの時に我が子爵家を存続させる為……生き残る為に、ロレンツォ殿下の手をとり、あの子を棄てる同然の所業を選ぶしかなかった。それなのに、やっと心から笑えているあの子に、どうして貴方を引き離せましょう。他でもない、我々とロレンツォ殿下を救って下さった……貴方に。」

離れてしまった彼らの関係は、そう簡単にはいかないのだろうか。
けれど。

「………僕の立場でこの様な事を口にするのは…畏れ多いのですが……。もう昔の政争の傷跡は、かなり薄れてきたのではないでしょうか?幸い、ソフィア様も無事にご成婚され、王家の一員となられました。もう、周囲の目も、意識も変わってきている様に思います。これを機に、アルベリーニ子爵家も……少しずつ、表舞台に復帰なさるのでしょう?でしたら、王家に嫁がれたソフィア様だけでなく、サフィルにだって会える様になる筈です。少しずつでいい、会ってあげて下さい……彼にも。」

今後、ロレンツォ殿下に嫁いだソフィア様の元へ、お尋ねに行かれる事だってあるだろう。
それなら、サフィルにだって……会う事も、もう問題が無い筈だ。

「……サフィルから聞きました。ロレンツォ殿下にお仕えするに至った経緯も、その後の事も。サフィルはご家族との間に、どこか溝を感じている事をポツリと話してくれた事があります。仕方が無いと笑っていましたが……その顔はどこか寂しそうに感じました。きっと彼も、ご家族との関係を取り戻したいと願っていると思います。直ぐに元通りとはいかないでしょうが、少しずつなら……変えていける筈です。取り戻して下さい、ご家族の絆を。」
「サフィルだけでなく……私達にすら、そんな慈悲深い事を仰って下さるのですか……。」
「当たり前です。貴女方は、僕の大切な人のご家族ですから。それに……僕が実家も家族も手放さずに今こうして居られるのは、殿下と共に尽力してくれたサフィルのお陰でもあるんです。彼のお陰で、自分の気持ちを偽る事無く、家族も失わずに済みました。だから、彼にも同じ様に、愛する家族とまた笑い合える様になって欲しい。それが僕の願いでもあります。」
「クレイン卿……。そう、だったのですね…。」

涙交じりに微笑む僕に、チェチーリア様もまた、同様に涙を滲ませながら頷いてくれる。
すると、彼女は恐る恐る僕の手をとり、そこに視線を落として瞼を閉じられた。

「ありがとうございます。……そう致します。少しずつ、取り戻していける様に……。あの子に謝らないと。昔ね、亡くなった夫……前子爵が、嫌がるあの子に随分冷たく切り捨てる形でロレンツォ殿下へ仕えさせたんです。その時の、傷付いたあの子の顔が…今でも忘れられません。本当はあの子を庇って反対したかった。悲しむあの子を抱きしめてあげたかった。でも、しませんでした。他に方法が無い事を分かっていたから…。あの子は、こんな冷たい母を恨んでいるのでしょうね…。」

何も出来なかった後悔を口にされ、項垂れる彼女は……ポトリと涙を零された。
その様子に、彼女の息子で長兄の現子爵であるファウスティーノ様が後ろから背をさすって慰められる。

サフィルが家族の元を去らなければいけなかったあの事件の傷跡は、未だに根深く残っている。
しかし、時は流れゆく。
新たな道の幕開けは、既に始まったのだ。

「彼がその事に本当はどう思っているのか、僕も詳しく聞いてはいないので、正直なところ……分かりません。でも、僕が感じたかぎりでは、恨みつらみなんかより…一抹の寂しさを抱えている様に感じました。不安なのは彼も同じだと思います。だから、無理して急がれなくてもいいので、少しずつ……接してあげて下さい。大丈夫ですよ、きっと。」
「はい。……はい!そうしますっ。」

震える彼女を励ます様に、出来る限りの優しい笑みを向けると、彼女は。
大粒の涙を流して、それでも力強く頷いて下さった。

「……あ!シリル、そろそろこちらに…」
「!———サフィル。」

背後から聞こえて来たのは、僕を探していた彼で。
僕はピクリと反応して振り返ったら。

「?!シリル、どうしたのです。そんな顔をされて…」

自分の居ないとこで涙を流していた僕に驚いて、サフィルは咄嗟に頬に触れ、親指で涙を拭ってくれたが。
その後ろに居る存在に、怪訝な目を向けた。

「母上?兄上も……一体何があったんです?」

僕だけでなく、疎遠になっていた母親や長兄らも涙を滲ませていて。
ソフィア様の幸せを喜んで…とはまた違った雰囲気に、サフィルは眉根を寄せたが。

「!」
「サフィルッ!ありがとう。……ごめんなさい。今まで何の助けもしてやれず、どんなに寂しい思いをさせた事でしょう。家の存続の為とは言え、貴方には本当に辛い思いをさせてしまった。本当にごめんね……」

急にガバッと抱きしめられた彼は、ビックリして目を白黒させていた。
彼を抱きしめて謝る母チェチーリア様は、もう成人してそれなりにガッチリとした体格に変わってしまったにも関わらず、彼女の腕の中の彼は13歳の幼い少年のままなのだろう。
その腕の中の彼の頭を撫でる長兄のファウスティーノ様も、最初の印象とは違って、悔いながらも優しい笑みを浮かべ、末弟の彼を慈しんでいる。

すると、長女のオルテンシア様や3男のランベルト様も覆い被さる様に抱き付いていかれ、彼の頭を揉みくちゃにしてしまっていた。

「…ふふ。良かった。そんなに時間を掛けなくても、もっと早くに取り戻せそうだね。」

またソフィア様も戻って来られて、サフィルを中心にご家族で涙と笑顔で盛り上がられていた。
僕は少し場を離れ、そんな彼らの様子を見守って、笑みを零していた。
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